522 時間が足りないと言われたら、社畜は同時並行で仕事をやらなければならない
俺には将軍としての立場で戦闘職として活躍することが求められつつ地球人と言うか日本人として、この国や世界とのつながり調整をする役割も求められている。
初めての異世界人での将軍なのだからそういった類の役割を求められるのも理解できる。
今はエヴィアが主導で国際関係を調整しているが、彼女には魔王の側近という役割があるから、かなり多忙。
それでもしっかりと休みを取れているところを見るとかなりの速度で仕事を消化しているようだ。
まぁ、俺も身体強化しながらマルチタスク駆使して、一日で昔のデスマーチ量をこなすことはよくある。
忙しいお父さんあるあるで子供の寝顔しか見れないというムーブをしないように、絶賛努力して一日に一回は起きている子供を見るように努力しているからそんな爆速で仕事をしているわけだが。
「次郎君、正気?」
「婿殿、流石にそれは無謀というものではなかろうか?」
ダンジョン経営で新規事業であるポーション事業に挑戦しつつ、その技術を流用してこっちの世界で活用できるものを探そうとしている。
うん、言葉にすれば短いがやるとしたら間違いなくヤバい。
俺の社畜としての経験が叫んでいる、それは地獄だと。
「無茶無理無謀、それを通さないといけない時期だと俺は思っているんだ」
だけど、もしこの三拍子を貫き通せれば今の俺の立場を確立し、なおかつ勢力拡大もできる。
常人であれば無謀かもしれない、だけど、社畜であった俺だからこそ言える。
経験則になるが、限界というのは反動さえ気にしなければ無理矢理突破できる。
「仮にワシがこっちでケイリィちゃんがそっちと世界を分けて担当したとしても圧倒的に人手が足りんぞ。ワシの知り合いも現状で色々と仕事を振っていてその安定化で時間がかかっている。これ以上の仕事を振ることはできん」
「私の方だってそうよ、組織運営にさらにはお金周りの計算、他の陣営の情報精査、やることは山積み、やれるとしてもどちらか片方よ」
それを承知で挑もうとしている俺に二人は待ったをかける。
そう、俺がやろうとしているのはある意味昔の会社で上司が言ってきた無茶振りと同じ、違うのはそのデスマーチに俺が率先して参加しようとしているという部分のみ。
時間的、人員的に両方やるのは無謀。
だが。
「しかし、婿殿が提言した理由も理解でき納得できるから頭が痛くなるのぉ」
「……そうなのよねぇ。私たちの立場からして今の状況は窮地とも取れるけど、逆を言えばチャンスでもある。リスク以上のリターンがあるのは確かなのよねぇ」
その無謀のメリットを理解できて、出来るかもしれないという可能性を二人もまた理解している。
故に悩みどころ。
「大丈夫だ、メモリアに頼んで俺の分はポーションの用意をしてある。いざとなったら鉱樹を繋げながら全力で仕事をする所存だ」
「あなた、仕事のためだけで特級精霊使うって他の精霊使いに知られたら怒られるわよ」
「ワシもこんな時のために時空の精霊を紹介したつもりはなかったのじゃがのう」
まぁ、もし二人がやらなかったら準備だけでも俺一人でやるために、マナポーションとエナジードリンクをダース単位×十ほど注文してある。
ヴァルスさんに付き合ってもらって思考時間を引き延ばし、身体強化で加速、さらには仕事用の超ハイエンドモデルのパソコンを三台特注で発注してある。
魔力消費に関しては鉱樹によって俺の魔力純度をあげることで対応し、さらに魔力の補給はポーションで補助。
完全にポケットマネーで用意した。
ハイエンドモデルのパソコンなんて注文したら高級車相当の値段がしたんだ。
処理能力を優先したと言え、流石に経費では落とせない。
完全な異世界版デスマーチの準備は整えた。
「はぁ、これ私たちがやらなくてもやるつもりよねこの子」
「そうじゃのぉ、止められるとしたらスエラくらいか、あるいは他の子が止めれば止まるかもしれないが」
「止めないわよねぇあの子。必要だって私でも理解しているから、下手すれば子供の世話をヒミクさんに任せて仕事手伝いに来そうだし」
「エヴィア殿も間違いなく仕事推進派じゃろうな、メモリア殿は……婿殿にポーションを融通した段階で察するほかないの」
強制参加ではないし、二人が忙しいのは承知済み、だったら俺が時間を作るしかない。
「はぁ、これもキャリアを作るためと思えば安いって思わないといけないかしら」
「老骨には中々しんどいものがあるかもしれぬのぉ。じゃが、やらなければならぬ時があるか」
その覚悟をくみ取って、二人の表情から難色が消え、そして代わりに覚悟の色が見えた。
「辛い時間になるがいいかの?」
「乙女の時間は高くつくわよ」
そして仕方ないという色を消し去り、やるなら徹底的にやると宣言した二人の獰猛と言って良いほどの笑み。
「望むところ」
ある意味で修羅の道を俺はこの時選んだのかもしれない。
後で聞いた話だが、俺がこの覚悟を決めて、仕事に没頭していた時に教官が茶化しに来たらしいのだが。
『あんな鬼気迫る顔で仕事してたら揶揄えなかったぜ』
と酒の席でこぼしたことがあったがそれは未来の話、今の俺が知るわけがない。
ただ言えるのは間違いなく、忙殺と言えるような作業工程に今この時踏み込んだのは間違いない。
やると決めたのなら、そこからの行動は早い。
全力で仕事をすると誓った俺たちは、即座に行動を開始、今抱え込んでいる仕事の前倒しを即座に開始した。
ただ、出来るだけ部下への負担を最小限に抑え、負担を俺たちに集中させることだけは優先した。
人心掌握が済んでいない現状、少しでもリスクを回避するためだ。
そして、覚悟を決めてからあっという間に一か月の月日がたつ。
そのころになると久しぶりに社畜の時代に戻ったようなヤバいテンションになっている俺がいた。
「ははははは!身体強化万歳!!」
過去にないほどデスマーチを俺は味わっている。
ダンジョンの設計、組織運営、金管理に、ダンジョン攻略の進捗状況、さらに加えて貴族との付き合い、etc。
ガチで分身の術とか使えないかなぁと思いつつ、ふと魔力の反応を感知して右手を見ずに横に差し出すとその手にズシリと重みを感じる。
ちらっと視線を見れば、よろしくと多少雑だけど見覚えのある文字で付箋が張られた書類の山が現れる。
徹夜四日目。
テンションがおかしくなりつつあり、どうにか今日の仕事に終わりが見えてきたときのケイリィさんからの追加の仕事。
俺いつ寝たかなと苦笑が漏れつつ、その書類に目を通す。
ちらっと時計を見ればもうすぐで定時。
「あー、ちょっと休憩入れるか」
ケイリィさんから渡された書類をちらっと見たが、これも前倒し分。
随分と早め早めで仕事を終わらせているだけであって、本来であればここまで忙しくはならない。
だけど、やらないと本格的にダンジョンの運営を始めるときにゴタゴタしたくないからここまで頑張っている。
だからこそ、休憩は取ろうと思えば取れる。
そして寝る時間とその休憩時間がスエラや子供たちと会える唯一の時間と言って良い状況が続いている身としてはここいらで休憩を挟んでおきたい。
そう思った時こんこんと扉がノックされ、
「ん?どうぞ?」
若干眠気があり、つい反射で返事をする。
誰か書類でも持ってきたかなと思いつつ出迎えると。
「スエラ!とユキエラにサチエラ」
「私たちもいますよ」
「うむ!食事を持ってきたぞ!」
扉を開けて入ってきたのは予想外のスエラたちだった。
子供たちを抱えて入ってきて、その後ろに続くヒミクとメモリア。
そして
「ふむ、いいタイミングだったか」
転移で部屋の前までやってきたエヴィア。
ヒミクたちの姿を確認して頷きながら部屋に入ってくる。
「え、どうした?」
「子供たちがお父さんに会いたいとぐずってしまって」
いきなりの訪問に頭が追い付かない俺に、スエラは笑みを浮かべながらユキエラを俺に抱っこさせてくれる。
子供特有の暖かさに少し気が緩み、
「あーうー」
ペタペタと俺の頬を触ってくる白い肌の小さな手。
「あああ!ああ!」
それを羨ましくなったのか、スエラが抱き上げている状態で別の方向からスエラと同じ褐色の肌の小さな手が俺の顔に手を伸ばしてくる。
普段なら絶対にしない困惑を味わいながら、その手に慌ててかがみ込むと、俺の耳に満足そうな子供のはしゃぐ声が耳に入ってくる。
「え?え?何事?」
あまりにも自然に子供たちと触れ合っているが、事前に来ることを知らなかった俺は混乱の境地に陥ってしまっている。
頭に疑問符を浮かべながら、子供に好き勝手にされている姿をスエラたちはクスクスと笑って見ている。
「次郎さん、最近忙しいみたいでしたのでこちらから出向いて一緒に食事でもどうかなと」
そして奥さん連合で顔を見合わせた後にスエラが代表して現状の説明をしている。
「エヴィア様から事情は聞きました。私のために色々と苦労してくれているようで」
申し訳なさそうにそしてその表情の中にも気遣ってくれていたことを嬉しそうに話すスエラ。
「たまには気分転換でどうかなと思ったのだ。お前も最近根を詰めすぎだ。魔王様も檄を入れすぎたかと心配されてたぞ」
そっと近づいてきたエヴィアも俺の肩を叩いた後に、俺の顔をいじるユキエラの小さな手に自分の指を挟みこんで興味を自身に向けている。
「子供に構うために身を削るのは構わんが、それでお前が体を壊したら元も子もない。体が丈夫だと言え、無敵ではないのだ」
そして俺からユキエラを受け取った彼女は、ちらっと応接用のテーブルに視線を向ける。
俺もその流れに乗ってそっちを見るといつの間にかヒミクとメモリアがテーブルクロスを敷いてランチボックスの中に入っていた料理を並べ終えていた。
「ふふふ!今日はジーロの好きな料理を用意したぞ」
「焼豚って手作りか?」
ラーメンのチャーシューが好きだとは言った記憶はあったが、それを利用したサンドイッチまで用意してくれるとは、飲み物も魔法瓶に入れたもので、冷たいのと暖かいものが揃っている。
「はい、こちらへ。少しでも栄養と休養を取らねば仕事もできませんので」
至れり尽くせり。
食事にここまで世話を焼かれて、そっとメモリアに誘導された席に座って取り分けられた料理を眺めつつ、左にスエラ右にエヴィア。
向かいにヒミクとメモリアが座って、ユキエラとサチエラは誕生日席とも言える場所に子供用の椅子を用意してそこに座らせている。
「……ああ、何と言うか。ありがとう」
部屋に来てから頭が回り切っていない故にそんな感謝の言葉しか紡げない。
「なに、スエラが提案した話に私は乗っただけだ」
「そうですね」
「うむ!」
「いいえ、私がしたかったので」
それでも彼女たちが心配してくれているのはわかり、そしての温かみにちょっと涙腺がゆるくなったような気がして。
それを誤魔化すように大きく手を合わせ。
「それでも嬉しい。ありがたくいただきます!」
ここ一か月色々と無茶しているのを察して見守ってくれ、生活を支えてくれる彼女たちの思いを感じつつ、最初に手に取ったサンドイッチを口に頬張ると、もしかしたら一番うまいと思えるような味が口に広がり。
「くぅ、体に染み渡る」
魔力を常時消費していたことも相まって、体にエネルギーが補充されていくのがわかる。
思わずうなってしまった。
「うむ!たくさん作ってきたからたくさん食べてくれ」
「こちらのトマトスープは私の方も手伝わせていただきました。よろしければどうぞ」
「おう!いただく!」
ヒミクに他の弁当の中身も勧められ、わざわざ持って来てくれたスープを差し出してくれるメモリアの器を受け取り、俺は心底、いい女性たちと巡り合えたのだと感謝し、そしてこれからも仕事を頑張れると思った。
今日の一言
気合を補充できるのは癒しだ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
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