49 周りから羨ましがられても、当人からしてみれば複雑である
まさかの一日のPVが2000超え、最初見たときは思わず別の作品かと思ってしまいました。
今週だけで総合評価も500を超えて皆様のご愛読に感謝の念が絶えません!!
これからも頑張っていきたいと思いますので、応援お願いします!!
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
「出張ですか……異世界に?」
「私から見れば帰郷であるがな」
たしか、魔王軍がイスアルに存在していたのはかなり、それこそ数千年単位で昔だったはず。監督官おいくつなんですかと、女性に対して失礼な質問が頭をよぎるが、そんなことに対して命を賭けるほど俺の気は狂ってはいない。
「可能であるからの指示でしょうが、安全面は?」
「是か非かを問わないところは及第点だが、まだ度胸は赤点だな、だが、今回は慎重な判断だと思っておこう」
相変わらず評価が厳しいことで。こっちはいきなりの出張に行き先は異世界と聞いていて頭のキャパシティーがオーバーフローしそうなのだが、それでもなんとか持ち堪えていることを主に褒めてほしい。
まぁ、監督官であれば気づいているかもしれないがな。
コンコンと軽く机を叩けば、その上に地球とは違った大陸地図が魔法で映し出される。
SFで見る立体映像、科学の究極は魔法と大差ないとはよく言ったものだ。
「私もこっちに来てから情報の伝達、収集、精査の三点において重要性を再確認させられていた。何も知らずに己が力を過信して攻め込むのは三流どころではない、愚者のやる所業だ」
まるで、魔王軍はそうではないという物言いには、この組織に対する知識が俺に足りてないという意味が含まれているのだろう。
旧日本軍みたいに、情報を捨て身で収集してこいなんて体制は当然ながら採用していない。それくらいは知っておけと遠まわしで言われているのだ。
「当然、情報収集用の転移ゲートの設置、拠点、情報経路全て秘密裏に管理されている。この情報は部外秘だ。貴様が役職持ちになったから開示された情報だ。ある程度は構わんが致命的に漏らしたらわかっているな?」
俺は黙って頷く。
日本のサラリーマンが管理するような秘密情報とは違い、テスターだのダンジョンアタックだのと言い繕っているのも、監督官たちは戦争の準備における秘密を管理しているからなのだ。
国と国の威信がかかっていれば、この程度の情報秘匿は当然の義務だろう。
俺は試金石も兼ねるだろう信頼に対して頷いた。
言葉はこの場では不要だろう。
その判断は正しかった。
及第点かと一言をこぼし、監督官は話を進めてくれる。
「ならいい、向こうでの行動内容は基本商隊長に従え。仮の身分、向こうでの立ち位置は商隊の護衛の一人として潜入させる。自分の首を絞めたくなければ下手な義侠心は持っていくな。あっちの常識とこっちの常識はかけ離れている。お前の仕事は見て聞いて覚えてくることだ。過不足なく遂行しろ」
余計なことをするなと、釘を刺しに来ているのは言わなくてもわかる。
「期間はどれくらいを?」
「こちらみたいに交通の便は向こうでは良くはない。三ヶ月といったところだが、場合によっては延びる可能性もあることを考慮しておけ」
「長いですね」
「それくらいは必要ということだ。安心しろ、第二期生が入る頃には返してやる」
あくまで事務的、常識のすり合わせのためだとすれば、むしろ今回の出張は短期留学と捉えたほうが感覚的に近いかもしれない。
しかし、何故俺がこのタイミングで出張に行かされるのがイマイチ理解できない。
三ヶ月という期間は思ったよりも長いだろう。
こういってはなんだが、再研修を施したが、突貫工事である事実は否めない。
俺の役割は、言ってみれば補助輪のようなものだ。
自力で自転車に乗り進められるようになるまで支えるのが役割で、今はようやく補助輪が着かないように走り出した程度だ。
まだ走行はフラフラとして安定はしないだろう。
まだまだ、指導しアドバイスを与えられる点はいくらでもある。
それを押してまで行かせる理由は俺の成長だけにあるか?
理由としては一要因であろうが、決定打とは言えない。
視点を広く持て、俺個人だけで考えるな。
監督官の視点は個ではなく軍、組織的視点のはずだ。
ならば、考えられるのは
「他のテスターたちに与える猶予期間といったところですか」
「ほう」
予想が外れていたらバカを見るだけで訂正が入るだろう。
そこを期待しながらも、続けろと言う監督官の視線に否定の色はない。
「戦力いえ、戦闘能力や経験の差が俺とほかのテスターたちと広がりすぎた、その溝を埋めるのではなく、広げようとしてますね?」
「なぜそう思う?」
「うぬぼれなら訂正してほしいのですが、この会社に入社している俺と他のテスターたちの意識の差です。彼らはあくまで日本人の日雇い。いつでも日常に戻ることのできる黄昏時に立っている。対して俺の立ち位置は、いえ俺が立とうとしている位置は黄昏時ではなくこの会社側で日のあたる場所」
既に俺はスエラとともに歩む道を頭の中に思い浮かべている。
そこに日本への未練はないとは言えないが、捨てることのできるレベルまで来ている。
日本での日常から見れば非日常であるこの世界に身を置こうとしている。
「日本から見れば夕闇時に立とうとしている」
つまり俺は、常識のハイブリッドだ。
日本での常識と異世界での常識その両方を持とうとしている。
他のテスターたちには、日本から見た常識というガラス越しの世界、俺はそのガラス越しの中に入ろうとしている。
そして、異世界の常識に染まるわけでもなく弾くわけでもない。
清濁併せ飲む。
「必要だったんですよね? 異世界同士の境界に立つ中間管理職。その適性がたまたま俺にあっただけのこと」
テスターの中でゴブリンと会話する人が何人いるかという質問をしたら俺は数人と答える。
絶対にふた桁はいないだろうと予想できる。
ほとんどのテスターはゴブリンという種族を、野蛮で低脳、汚らわしい存在だとして忌避し視界にすら入れないようにしている。
そのテスターからしてみれば、同僚という視点で話す俺は非常識に映ることだろうさ。
だがな、日本人でも野蛮で低脳、汚らわしいという人間は存在する。
知識差で確かに差が出るかもしれないが、俺からしてみれば群だけ見て個という物を見ないというのは道理が通らない。
その価値観を持つのは相当難しいことだと理解しているが納得できない。
なら、たとえ人に近い姿をしているダークエルフやサキュバスたちとも会話をしないということになるではないかと、一時思った。
まぁ、中には南や海堂みたいにガテン系のオークに買い物かご持たせながら買い物したり、ゴブリンの親方に失恋の傷を酒で慰められたりと例外はいるから、そいつはそういうやつなのだと納得することにしている。
「どうですかね?」
「五十点」
「赤点ですかね?」
「及第点としておこう」
最後はおどけるように肩をすくめてみせる。
シリアスな雰囲気はどうも苦手だ。
頭こそこの場でできる範囲の限界まで回して考えた故の回答であったが、結果は赤点ギリギリ、しかし満足のいく回答ではあったらしい。
「もともと、我々と貴様らの認識の違いは懸念事項としてあげられていた。勇者の特徴的例としてあげられる中に殺生に対する忌避感というのがある。私からすれば殺すことは悪であるが不必要なことではないと思っている。だが、探せば我々の中にも同じような考えを持った者はいくらでもいる。逆に勇者のなかにも希にだが殺生に対して忌避感のないやつもいる」
それはただの精神異常者ですとは言いたいが、向こうに行けば歓迎される性格なのだろう。
「最初のお前が言った猶予期間、あれは間違いではないが正解でもない。あれはボーナスだ。これから入る第二期生に対してやつらがどれだけアドバンテージを、立場を昇華させることができるかという、私から与えられる最後の時間だ」
そういった意味で猶予期間という言葉は正解だと言いながら、また、悪そうな笑みを浮かべているなこの人は。
まぁ、美人だからその笑みも様になっている。
スエラに惚れていなければこの笑みで惚れていたかもしれない。
なるほど、この人なりのアメというわけか。
先に入社した分経験は断然上になるわけだ。
だが、アメの裏に隠れているムチに気づくやつが何人いることやら。
その時間の差に胡座をかけば、言い訳無用の説教が待っているわけだ。
いや、説教で済めばいい方だがな。
まず間違いなく物理という名の説教コースだろうよ。
「なるほど、肝に銘じておきます」
「そうしておけ。そして、中間管理職の適性などという半端なもので済ますつもりはない。そこが一番の減点箇所だ。向上心を忘れるとはな」
「……」
その言葉の意味を一瞬理解することができなかった。
期待されているとは思っていた。
教官、いや、魔王軍からすれば将軍職を二人も指導につけてそれからもつながりを保てる。
さらには早すぎる昇格、冷静に考えれば異常だ。
頭が回り始める頃の俺が言えたのは
「精進します」
「ならいい、以上だ。詳細な日取りはあとでメールで送る。確認を怠るな」
「はい」
ただ一言、やる気を灯した瞳でそう返すしかなかった。
それに対して監督官は頷くだけ。彼女からしてみれば俺の行動など当たり前の行為だったのだろう。
机に視線を移し仕事モードになり、退室を促されれば俺はその場をあとにするしかない。
ああ、まともに期待されるというのはいつ以来だっただろうか。
スエラからはよく聞いていたような気がするが、あれは俺の成長に対してであった。
こうやって自分の成果を評価され期待されるのは久しく無かった気がする。
「いいものだな」
できて当たり前、もっと成果を出せと泥沼のような評価の仕方の社会で、苛烈だが綺麗な清流が俺の中に流れ込んできた気がする。
清流なのにガソリンのような爆発力があるのはおかしいが、今はいいということにしよう。
やる気が出る分には俺にとってもいいことだ。
タバコをいい気分で取り出し、吸う。
いい時というのは時間の経過も早いようだ、一本吸い終わる頃にはいつものパーティールームについていた。
「先輩お疲れっす~」
「なんだ海堂まだ帰ってなかったのか?」
「体中痛くて帰れないっす……南ちゃんも奥で休んでるっすよ?」
「なんだ情けない」
「先輩が異常っす~」
「そぉぉうぅぅでぇぇぇごぉざぁるぅよぉぉぉぉ~」
「お~、南どうした。幽霊でもそこまでおぞましい声なんて出さないぞ?」
「再研修の恨み晴らすために、拙者は残っていたでござる!!」
「なんだ、もう少し研修をつけてほしいのか?」
「なんて冗談でござるよ! もう、リーダー本気にしないでほしいでござる」
「切り替え早いっすね!! さっきまで五寸釘持ち出しそうな雰囲気だったすよね?」
「そそそそそそ、そんなことないでござるよ?」
「相変わらずだな」
あの研修は結構きつめに設定したはずだが、なんだかんだで余裕はあるみたいだ。
体は確かに疲れていそうだが、精神的にもタフになっているおかげか暗いという雰囲気はない。
再研修してすぐに離れるのは不安があったが、こいつらを見ているとそこまで不安になる必要はなさそうだ。
「海堂」
「はいっす?」
猫同士がじゃれつく、いや、仲のいい兄弟のように取っ組み合っていた海堂を呼ぶ。
「またしばらくパーティーを空けるから、後を頼むぞ?」
「いいっすけど、今度はどこのパーティーに行くっすか?」
「残念ながら俺は出張でしばらく会社から離れるんだよ」
「出張って、うちの会社にあったんすね……ちなみにどこっすか?」
「イスアル」
「「え?」」
そういう反応になるよなぁ。
俺と同じように、行き先を告げた途端に間抜けな顔を晒す二人を見て、クックッと笑いながら椅子に座りタバコに火をつける。
「期間は三ヶ月だ。その間俺なしで頼むわ」
「りょうか「ずるいでござる!!」すぅ!?」
待った!! と言語が視覚化しそうな勢いで南が海堂を投げ飛ばした。
最初と比べて綺麗に身体強化ができるようになったなと思いながら、こっちに詰め寄る南を見る。
「拙者も行きたいでござる!!」
「あほ、旅行じゃないんだ。なら行くかと言えるか」
「じゃぁなんでリーダーだけ!!」
「俺正社員で主任、お前、アルバイトで大学生。わかる?」
普通に考えて、いつ辞めるかわからないアルバイトを出張させるなんてどこの会社にもないだろう。
「なら正社員になるでござる!!」
「大学卒業してからにしろって。どっちにしろ今回の出張にお前は連れていけない。俺にその権限はないしな」
感情というのは行動の燃料になるとはよく聞くが、南はその典型例だな。
「ぷぅ~やだやだやだやだ、行きたいでござる!! ケモミンたちと触れ合いたい!! ギルドに行きたい!! ファンタジー世界に行きたいでござる!!」
理屈でダメなら感情でと地団駄を踏み始める南をどうするかと考えるまでもなく。
「お~い、勝~、この駄々っ子なんとかしてくれ」
「すみません、今調理中で手が離せないので。しばらくすれば息切れしておとなしくなると思うので」
対南のプロフェッショナルを呼んでみるも、重そうな中華鍋を綺麗に動かしていて手が離せそうになかった。
しばらくっていつだよと、自分で体力をつけさせたせいで当分はエネルギー切れが起きないだろうとあたりを付ける。
「うっさいわね!! 眠れないじゃない!!」
「ふぎゃ!?」
「ナイス北宮」
だが、それは思ったよりも早く鎮圧された。
強肩の投手も真っ青になる剛速球で放たれた枕が南の顔を直撃、ゆっくりと床に倒れていった。
「で? なんの騒ぎよこれ。夕食にはまだ早いでしょう?」
「次は確認してから投げてやれよ」
「だったらもう少し軽めのメニューにしなさいよね。こっちは体中痛いのよ。休んでいる最中に騒いだやつが現れたら鎮圧、これが鉄則よ」
「お前もうちに馴染み始めているな」
「感謝しているわよ、昔よりも気楽にすごせているって実感があるし。勝くん私のは肉少なめで」
倒れた南など意に介さず、北宮はゆっくりと俺の向かいの席に座り、で? と現状確認を促してくる。
それに対して遠慮がなくなってきたなと思うも、悪いとは思わず、俺が出張に行くことと行き先を告げれば。
「お土産よろしく」
「あっさりしてるな」
「行けないってわかってるなら無駄な体力を使いたくないだけよ」
「興味はあるわけだ」
「ないって言うなら嘘になるわね、だって気になるじゃない? 私たちの世界とは別の歴史をたどってきた世界、それを見るチャンスがあるってことじゃない」
「そういう見方もあるな」
南はゲームや小説からファンタジーを見たい!! という直情的な感覚だが、北宮の場合、歴史的、学術的興味から見てみたいという感覚なのだろう。
「でも、そんなことができるなら、私もアルバイトじゃなくて正社員で応募すれば良かったかしら」
「止めはしないが、せめて卒業してからにしろ。あと常識が増えるぞ?」
「わかってるわよ、それと変わるじゃなくて、増えるなのね」
「先輩からのアドバイスだよ」
常識なんて早々変わるもんじゃない。
変えていいものじゃない。
こんな会社に勤めているからかもしれないが、まぁ、アドバイス程度に心に留めていてほしい。
「できましたよ。多めに作ったのでリーダーもよければ」
「助かる。お、エビチリか」
「正確には、エビに似た食感のなにかですけど」
「・・・・美味しいけど、毎回出てくる食材にドキドキするのはどうにかならないかしら」
「うまけりゃいいじゃないっすか」
「あんたみたいに単純じゃないのよ」
「単純!?」
「いただくでござるよ!!」
「全員座ってからだ!!」
「う~、勝は意地悪でござる」
ま、こいつらには必要ないアドバイスかもしれないがな。
エビではない食材を使ったにもかかわらず、エビチリと遜色ない夕食を済ませて、知ってはいるだろうが、知らせに行かないといけないので部屋をあとにする。
「何事だ?」
その部屋の扉を開こうとすると、中から爆発音。警報がならないということは緊急ではないだろうが、もしかしてという不安がその扉を押し開ける。
「私も行きますので、ケイリィ残りの仕事すべてお願いします!!」
「許すわけ無いでしょう!! 総員!! 残業時間の減少はこの一戦にあり!! 気合入れてスエラを止めるわよ!!」
世は大魔法時代と、事務所で魔法合戦をしている光景を目に、海堂たちとは違った説得が必要になりそうな予感に俺は頭を悩ませるのであった。
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
貴重な体験は重要であるが、不安は残る。
今回は以上になります。
今回の章は、実はこの小説を構成している段階で一番書きたいなぁと思っている章でして、楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうぞよろしくお願いします!!