519 悠長なことを言ってられなくなった時こそ冷静に
社長からの通告を受けた俺はすぐに情報収集に走った。
イスアルと大陸との戦争。
その事実は将軍という身になった俺にとっては他人事ではなく、明日は我が身と、その火種が生まれつつあることに危機感を覚えたからだ。
「ってことで、俺のところに来たというわけか」
「はい、情報を聞くなら教官のところが一番かなって」
そして情報収集するなら一番都合のいい場所、それは教官のいる場所というわけだ。
日本の和風の屋敷をわざわざ作り、そして専用の離れすら作り、庭は枯山水を用意している。
人工的に作った空間の和室には大量の酒やつまみが持ち込まれ、ちょっとでは済まない宴会がこさえられているが参加者は俺と教官だけ。
機密に関しては流石に教えてくれないだろうけど、酒持参ならある程度のことは教えてくれる。
そんな下心で頼んでみたが、教官はあっさりと俺を受け入れてくれた。
仕事で忙しくはないかと聞きたいが、教官のことだから部下に任せているんだろうなと思いつつ、俺の聞きたいこと。
「戦争が始まる。それは間違いないだろうな」
社長から受けた忠告の猶予時間を確認するために、互いに酒を一口飲んだあとに聞いた。
戦争が始まることを確認すれば、教官は迷わず俺が持ってきた一升瓶を手に取り、そして詮を開けて一口飲んだ後そのまま一本飲み干してから是と答える。
「イスアルの方じゃ、あちらこちらで戦支度が行われている。それも帝国と王国の戦争という図式ではなく、戦う相手の方向性が定められつつある。相手は俺たちだ。双方の戦争を利益あるうちに収束させて、先導している優秀な頭がいる証拠だ」
「優秀な頭……勇者ではないですよね」
「昔はそんな奴がいたが、今回は違うな」
「確証があるんですか?」
最前線で情報収集している樹王と鬼王。
その片割れを担っている教官はやけに自信満々に戦争の流れを教えてくれる。
「勇者がトップに据えられてるなら大々的に宣伝して士気を挙げるものだが、俺から見てあからさまにそれをやっているように見えるんだよ。ありゃただの神輿だ」
「勇者はいる。だけど、それは囮ということですか?」
「俺はそう見る。ルナリアの奴も同じ見解だ。今回の指導者は妙に隠れるのがうまい」
そして経験則と情報を照らし合わせた教官の言葉は確信をもってしてトップが雲隠れしているという。
「そういう奴は面倒だ。雑兵を蹴散らしても次から次へと新しい兵を用意してくる。頭を消し飛ばさない限り組織が瓦解する心配がない。それを理解して、組織を運用できる奴。それが敵に回ってんだ。楽しみで仕方ねぇな」
そういう相手は頭が切れ、そして武とは違う方向での強者だと言い放ち、二本目も空け、そして次の酒に手を伸ばす教官の機嫌は良い。
強い奴が相手だということは鬼である教官にとっては良い情報。
それだけ戦いを楽しめるということだ。
「社長から攻め込まれるという話も聞いてますが、そこら辺の情報も?」
「ノーライフの野郎の報告書が確かなら、あながち間違いではないだろうな。俺たちが使っていたダンジョンを復旧させてそこを橋頭保にする。悪かねぇ発想だと俺は思うぜ。実際、遺跡に兵や研究者を送り込んでいる形跡がある。だが、本命は別のところにあると思うぜ。表立って研究しているのは本命のダンジョンの復旧のための情報集めだと俺は踏んでる」
そして戦いを楽しむためにこの鬼は努力を怠らない。
努力なくして、戦いは楽しめずを行動で示す鬼だ。
脳筋では将軍にはなれない。
楽しむためには頭も使う。
相手の行動を情報から精査し、そして予測している。
情報を聞けば聞くほど、戦争の準備は進んでいるように思える。
どんどん酒が消えていく中、俺はそっと酒を飲むことを止めて、この際、さっさと聞いた方がいいと教官の私見を尋ねることにした。
「戦争までの猶予は」
「俺たちが迎え撃つ、という図式なら俺の予想は来年の夏だ。遅くとも再来年の春。大将もその辺りを予想して俺たちに戦支度をするように言ってる。最悪こっちから攻めることも考えれば春には準備を完了しておかなければならないな」
「夏…時間がないですね」
「だから俺も含めてどこもかしこもドタバタしてるんだよ。まぁ、お前のダンジョンはどうあがいても間に合わねぇ。ノーライフとクズリの奴の穴を俺らでどうにか埋めるしかないな」
俺のダンジョンが着工するのはどう急いでも来年の春だ。
戦支度をしている最中にダンジョンの建築、国として余裕がある証拠だろう。
「そう難しい顔すんな。戦争が始まったからと言っていきなり決戦になるわけじゃねぇよ。最初は小競り合いで様子見だ」
「相手が奇襲を仕掛けてくる可能性は?何度もありましたが」
「可能性はゼロじゃねぇが。今回はしないだろうな」
だけど、教官たちが戦っている最中、自分一人だけダンジョンを作っていていいのかと険しい顔をしていたのを笑われ、背中をドンと叩かれた。
戦争になる、イコール決戦だと思っていたのが見抜かれたのか。
教官にしては珍しく苦笑気味に笑った。
「熾天使という最大戦力は俺たちに敗れた。それ以上の戦力を用意することは簡単じゃねぇ。勇者だけで軍団規模の戦力を用意できるのなら話は別だが、異世界召喚の術式は俺たちの方で全力で阻止している。新しい戦力は補充できない」
そして今度はゆっくりと酒を口に運んでいる。
教官の気遣い、そんな風に感じた俺は手に持ったグラスに注がれていた酒をグイッと飲み干す。
戦争と聞いて、柄にもなく緊張していたのがわかった。
単純に場慣れしていないがゆえに焦っていたとも言える。
「それに過去を振り返っても、俺たちの戦争が一年以内に終わったことはない。最短で十年、長ければ百年単位で戦争が続いたこともあった。その長期戦争を一回の戦で決定づけるような大戦力を投入できる余裕は今のイスアルにはないんだよ」
「だったらもっと時間をかけて戦の準備をしてもいいのでは?」
「人間ってのはな、うつろいやすいんだよ。方向性を定めても、十年後を見据えて進める奴は少ねぇ。だからスパッと決めて多少無理をしても動いた方がまとまるんだよ」
長寿族とは違い、人はあっという間に成長し老いる。
そういう教官はどこか遠くを見据えているように枯山水の庭を眺めている。
「ただ、こんな大戦だというのにエルフの野郎どもは全く動く様子がねぇのが気にくわねぇな」
「エルフ?って言うと、スエラたちと違って肌の白い耳の長い種族ですか?」
そして何か思い出したのか、けっと悪態をつき、不機嫌そうに一升瓶の酒を飲み干した。
「ああ、そのエルフだ。あいつら人間と共同で動く時もあれば動かない時もあるから、行動がよみづれぇ。神を信奉しているわけでもないから教会側も扱いに困っているようだが、太古から続く魔法技術を伝承しているから戦力としては破格なんだよ。そんな奴らと戦えないって言うのはな」
「普通は相手の戦力が弱くなることに感謝するところなんですけどね。教官らしいです」
「鬼は皆戦好きよ。強い奴と戦いたいと思って何が悪い」
エルフと言えばファンタジー小説では定番の種族。
ダークエルフのスエラですっかり慣れてしまってその存在を忘れていたが、いるんだなと思いつつ、教官の願いは組織的には勘弁して欲しいと思う。
「俺、エルフは見たことないんですけど。教官って会ったことあるんですか?」
「あるぜ、昔戦ったこともある。あいつらは良いぜ。アミリみたいなゴーレムの古代兵器を使いながら戦うんだ。それが結構歯ごたえがあってな」
「ゴーレム?魔法じゃなくて?」
「あ?ああ。そうかお前はダークエルフの奴らしか見たことがないから知らんのか。もともとダークエルフとエルフが仲が悪いのはそこら辺の技術関係が原因でな。精霊を使役し支配するエルフ。精霊と手を取り調和を目指すダークエルフ。そのことで長い年月敵対してんだよ」
「それとさっきのゴーレムが関係があるんですか?」
「ああ、スエラの術を見ればわかる通り、ダークエルフは自分の魔力を糧として精霊の本体を召喚するんだが、エルフたちは違う。あらかじめ契約していた精霊を特殊なゴーレムに憑依させ仮初の肉体を与えてその肉体を縛ることで精霊を使役するんだよ。まぁそいつらが中々強くてな、過去に炎の上位精霊を憑依させたゴーレムと戦った時なんて楽しくて仕方がなかったぜ」
そしてその話の流れで出てきたエルフの話に、俺の知っているエルフとはかけ離れた存在なんだなと思わされた。
俺の知っているエルフは、どちらかと言えば今のスエラのような存在だ。
だけど、教官の話すエルフは技術者のような効率を重視したような種族のように聞こえる。
「俺の部下の報告だと過去の魔王の肉体を構成しているゴーレムの技術はエルフの技術が使われているんじゃないかって話だ。まぁ、出なければ魔王の肉体を使役するなんてことはできないしな」
つくづく常識を覆されるなと思いつつ、そんなとんでも種族が今回は参戦しないことに心の中で安堵する。
そして大量に持ち込んだ酒をまるで最初に頼んだジョッキビールのように飲みほしていく教官。
その姿を見て俺も少しだけ酒のペースを上げる。
「猶予は一年もないか」
「ああ?何だお前、戦にダンジョンを間に合わせる気でいるのか?」
「無理ですかね?」
「無理とは言わねぇが、中途半端なダンジョンをこさえても足手まといになるだけだ。大人しく後方支援に回っている方が利口ではあるな」
そして教官に聞いた時間と、自分がやるべきスケジュールを重ね合わせて俺がどれだけの作業をこなせばいいか概算を出してみたが、前の会社のデスマーチが可愛く見えるくらいに忙殺されるのが目に見えて、苦笑してしまう。
教官も無理とは言わなかったが、下手に無理して迷惑をかけることを好ましくは思っていないらしい。
「まぁ、急造のダンジョンの使用を社長が許してくれるとは思えませんしね。今日社長に釘を刺されたばっかりですし」
「ハハハハ!お前、大将に何言われたんだよ」
俺も俺で、戦争に参加したいと思えるほど戦闘狂ではないので、素直に時間をかけられるうちはかけてダンジョンの基盤を整えた方がいいと思っているのでそこら辺は否定しない。
問題は限られた時間でどこまでダンジョンを造り上げられるか、そして方向性をどうするかという点。
「まとめれば政略結婚を忌避せず、臨機応変に対応せよと」
「ガハハハハ!!そう言えばお前のところ色々と押しかけている奴がいるみたいだな!」
「生まれてもいない子供にまで結婚の話が出るとは思いませんでしたよ」
その段階の話になるとさすがに機密に触れてしまう故に、これ以上の相談はできない。
なので、聞きたい情報は聞けたし、これだけ余らせるほど酒を用意した理由を教官は察してくれているだろうし。
ここから先はちょっとした気分転換だ。
「俺の時もあったぜ?」
「どういう風に対応しました?」
色々とごたごたして、こうやって男二人で酒を飲み交す時間はほとんどなかった。
あったのは互いの顔色を窺い、そして腹を探り合う貴族との会食の際にあった酒の飲み交しくらいで、こうやって気軽に話し合えるようなことはなかった。
今も、参考になるかなと思い聞いてみるが。
「俺よりも強ければ、やるよって言ったら来なくなったな」
「教官らしい」
ある意味で予想通りの答えが返ってきて俺は苦笑が、笑みになることをわかりつつそっと酒を飲み干すのであった。
今日の一言
相談できる相手がいることは心の支えになる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




