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523 思わぬところに優秀な人材は転がっている

 

 足りない。

 何もかも足りない。


 スエラたちに癒され、精神的にブーストがかかって全力で仕事がこなせるようにはなったのはいいけど、かといってそれで仕事がすぐに終わるというわけではない。


「次郎君、次この書類」

「婿殿、次はこの書類の決裁を」


 書類書類、そして会談、それが終わったら書類書類書類。


 やることなすことに対しての決裁をするためのハンコを高速で撃ち続けるのが止まらない。

 速読なんて目じゃないスピードで書類をめくり、さらに中身をコンマ一秒で吟味して可否を分けて。


「ケイリィさんこっちの書類の経費の詳細は?」

「別添資料の三番」

「ムイルさん、この資料数字がずれてる。報告上げた人に数字の確認とさらに詳細資料を添付するように」

「あい分かった」


 さらに、確認しながらすべてのデータを頭に叩き込む。

 ダンジョン運営のためのポーション事業。


 一から起業をするようなもので、人員の確保しつつさらに資材の確保に、建設工事の日程調整。

 加えて日本政府に送るための資料作成と、プレゼン活動。


 終わりが見えないデスマーチ。

 俺たち三人の腕は残像が残るほど高速で動き回り書類を捌き、周囲にはケイリィさんが召喚した精霊たちが書類を手に持ち指示された部署に書類を運び出し、さらに持って帰ってくる。


「んっく」

「私にも」

「ワシにも頼む」


 今日だけで一体何本目か。

 マジックポーションを煽ると、スイッと伸ばされる二本の腕。


 そこに無言でマジックポーションを置けば、二人は無言で飲み干して仕事に戻る。

最早、ポーションがエナドリ代わりになっている。


 身体強化をぶっ続けでやり続けて、どうにかダンジョンの基盤とさらに人員の確保の目途は立ったが、逆に言えば目途が立っただけ。


 まだまだ本格的に動くにあたって足りないことが多すぎる。


「……」


 自分でやると言ったからには最後まであきらめないぞと両手どころか浮遊魔法まで駆使して複数のパソコンを同時操作して資料作成をしつつ、決裁書類に判を押す。


 デスクワークから『ク』を取ったらデスワーク…なんちゃってと冗談で心を励まそうとして、シャレになってねぇと思いつつ全身を駆使して仕事をしているが、人手不足の過剰ワーク。


 使える人材に仕事を振ってはいるが、やはり無茶だったか。


 刻一刻と時間が過ぎていく。


 この多忙な日々に入ってもうすでに二週間は経っている。

 だけど、スケジュール通りに進んでないのは仕事をしている俺が良くわかっている。


 遅れ自体はまだ軽微で済んでいるが、このままのペースで進めても遅れが取り戻せないのは明白。


 自由が効かないオーバーラン状態では余裕すら捻りだすこともできない。


 ……どうする。


 諦めるという行為はしないが、それでも打開策を考えないといけないのは確か。


 第一課の方から人材を回すかと、馴染みの海堂たちの顔を思い浮かべるが、あいつらにも仕事があるのでこっちの仕事を回すわけにはいかない。


 ケイリィさんとムイルさんのコネは、既に使える物はフルで使っている最中。

 メモリアの実家の商会のコネも、スエラのコネも、エヴィアのコネも使える分は使った。


 信用、信頼という縛りをつけている分、使える人材は少ない。

 それを取り除けば確かにもっと多くの人を使うことができるが、基礎基盤こそ大事にしたい今はそこは除外できない。


 どうにもできないかと、思考の余白を駆使して打開策を考える。


 余計なことを考えている暇はないが、この打開策の検討は余計なことではないので、全力で脳を回す。


 脳みそが糖分を求めているようなので、準備しておいたチョコを一つ口に放り込んでエネルギーを補給。


 ケイリィさんの精霊がまた書類を持ってきて、それを受け取ったときにふと気づく。


「ケイリィさん」

「何?」


 その気づきを逃したくない俺は、すぐにケイリィさんを呼ぶ。


「あの精霊って、階位で言えばどれくらいの強さ?」

「戦闘力って言うならそこまで強くないわよあの子たちは、元々伝令用の子たちにこうやって書類運搬を手伝ってもらってるのよ」


 目についたのはさっきから書類を運んでくれている多種多様の精霊たち。

 属性問わず、書類を運ぶというケイリィさんの代理人の精霊たち。


 単純作業だったが、その作業だけでもなくなるのはかなり助かっている。


「……もう一つ聞くけど、上位精霊とかって書類仕事とかできるのかな。それも特級って呼ばれる存在なら」

「はぁ?こんな忙しい時に何を言って……あなたまさか」


 そんなお手伝い的なことをしている精霊がいるなら、最上位に君臨する精霊ならもしかしてこの状況を打開できるのではと血迷いつつも、我ながら名案だとこの時は思ってしまった。


「嘘でしょ、あなた。特級精霊に仕事を手伝ってもらうつもり!?」


 俺の契約している精霊ヴァルス。

 その存在は何全何万と、俺たちでは想像できないほどの年月を生きている精霊界では強者の部類に入る。


 そんな存在が書類仕事をしたことがないとは思えない。


「……婿殿、さすがにそれは」

「いや、聞くだけ聞く。今は猫の手も借りたい」


 その発想にムイルさんもダメだろと視線で訴えかけてきたが、どっちにしろこのままいけば俺たちに待っているのは破綻だ。


 だったら一抹の望みを賭けて、使える手は使わなければならない。


 反対する二人の視線を黙殺し、仕事の手を止めずに俺は隣に召喚陣を展開する。


「はーい、呼ばれてきたわよー契約者さん」


 そして莫大な魔力を糧に顕現する時空の精霊ヴァルス。


 多忙な俺たちとは違い、のんびりとした雰囲気で現れる彼女。

 今回は相棒の蛇は呼んでいないので、そこまで魔力消費はしないけど、それでも結構魔力を持っていかれている感覚はある。


 だが、この程度ならと気合を入れる。


「随分と忙しそうね」

「文字通り、忙殺されそうだな」

「私を召喚しても手を止めないのは流石だし、しっかりと私の方に顔を向けているのもいいけど大丈夫?顔色悪いわよ」

「なに、今週の睡眠時間が合計三時間ほどなだけで問題ない」

「問題大ありよそれは、しっかりと休まないとダメよ?」


 世間話をするために呼んだわけではないのだが、いきなり仕事しろと命令するような関係ではない。

 ふわふわと浮かぶ彼女は、俺たちの状況をふむふむと吟味して頷き。


「さしずめ、私はこの仕事を手伝わせるために喚ばれたってわけね?」

「頼めるか?」


 状況を理解したヴァルスさんは、山積みになっていた書類を見て。


「別にいいわよ?むしろ戦うよりもこういった頼みの方が面白そうね」

「え」

「なんと」


 あっさりと承諾してくれて、ケイリィさんとムイルさんはマジかと目を見開き、仕事の手を止めてしまった。


「懐かしいわね。私も昔、ダンジョンを作ってたわ。神様に面倒くさいってすべて放り投げられて、他の精霊たちと顔付き合わせてどうすればいいか必死に考えていたわよ」


 一体何千年前の話だろうか。

 太陽と月の神の戦いによりダンジョンというのは作られたはずなのだが……もしかして精霊もダンジョンの建設に携わっているのか?


「あら随分と回りくどいことしているわね。こっちとこっち、ここなら土の精霊に手伝わせれば一発よ。こっちも水の精霊、そうね中位くらいの子がいれば簡単にできるのにわざわざこんな手間をかけてるの?こっちだって風の精霊が二、三いれば足りるのにこんなに費用をかけるの?」


 そしてどんどん俺たちの作ろうとしていたダンジョンのダメ出しをしていくヴァルスさん。

 正式な書類だというのに、ドンドン赤ペンで修正を入れていく特級精霊。


 本来であれば何をしてるのだと怒るべき光景なのだが。


「なんと、このような方法が」

「嘘でしょ、確かにこっちの方が時間もコストも安い」

「マジか、これなら」


 俺たち三人は、ヴァルスさんの直した修正箇所を見て唖然とした。

 俺たちのダンジョンの建設の計画は、過去の将軍たちの運営のノウハウをもとにして計画していた。


 それは歴史の中で研鑽され、最適化された答え。

 参考データとしてだれも疑っておらず、今の現役の将軍たちも使っていた資料だった。


 もちろんそこから色々とアイディアを盛り込んでいかなければならないのだが、それでも基礎としてかなり重要な部分。


 それをこともあろうか。


「ああ、ここ懐かしいわね。土の大精霊の奴と悩んで基礎を作ったのよね。でも何でこんな燃費の悪い方法に?確かにダンジョンの広さを確保するのなら方法的には間違っていないけど、ここまで燃費の悪い方法にしなくてもいいじゃない。これならこの術式をこうやっていじっちゃえばいいだけなのに、変な方向に進化してるわねぇ」


 お茶を飲みながら、片手間でどんどん修正していくヴァルスさん。

 その修正内容が俺たちの仕事を大幅に減らしてくれているのを自覚しているのだろうかこの精霊は。


「ハハハハ、私たちの努力って」

「気にしないでください、無駄ではなかったんです。やってきたことは決して無駄ではなかったんです」


 ワナワナと震えながらその修正を見るケイリィさんの瞳にうっすらと涙が流れているのを俺は見ないことにする。

 そっとハンカチを差し出して、彼女に涙をふくように促すと彼女はそっと受け取ってくれた。


 ただ、俺も自分のやってきた仕事がこうも簡単に添削されていくと中々心に来るものがある。

 棚から牡丹餅。

 怪我の光明。


 言い方は色々とあるけど、自棄になってヴァルスさんに仕事を手伝ってもらおうと思ったのが転機となったのは確か。


「ああ!これこれ!水の精霊と面白いから入れた術式!!懐かしいわね!!でもこれって実はあまり意味ないのよね。神への嫌がらせのために見栄え重視で入れた術式がここまで残ってるとはねぇ」


 ヴァルスさんにしたら過去に自分たちが作った作品がどんな形で進化しているか確認しているかのように見えるけど。


「ムイルさん」

「なんじゃ婿殿」

「こっちの世界の研究者たちがこの話を聞いたらどういう反応しますかね」


 世紀の大発見とも言って良いことを俺たちは目の当たりにしているような気がする。


「良くて卒倒、悪ければ辞職する者も大勢出るやもしれん」


 そのあまりにも残酷な光景に俺たちは苦笑するほかない。


 完全に仕事の手を止めて、ヴァルスさんがウキウキしながら書類を修正していくのに合わせてスケジュールを見直した方が結果的に仕事が早まると思った俺たちは、ここ二週間の努力のことを考えないようにヴァルスさんが書いてくれた資料を綺麗にまとめる作業に移る。


「ああ!ここ無くしちゃったの!?なんで!?重要な術式なのよ!!ああここも、もう!何やってるのよ!」


 傍から見ればヴァルスさんが猛スピードでダンジョンの設計をしてくれているように見える。

 だけどその実は、魔王軍が培ってきたダンジョンの歴史に大きくメスを入れているとは誰も思わないだろう。


「あ、でもこっちの術式は良いわね。ちゃんと綺麗にまとまってるわ。時代によって質がまばらね」


 悪いところは悪いと指摘し、いいところは褒める。

 楽しそうにダンジョン構造をいじっていくヴァルスさんの処理速度は、俺たち三人分の作業速度をさらに倍にした速度を楽々超えている。


 複雑怪奇なダンジョンの構造術式を添削し、俺たちが設計した要望に沿った建設図形が出来上がっていく光景はさしづめ。


「ムイルさん、感謝します。ヴァルスさんを紹介してくれて」

「こんなことなるとはワシも思っておらんかったわ」


 瓢箪から駒が出ると言ったところか。

 ここまで事務仕事ができるとは想像してなかった。



 今日の一言

 これしかできないと思い込むことは視野を狭くする。








毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 例えるなら、映画バトルシップの老兵たちか(笑)
[一言] 昔作った基幹プログラムを作った人が居なくなった後も使い続けてスパゲッティになったところで、開発者が帰還した感じかしらんw ヴェルスさんが有能すぎる
[一言] 退社したスゲー仕事が出来る創業時代の先輩が来た気分
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