510 やるべき指針を決めねば仕事は始まらない
「無事契約できたようだな」
「ああ、と言うか。本当にこいつどうすればいいんだ?住む家とかなら俺の屋敷に連れて行けばいいと思うんだが……いいのか連れて行って神獣なんだろ?」
「むしろお前の側にいないとダメだ」
神獣フェンリルことフェリとのつながりを得て、これからの将軍としてのパートナーを得た俺だけど、得たからと言って、これから何をすればいいか具体的に理解しているわけではない。
何せその説明を受けていないのだから。
その説明するためにエヴィアがいるのだと期待して、今後の予定を聞いてみればフェリはこれから俺と一緒に行動するらしい。
「ダンジョンコアの核となる神獣はその契約者と一緒にいることによってようやくダンジョンとしての機能を果たすことができる」
「契約が前提なのか」
腕の中にいる白いトイプードルがあんな危険地帯みたいな空間を生み出すのかと、この柔らかくて暖かい存在の凄さを改めて実感しつつ、質量的にはまだ軽いんだけど、意味の重さを感じた。
「そして、お前が契約を成功させたことによって魔王様から渡すように言われた書類がこれだ」
「成功したらって……失敗してたらどうなってたんだ俺」
さらに上司が成功前提で行動を起こしていたことに、信頼してくれているのか無茶振りしているのかよくわからないことを考えつつ。
フェリを抱えたままエヴィアが差し出してくれた茶封筒を受け取る。
「結構分厚いな」
強化された体にとって、その茶封筒の重さ自体は大したことはないが、それでも厚みがあることに少し驚き、器用に片手で封を解き、中の書類を取り出すと。
「ダンジョン建設計画書?」
「ああ、お前の運営するダンジョンの建設計画だ。私が主導で日本政府やアメリカ政府と会談して決まった内容が書いてある。表ざたにはなっていない。失くすなよ?」
表題からしてかなり気合の入った内容。
フェリも興味あるのか、そっと汚さないように配慮して計画書を覗き込んでいる。
流石神獣、日本語も読めるのか。
「くぅーん」
「あ、読めないのな」
と思ってたが、理解はできても読むことはできない様子。
読んでくれと懇願するように俺に見上げる目は、某金融機関CMを彷彿とさせるような目をしていた。
「全部は読めないが、ざっくりとな」
「わん!」
流石にここで書類をすべて音読するわけにはいかないから、ざっと目を通して概要だけを伝えよう。
「東京から直線距離で約五十キロ地点、だいぶ離れてるな」
「仕方ない。国と国を繋げるような行為だ。向こうからしても本土防衛に関しては慎重にならざるを得ない。経済的な支援に関しては、我々専用の貿易港を太平洋側に建設することで合意した」
まず最初に目に入ったのがダンジョンの建設地。
概要のマップ、といってもほとんど太平洋の中に点で表示され、予定地点と書かれているだけ。
日本の陸地から五十キロという距離は日本政府なりの判断何だろうけど……
「エヴィア」
「なんだ?」
「ぶっちゃけてこの距離で攻撃できる手段あるよね?」
「あるな」
魔法と言う未知の技術からしたら、重力圏内であってもこの距離は十分に陸地を狙える射程距離内。
加えて言えば、やろうと思えば転移魔法で一気に上陸強襲できるのでは……
「知らないって、恐ろしいな」
日本政府側からしたらそんな技術を持っているとは露とも思わないだろうな。
摩訶不思議を現実に出現させるのが魔王軍。
予備知識があっても想定ラインを見積もるのはかなり難しい。
まぁ、魔王軍からしてもせっかく友好関係を結ぼうとしているのにそれを台無しにするようなことはしないか。
「利益のためには多少の危険はやむを得ないということもあるだろう。接続水域内に入れず排他的経済水域でまとめたのは他国への主張と言ったところだろうな。これ以上距離を離せば他国から付け入れられる」
「そういう考えもあるか」
「わん!」
「はいはい、次な」
建設地点に関して疑問が解消したところでフェリから催促があり次に進むと、大陸側の設置点が記載されているが……
「……確かここって」
「私の実家の領地だ」
ノーディス領と書かれている地図を見て、もしやと思った。
そしてその予想は大いに当たり。
「お前は大陸側には領地を持っていないだろう。だからと言ってここで下手な領地持ちの貴族に貸しを作るのも後々面倒なことになる。それだったらと白羽の矢が私にたったそれだけだ」
「問題はないのか?」
「父には一報を入れた。私を引き取ってくれるなら諸手をあげて協力すると喜んでいたぞ?」
「ごめん、どういうリアクション取ればいいかわからない」
そして、そこまでして結婚を心配していたのかと、エヴィアの父親のリアクションにどう返事すればいいか困ってしまう。
「なに、今度実家に帰省した時に一発叩き込むから問題ない」
「ほどほどにな?」
「なに、あの人の強度は把握している。加減は間違えないさ」
家族仲は悪いのか、悪くないのか、そこは今度あいさつに行ったときにでも確認するとして、これ以上触れるのは危険だと思って、次のページをめくるとやたらと説明書きが多く、おおよその内容をまとめると。
「これは、地球側の土台の企画書か?」
浮島をどういう風に作り、防備や商業施設、警備、自然災害対策等を想定した内容が書かれている。
「って、この計画書を読むと丸々島を作るみたいなことを書いているんだが……」
日本政府との接触した時はメガフロート、人工島みたいな感じで作るみたいなことを言っていたが、こっちの企画書では人為的に土砂を盛り、島を作るみたいな感じで書かれている。
事細かな計画、主にどのような魔法をどの規模で使うかまで記載され、ページをめくれば島のおおよその形もわかる。
「でっか」
「そうか?広さで言えば、精々が五キロ四方の島だ。当初ではもっと広くするつもりであったが、こちらの世界への刺激を抑えることを考慮してこのサイズにした。
「五キロ四方って、二十五キロ平方ってことだろ?」
確かに陸地として考えれば狭いかもしれないが、その規模の陸地を作れると豪語し、そしてなおかつ余力を残している。
それが実現できると断言する魔王軍の力が相も変わらず破天荒を地で行く。
しかも、拡大予定とまで名を打っている。
最終的に太平洋にもう一つくらい国が収まるような陸地が出来上がるのでは?と思いつつ、そうしたら水位とかどうなるんだと、はてもない想像をめぐらしつつ。
「……」
「それがお前がまとめるダンジョンだ」
島の概要を読み終えて、最後に本命で出てきたダンジョンの計画書を見て、本当に俺がダンジョンを作るのだと理解した。
必要素材、そして必要術式に、人材。
ありとあらゆる方面できめ細やかに決められ、ダンジョンの建設予定がすでに既定路線に乗せられていることになんとなくだけど、感動している自分がいる。
「まだ真っ白なキャンバスのようなダンジョンのひな型。そこにお前とフェリで筆を入れ、染め上げ、国に貢献する。その重みを実感できたか?」
そんな感動している俺の肩にそっと手を置き、感動に浸っている場合ではないと釘をさすようにエヴィアは俺に忠告を飛ばす。
「そう、だな」
さっき、紙自体は重くはないと言ったが、今はこの紙の束一つでまとまっている内容で国が動いていると思うとすごくこの紙に重みがあると思う。
「ああ、実感したな」
ペラペラとめくり、そして最後の方に社長、いや、この場合は魔王様か。
〝インシグネ・ルナルオス〟
大陸語で署名された魔王直筆のサイン。
その名の後ろに押された判は王印。
今代の魔王がこの人工島の作成と、ダンジョン建設を承認した事実。
夢でもなく、幻でもなく、現実で、俺の目の前の書類が俺の将来を決定づけた。
そっと書類をもとの封筒に戻し、あとで読み直そうと思う。
「さて、これからが大変か。ムイルさんとかケイリィさんに連絡入れて、ダンジョン運営に関して煮詰めていかないとな」
「ハハハハ!!これから忙しくなるぞ!!」
その忙しさを経験してきた教官が気楽そうに笑っているが、その忙しさをこれから体験する身としてはここで一つアドバイスが欲しいところ。
「ちなみ、その忙しさを教官とエヴィアはどうやって乗り越えたので?」
経験談というのはあながち馬鹿にできない。
何かこれからのためになることを聞けると思い、期待していると。
「気合いだ!!」
「しっかり計画を立てろ」
「うん、予想通り!!」
過度に甘やかさない二人らしい返答に最早俺は笑う他ない。
どっちにしろこれからやることが多いと言うのは理解しつつ。
「となると、問題はお前の扱いをどうするかだな」
直近の問題としてはこのフェンリルをどういう扱いでおくか。
「わふ?」
抱っこできる神獣。
誘拐の心配はないが、下手に暴れると大災害間違いなしの存在。
ある意味で核ミサイルよりも取扱注意な存在は、自分がどうしたと首をかしげている。
自覚無しかと、苦笑しつつ。
「とりあえず、スエラたちに紹介はしとくか」
「あまり知られないように気は配れ、そのなりでも機密の塊だ。存在を知られるのは必要最小限にとどめるように心がけろ」
「了解、と言っても一見するとトイプードルにしか見えないし、あの莫大な魔力が感じられないと普通の犬にしか見えないから、心配ないと思うのだが」
幸いにして犬モードのフェリには魔力があるようには感じられない。
あったとしてもごく少量の魔力、小動物が持っている程度の魔力。
あの大海のような魔力がどこに消えたんだと、末恐ろしくなった。
「その状態でも力が使えるから、人を殺さないように気を付けるんだよ」
「……そっちの心配かぁ」
俺も全力で戦わなければ噛み殺されていた可能性を考慮すると、サムルの忠告もあながち嘘とは言えない。
「試しにお前、その姿で目の前に軽く攻撃してくれるか?」
「わふ」
それでも念のためと確認がてら、そっとフェリを地面に置いて、前の方に攻撃を頼むとそっと右前足をあげたフェリはフェリなりに軽く前足を振るったのだろう。
ただ、その小さな前足からは想像できないほど豪風を生み出して、俺の見間違いでなければかまいたちが起きたようにも見えた。
「ね?その子放置すると人死にがおきるよ?」
「肝に銘じておくよ」
ドヤ顔で胸を張るサムルの顔に苛立ちながら、マジで放置できないなと思いつつ。
「……そう言えばフェリ、お前飯とかどういうの食べてるんだ?」
普通の犬ではなく、神獣であるフェリの食事関係はどうすればいいのかと思い至り試しに当人?いや当犬に聞くと。
「わふ!」
その当犬の頭上に魔力で、なにやら立体的な形の物体が形成され。
「肉ね」
「わふ!」
「ああ、果物も好きなわけか」
「わふ!!」
肉と果物を所望すると告げてきた。
流石に神獣にドッグフードを与える気はなかったが、さりげなく肉って言っても色々な種類を要求してきた。
豚や牛、鶏はまだいいとしても、魔力で形成された物体の中には熊や鹿、蛇ぽいものを要求してくるあたりなかなかグルメなのか?
「あ、あの後でこの子が食べていた物のリストをお渡ししますので参考にしてください。あと、基本的にこの子ご飯はいらないので嗜好品感覚で量よりも質と種類に気を配れば問題ないかと」
「助かるよ」
そんな俺の困惑顔にヤムルが助け舟を出してくれるのが本当に助かる。
「しっかり世話するんだよ!!フェリ!何か変なことされたらいつでも帰ってきていいんだからね!!」
このドちびは一度痛い目に合わないかなと思っていると。
「その前にサムルはシスターからお説教だと思うよ」
すでにヤムルの中ではサムルは帰ったら説教されることが確定しているらしい。
「ええ!?なんで!?」
その理由に心当たりがないのがダメなんだろうなぁ。
「わふ」
フェリも、サムルの性格にはちょっと呆れ気味のようで、トイプードルが溜息を吐くと言う貴重な光景が見れるのであった。
今日の一言
仕事の指針を決めねば何もできない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




