521 着眼点次第でできることは見つかる。
「救急車って、あれよね外でたまに走っているの見かける頭の上に赤いランプをつけた白い車」
「ワシにはわからん話じゃの、そのキュウキュウシャと言うのが何を指すのかは医療施設と聞けば概ね見当はつくが」
資料の中に書いてあるのは戦艦を使った移動できる病院を作れないかと発想を詰め込んだものだ。
あれだけの規模の大きさの船舶なら、十分にその性能を保持したまま医療設備を搭載することができることは明白。
防備も戦艦だからある程度はあるし、戦場に出ても安心のはず。
そして俺がなぜその点に着目したかと言えば、その根拠も資料にまとめてある。
「俺が資料を漁っていて気づいたんだが、全体的に魔王軍ていうのは人手不足なんだが、そのなかでも兵士の損耗が激しい。これはまぁ戦争しているっていうんだから仕方ないっていうのはあるんだけど、もし仮にこの分の損耗を抑えられれば軍としてかなりコストダウンできるんじゃないかって、兵士を補給するのはどこの世界でも大変なのは変わりがない」
戦う者として役に立つのではなく、癒す者としての役割を担う。
俺が見てきた軍構成で、それを専門で担っている将軍は誰もいなかった。
「そうね、訓練を積むことも、経験も積むこともそう簡単にはできないし、お金がかかるわね」
「平時の時は維持することも難しい、どこの地域でも兵士の給金を確保するのに四苦八苦しておるわ」
「そこまで苦労して維持している兵士の損耗率が下がったらいいと思わないか?」
「それは良いことだと思うわ。でも、どこの軍にもお抱えの医者や回復魔法が使える兵士はいるわよ。そこを考慮したら外部に回復を依頼することなんてメリットは感じないわね。そこまでして用意する必要性はあるの?」
戦の歴史に医学の発展ありとはよく言ったもので、異世界での回復魔法の水準レベルは攻撃魔法よりも発展している部分が多い。
欠損を直すような魔法の使い手は中々現れないが、日本では致命傷となり得るような傷もこの世界ではあっという間に治してしまう。
骨折なんかも物の数秒で癒してしまう。
それは戦い続けて、少しでも命をつなげようとした戦争と共に歴史を歩んできた故の結果だとも言える。
だからこそ、各地域各種族、それぞれ進歩の仕方に差はあるが回復という面ではかなりの発展が見込めている。
魔法なり、薬学なり、それが必要であったが故の発展だ。
その背景があるがゆえに俺の戦艦を使った移動病院という発想に懐疑的な視線をケイリィさんは向けてくる。
その意見はもっともだ、既存の兵力の中にも回復役は存在するし、ポーションといった回復薬も常備している。
俺が作ろうとしている施設はそこの部分と被るのではと思われても仕方がない。
「確かにその通りだし、価値を見出しにくい。そして評価されにくいかもしれない。だけど、俺はここが一番重要だと思っている」
だが、その評価されにくいという要素があったとしてもこの仕組みには大きな価値があると踏んでいる。
「俺がなぜやりたいかという理由は二つ、1つは魔王軍に対しての貢献、そっちの理由には後方から万全の状態で治療のできる要員が飛んでくるっていうのが重要なんだ」
「飛んでくるって、戦場にでも現れるっていうの?」
「ああ、そのための戦艦、回復役が戦場に飛んでこれたらかなり治療という面で役に立つはず」
俺たちの世界でも野戦病院というものが存在するくらいに、戦場に医者がいることはよくあることだ。
そしてそこで怪我を負った多くの人を救っているのもまた事実。
兵士であれ、民間人であれ、等しく命、救えるのなら救った方がいい。
俺が調べる限り、ダンジョン内で敵軍と戦う時は大抵は勇者に押し込められて防衛に専念しないといけない時だ。
それ以外の戦闘は相手の領土、あるいは占拠した土地での野戦が主となる。
となれば、補給線が伸びれば伸びるほど現地での損耗はかなり厳しくなり補給もままならなくなっていく。
消耗が激しいときでも回復役が動ける遊撃部隊を編成出来ているのは大きな利点になる。
「戦いの最中でもいい、戦いが終わった後でもいい、もしかしたら継続戦の合間でも到着できれば傷ついた兵士を治療出来て兵力の回復ができるし、治療が難しい兵士を後方に下げることもできる。それができる専門部隊を造り上げたい。ダンジョンの一部にその施設を造り上げて、薬草農場の作成と、ポーションを作るための施設、医療設備に、医療を学べる場、そして改造した戦艦の収容ドック、それらを兼ね備えたエリアをダンジョン内に作りたい」
一本のポーションが生存の鍵になるような世界だ。
その分野に特化し、縁の下の力持ちになるのは先輩将軍の顔を立てることにもなるし、何より俺の派閥の地盤を造り上げる時間稼ぎにもなる。
「理想は今の会社の設備のような各将軍とのダンジョンに接続できるようなエリアを作れるようになることとダンジョンの入り口をもし仮にイスアルに繋げることになる場合において隠密性に優れた出入り口を構築できるようにすること。その二点」
俺の言いたい内容を吟味する二人の表情は正直良くはない。
「戦艦の用途は理解したし、確かに次郎君の言うようなメリットも存在すると思うわ。この分野に関しては未開拓と言ってもいい。だけど、そこまでする価値があるのか私には判断しかねるわ。戦艦の運用に関しても、ダンジョン内で運用及び整備をして医療施設として活用することで後方支援の役割として十分に役立てるのはわかったわ。だけど、だからと言って機密の塊であるダンジョン内に他の派閥の戦艦を受け入れる事を了承して貰えるとは思えない」
「ワシも同意見じゃな。医療派遣と言う名目の密偵かそれに類似したものと思われる可能性もある。婿殿と仲の良い鬼王様なら受け入れる可能性は十全にある。あの戦艦を寄贈して頂いた機王様もわずかだが可能性はある、であるが残った樹王様、巨人王様、竜王様は受け入れを拒否するであろうな」
「それに仮に支援を受け入れたとしても、それで得る見返りはどうするのよ?慈善事業として無償にするっていうのはただただ私たちの首を絞めるだけ、そこら辺もしっかり計算しないと単純に魔王軍の戦力の損耗を偏らせただけで終わるわよ」
それは魔王軍の実情を知るが故にだ。
医療が各派閥で独自発展している理由がそこにある。
それぞれ個性が出るということは我が強く出ているということ、その回復手段を信じていると言い換えてもいい。
そんな分野に切り込むことの難しさを知っている二人の反応が芳しくないのも想定内。
「二人の不安は理解できるし、俺もその点に関しては考えた」
だからこそ事前に資料も用意できる。
プレゼンはいかにして自分の許容範囲内の裁量で、どれだけ相手方にメリットを提示でき共感を得られるかが重要になってくる。
医療分野の切り込み、既存の技術を売ったりするだけなら商人でもできそうだ。
だけど、そこに対して一応切り札とも言える存在がある。
「これを見てくれ」
「これは」
「……農家のリストよね」
「そう、魔王軍に供給している薬草の栽培農家の一覧だ」
それがこのメモリアに用意してもらった、薬草を栽培している大陸の農家の人たちがどれくらいいるかを一覧にした物だ。
「見ての通り、魔王軍の薬草の大半はそれぞれの貴族が治めてる領地の農家が作っている薬草に頼ってるのが現状だ。だけど、その農家の薬草栽培もほとんどが家庭菜園レベルだ。大規模で栽培している者はほとんどいない」
「だって、薬草なんてそこらの山に生えているようなものよ。ほとんど雑草と変わらないわ。それをわざわざ畑を耕してまで育てる人なんて滅多にいないわ」
「そうじゃのぉ、ワシらダークエルフであれば薬草は子供や手の空いたものが暇なときに採取する物、山に入れないような足腰の悪い者や魔物と戦えない者が小さな畑で苗を栽培することはあってもその利益はたかが知れておる」
「だが、売られている薬品はかなり割高と言っていい」
「それは一つのポーションに作るのに相応の魔力がかかっているからよ。薬草のコストを抑えないととてもじゃないけど」
売り物にならないとケイリィさんは最後の言葉を濁した。
そう、この世界の薬草はかなり安いと言って良い。
背中に背負えるかご一杯に摘んで持ち帰っても千円もすればいい方。
グラム単位で値段を表示するのなら、百グラム十数円程度。
「そう、魔力消費、その点が問題だけど、もし仮にその魔力消費を気にしないで安価にポーションを作れるのなら?」
「それは理想だけど……そんな魔力どこから」
「……いや、魔力源ならあるぞ。婿殿、まさか」
日本では野菜や米などをより美味しいものに変えるために品種改良という、配合による良質なものを目指す手段が存在する。
こっちの世界の薬草は、雑草と言って良いほどそこら辺に生えている。一応品種的には一緒の薬草に、魔力を使い特殊な術式を施すことによってポーションという薬品に変換している。
調べたら、その多大なる魔力消費の原因は品質が均一ではない薬草を無理矢理同じ効果に昇華させようとする魔力ロスが原因であるとわかっている。
だが、野生で育っている薬草に均一の品質を期待するのは難しく、だれもがそれを当たり前だとこの世界では認識していた。
そこに俺は着目し、さらにはムイルさんは気づいただろう魔力の源。
「はい、ダンジョンの魔力をポーション作成に回します」
「!それは……いや、別にダンジョンという存在はイスアルの侵攻から防衛する機構であって、その中で何をしようと将軍の裁量に任される。金儲けの為の商品を作るような工場ならともかくとして、自軍の回復手段であるポーションを作成するなら灰色よりの白と捉えられる。防衛機構をわざわざ弱体化させてまで生産能力をあげる発想はそもそも他の将軍にはない」
そしてダンジョンの魔力、すなわちフェリの魔力を使ってポーションを作り出すと宣言すると途端にケイリィさんが否定しようとしたが冷静に考えると手段としては合法で、何ら問題ないことにも気づく。
「神獣様をこのような方法で使うとは、神罰が下るかもしれんぞ?」
家族と寄り添うことを誓った。
それを破ることになるかもしれないという可能性は真っ先に思いついたこと。
「当人に許可は取っています」
なので手回しはバッチリ。
昨日のうちにフェリとひざを突き合わせて、しっかりと先にそっちの方とは打ち合わせを済ませてある。
もう俺が頑丈な鞄から、額縁に入れた一枚の書類を取り出せば。
「ハハハハハ!婿殿はワシらの常識に縛られないな!!まさか神獣様から許可を取るとは!!」
それを見たムイルさんは大笑いとも取れるような声で笑いだした。
その書類には、今回のポーション作成および薬草栽培、並びに治療行為に対してのみ魔力を提供する旨の契約がなされた文言が書かれており、ダンジョンの防衛機構以外に例外的に許可を出すと書かれた文言の締めくくりにはフェリの肉球スタンプが魔力で押されていた。
その魔力がつい先日会った神獣のモノだということを感じ取ったムイルさんの顔は一気に晴れやかになり、歴代の将軍でもこんなことを考えなかったと上機嫌になる。
「ちなみに、薬草栽培に関してはメモリアがリスト化してくれたこの面々を雇い、俺がコネで得た知人に教えてもらった品種改良の方法を試してみようかと」
「農家からすれば人材を引き抜くようなことはその家からしたら致命的かもしれんが、トリス商会が援助するというのなら文句も不満も出づらい。むしろ金銭的には余裕が出る」
「ダンジョンという特殊な空間だからこそ、土地に関しては最良の環境が整えられる。もし、ここで本当に高品質のポーションが安価に大量に生産できるようになれば」
「革命が起きて、婿殿の計画にも現実味が帯びてくる。なにせそのポーションが出回れば、そのポーションにも信用が生まれる。販路に関してもトリス商会がおるしノーディス家の後ろ盾もあれば十分に最初の信用問題も解消できる」
こんな方法を取るとはと、感心するムイルさんと呆れるケイリィさん。
フェリという理解のある神獣と、日本生まれという境遇。
この二つを合わせた切り札はどうにか二人には前向きに考えてもらえるようで俺も一安心。
「して、婿殿は理由は二つと言っておったの?一つ目の医療に関しての革命に関しては理解したが、もう一つの理由を聞こうか」
「そう言えば、そんなことを言ってたわね。それで次はどんなことを聞かせてくれるの?」
そして一つ目のプレゼンを終えたのなら次のプレゼンに移る。
「もう一つの目的はこの医療技術を使って地球での立場も確立させる」
その言葉を言い放った時のムイルさんとケイリィさんの顔は生涯忘れられないほど引きつっていた。
今日の一言
発想の転換は難しいができたらすごい。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




