48 さて諸君、仕事の時間だ
新章はじまります。
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
いきなりではあるが、時間の進み方というのは、人によって感覚がまちまちになると思う。
遅いと感じる時もあれば早いと感じる場合もある。
その時、どんなことを、誰と、どこでと条件が変わるだけで時間の感覚など違ってくるだろう。
俺が言えるのは、この会社に入ってからの時間経過は長かっただろうが、早く感じたということだ。
転職して早三ヶ月、新人気分、言うところのお客様状態を脱却せねばならない期間のうちに怒涛の仕事量を、効率的、正確に、素早くどうにかこなそうとしていた行動が、時間を早く感じさせたのだろう。
周囲からは、もう何年も働いているのではと思われている雰囲気があるが……
「だらしないぞ、てめぇら!!」
「「「「サー! イエッサー!!」」」」」
気のせいだろ。
こちとら入社したてのホヤホヤの新人だ。
何が悲しくて鬼軍曹みたいなことをしなくてはならんのだ。
鉱樹を地面につきたて、見えるのは荒野を走るテスターたち、全員魔力体に換装して訓練着という名ばかりのジャージに身を包み、腕立て伏せに始まりランニングまでと体力錬成に勤しんでいる。
過去に舐められていた態度とは打って変わっての従順な姿、切れた俺も悪いかもしれないが切れさせたお前らも悪いと言い訳させてもらう。
訓練室に入り今日で一ヶ月、ただし特例として許可された七百二十倍率の時間加速により現実時間では一時間も経っていないという設定により思い返す一ヶ月前だ。
「なんで、お前ら集められたか知ってるか?」
「「「「……」」」」
出たよ。誰かが答えを言ってくれると思っている日本人特有の沈黙返答。
テスター全員を集結させたのは再研修を施すため。
その周知をして日取りを合わせて集まってもらったのに、俺への態度は最悪だ。
会議室の一角に座りながら、やる気のない態度。
こっちは正社員で、ここに居る奴らは大半がアルバイト。やる気が出ないのもわからなくはないが、仕事を受けている社会人としては赤点通り越して落第だ。
「お前らの仕事の練度が甘いからと、会社側からわざわざ時間を取ってもらって再研修を施すためだ。わかったか?」
この時点の態度で俺は敬語を使うのをやめた。
態度が悪い奴に下手に出ると余計につけあがる。
海堂たちは真面目に受けてくれているが、火澄も含めて今まできっちりやってきたと自負があるメンバーは総じて批判的な態度だ。
そんな奴らに、お願いしますなどと口が裂けても言えない。
「別にやんなくても、俺たちは真面目にやってますよ~」
それが、今まで格下だと思っていた俺から注意を言われれば、ほら、反抗心なんてあっさり出てくる。
だが、残念。
「なら、受ける気はないんだな?」
「ないって言ってるんだよ。それもわからないのかよ。馬鹿かよなぁ」
「そうか、受けたくないならそれでいい」
「っち、だったら呼ぶなよ」
「お前、クビな」
「は?」
これは注意じゃないんだよな。
俺の淡々とした処理に一同騒然とする。
中には、冗談だろと言葉をこぼしている輩すらいるのだ。
手元にあるチェックリスト、席順と名前は一致していて、そいつのチェック項目に印をつける。
「一度だけ、皆に聞こえるように言ってやる。これは脅しではない。再研修を拒否するなら会社側からはご苦労様でしたと戦力外通告を出していいと言われている。それほどお前らが必要ではないということをまず自覚しろ」
「じょ、冗談だろ!!」
「あいにくと、俺は公私を分ける人間でな。仕事では冗談を言わない口だ。装備は売却してお前の口座に振り込む。今月の給料は日割りで振り込むから安心しろ、アルバイトだからな。それ以上は必要ないんだよ」
わかったらさっさと出ていけと言い、視線すら向けない。
「お、おい、待てよ!!」
「待ってどうする?研修を受けるならまず座れ、座らないなら出ていけ。お前ができるのはその二択だけだ」
「……」
黙って座るのを見送り、ざっと部屋を見渡す。
チェック項目を書き換えるつもりはない。
これはサッカーで言うイエローカードのようなもの、野心があるのと反抗的な態度は別物だ。
さっきも言ったとおり、目に余るようであれば戦力外通告を出して構わないと監督官から言われている。
「なんでこんなことをって顔をしているな、噂は聞いているだろうから言っておく。第二期生、お前らの後輩ができることが決まった。期日は来月八月一日だ。夏休みを狙って同時に研修もという腹積もりらしいが、その研修は俺たちが担当することとなる」
最初のパンチがきいたおかげか、今度は黙って聞く輩が多い。
そのままの流れで説明を済ませるために、俺もそこには触れない。
もともと、魔王軍が人間に戦う方法を教えるのには無理があった。
魔力の運用、体格、筋肉の質、戦い方に常識、冷静に考えればその通りだという内容ばかりだ。
それでも、なぜ俺たち一期組は魔王軍のメンバーから指導を受けたかといえば、単純に教えるのが彼らしかいなかったからだ。
ダンジョンを維持したり、隠れ蓑の会社を経営したりと、少なくない人員を輩出し少なくない負担を強いた。
スエラやケイリィさんの残業が多いのは余計な雑務が多かったからだと主任になって初めて知った。
それでも必要経費だと割り切っていたらしい。
一度教育してみれば、あとはこっちで補助、テスターたちに指導させる予定ではあったらしいが、思ったよりも質が悪かったらしく、再研修という追加の仕事をやらざるを得なくなったらしい。
「言っておくが、自分は関係ないなんてことは口が裂けても言わせねぇぞ。コンビニでも後輩ができれば仕事を教えるのが当たり前だ。ここでも、きっちり教える立場になると知れ」
現状、会社側から教導できると判断されているのは俺だけだ。
海堂と南ももう少しでいいということらしいが、これでは偏りがひどい。
なので、最低限、ダンジョンの攻略もしながら新人に教えることができ、確かな人材を確保できるようにするためにこの再研修が企画された。
「それが嫌だというなら、今この場で退職願を申し出ろ」
「「「「……」」」」
再び返ってくる沈黙。
それはそうだ。言ってはなんだが、ここほど給与面、休日面がいい会社は他にはないと思う。
アルバイトにすら特別給与をはずむし、シフトは自分の裁量で決められる。
加えて、金払いもいい。
体力的にきつい仕事ではあるが、リスクよりもリターンが上回っているのは確かだ。
ここにいるのは、良いにしろ悪いにしろ仕事に慣れ始めたメンバーだ。
金のなる木をわざわざ自分から手放すという判断を即決では決められないという顔をしている。
「今辞めるか、あとで辞めるかという差はあるにしても、少なくともこの研修を乗り切れない奴は解雇となるということは覚えておけ」
だが、そんな迷いなどこっちには関係ない。
頑張ってねと激励してお目こぼしをくれる日本の会社と違い、無能は排除の魔王軍が経営する会社だ。
それくらいのことはするし、実際俺は言われている。
それを聞きざわざわと騒ぐテスター。
「いやなら、真面目に受けることだな。結果次第では昇給もあるとのことだ。よかったな」
ムチの中のアメで、一部はやる気を少し出し始めるが、やはり大多数は不安が隠せない。
その一部も、海堂と南という研修を受けていない俺たちの組だから笑える。
「研修教官は俺がやる。各人装備を整え第二訓練室に集合、時間は三十分後。遅刻した奴は研修を辞退したとみなす。以上だ」
俺はすでに装備を整えているのでそのまま移動できる。
誰よりも早く会議室を出て、第二訓練室に向かう。
「……大口にならんように気をつけねば」
この研修をやれと命じたのは監督官だが、内容を考えたのは俺だ。
予定通りに進めば問題ないと監督官からゴーサインは頂いたが、物事万事うまくいくということはありえない。
気を引き締めていかねば。
海堂たちにも伝えていないことが実はある。
本来であれば、もっと余裕があるはずだった。
こんな早急に戦力の確保を整える予定は会社側にもなかったのだが、事情が変わった。
正確には、会社側の見積が甘かったというべきだろう。
俺たちが順調だと思い攻略してきた階層、それが全体の何%に当たるかとテスターに聞けば一割、二割と答えるかもしれない。
俺はその半分くらいだと予想していたが、監督官から伝えられた言葉は残酷だった。
0.2%。それが、俺たちが攻略したダンジョンの数値だった。
三ヶ月以上かけてこの数値、世界に喧嘩を売る規模、それこそ軍隊を相手にするような施設であれば確かに当然だと思えるダンジョンの規模に俺は愕然とした。
三ヶ月でこの数値、この速度を維持できたとしても完全に攻略するには125年もかかる計算だ。
いや、ダンジョンマスターたちも、奥に進めば進むほど難易度は上がっていくはず。これ以上の時間は絶対にかかる。
しかも、攻略した半分が俺だという事実、それはなんと言うかいくら余裕を見たつもりでも見積が甘かったというしかない。
それもあって、会社側も発破をかけるための研修と表側で名うっているが、その実、この企画そのものが棄却されるかもしれないということだ。
今すぐというわけではないが、その可能性はあると念頭に置いておけと言われたときは背筋が寒くなった。
路頭に迷いたくないし、スエラたちと別れたくない俺としては厳しくいくつもりだ。
その結果が
「どうしたァ!! チンタラやってんじゃねぇ!!」
この鬼軍曹だ。
はじめは、根気よく行くつもりであったが、遅延に重なる遅延。時間が延ばせるため老化もしないと説明されたことで、その猶予にあぐらをかき、やる気のかけらも見せないメンバーに俺の堪忍袋の緒は三日目にして切れた。
何度も何度も怒鳴り、叱咤し、内容を指示したが、最初の警告もどうせ脅しだろうと思われていたのなら仕方ない。
なぁなぁですまそうという態度が見え隠れしている。
最初は体力の向上を図る基礎のつもりであったが、お前らがそのつもりなら容赦しない。
思いつく限りの罵詈雑言、そして目の前で大岩をぶった切ってみせた。
どうせ、記憶は隠蔽され別の記憶に置き換えられると知っている。
多少のトラウマを残しても構うまいと俺の理性から容赦という言葉を消し去り、全員ボコボコにした。
そこからは俺は、黙って訓練メニューを消化した。
やれとは言わない。
ただ一言。
「俺はもう知らん、勝手にクビになれ」
放置、責任放棄を言われるかもしれないがそんなこと知るかと、やる気のあるメンバーという名のいつものパーティーメンバーだけ引き連れて研修を消化して、そのメンバーだけ世話をした。
他は完全放置だ。
飯の世話も自分でやれと冷たく突き放す。
俺も、指導するメンバーが減るということは労働力が減るということだ。
そして、出るのは危機意識だ。
最初はいい。どうせ教えてくれると思い込んでいるメンバーはこれみよがしに休憩する。
だが、次第に放置されていることに危機意識を抱き、最初に動いたのは七瀬だった。
謝罪をし、真面目に研修に加わってきた。
俺は何も言わず参加させるだけだ。
次に火澄だ。
本当に放置し、研修を施す光景に触発されてきた。
そこで参加者は一旦止まる。
だが、見せつけるように模擬戦闘をやれば、否が応でも実力の差に気づくことになる。
そして、遅ればせながらも置いていかれていることにも気づくわけだ。
そこからは雪だるま式に参加者は増えていく。
一週間もすれば、いやいやながらも真面目に全員研修を受けるようになっていた。
だが、この訓練室も無限に使えるわけではない。魔力にも限界はあり、時差の関係で連続で使えるのは限られている。
当然、遅れを取り戻すためにはスパルタになるしかなく、
予定よりも濃密な内容になったわけだ。
まぁ、参加者を納得させるために俺はその倍のメニューをこなしていたわけだが、気づけば誰もが文句を言わずに俺の指示に従うようになっていた。
やはり、口だけの上司よりも率先して動く上司の方がついてくるというわけか……
「よし!! クールダウン終了!! 全員集まれ!!」
最初とは打って変わっての整然とした動き。
パーティーごとに並び、俺の次の言葉を待つ。
「これにて研修を終わる!! あとでステータスをチェックしてみろ。結果が出るはずだ」
「「「「はい!!」」」
体力練成に模擬戦闘、加えて、ソウルの連続戦闘、魔法だけにこだわらず接近戦の対応方法に逆に遠距離戦闘方法と多岐にわたる研修内容は、大幅に魔紋に影響を出していることだろう。
それは、監視室で確認している監督官からも見えていることだろう。
俺もやり遂げた達成感がある。
何度も海堂や南から鬼!! と叫ばれ、まさしく心を鬼にして指導してきた甲斐がある。
舐めていたやつらが、気づけば恐怖の対象として俺を見ていたのはまぁ、仕方ないとしよう。
「明日から三日は有給となっている、各人疲れを残すな。以上、解散!」
これなら問題ないと仕事の結果に満足し解散させる。
さて、あとは報告すれば問題ない。
「問題ないな。これで次郎がいなくても支障は出まい」
「え゛?」
報告書片手に監督官のところに行き、問題ないと思い提出すればまさかの俺がクビ?
「次郎、お前は来週から出張してもらう」
「出張ですか?」
ではなかった、それにひとまず安堵だ。
しかし、出張か。
書類に向けていた視線を俺へと向けた監督官の台詞を考えるが、いったいどこに出張するのかは皆目見当もつかない。
聞いたことはないが、大阪か北海道、もしかしたら海外にも支社があって、そっちに行くなんて可能性もある。
「ああ、もともとお前には見識を広めるために行ってもらう予定だったのだが、予想より研修の結果がいいようだ。それなら前倒しで行ってもらったほうがいいのでな。何、安心しろ。出張といっても研修のようなものだ」
「研修ですか? それで、どちらに?」
研修と聞いて一瞬俺の脳内に警報が鳴るが、それは脇に置いておく。
冷静に考えれば拒否権はないだろう。
そもそも、無理ですという言葉は社会人として滅多に吐いてはいけない系統のセリフだ。
嫌だとも思わない状況で拒否するリスクを負う理由もないので、素直に候補地を思い浮かべながら行き先を尋ねる。
「イスアルだ」
出張先は、まさかの異世界でした。
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
確かに異世界から来ているのだからその可能性はあるよな。
盲点だったけど!!
今回は以上となります。
異世界を行き来できる作品は度々見ますが、さすがに出張で行く作品はないだろうと考えた章です。
皆様に楽しんでいただけたら幸いです。
これからもご愛読お願いします。




