514 下準備こそ、仕事で一番重要な仕事だ
Another side
そこは魔王が治める大陸の中で唯一の治外法権の場所。
神が治める土地、神域。
国土と比べれば圧倒的に少ないわずかな土地にある神殿。
そこにめがけて飛ぶ大きな竜。
竜王バスカル。
「いやぁ、相変わらずここは魔境だね。ここにいる戦力を一部でも借りられたらどれだけ戦局が楽になるか」
『それを許さないのがルイーナ様でしょうが』
「わかってるよバスカル」
その背中に乗る魔王は、笑顔で周囲の景色を楽しむように眺めていた。
この竜王が飛ぶ空域に、竜王と同等かあるいはそれよりも巨躯の竜や鳥が飛び回り、地上ではありえないほど巨体の魔獣たちがそれぞれの縄張りで生命の営みを成り立たせていた。
そのどの個体も魔力量が絶大。
神獣という存在には及ばないが、それでも将軍位と正面切って戦える個体がゴロゴロと居座っている。
魔王の視線の中央に収まる巨大な神殿。
そこを中心とした、辺り一帯に広がる魔獣の住処。
一歩でも侵入者が入り込めば、その魔獣たちの腹の中に納まってしまうほどの危険地帯。
「それにしても、相変わらずの魔力の濃さだね。そりゃぁ、これだけの魔獣が育つわけだ」
そしてここいら一帯の魔力は最早常人では毒にしかならないような濃度で魔力が満ちている。
それを涼しい顔で浴びながら魔王はその魔力を感じ取っている。
それもそのはず、あの神殿は月の神ルイーナの本体が眠る建物。
いわば神の住居。
そこからはこの大陸を支える魔力が無尽蔵のように溢れているのだから、この濃度で収まっている方が逆に奇跡だと言って良い。
『しかし、たかだか新人の将軍のために魔王様がダンジョンの素材を取りに伺うなど聞いたことないぜ。むしろこういう仕事は新人にやらせないと他に示しがつかないですぜ』
そんな空間に魔王軍のトップである魔王が赴くことをバスカルは快く思っていない。
この場に来ること自体はバスカルも悪い気はしないが、来る理由が新人のダンジョンに使うための素材を受け取りに来るというのだから些か以上に不機嫌になり気味。
自身よりも強い魔王の頼みでなければ断るどころの話ではなく、頼んできた相手に真っ向から喧嘩を売り、八つ裂きにしていただろう。
「今回は少し特殊でね、異界と繋ぐのは同じだけど、地球には魔力がない。そこを補わなければいけないから。私の方でしっかりと物を見定めたいのさ。まぁ、エヴィアと仕事から逃げてきたと言う理由もあるからね!!」
そんな感情に気づいている故に魔王はカラカラと冗談で場を和ます。
実際、神殿に赴くという大義名分を引っ提げて、可能な限りエヴィアに仕事を押し付けている魔王。
口元を引きつらせつつ、了承したエヴィアのことを思い浮かべると、何か手土産でも持っていかねば、向こう数年、缶詰にされるのではと危惧している。
『魔王様、いい加減にしないとエヴィアの奴が切れて刺されるぜ?』
「過去に一度刺されたことがあるから、それは避けたいところだね。彼女の攻撃は中々痛い」
エヴィアとは古い付き合いで、一度だけ殺し合ったこともあった。
膨大な量の魔剣を使いこなし、そして狂気の笑みで襲い掛かってくるエヴィアとの戦い。
致命傷ではないが深手を負った経験のある魔王からしたら、その痛みは今でも鮮明に思い出すことができる。
痛いのは嫌だなと、苦笑する魔王に、バスカルは笑うことをせず。
『そうだな、あいつの攻撃ねちっこくて俺も嫌いだ』
むしろ仕事をさぼることにかけては常習犯であるバスカルは折檻される機会も多く、何度か切れたエヴィアと戦って痛い目を見ている。
故にエヴィアの攻撃の恐ろしさを身をもって痛感していたりもするのだ。
そんな雑談を講じている間に、神殿の外壁、いや、城壁と言い換えていい立派な壁に設置されている城門の前にバスカルはゆっくりと下りる。
もし仮に、その門を通らず空中から侵入するようなことがあれば、神殿出身のバスカルも例外なく撃ち落される。
それはこのような場所。
「古代のゴーレムか。たしか、機王の祖先が神殿に寄贈した品だったね」
その城門を守るのは全て希少金属で形成されている古代のゴーレム。
全身を鎧で身を包み、その全長は十メートルを超える巨人のような姿。
浅草の雷門の左右にある風神雷神の像のように左右に配置され、それぞれ剣と槍を持っている。
傍から見れば普通のゴーレム、それも古い時代のゴーレムだから弱いかと思われかねないが、もし仮に何も知らずにこのゴーレムと戦う事になると面倒なことになる。
このゴーレム、神の依り代になれる。
そしてこの城壁にはこのゴーレムを支援するための火器がそこら中に設置されている。
その意味を知らずにこの城門を突破しようとしたら、神が操る古代のゴーレムに襲われながら城壁から神の魔力が供給されている古代の魔道具からの魔法が雨あられと降り注ぎ、攻撃は城壁に施された結界で防がれるというワンサイドゲームが繰り広げられる。
過去の魔王が、魔獣の住処を踏破し神殿に攻め入ったとき、その首を落としたのがこのゴーレムの片割れ。
自尊心の高い魔王だったからこそ起こした凶行だったが、その結末はいたってあっけない。
現魔王自身そうならないように自制心は、自制心だけはしっかりと持たないとなと心に決めているが、その頭の中ではこの神殿を攻略するにはどうすればいいか、どれほどの戦力があればいいか、そして現存戦力で可能かどうかを考えていたりする。
「魔王インシグネだ。アポイントはとっているはずだ。通してくれないか?」
だけど、そのことは悟られないような笑顔を張り付け、気負いなくそのゴーレムに話しかける。
魔王を殺したゴーレム。
魔王であれば嫌悪し、警戒するが、魔王は警戒する気配を欠片も見せずそのまま近づいていくと、グオンと鈍い音を響かせて、ゴーレムが起動する。
そして左右のゴーレムが手を伸ばし、重厚な城門に手をかけ、その重い扉を開け放つ。
「さて行こうか」
『ああ』
竜の姿のバスカルを引き連れて、そのままその門をくぐる。
そして城壁の中に入るとそこは何もない。
あるのは中央にそびえる大きな神殿と、それを囲む芝。
そして神殿に続く唯一の舗装された道を警護するように左右に道に沿うように設置された、城門と同じ形のゴーレム。
それ以外は広大な土地を無駄に余らせていると思わせるほどの広い土地があるだけ。
「……」
『……』
その空間を無言で歩く。
魔王と竜王バスカルとじゃ歩行速度は違うが、それは竜王が合わせているので問題はない。
城門と同じゴーレムが守る神殿まで続く唯一舗装された道。
そのまま進み、その中継地点とも取れる装飾の施された噴水が見えてきた。
「お待ちしておりました。今代の魔王、インシグネ様。そして竜王バスカル様」
その前に立つシンプルなシスター服に身を包む、一人の少女が二人を出迎えた。
「やぁ、シスターサナリィ。お出迎え感謝するよ」
『元気そうだな、サナリィ』
魔王たちがある程度近づき、声をかけるにちょうどいい距離に入り込んだタイミングでサナリィは頭を下げる。
「それが私の職務でございます。竜王様、お気遣い感謝いたします」
それぞれの挨拶がすみ。
そのまま雑談に入るような流れではない。
「お時間をかけないようにエヴィア様から連絡を受けておりますので、早急に移動させてもらいます」
「おや、彼女はそんな手配までしてくれたのか」
「事情は聴いております。私としてもルイーナ様の悲願を達成するために、多忙である魔王様の時間を出来るだけ消費させないように気遣った方がよろしいと思いましたので」
エヴィアが手を回し、魔王に時間稼ぎをさせないという思いを受け取ったサナリィはそのまま噴水に施されている文様に手を触れ魔力を流す。
そうすることにより、噴水に施されていた機能が起動する。
噴水を囲む舗装された土地が稼働し、徐々に下に降りだす。
次郎がもしこの場にいたら、隠しエレベーター!?と驚いたことに違いない。
昇降機となっているその噴水に三人が乗り、そのまま神殿の本来の姿、地下都市に降りていく。
だがこの噴水はただの昇降機ではなく、そのまま目的地に移動できるようになっている。
「ここは相変わらずすごいね。まるで東京のように明るい」
そして魔王の眼下に見えるのは何度見ても、飽きさせない灯りに包まれた整備された街並み。
中世時代のヨーロッパ地方の町を彷彿とさせるその町並みには街灯が設置され、その町を照らす。
閉鎖的な空間であるはずなのに、天井が高いゆえに圧迫感を感じさせない。
そこで生活する人たちは皆幼い姿をしていることを除いて、人の生活が営まれているのがわかる。
「そのトウキョウという町は存じませんが、ここ以上に栄えている町があるのですか?」
「うん、一部の技術においては私たちを上回っていると言っていいよ。その技術の一端を使っている身としては、世界が違い文化が違えば、栄える技術も違うと痛感させられるよ」
その神の膝元の町と異世界の一国の首都を比べ、怪訝な目で見られても魔王は気にしない。
「気になるかい?」
「ええ、神の膝元であるこの町と比類する町、気にならないと言えば嘘になります」
「見たいかい?」
「いいえ、神のお言葉がありましたらその命に則り見に行きますが、私事でここを離れることはありません」
「相変わらずだね」
「それが私なので」
魔王とサナリィの関係は魔王になってからの付き合いになるから、結構長い。
だけど、会話の内容はいたってシンプル。
『……』
つれないなと肩をすくめてバスカルに視線を投げても、神殿出身であるバスカルからしたら、面倒だなと顔をしかめるだけの会話。
そんな会話をしているうちに目的地に着く。
ゆっくりと下降した噴水は、とある大きな建物の前で止まった。
一見すれば工場のようにも見える建物だが、その周囲を固める警備がすさまじい。
ゴーレムもそうだが、完全装備をした幼き姿の兵士たちの姿も見れる。
その幼き姿である兵士たちも、実際に生きた年数はその姿からは想像もできないほど長い。
古兵と言えばいいだろうか。
その目に宿らせる職務への真剣さを十全に感じさせる立ち振る舞いに、魔王は魔王軍の練度をもう少し上げるべきかなと考えつつ、その工場の扉を潜る。
「……見事だね」
そして目的の物はすぐに目に入った。
工場の大きな扉を開けてすぐそば。
幾重にも張られた結界の中に鎮座する、台座に納められた巨大な魔道具。
その魔道具から放たれる魔力もそうだが、その中核とも言っていい巨大な魔石に掘られた幾重もの魔法陣。
一種の芸術とも取れる代物に魔王は感嘆する。
「先日天寿を全うした千年級の土竜の魔石を使いました。大地作成の魔道具です。同じものを用意するのは我々でも難しいです。ご使用の際は慎重にお願いします」
その魔道具の役割は地球に作る新たな魔王軍の拠点を生み出すための要とも言える魔道具。
「わかっている。彼の命無駄にはしないよ」
「それなら結構です」
それを受け取るためだけに魔王がやってきた。
本来であれば幾重もの警備を、それこそ将軍級の戦力を派遣して輸送する代物を、サナリィが解いた結界の中にあった魔道具を、魔王は自身の空間魔法の中にある空間に収納する。
「感謝する。主神への接見は可能かな?」
「そう言われると思いまして、主より言伝があります。『成果をもってして吉報を待つ』と」
「相変わらずだね」
「それが主であります」
本来であればこれを作った神へお礼を申し上げるのだが、そういった定型的なあいさつを嫌う月の神の対応に仕方ないと笑い。
魔王はこの場を立ち去る。
「魔王様」
そんな魔王をサナリィが止める。
「何かな?」
「……」
本来であれば、重要な魔道具を渡したらそれで終了のハズにもかかわらず、サナリィは魔王を呼び止め、言うか言わないか迷った。
「うん、安心してサナリィ。〝約束〟は守るさ彼女のために」
その迷いを見抜いた魔王は、優しくそう宣言する。
その言葉にサナリィは応える代わりに。
「悲願成就をお祈りしております」
そっと祈る姿勢を取るのであった。
Another side End
今日の一言
重要だと思う部分は他人の確認だけではなく自分でも確認せよ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




