511 仕事も大事だが、家庭をおろそかにするな
フェリとの激闘という激務を終え、魔力消費に肉体的疲労、それに加えて精神的にも早く風呂入ってベッドインしたい気持ちを抑えて、体にムチ打って無事に帰宅。
玄関口でいつも出迎えてくれるから、玄関に待機しているのではとたまに思うくらい扉を開く前に扉の前にいるセハスにフェリのことを紹介した。
「この子が、神獣様ですか?」
見た目は完全にトイプードル。
魔力も少ない。
俺とエヴィアが共に屋敷に連れ帰ってきたからこそ、若干疑問気味に聞き返すものの、最初に出迎えたセハスが目を丸くしたのは一瞬。
神獣と言えば神の使いと言われるこの世界ではかなりのネームバリューを誇る。
セハスは一瞬動揺したものの。
「当家を管理しておりますセハスと申します。何か御用があればお申し付けください」
すぐに姿勢を正して、お辞儀をする。
神の使いというのはそれほどまでに権威のある存在なのだ。
その敬意を払った振る舞いに満足したフェリは。
「わん!」
と一声鳴いて返事をし満足気に尻尾を振る。
顔を覚えたぞという雰囲気を出しているフェリ。
「この子が神獣であることは使用人には極秘にしておいてくれ、普段はこうやって普通の犬のような姿で過ごすから、まぁ、過度な対応をしないように注意しながら気を配ってやってくれ」
そんなフェリの存在を伝えたが、もちろん口外は禁止。
極秘の存在だから秘密にしておけという話だが、だったらバレない場所や秘境に置いておけという話。
だけど、ダンジョンが出来上がるまでの間は俺と一緒に行動する機会が増える。
であればそのためには俺の目の届かない範囲でカバーできる人材は多少なりとも確保しておいた方がいい。
家の管理をするセハスにはそう言うことを考えて伝えた。
だが、基本的に神獣は極秘の存在。
隠すことが大前提となる。
「かしこまりました」
難しいことを頼んだ気はするけど、嫌な顔一つせず頷いてくれるセハスは本当に有能だと思う。
何事もそつなくこなし、そしてトラブルを引き起こさない。
ムイルさんもいい人材を回してくれたとつくづく思うよ。
今回の件もどこまでサポートすればいいかおおよそ把握しているセハスは承知したと頷く。
何せ今回はフェリが神獣であることは海堂たちにも伝えない予定でいる。
知る人が少ない方が万が一の危険も少ない。
けれど万が一に備えないといけないから、セハスのような人材はかなり助かる。
まぁ、用心はしておくべきである。
何かあった時のためにセハスのように知っておいた方がいい人物は他にもいる。
「スエラたちは?」
それが俺との関係が深いスエラ、メモリア、ヒミクの三人。
そして後は俺の右腕と左腕ってことになっているムイルさんとケイリィさんかな。
まずはこの屋敷に住むと言うことで住人のスエラたちが先で、その後にムイルさんたちという順番だ。
フェリとの戦いで疲労困憊となっている体だが、それでもまだ動くと理解しているので、辺りを見回し気配を探りつつおおよその位置を把握しつつ、セハスの情報を聞く。
「メモリア様はお店の方に、ヒミク様は今の時間であればスエラ様と一緒にユキエラ様とサチエラ様のお世話を広間でしているかと」
「わかった。何かあったら呼ぶ」
「かしこまりました」
気配の方向からして、予想通りの居場所にいた。
「行こうか」
「わふ」
「ああ」
エヴィアとフェリを引き連れて、広い屋敷の廊下を進む。
興味深そうにあたりを見回すフェリの姿に、増員した使用人が何事かと思い、立ち止まってその愛くるしい姿を目にするが、その度俺が使い魔だと言えば、ああと、納得して仕事に戻っていく。
「……やっぱり目立つか?」
「そうだな、将軍位であるお前がわざわざ連れている使い魔だ。見た目に騙されることはない。逆に何かあるのかと考えられるのが普通だ」
「だよなぁ」
だが、そっと離れた先。
曲がり角を曲がったあたりでひそひそと話し込む気配を感じる。いきなりフェリを連れてきた事は想像してた以上に目立ったようだ。
「時間が解決してくれる問題だ。下手に何か付け加えた方が違和感が出る。根気よく待てばいい」
「だな。この光景を馴染ませれば、そこまで騒ぐことではないだろうさ」
人の噂も七十五日。
フェリがこの屋敷にいることが当たり前になれば、気にする奴の方が少なくなる。
まぁ、海堂とか南あたりが騒ぎそうな気もしなくはない。
そこも放置すれば鎮火すると信じて、廊下を進むと目的地に着く。
そして扉に手を伸ばすと。
「む、神の気配を感じたが主だったか」
先に扉が開き、警戒した顔で割烹着姿を現したヒミクが現れる。
「神の気配って……」
極小までに魔力を抑え、そして小さな犬の姿になっている神獣の気配を感じ取った。
神に近しい、熾天使だからこそなのか。
「こいつのことだな」
「わふ!」
その直感の鋭さに感心しながら、その違和感を放置させず、すぐに答え合わせをする。
俺の足元にいたフェリを抱き上げ、ヒミクの視線がその神の気配の正体を目の当たりにする。
よっと挨拶するように前足をあげるフェリをヒミクは見て。
「……もしや、神獣か?」
ジッと見つめること数秒、ぱちくりと驚いた様相で目を見開きフェリの姿を見る。
「正解、よくわかったな」
「過去に何度か戦ったことがある。それに近しい気配を感じたのだ」
俺が正解だと言えば、その根拠を堂々と胸を張って誇るヒミク。
背中に生える黒い翼がわずかに揺れているところを見ると嬉しいようだ。
なんとなく犬っぽい動作を見せるヒミク。
そのことに親近感を感じたのか。
「わふ!わふ!」
「おっと」
降ろせとジタバタと動くフェリを床に降ろすと、その足取りでヒミクの前に座り込み尻尾を振るフェリの姿が見れた。
「ふむ、と言うことはこの子が主の相棒と言うことか」
「そう言えばヒミクはダンジョンの攻略に同道したことがあったんだったな」
「ああ、だいぶ昔の話になるが、神獣ともそのダンジョンの中で戦った」
神獣がどんな存在か知っている。
その流れでダンジョンコアの正体をヒミクが知っているのは当然か。
「主のことを頼むぞ」
気負いなく、そのまま優しくフェリの頭を撫でられるヒミクは凄い。
「わふ!」
そして愛玩動物のように扱われているにもかかわらずフェリは機嫌を損ねた様子もなく、むしろもっと撫でろと尻尾の速度を上げた。
「随分とかわいらしいな!そうだな、主、私は何かこの子のために食事を用意しようと思うのだが、何がいいだろうか?」
「肉と果物が好きらしい」
「そうか、肉は夕食時に出すとして、であれば果物を持ってくるとしよう少し待っていてくれ」
その姿を気に入ったヒミクは、一通り撫でることに満足したらその足取りで台所に向かってしまう。
「ヒミクも随分と変わるものだな。私と戦ったときは能面のような顔つきだったと言うのに、お前の前だとよく笑う」
「そうなのか?」
その姿を見て、嬉しそうに笑いながら過去のヒミクのことをエヴィアが話す。
俺は今の笑顔が絶えないヒミクの姿しか知らないから、エヴィアの言う能面のようなヒミクの姿が想像できない。
「ああ、戦うことだけに集中していると聞こえがいいが、当時のあれはゴーレムの方が幾分か感情的だったと思えるくらいだったな」
「ヒミクがなぁ」
後ろ姿でも楽しそうに台所に向かうヒミク。
フェリのことを優しそうに撫でていた姿からは全然想像できない。
「それほど前の勇者と相性が悪かったのだろうさ。アイツにとっての幸福はお前に出会えたことだ」
「そうはっきりと言われるとなんだか照れ臭いな」
その変化を一番よく知るエヴィアに言われ、俺が特別何かしたわけではないのだけど、照れくさいものを感じてしまう。
「わふ!!」
「おっと、すまん。待たせたな」
そんなやり取りに、入らないのかと前足でズボンのすそを引っかかれ急かされてしまい、苦笑しながらちょっと開いた広間の扉から中に入る。
俺、エヴィア、フェリの順で入っていくと。
「おかえりなさい次郎さん」
「ただいまスエラ」
ユキエラとサチエラをベビーベッドに寝かせ、その脇にスエラが立っていた。
「そして、ようこそ神獣様。私の名はスエラでございます」
そして俺の脇に座るフェリの姿を見るとそっと歩いて近寄り、膝をつき挨拶を交わす。
「わふ!」
「ヒミクとの会話、聞こえていたのか?」
「ええ、ダークエルフの耳は獣人ほどではないですがよく聞こえますので、この距離でしたら聞こえますよ。私はヒミクと違って神の気配というものはわかりませんが」
ぴくぴくと耳を動かして聴覚が優れていることをアピールして見せるスエラ。
その行動から、スエラが広間の入り口付近であったヒミクとのやり取りを聞いていたのだとわかる。
「何かの力を押さえつけていると言うのはわかりますね。小さく見えている魔力ですが、その魔力の純度がかなり高い。普通の使い魔でしたら、ここまでの魔力は持っていませんもの」
「なるほど、質の方で察したか。さすがに質の方はごまかせないよな?」
「わふー」
それがきっかけだっただろうが、改めてフェリを観察したことによって、スエラはその体内にある微小の魔力の質が良すぎると言うことに気づく。
「ほとんどの人は気づけませんよ。手に掬い上げた水の純度を答えるようなものですから」
「なるほど、確かにそれはわからないな」
掌に掬った水はある程度は透き通って見える。
その水の量が増えることにより、その透明度に差が出てくる。
スエラは精霊使い。
それ故に精霊に渡す魔力の質に関しては十全に配慮していると昔聞いた記憶がある。
だからこそ、フェリの魔力の質という着眼点を持ったと言えるだろう。
「これからしばらくフェリもこの屋敷で生活することになる。神獣ということはヒミク、セハス以外にはメモリアとムイルさん、それとケイリィさんにしか伝えないつもりだ」
「わかりました。でしたら私の方でも気を配っておきますね」
そして魔王軍に所属していただけあって、スエラも俺が神獣を連れているという意味の重要さを理解し、深く聞かずに頷いてくれる。
何か事情がある。
そこでもう一歩聞かず、逆に一歩引いてくれる対応を取るスエラ。
好奇心は猫をも殺す。
スエラはフェリが神獣であることは理解し納得した。
だが、それ以上のなぜここにいるかの理由まではスエラは聞かない。
情報を知ることは得てして重要になることが多いけど、知りすぎてしまうことによって危険になることも多い。
俺が話さないと言うことは、聞かない方がいいと察してくれたわけだ。
「助かる」
「いいえ、それがあなたのためになるのなら」
二重の意味で理解をしてくれるスエラに愛されているなと嬉しくなる。
ちょっと抱きしめたいなと願望を抱きそうになった。
「わふ?」
むしろフェリがベッドの上にいるユキエラとサチエラに興味を持たなかったら感謝の言葉と共にスエラを抱きしめていたことだろう。
テクテクと小さな足音を立てて、ベビーベッドの脇にいき後ろ足で立ち上がり、そのベッドを覗き込もうとしたフェリ。
「なんだ、俺の子供に興味があるのか?」
だが、身長が足りず、ユキエラとサチエラの姿が見えない。
それがわかった俺は、そっとフェリの体を持ち上げて中を覗き込めるようにする。
こんなことをしなくともフェリの身体能力なら簡単に飛び乗れるだろうが、こういうのは気分だ。
「わふ」
「可愛いだろ、自慢の娘たちだ」
神獣に子供の自慢をするなんて俺くらいだろうな。
ジッと見つめるフェリ。
「左の銀髪の子がユキエラで右の黒髪の子がサチエラだ」
「……」
自己紹介のできない二人に代わって名前を教えるがフェリは返事をせず、じっと娘二人を見つめるだけ。
「フェリ?」
その様子がおかしいことに気づき、ついさっき契約した神獣の名を呼ぶと。
「ああ~」
「んあああ!」
最初にユキエラがグズリだし、その流れでサチエラも泣き始めてしまった。
「あら、起こしちゃいましたか」
その様子に手慣れた手つきでスエラが抱き上げようとしたが。
「わふ」
その前にそっとフェリが体を乗り出し、ユキエラとサチエラの頬を舐める。
まるで大丈夫だと優しく安心させるような舌遣い。
「ああ?」
「う?」
そしていつもはいない、白い毛並みの生き物に気づいた娘たちはすっと泣き止んで、ふわふわの毛のフェリを触り。
「きゃきゃきゃ!」
「ああ、きゃ!」
その手触りに一気にご機嫌になった。
「もしかして、お前」
俺の言ったこと覚えていたのか?
『お前、子供好きか?』
話しのきっかけ程度の感覚で語り掛けた言葉。
その質問の答えを今、返しているように、フェリは優しく、本当に優しくユキエラとサチエラと触れ合い。
「ふふ、二人もフェリ様のこと気に入ったみたいですね」
「神獣を気にいるとは、将来とんでもない逸材になるやもしれんな」
「俺に似たのか、スエラに似たのか」
「もしかしたらお義母さまとおじい様に似たのかもしれませんね」
「ああ、あり得る」
そして気づけばフェリはベビーベッドに引きずり込まれ、今ではユキエラとサチエラと一緒に眠っているのであった。
今日の一言
仕事ばかりじゃ、人生はつまらない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




