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512 プライベートくらい仕事の話はほどほどに。

「この方が、神獣様ですか」

「ほう、なんと神々しい方だ」


そう言って、それぞれ声を押さえぎみにしてベッドを覗き込むのはメモリアとムイルさんだ。

 二人の視線の先は俺との戦いの疲労が出たか、ユキエラとサチエラと一緒にベッドで眠っているフェリがいる。

昼寝をしているうちに夕飯時になってしまった。

持ってきたフルーツを食べてもらえないことにヒミクがしょんぼりしたと言う一幕はあったものの、その間に営業時間が終わり店じまいをしてきたメモリアと俺の代わりに雑務を取りまとめてくれていたムイルさんが来て。


 そして。


「ダメよ。ケイリィ、落ち着きなさい。あの方は神獣、おいそれと触れてはいけないお方。だけど何、あの毛並み。絶対触ったり抱きしめたら気持ちいいに決まってるじゃない!!だけどそれができないなんて……っく!」


 必至に何かの衝動を抑えているケイリィさんも居た。


「ケイリィ実は犬好きなんです。それも結構重度の。休憩時間とか、とある動画サイトで犬の動画を見ていて表情がだらしなく緩んでいる時とかありませんでした?」

「ああ、そういえばあったような」


 フェリとの顔合わせのために呼んだらこれだった。

 メモリアとムイルさんは普通に尊敬しているような表情で未だユキエラとサチエラと一緒にベッドの上で眠るフェリを見ているが。


 そんな二人に対してケイリィさんは傍から見れば、沈まれ俺の右手!?状態。

 何であそこまで葛藤しているのだとスエラに聞けば、犬好きだと言い苦笑し、俺も言われてみれば時々スマホを見ながらだらしなく表情を崩しているのを見た記憶がある。


「そこまで好きなら犬とか飼っていないのか?」

「仕事が忙しいと言うのが大部分ですね。生き物を飼うのは責任がいるとケイリィは言っていましたから」

「なるほど」


 仕事を押し付けている自覚のある身としては、申し訳無いがもうしばらくは犬を飼うのを我慢してくれと心の中で謝る。


「そろそろ夕飯時なのだが、起こした方がいいだろうか?」


 そして夕食の準備をしていたヒミクが今日はフェリの歓迎会と言うことで上質な肉、と言ってもネームドの肉とかではなく、普通に目利きで良質で安い肉を仕入れ調理したものを用意した。


「わふ?」


 夕食時と聞き、そして鼻を引くつかせてすっと顔をあげるフェリ。

 ちょっと離れた場所で起きたと、喜びの声をあげている人がいるが、一旦無視し。


「ちょうどいいタイミングで起きたな。ヒミクが夕食を作ってくれたぞ」

「わん」


 未だ眠っているユキエラとサチエラに配慮して小さな鳴き声で返事をするフェリであったが、


「くーん」


 すぐに身動きが取れないことに気づき、情けない鳴き声を上げることに。


「あらあら」


 左右からユキエラとサチエラに優しく毛を握られ、身動きを取れば二人を起こしてしまう。

 それを理解したスエラが、そっと優しく二人の手を解き、フェリを自由にすると、するりと滑らかにフェリは器用に体を動かしてベビーベッドから脱出する。


 固まった体をほぐすように体を伸ばしたら。


「わん!」


 ご飯を催促するように、鳴く。


「はいはい、わかりましたよっと」


 今回の主役が夕食を所望ならそれに従う。


 苦笑一つこぼして、ベビーベッドから少し離れた位置に設置しているテーブルに移動する。


 一応大きめの食堂もあるけど、あっちは外来の客が来た時用の設備だ。

 普段使いしたほうが、貴族としてのマナーに慣れそうな気がするけど、俺としては一家団欒を大事にしたい。


 ユキエラとサチエラにも気を配りたいから自然とこういう配置になったわけだ。


 テーブルマナーは必要最低限。

 時々、忘れないようにマナー教室染みた食事をすることはあっても、この屋敷に引っ越してからもこのスタイルは崩していない。


 今日はその席に新しくフェリが参加するわけで。


「しまった、フェリの椅子がない」


 そこでちょっとしたトラブルが起きてしまった。


 そのテーブルにフェリ用の食事を用意したのは良いのだが、微妙に椅子が低くて、フェリが食事を取れない。


 犬用の椅子なんてうちにはない。

 余っている予備の椅子はみんな人間用。


 どうしたものかと考えていたら。


「し、仕方ないわね!私が切り分けて食べさせるわ!」


 妙に気合の入ったケイリィさんがフェリの隣の席に陣取り、今日のために用意したステーキを切り分けると言い出す。


「……それでいいか?」


 急いで椅子を用意したとしても、その間に料理が冷めてしまう。

 それではヒミクにも申し訳ない。


 フェリに確認すれば。


「わふ!」


 気にしないと、あらかじめ用意していた椅子に飛び乗り、お座りの姿勢で待機し始めた。


「それじゃ、そう言うことで夕食にしようか」


 とりあえずの問題は解消。

 各々定位置の席につき、夕食に取り掛かる。


「……何と言うか、幸せそうだな」

「そうですね」


 普段は勝ち気で自信に満ちた表情の多いケイリィさん。

 そんな彼女の普段からは想像できない幸せそうな笑顔を見て俺は、ついそっちの方に視線が向かってしまう。


「ああ、ほら、こっちも美味しいですよ?」

「わふ!」


 自分の食事もそこそこに、終始フェリへ食事を食べさせることが心底楽しいと言わんばかりの笑顔で肉を切り分ける。


 その際に視線は一切動かさず、ナイフがステーキ肉が乗る皿の上に戻ると、一瞬残像が残り、ナイフが振るわれたのが見えたが、常人ならば気づけば皿の上のステーキが切り分けられているように見えただろう。


 僅かな時間でもフェリから視線を逸らしたくないと言うノールックでの切り分け。

 本当に犬が好きなんだな。


「そう言えば次郎さんたちダンジョンテスター第一期生を迎えたころの話なんですけど、現地調査と言うことで動物と触れ合えるイベントがあったんですが、ケイリィそれに参加するのをすごく楽しみにしてたんです」


 そんな姿を目の当たりにしてスエラがふと過去にあったことを思い出として語ってくれる。

 話題の主であるケイリィさんはフェリの食事に夢中でこっちに気づいていないが、それ以外の人は興味があるのかスエラの方を見ている。


 実際、エヴィアは心当たりがあるのか、その事かと頷いている様子。


「そのために必死に仕事を終わらせて、余裕を持たせていてしっかりとその調査にも参加できるように準備していたんですけど、他の部署でトラブルがあって急遽そっちのヘルプで仕事の余裕があったケイリィが駆り出されて、そのイベントには参加できなかったことがありましたね」

「ああー、何と言うか他人事のような気がしないぞ。その話」


 俺も前の会社の時代に絶対に休みたい日があった。

 それは高校時代に世話になった先輩の結婚式。


 仲も良く、そしてお相手も俺の知っていた高校時代の女子の先輩でどうにか有休をとろうと奔走し、仕事を前倒しで終わらせたことがあった。


 その結末は悲惨なものだ。


 事前申請され、受理され、そして仕事も終わらせた。


 だが。


『人手が足りないからこれやっといて』


 自分の分だけではなく、他人の分までサポートしつくしてなお、その企業は下の者の事情など汲み取ることはしなかった。


 結果、有給は取り消し、先輩の結婚式には二次会から参加すると言う悲惨の一言ではすまされない苦い思い出が生み出された。


 その恨みはその人物の仕事を寝ずに働いてすべて奪い去って会社から追い出して、且つ同業他社にも仕事ができないことをそれとなく伝えることで、就職難に追いやったことで飲み干した。


 まぁ、他に仕事が忙しくてそいつに関わっている暇がないと言えばそれまでなんだけど。


「そうなんですか?」


 そんな俺の過去を知らないスエラが、純粋に小首をかしげ興味があると聞きたそうにしていたが、一家団欒のこの空気でこんな話をするのは気が引ける。


「ああ、まぁ、もうしばらくは忙しいが、少し落ち着いたらケイリィさんには長期休暇を取ってもらって犬と触れ合えるような場所でもいけるように手配するかな」


 だから、その好奇心には気づかぬふりをして、そっと話を変える。


「それはきっと喜びますよ」


 今は色々と忙しくて休暇を与えられるような暇はないけど、もう少しして落ち着いたら俺が無理をすればいいかと思いつつ、社畜根性はいまだ健在だなと自覚しつつ食事は進む。


「はぁ、幸せ、もう仕事の疲れとか一気に吹き飛ぶわ。今の私なら通常の三倍の速度で仕事が片付けられそう」


 そして食事が終えて、デザートまでしっかりと食べ終えた後も解散せずそのまま居間に集まって食後のお茶の時間となる。


 テーブルに座ると言うよりは、かなり広めに設置されているソファーに座り、今は幸せそうにフェリの背中を撫でるケイリィさんを中心に女性陣が集まっている。


「ほっほっほ、神獣様は女性に人気のようじゃな。のう婿殿」

「そのようで」

「おや?嫉妬しないかの?」

「しませんよ」


 膝の上にフェリを乗せたケイリィさん、その隣では興味深そうにフェリを見るメモリア、反対側にはそっとデザートのイチゴを差し出して食事を与えることを楽しんでいるヒミク。


 スエラは今はユキエラとサチエラの食事を与えるために席を外していて。

 エヴィアは。


「私のところの神獣もあれくらい可愛げがあればいいのだがな」


 俺の隣で一緒に晩酌に付き合ってくれている。

 俺は日本酒、ムイルさんは果実酒、エヴィアはワインとそれぞれ違うものを飲んでいる。


「エヴィアのところの神獣ってどんな奴なんだ?」

「同格になったといえ、機密をおいそれと話せると思うか?」

「ははは、それはそうだよな。ただ、俺の神獣だけ見せて、エヴィアの方は知らないって言うのはフェアじゃないと思わないか?」

「思わんな、私はお前の婚約者でこの屋敷の住人だ。そこにいるのはお前の使い魔であって神獣ではない。それだけのことだ」

「はははは!婿殿、これは一本取られたな!」



 その話の流れで、エヴィアのところの神獣も教えてもらおうと思ったけどあえなく撃沈。

 わかったのはエヴィアのところの神獣はフェリと比べれば可愛げのない奴、それだけの事。


 優雅にワインを嗜むエヴィアに、カラカラと笑うムイルさん。


 その一時の空間は仕事を忘れられるほど、のんびりと気が抜ける。


 この時間だけは仕事のことを忘れていたいと、思っていると。


「少し、酔ったようだ」


 そう言い訳するように、そっとエヴィアが身を寄せてくる。


「おっと、ワシも酔いが回ってしまったようだ。少し風にでもあたってくるかの」


 そしてその雰囲気を察してムイルさんが席を離れ、そのまま窓際の席に移動して外の景色を眺めながら一人酒を始めようとしていたが、すっとセハスが現れて酌をしている。


 出来た使用人だなと感心しながら、そっとエヴィアの肩を抱き寄せれば、正解だと、彼女の力が抜けるのがわかった。


「良いか次郎、一度しか言わぬからよく聞け」


 そしてそのまま甘い空気になるかと思えば、すっと目を鋭くし、誰にも聞こえないように小声で俺にエヴィアは話しかけてくる。


 見た目は抱き寄せて、寄り添って座っているように見えるが、彼女の纏う雰囲気がただ事ではないことを知らせてくる。


「今晩の午前零時に誰にも気づかれないように私の部屋に来い。そこでお前に伝えないといけないことがある」


 だが、彼女が伝えたのはたったそれだけ。

 この場で伝えられず、且つ仕事中に伝えるのではなくこんな時間に周囲に人がいるのにもかかわらず、別室に呼び出して話す。


 うちの屋敷はこう言っちゃなんだがセキュリティ面ではエヴィアのダンジョンの恩恵頼りだ。


 仕事の話を聞かれたくないなら、別館にある執務室とかで話せばいい。


 だけどエヴィアは、時間と場所を指定して、俺を呼び出す。

 それが何を示しているのか。


「……わかった」


 知るのは、数時間後になる。




 今日の一言

 公私を分けるのはなかなか難しい。
















毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] え?なに、なに? 甘い感じやと思ったら急展開 次が気になる!! 次回更新はいつでしたっけ??
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