513 心配してくれる人がいることは嬉しいことだ。
色々な意味で楽しい夕食の時間が終わり、屋敷の使用人も大半が就寝し、例え夜の世界の住人と言えど起きている人の方が少なくなった深夜零時。
こんな時間にエヴィアに呼び出されて、何の用だと屋敷に用意したエヴィアの部屋に行き、ノックをすると。
『入れ』
誰が来たかと声をかける間も開けず、エヴィアが入室を許可してくる。
俺は迷わず、ドアノブに手を伸ばし、その扉を押し開けると。
「来たか、そこに座れ」
何やら甘い香りが漂よっていた。
だが、それは害になるものではないとなんとなく察して、俺はエヴィアに言われた通り、指さされた椅子に腰を掛けた。
「それで、どうしたんだ?こんな時間に呼び出すなんて」
俺は呼び出される原因に心当たりがなくて、素直にその疑問をぶつけた。
「なに、お前には話しておかないといけないと思ったことがあってな」
向かい合うように対面の椅子に腰かけたエヴィアが座り足を組み替えると、その綺麗な足がするりと色香を漂わせるように姿を現す。
真剣な話だと思い、その色香に惑わされないようにそっと視線がずれないように固定する。
「仕事の話か?それとも、プライベートの方か?」
そんな色仕掛けをするときはエヴィアが誘っている時の合図であるが、それならこんな風に遠回しで呼び出すことなんてない。
「プライベートの話でもあり仕事の話でもあるな」
そっとあらかじめ用意していたテーブルの上にあった酒のボトルに手を伸ばして、二つ用意してあったグラスにエヴィアは注ぐ。
俺を呼び出した時かなり真剣な表情をしていたから何の話かと思い少し身構えながらその酒を受け取った。
食後の酒もあり、この後どうなるかで真剣に対応しないといけないのであまり深酒をしないようにそっと舐めるようにそれを口にする。
上品な口当たりの酒にエヴィアのお気に入りのやつだなと思いつつも少し味わうとグラスをテーブルに戻す。
「まぁ、面倒な話になるのは違いないが」
「面倒?」
「ああ、本来であればスエラも交えた方がいいのだろうが、私の実家経由の話と言うことで、とりあえずお前と私だけで情報を共有をしておこうと思ってな」
そして苦笑しながら酒の次にエヴィアが出してきたのは……
「お見合い写真?」
何と古風なと、現代であればこんな感じの写真を見ることはあまりないのではないだろうかと、写真を入れているケースも随分と高級感が溢れている。
「って、全員男?俺そういう趣味はないんだが」
エヴィアが取り出したお見合い写真の束の一番上を試しに手に取り、中身を見るとビシッと格好を決めたダークエルフの男が姿を現せた。
男色を疑われているのかと俺の表情が嫌悪感で染まると。
「違う、そいつはユキエラの相手だ」
「は?」
「ちなみにサチエラの分はこっちだ」
それに呆れながら否定をして新しくお見合い写真の束を取り出したエヴィア。
「……おいおいおい、うちの娘まだ一歳にもなってないんだぞ」
「そんなもの貴族には関係ない。有能な血筋を得るため、権力者に近づくため、そのための婚約など当たり前だ」
「……当たり前って」
仕事に関係するプライベートの話ってこれのことか。
言葉すらまともに話せない娘の結婚話。
まだ先の話になるかと思いきや、俺が想像していたよりも展開が早い。
「……二百歳とこっちは百八十歳、こいつは七十二歳……どれだけ歳の差結婚になるんだよ」
「長寿の種族が多い我らではそれくらいの差なら比較的少ない部類に入るぞ。中には五百歳差なんて夫婦もいる」
「五百歳……」
簡易的なプロフィールに目を通せば、その人物の年齢や、家柄などが書かれている。
貴族、商家、豪族、多種多様の権力者がユキエラとサチエラの婚約者に名乗りを上げている。
「私の子供やメモリアの子供、はたまた天使の血を家に入れようとヒミクの子供に婚約を申し込んでいる者もいる」
「はぁ!?」
幼いという言葉では足りないほど、まだまだ未成熟なユキエラとサチエラに対しての婚約話だけでも頭が混乱しそうだというのに、まだ生まれもしていない子供の婚約を申し込むなんて頭がどうかしているとしか言いようがない。
思わず、テーブルに手をついて立ち上がりそうになった。
「落ち着け、こうなることは想像できていた」
「いや、俺は想像できていなかったんだが」
「だろうな、こっちの風習に馴染んできたと言っても、次郎には縁のなかった世界だ。価値観の齟齬は起きるだろうさ」
だが、冷静に言葉を返すエヴィアによってこっちも冷静になって、そっと席に座りなおす。
「お前が実績を残しているのは評価され、お前の地位を固めるのに役立つが、こう言うことも起き得ると学べられるいい機会だったと思え」
「そう言うことにしておく」
若干頭痛がしそうな話ではある。
正直、ユキエラとサチエラは目に入れても痛くないほどに溺愛している自信がある。
娘の結婚と聞くと、娘はやらん!!と結婚を反対する頑固おやじの心境を察することができる程度にはだ。
「ふぅ、エヴィアが真剣に夜中に呼び出すから何事かと思ったが……」
けれどだ、エヴィアからの呼び出し、身構えるのには十分な理由が娘たちの速すぎる結婚話だったと知り、少し肩の力が抜けた。
「戯け、何を楽観視している」
だが、その受け取り方を良しとしないエヴィアの目が鋭くなる。
「え?こういうのって当たり障りなく断ればいいんじゃないか?まだ早いって」
「そういう断り方で納得する輩なら、こんな風に常識はずれな婚約を申し込むわけがないだろ」
「あ、こっちでもこれ常識はずれなんだ」
だけど、俺が考えるよりもことは深刻だったようで。
「次郎考えてみろ、御家存続が危ぶまれる家にとって、まだ成熟していないから十年待てと言われて納得できるか?」
「できないなって、まさか」
「そうだ、この婚約の申し込みは金はないがコネだけはある奴らからの申し込みだ」
「……うわ、そう言うことか、断りてぇ」
どうも聞く限り、このお見合い写真の束の方々はお財布事情が火の車の家が多いらしい。
そしてそういう輩が堂々とエヴィアの家に申し出て、こうやってお見合い写真を送り付けてきた理由に気づき、俺は思いっきり顔をしかめた。
「気づいたか」
「気づいたと言うか、気づきたくはなかったと言うか、でも気づかないといけないんだろうなぁと諦めが大半」
正直に言えば俺は絶賛舐められていると言うことになる。
家柄は申し分なくとも、没落一歩手前の家に婚約を申し込まれる。
貴族間と言った権力者の結婚は横繋がりを広げるための手段の一つでしかない。
日本の歴史でも、娘や妹を他家に嫁がせてなんて話は結構耳にする。
だけどそれは互いにメリットがあってからこそ成立する話であって。
「だってこれ、自分と繋がっていれば将来役に立つだろ?ありがたく思って金を出せって、空手形売りつけてきているような話だろ」
「くくくく、ああ、間違いない。スエラを呼ばなかったのはそう言うことにあいつも慣れていないだろうからという理由もある。親として娘を愛しているスエラがこの手の話をすれば下手をすれば感情的になり会話どころではないからな。まぁ、貴族としては共感はできんが、同じ女としては理解も納得も共感もできる」
俺が正確に相手方の意図をくみ取っていることに満足気に頷くエヴィア。
そして、色々と仕事ができて、ムイルさんという英雄の家系であっても、スエラの家柄自体は大陸の生活水準から考えれば一般家庭の部類に入る。
彼女自身有能であり、色々と経験を積んでいるが、貴族ではない。
そちらの分野に関しても学んでいるだろうが、本業ではないのだ。
「それで?俺に何をしてほしいんだ」
だが、未経験というか知識不足だからという理由でユキエラとサチエラの母親であるスエラをこの席から外したのは筋が通らない。
エヴィアはこう言っては何だが、公私は分ける。
苦しいからという理由で情を利かせることはあるけど、後のリスクと天秤にかけることによって、スエラのためにここで話を聞かせた方がいいと判断すればスエラを同席させたはずだ。
子供たちの世話も、ヒミクという安心して任せられる存在がいる。
だけど、それをしなかったと言うことは……
「俺に頼みたいことがあったから、呼び出した。違うか?」
俺に頼みたいことがあると言うことだ。
「ああ、だが」
それを察したことは正解だったようだ。
笑顔を浮かべて頷いた後に、すっと優しく伸ばされた指でコツンと額をつつかれ。
「私に対して思いやりがないのは減点だな。私だって女だ、最近仕事が忙しくてお前と二人っきりになれなかったんだ。そうしたいという願望くらいは私にもある」
「……ああ、その、すまん」
いつもは凛としているエヴィアが少し気恥し気に本音を言うと、それだけでかわいいと思えてしまうのは惚れた弱みか。
「戯け、謝るな。恥ずかしいだろうが」
互いに色々とやっている関係であるが、時折見せるこの態度が新鮮味を薄れさせないのだろう。
いつもの流れならこのままベッドインなのだが、まだ頼みごとを聞いていない。
その流れはもう少しお預けだなと思いつつ、互いに酒以外の理由で頬を赤く染めながら座りなおして。
「それで、頼みって」
ちょっとわざとらしかったかなと、照れくささを感じつつ改めて聞き直す。
「なに、次郎には頑固な父親というのを演出してもらおうと思ってな」
「頑固な父親?」
「貴族の中にもたまにいるのだがな、娘を嫁に出したくない親というのは」
「それって、娘はお前にはやらん!!ってやつ?」
「それだな」
そして続きを促せば、まさか想像していたようなことをやってくれとエヴィアは頼んできた。
「しかしまたなんで?普通ならそういう風に難ありな装いは印象的には良くないだろ?」
「普通はそうだな。だが、お前の場合は腕っぷしでのし上がり、仕事の面でも問題はない。むしろ隙が少なさ過ぎて敬遠されがちな面もある。だから、逆に娘に関しては頑固になるという側面を作り出す」
「エヴィアがそうしたほうが良いというなら、俺としては良いんだけど」
ユキエラとサチエラのことを考えるのなら、可能な限り自由な恋愛をしてほしい。
貴族間のごたごた、所謂、政略結婚とは無縁の生活を送ってほしい。
幸いにして、俺には竜の血で寿命には制限がほぼない。
よほどのことがない限り、それこそ俺が負けなければ将軍という地位を維持することはできる。
ただ腑に落ちないことがある。
「スエラに黙ったままでやるメリットがあるのか?」
「ある」
ここまでの話は正直スエラに黙っているような話ではない。
演技とはいえ、俺が強硬に娘の婚約話を断るのは、スエラとて疑問に思うに違いない。
「言っては何だが、スエラに関して言えば私たちの中で一番の弱点だ」
「弱点?」
「ああ、私やメモリアのように大きな権力が後ろ盾になっているわけでもなく、ヒミクのような圧倒的な武力があるわけではない。知名度的にはメジャーである英雄ムイル・ヘンデルバーグの孫ではあるが、逆に言えばそれだけだ。私ならお前の弱みを握るなら、子供を抱え色々とハンデを背負いながら戦う事になるスエラを狙う」
「それは……」
「地位を得ると言うことは同時にそういった野心にあふれた輩を敵に回すと言うことだ」
その部分に関してどういう理由でこの話を隠すのか。
そこを聞くと俺もなんとなく目を逸らしていた部分の話になってきた。
「お前が愛妻家であり、娘を溺愛する父親を大々的にアピールすることでお前や娘への婚約の申し込みのハードルを上げることになるが、そっちはメリットデメリット含めてどうにかなる。私が狙うのは、スエラが自衛できるだけの力を得るための時間を稼ぐことだ。それも足手まといになっていると後ろめたい気持ちをさせない状態でだ」
スエラは確かに実力はある。
だけど、子供を出産したことによって、第一線からは退いてブランクがある。
なによりまだ戦えないユキエラとサチエラという存在は、戦うという面では重荷になってしまう。
「表向きはこの家の正妻は私になっているが、私は家を空けることが多い。メモリアも最近では商会関係で外に出ている機会が多い。ヒミクはあの性格上一歩引いてしまう。言ってはなんだが、お前の女性関係はスエラによって成り立っている。アイツは前からそういった調整がうまい。自分の時間を確保しつつ、相手の時間を作り出す。そのような振る舞いがうまいのだ」
そう言ってエヴィアは優しい顔つきになり。
「そんなスエラに私も感謝しているんだよ」
ちょっと不器用なエヴィアらしい気遣い。
そう言われてしまえば俺は否とは言えない。
「わかった。そう言うことなら」
元より、スエラと娘たちのためと言われれば受けるつもりであった。
「そうか、それならよかった」
エヴィアの頼みも聞けて一石二鳥。
そう思って、どうするかと今後のことに思いをはせつつ。
コトンとテーブルにグラスを置くと手を絡めてくるエヴィアの想いに応えて、その日の夜はずっとエヴィアの側にいた。
今日の一言
周囲の気配りは大事である。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!