518 時間は待ってくれない
何気ない日常を過ごしていると時間というのはあっという間に過ぎ去ってしまう。
仕事に忙殺されて、家で癒され、その繰り返しを続けていると本当に時間は過ぎ去るのが早いと感じた。
「呼び出しに応じました。人王です」
「入り給え」
そしてメールで言われていた呼び出しの日時に合わせて社長室に出頭する。
「失礼します」
人王として出頭するようにと言われ、改めて将軍になったのだと自覚をして社長室に踏み入れた。
「やぁ、忙しい時にすまないね」
出迎え、というわけではないが室内にいるのは魔王様こと社長、インシグネ・ルナルオス様のみ。
エヴィアの姿は見えない。
普段だったら徹底して傍を離れず、社長に仕事をさせているはずなのだが。
「問題ありません、優秀な部下がいますので」
それがいないということはそこまで重要な案件ではないということか?
無難にあいさつを交わし、そして促されるままに対面になるように席につく。
俺は姿勢を正したまま座り、社長はちょっと姿勢を楽にして。
上下関係がわかるような姿勢で座った。
「うん、聞いているよ。私が聞く限りでも問題はないように見える。流石の手腕だ」
「お褒めに預かり光栄です」
この手のやり取りは、既に報告で上がっているから状況確認に過ぎない。
知っていることを知っているぞと知らせているだけ。
特段緊張することなく、受け答えをしていれば問題ない。
「うん、さて、私も君も互いに多忙の身だ。呼び出した要件を早急に片付けようじゃないか」
「……ダンジョン建設の日程が決まったと聞いていますが」
「うん、正式な認可が下りるのはもう少し先だけど、エヴィアが頑張ってくれてね。年内を目安に認可が下り、その際に私たちの存在が世界に周知される」
「年内…、早いですね」
「日本からすればいつ横槍が入って私たちとの関係を取られるか危惧している様子でね。先に提示していた条件がかなり受けが良かったと見える」
そして本題に入った。
内容は俺が管理するダンジョン、及び土地に関する内容。
日本の陸地からそれなりに離れた距離で作られる人工島計画。
「破格とまでは言いませんが、日本からしたら潤沢な油田を手に入れるようなものですからね。資源不足は日本では常に深刻に悩まされているので」
その代価として与えられるのが大陸に眠っている油田。
採取技術自体は確立しているから、俺が管理するダンジョン経由で拠出するだけ。
移送コストも海外から輸入するよりも大幅に少なくなり、日本国内での産業コストを下げられる。
そうなれば経済活動も活発になるというわけで、経済を回している存在からしたら恵みの雨というわけだ。
「まだ、幾人かは我々のことを受け入れるべきではないと言っているようだがね。九割がた納得させることには成功したようだよ。状況は確実に進んでいる。どうだい?人王・田中次郎、今の気持ちは」
そんな経済へ大きく影響するような立場に立たされている俺の気持ちを社長は聞く。
「不安はありますが、逆に言えばそれ以外は特には、やれることを全力でやる。それを支えてくれる部下もいる。それだけです」
「ふむ、浮足立っているのならここで一つ説教でもしようかと思ったが、その心配はなさそうだ。国内では、君のことを傀儡にしようとしている輩も多いと聞く、私の直近がそんな輩に付け入れられては困る」
「……やはり社長の耳にも入っているのですね」
そして社長の本命はどちらかと言えばこっちだろうと、直感的に悟った。
年内と言えど、着工まではまだ時間があり、魔王軍のことを市民に周知すると言っても想定内の事態である。
特別なことをするわけではないと認識している社長が、わざわざ俺を呼び出す理由にダンジョンのことを持ち出したのは、当たり障りない理由だからというわけか。
「もちろん、私の耳は他の者よりも良く物事を捉えるのでね。君の置かれている立場も良く聞く。縁談の話が絶えないそうだね?」
「喜べばいいかわかりませんが、その手の話は良く聞きますね」
「加えて、君の将来の子供への縁談も良く入るとか」
社長が聞きたいのは、自身が管理する組織の勢力図の確認といったところか。
刻一刻と変化する魔王軍の中でも、俺を筆頭とした勢力の変化は著しいと言って良い。
いい意味でも悪い意味でも、社長の興味の関心を引いてしまったわけだ。
「エヴィアからよくある話だと聞いたときは正直にいって、エヴィアでも冗談を言うのかと思いましたよ」
「こちらの世界でもあると思うんだけど?」
「随分と昔にすたれた風習ですね。今の時代、お家同士で繋がりを強く持とうとする家系の方が珍しいですよ」
「なるほど、君が驚くのも無理はないと言うわけか」
クツクツと機嫌よく笑う社長の姿を見て、今のところは俺の縁談騒動に関しては悪くは捉えていないようで一安心だ。
だけどそこに胡坐をかけるほど余裕があるわけではなさそう。
この社長は一見楽しんでいると思えても、ふとした境であっさり切り捨ててしまうような冷徹な思考を持っている。
この程度で将軍の任を解かれることはないだろうが、心証をあえて悪くする必要性は感じない。
「それにしても、君もエヴィアも面白いことを思いついた。あえて将軍である君が道化を演じて家族を守る。一見守勢にも見える行動だが、私は攻めの姿勢のように見えるね」
「……そこまで聞いているんですか?」
だが、流石に親バカ愛妻家の話まで社長の耳に入っているとは思わなかった。
「言っただろ?私の耳は君が考えるよりも遠くの音を拾うのだよ。まぁ、口の堅い面々を選んでいるようで、私も詳細に関しては聞き及んでいないがね」
そして細かい内容までは知らないと言う社長に本当かと懐疑的な視線を向けてしまう。
「本当だとも、君とエヴィアがこの縁談に関しては乗り気ではないので策を打ったと聞いて調べたが、逆を言えばそれ以上の話は聞いていない。だが、私からして君が新たな勢力になるのは明白、ここで一つ君がどんな勢力図を描こうか聞こうと思ってね。エヴィアがこの場にいないのは余計な入れ知恵をされると面倒だと思ったからさ」
その視線を不快に思わず、むしろ望ましいと言わんばかりに微笑み、そして一気に社長の雰囲気が変わった。
成長し、教官に勝ったと言えどそれでも肌が震えるほどの覇気を見せつける社長。
牙をむくような意図はないにしても、勢力を拡大しようとしている意図が見えていては国の長として見過ごせないというわけか。
エヴィアがここにいない理由も知れたが、安心できる要素はない。
むしろ俺は虎口に飛び込んでしまったようだ。
「……そうですね」
ここまで来たら二者択一。
素直に白状するか、言葉巧みに誤魔化すか。
どちらにも相応のリスクはあるが。
「少なくとも、今のところは縁談によって勢力を拡大する気はないです」
俺は話せる部分はあっさりと白状しようと、素直に話すことを選ぶ。
俺の対話術じゃ社長には敵わない。
下手に情報を出さないように誤魔化して心証を悪くするリスクの方が俺にとっては怖い。
それに、キオ教官だったら「誤魔化さず正面から社長に立ち向かえ」くらいは言ってのけそうだしな。
「うん、そこは何となく君たちの普段の仲から見て察しが付く。それに君はライドウやアミリとも仲がいい。ノーライフとの勢力とも程よい距離を保っているようだし、何よりノーディス家の後ろ盾が得られれば下手な貴族と関係を深めるリスクは必要ないだろう」
その行動は吉と出たのか、すっと最初に感じていた覇気を収めた社長は、足を組み俺の話の先を促し始めた。
「なにせ嫁が四人もいますので」
「ハハハハ!それでも結婚という縁は必要だと思うのだろうさ。派閥問題になるが、派閥の中で立場の低い家は新興勢力に賭けたくなるものだ。ましてや君はあのライドウを打ち負かした存在。期待値は思いのほか高い」
「だから、社長は俺の勢力が拡大〝しすぎる〟ことを危惧していると?」
「ふむ、察しがいい」
そしてちょっとづつヒントを出してきた社長の言葉にピンときて確認してみれば、合格だと社長は頷いた。
「もともと私は君の勢力が私に牙をむくとは思ってはいない。何せ今の君の組織のかじ取りはムイル・ヘンデルバーグだ。野心よりも安定を優先するだろう。だが、先ほども言った通り他の立場の弱い野心の強い輩は話は違う。君のところに縁談を申し込んでいる輩はそういった家が多いのだよ」
そして社長が心配している部分にわかるだろと共感を求めてきたので、俺は素直に頷く。
「ええ、エヴィアやメモリアからよくその手の話は聞いていますから」
実際、エヴィアやメモリアがあの家は金遣いが荒いとか、裏で密売をしているとか、色々と裏話を聞かせてくれるおかげで危険な家とそうでない家の区別を覚えさせられている。
「そんな家の対処に苦労しているようだね」
そこからは答えを隠す必要もないと砕けた口調になる社長に俺は否定の言葉は紡げないが、代わりに肯定の意味をする苦笑を浮かべる。
「私が動ければいいのだけど、そうしたら君への風当たりが強くなるからね。それは得策ではない」
そんな俺の態度に何か手助けをと考えてくれるようだが、社長の言う通りここで表立って俺のことを庇えば周囲への心象は悪くなる。
「お気遣いだけで、これは自力で対処しないといけないことなので」
「そうだね、その通りだ」
そんな当たり前のことをなぜ社長は確認するのだ。
社長の今回の呼び出しは、俺の勢力図の絵図を確認するためなのは間違いない。
そしてそれは、俺に野心がないことを知って達せられたはず。
これ以上何を聞く必要があるかと考える。
「だが、このままいけば君の勢力が安定するのに時間がかかるのも明白。平時ならそれで問題ないのだが、今は時間が惜しい」
「時間が惜しい?何か問題でも」
その何かが、社長の行動の理由になっている。
そう思い聞いてみると。
「イスアルの方で色々と動きがあるようでね、向こうも熾天使を失ったから当分は動きはないと踏んでいたが思ったよりも根性たくましいようでね」
「!」
不穏な内容を俺に教えてくれた。
「向こう側に送っていた密偵組織のいくつかと連絡が途絶している。教会が主導で我々の協力者をあぶりだしているようでね。ライドウやルナリアに命じて被害を抑えようとしているから、まだ情報は入ってきている。だが、このままいけば向こう側の情報を得るのも難しくなってきている。組織的にこちら側の情報を遮ろうとしているのは明白、だから君には早めに自立してこちら側の後方支援を出来るようにしてほしいのが本音だ」
平穏な時間が終わりを告げようとしている。
「戦争ですか」
「こちら側から攻め込む予定はない。だけど、向こう側から攻め込まれる可能性は十分にあり得るね」
「……」
日本との交渉を急いでいたのは戦争時に支援できる安全な地盤が欲しかったからなのか。
「時間の猶予はあまりないと考えてくれ、急いては事を仕損じるというのは君の国の言葉だが、時間の猶予は思ったよりも少ない。私としては一刻も早くダンジョンの運営を始めてほしい」
事は思ったよりも深刻で、時間に余裕はない。
「酷なことを言うが、場合によっては君の嫌う政略結婚も視野に入れてほしい。今回はそのことを伝えるために呼んだんだ」
国の一大事のために公私を分けろと社長に言われてしまった。
今日の一言
手段を選べるのは贅沢だ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!