517 折衷案と言うのはすり合わせによって生まれる
北宮と南、種類の異なる二人の女性から思いを寄せられる勝。
男からすれば羨ましい光景なのかもしれないが、その関係はなかなか難しいもの。
この三人の人間関係は絶妙なバランスで保たれていたが、川崎翠の所為で均衡が崩れた。
その対処に南から助けを求められたが、正直に言えば男の俺にどうすればいいかとすぐに妙案が出るわけがない。
「そう言えば北宮、ちょっと相談なんだが」
正直に言うにはリスクが高すぎる話題。
「次郎さんの相談って、また厄介事?」
そんな状況で出来ることと言えば、時間稼ぎ。
「いや、厄介事って」
「そうじゃない話を私は体験したことがないんだけど?」
「……比較的、厄介事ではないはずだ」
「そう、それで相談って?」
そして話題を逸らすことだ。
改めて場を設けて作戦会議をしなければという考えで話を変えたのはいいが、日頃の行いの所為か、北宮が若干嫌そうな顔で俺の話を聞き返してくる。
「いや実はな」
そんなに厄介事を抱え込んでいるかなと思い返し、思い返さなかった方が良かったなと心当たりの多さにへこみながら、エヴィアに聞いた話をかいつまんで概要だけを話す。
簡単にまとめれば、これから俺の立場を狙って少しでもつながりを持ちたくて政略結婚の話が大勢来る。
その対象が俺だけではなく子供たちにも及んでいる、少しでもふるいにかけ減らすために愛妻家と親バカをアピールしたいと言えば。
「ユキエラちゃんとサチエラちゃんに婚約申し込みって、信じられないわね。ただ、それが本当なら次郎さんとエヴィアさんの考えも理解できるわね」
北宮は常識的に、自分たちの世界とは違う感覚に戸惑いの色を見せた。
顎に手を当て、そんなことがあるのか?と疑問符を浮かべているが、とりあえず俺の言葉だから信じてくれている様子。
「だろ?俺的にはスエラたちを愛しているのは間違いないし、男ならお前に娘はやらん!!って台詞にも憧れは有ったりするから行動そのものはやってもいいんだが」
呆れ半分、驚愕半分といった表情で北宮は俺の話を聞きつつ、すっと顎から手を離すと。
「それ、将来ユキエラちゃんやサチエラちゃんが彼氏連れてきたとき嫌われたくなかったら絶対に言わない方がいいわよ」
俺の行動にダメ出しを入れた。
「……ダメか?」
「ダメね。もし仮に私がお父さんに言われたら、キレる自信があるわ」
男親なら一度でも憧れる台詞をバッサリと切り捨てられ、すこしシュンと落ち込む。
「そう言われてもなぁ、だったらどうすればいい?って話に戻るんだよ。俺としても、ユキエラとサチエラの迷惑にならない程度に親バカになりたいんだが、加減しすぎたら意味ないし、やりすぎたら将来行き遅れになったりしないか心配でなぁ。匙加減と言うか、どうすればいいか皆目見当がつかない」
「次郎さんもすっかり父親ね」
「まぁ、実際二児の父親でござるが」
愛妻家の方は何となく、パーティーとかでエヴィアやスエラ、メモリア、ヒミクの自慢話をすればいいかなと漠然と想像できるのだが、子供のことはそう簡単にはいかない。
しみじみとつぶやけば、北宮と南から優しい視線を受ける。
「次郎さん的にはどういう風に落ち着けたいの?」
「俺の考えは、まぁ、将来含めて子供たちが自由恋愛ができればいいかなって感じか。こう言っちゃなんだが、政略結婚してまで領土開拓みたいなことをする必要性は感じないんだよな」
「そう言えるのって、リーダーの交友関係が異常だからでござるよ。半数以上の将軍と仲が良くて大貴族の令嬢と婚約してて、さらには大手商家の娘とも結婚って、あり得ないでござるよ。普通新参者ってもっと地盤がゆるくて、そこを上司にいびられて、さらに足元をさらうように同僚や部下に足を引っ張られて苦労するものだと拙者は思っていたのでござるが」
「ちなみにメモリアのことはただの店舗店員としか思ってなかったし、向こうから告白されて少しづつ関係を築いたんだからな?逆玉を狙ったわけじゃないぞ。それと南、ブラック企業だとそれが基本だ」
「二人して馬鹿なこと言ってないで、真面目に考えなさいよ。本題はユキエラちゃんとサチエラちゃんのことでしょ」
始業時間までまだ余裕はあるとはいえ、時間は無限にあるわけではない。
二人にもこの後仕事はあるのだ。
「と言ってもなぁ。俺が考えられるのって漫画やドラマが参考になってるから、実際にやれって言われても具体的に思いつかないんだよ」
相談に乗ってもらっている手前、真面目になるのだが、親バカになれと漠然と言われても具体的に何をすればいいか。
「いっそのこと、婚約したければリーダーを倒せとか言えばいいんじゃないでござるか?そっちの方が手っ取り早そうでござるし、拙者的に親バカのイメージ通りでござるが」
「あんた、次郎さんを過労死させる気?ただでさえ忙しいのに、これ以上仕事を増やさせてどうするのよ」
「……その手があったか」
後ろで手を組んだ南が、手っ取り早くと言いつつ提案してくれた発想に思わず、いいかもと思った。
「いや、リーダー?真面目に考えないでほしいんでござるが、リーダーもダンジョン建設で忙しいと思うんで、拙者の所為で過労死したら拙者の命がヤバいでござる」
「あんたはもう少し考えてから言葉を発しなさいよ」
真剣に考え始めてしまった所為で南が慌てている。
そして、残念ながら南の言う通り、今の段階では時間に余裕がない。
これから本格的にダンジョンの建設も始まる。
それも相俟って、俺の時間的余裕はさらに無くなるだろう。
とても一人一人相手にして、物理的に話し合う余裕はない。
いい案だと思ったんだがな。
「くっ、もっと時間があれば」
「本気で悔しそうにしているでござるよ」
「この人も脳筋なところがあるからね。体育会系の思考って言えばいいのかしら?」
「いや、絶対に教官たちの影響が一番出ていると思うでござる」
仕事が忙しくて、ユキエラとサチエラのことに手が回らないなんて田中次郎一生の不覚だ。
「おーい、リーダー、拙者たちも真面目に考えるからそろそろ戻ってくるでござるよ」
「もとはと言えばあなたの所為でしょ」
そんな葛藤をしていると、フリフリと俺の目の前で手を振り、こっちに注意を向けようとする南に気づき、俺の意識は戻る。
「とりあえず、辻斬り以外の方法を考えた方がいいでござろうなぁ」
「そうね、でも、私たちだってその手の知識は疎いわよ?メモリアさんやエヴィアさんに相談したほうがいいんじゃない?貴族関係の話ならそっちの方が詳しいと思うんだけど」
それで何かいい案が出ればいいんだけど、生憎と出てこない。
スエラたち妻の立場の場合、自慢し愛をうたえばそれだけで一定の女性は寄ってこなくはなる。
それでもケイリィさんの言う通り、俺の性質をメリットと捉える女性もいるから、その手の輩の対処には追われる。
そこは仕方ない。
問題は、娘たちの子供の場合自慢しても子供が優秀だと思われるだけで、むしろ婚約申し込みは増えてしまう。
適度な距離感を考えて行動しなければならない。
北宮の言う通りその手の話なら、エヴィアたちの方が詳しく、無難に断ることもできる。
だが、新興勢力の俺の場合その手は最後の手段、出来るだけ取っておかなければならない。
「いや、むしろそっちの方は直接断ると将来問題になるからな。現状、他の勢力と下手に距離を取ると後が面倒になる」
新参者はどこの世界でも苦労するのが定石。
取捨選択はするが、繋がれる機会があるのに繋がらないのはあまり良い手とは言えない。
一度断った後にまた繋がりましょうと交渉の場を設けるのは容易ではない。
子供たちのことと、スエラのことを考えるならすっぱりと断れれば楽なのだが、将軍という立場がそれを許してくれないのだ。
「理想は間接的に俺がそこら辺の事情が疎くて、子供を手放したくないっていう親バカを演じることになったわけだ。将軍だし、実力も一応あるから、下手に突っ込めなくなるってわけさ」
「そういうこと」
「難しいでござるなぁ、拙者そう聞くと出世したくないでござるよ。給料もいいでござるし、ここなら一生平社員でもいいかもしれないでござる」
「それは無理なんじゃない?次郎さんって言う例があるし、ここのみんなはともかく周りから見たら私たちって次郎さんの直属の部下よ」
「そうでござった」
その影響は大なり小なり南たちにも出ているわけで、社内での海堂を含め、第一課の期待値は高い。
また俺みたいな戦力が出るかもしれないと期待半分警戒半分という感じだが、注目度的には他よりは高いことは事実。
「んー、異世界でも自由な立場というのは存在しなかったでござるなぁ」
「あんたはもともとそんな立場を気にするような奴じゃないでしょ」
「そうでござった」
こうやって軽く雑談しているような南と北宮でも、魔王軍内部では実力者として扱われている。
総合的な能力で言えば二人ともまだまだ未熟な部分はあるが、それでも相応の実力はある。
そう考えるとだいぶ成長したと言えるのだ。
「おっと、また話が逸れたでござるな」
「でも、結局のところ次郎さんが直接やれることって少ないんじゃないかしら?そういった人間関係って無理矢理出来る話ではないんでしょ?」
「まぁ、よほど俺が困窮しない限りはな」
「だったら、いきなりするよりも、少しづつ話を浸透させていった方がいいんじゃない?」
最初にあった時は色々と険悪だった面もあったが、今ではこうやって腹を割って話すこともできる。
子供のことを心配してくれる。
そんな関係を築けている。
それは素晴らしいことではないか。
「まぁ、遠回しに俺がまだ子供の結婚は考えていないって噂を流すのが無難なところか」
「そうね、下手にしつこく次郎さんに申し込んで次郎さんの機嫌を損ねるって言う方が問題って思うわよ普通は」
「妥当だな」
「普通とも言うでござる」
「普通で悪かったわね。だったらあなたが代案を出しなさいよ」
「普通万歳、普通が一番でござる」
「見事な手のひら返しだな」
そしてうまく話題転換できたことに心の片隅で安堵する。
さらっと自分の意見を覆す南に呆れる北宮、そんなやり取りをしていると始業の時間まであと十分ほどまで迫っている。
もうすでに海堂たちも出社してきてもおかしくはないが。
「勝とアメリアは学校だろうが、海堂の奴どうしたんだ。このままいくと遅刻だぞアイツ」
「そう言えばそうね」
「おかしいでござるな。海堂先輩ならもうすでに来ていてもおかしくはない時間でござる」
だが、その海堂が来る様子がない。
「寝坊か?」
「アミリさんと双子ちゃんに絞られたに一票でござる」
「止めなさいよ朝っぱらから」
おかしいなと首をかしげている俺と、そこまで心配していない二人。
ある意味では信用されているなと思っていると、始業一分前になって滑り込むように海堂が出勤してきた。
「滑りこみセーフっす!!」
「まぁ、セーフだな」
「残り三十秒、ギリギリね」
「惜しかったでござる」
「何がよ」
オフィス内がだいぶ賑わい、
各々仕事の準備に取り掛かっている頃に海堂がやってきてこちらに気付く。
「あ、先輩!おはようっす!!」
「ああ、おはよう。遅刻ギリギリとは珍しいな。何かあったか?」
「目覚ましが全滅してたっす」
何かトラブルかと思い心配して聞いてみれば、普段の行いからしたら些細なトラブルが海堂を襲っていただけ。
心配する必要はなかったと言うわけだ。
「次は巨人製の頑丈なやつを用意するっす」
「何で壊れたかは、聞かないでおく。さて、仕事の時間だ。二人とも時間を取らせたな」
「良いわよ、大したこと言えなかったし」
「今度お礼にご飯奢ってくれればいいでござるよ」
今日も平和に仕事は始まる。
そう思っていたのだが。
「ん?」
メールの着信を知らせる音がパソコンから鳴り、その差出人を見て、俺は少し表情を真剣なものに変える。
メールを開き、書かれた内容を読み進めて。
「ついに来たか」
そうこぼすのであった。
『ダンジョン建設工程に関しての呼び出し 差出人インシグネ・ルナルオス』
今日の一言
案というのは簡単には出てこない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




