508 やりすぎ注意と叱られたことはないだろうか?
「それじゃ、次郎君、お大事にねー」
「ああ、ありがとうまた力を貸してくれ」
俺とフェンリルの戦いは結果的に痛み分けというかたちで終わった。
そうなれば特級精霊なんて魔力の消費の激しい存在を、いつまでも維持しているわけにもいかない。
感謝の言葉を送って、ヴァルスさんにはお帰り願った。
光となって帰っていった彼女とお供の白蛇を見送って、あれほど激しい戦闘をしたのにもかかわらず、無傷な空間に残った俺たちはと言えば。
「もう!こんな傷を残してくれてどうしてくれんだよ!」
「サムルも止めなかったよね。はぁ、これってシスターに怒られるのかなぁ」
俺とフェンリルは戦いを通して和解したけど、今度はちっこい奴らが俺にいちゃもんをつけてきた。
ぷりぷりと怒りながらフェンリルを治療するサムルとヤムル。
主に俺にクレームを入れるのはサムルだがフェンリルを治療する手は止まらない。
「こっちの方がズタボロだっての」
そんなサムルに向かって俺はジト目を向ける。
全身いたるところにフェンリルとの戦いで受けたダメージを負っているので、結構体が痛むのだ。
このままもう一戦しろと言われればできなくはないが、可能なら全力で逃げるくらいにはダメージが入っている。
だからこそ、サムルのクレームは受け付けず、どちらかと言えばこっちの方が文句を言いたい。
俺の失言から始まった戦いとはいえ、こっちの方が防御力も攻撃力も低い状況で勝ちを拾ったのだ。
戦いを仲裁しなかった段階で、文句を言われる筋合いはない。
「っ」
「ジッとしていろ。まったく、ポーションも持たずにフェンリルに挑んでこの程度の軽傷で済んでよかったな」
少なくとも戦う前まではサムルも戦う様子を楽しく見ていた。
そんな奴のクレームは受けん。
そんな風に睨みつけていたら、ギュッと俺の腕を巻く包帯がきつく締められ痛みが発せられ、ついうめく。
治療を施してくれているエヴィアの方に視線を向けると、彼女は呆れた頑丈さだと眉をひそめながら俺の怪我の具合を見ている。
「軽傷って、骨がいくつか罅入っていたんだが」
「普通なら罅ではすまんと言うことだな!よかったな!!俺に殴られ慣れてたからこの程度で済んだんだぞ!!」
軽傷とエヴィアが称したが、実際は肋骨とか、足、腕といくつか罅が入っている感触がある。
まぁ、あれだけの力を前にして罅程度で済んでいるのだから軽傷と言えば軽傷か。
正直、教官にシバかれてなかったら本当にこの程度の傷ではすんでいなかったかもしれない。
「あながち否定できないんですが、もう少し優しく鍛えてほしかったと言うのは贅沢ですかね?」
「贅沢だな」
「贅沢だぜ、この俺と戦いたいっていう奴はごまんといるんだぞ?」
だけど、慣れて最早仕方ないとあきらめの境地に入っている教官との戦いでも、傍から見れば異常と言うべき方法で体を鍛えているのだ。
淡い願望くらいは述べていいと思ったが、俺の言い分はエヴィアにも教官にも贅沢認定を受けてそうですかと、がっくりと頭を垂れるのであった。
「終わったぞ、あとは二人がフェンリルの治療を終えるまでジッとしていろ」
「君が思いのほか深くえぐってくれたおかげで、もうしばらく時間がかかるよー、ったく本当に手間かけてくれちゃって」
「もう、サムル。文句ばかり言ってないで手を動かしてよ」
「やってるよ!」
この場で回復魔法を使えるのがサムルとヤムルだけ。
その彼女たちはフェンリルの治療にかかりっきりになっている。
だから、エヴィアが応急処置で俺の体を色々と固定してくれていたわけだが。
「それにしてもどうやってこの子の防御を抜いたのさ。普通この子の体に傷をつける方が難しいはずなんだけど」
治療が終わると、今度は治療待ちのために暇を持て余す。
もともと神獣の受け取り作業だけだから今日の予定はないけど、受け取り作業だけのために何でこんなに労力を割いているのだと、少し前の俺に問いただしたい。
やってしまったのは仕方がないとは思うが色々と反省せねばと、主に戦いへの欲求が強くなっているのではと自分に対して戒めをかけねばと猛省しているとサムルが再び俺へ問いを飛ばしてくる。
そっちに視線を向ければ俺が抉ったフェンリルの傷を見て、眉をしかめているサムルがこっちに顔を向けていた。
十メートルクラスのトイプードルの傷を癒す少女、絵面としてはかなりいいはずなのに、どうしてか素直に受け入れることはできなかった。
「こいつを育てたんだからお前の方が詳しいだろうが」
それはついさっきまで命のやり取りをしていいた所為か、それとも別の理由か。
どっちにしろ、戦闘狂の少女と戦うことが好きそうな感じの神獣、この組み合わせの段階でまともじゃないんだけど。
「逆だよ逆!!この子にダメージなんて本当だったらルイーナ様くらいしかダメージを通せないように力を調整したんだよ。だけど実際にはダメージが通ってる。もし僕が見落とした点があるなら勇者にも負ける要素になるってことでしょ。それじゃダメじゃん」
「……」
そんな戦闘狂の少女から、改善点を洗い出したいと言われて、つい目が点になる。
「なんだよその目、意外なものを見たみたいな顔してさ」
「いやその通りなんだが、お前、仕事は真面目にやるんだな」
「ふんだ!!どうせ私は不真面目だよ!!」
この少女、戦闘狂だけではないようで、自分の失態を素直に受け入れて次に生かそうって言う頭の柔軟性は持っているようだ。
「それで、教えるの?教えないの?」
だけど、物事には聞き方って言うのがあるだろうに。
そんなぶしつけな聞き方で教えると思っているのか……
まぁ、教えるけど。
「その前に確認だが、こいつのええとフェンリルの名前ってあるのか?」
その前に説明するためにこのフェンリルの個体名がわからなくて、ついこの巨体の顔を見上げて名前を聞く。
「フェリだよ。フェンリルのフェリ」
「また安直な」
フェンリルの中から二文字を抜いただけのシンプルな名前に、俺は苦笑が浮かび、それでいいのかと視線でフェンリルのフェリに問いを投げかけてみれば、文句あるのかと視線で聞かれて、ないですと素直に頭を下げる。
「ええと、フェリの防御を抜いた手段だったな」
体を楽な姿勢に変えて、さっと目に魔力を通してフェリの体を見通すと、戦闘中と違って穏やかな流れの魔力が見える。
「こいつの防御手段って要は体の表面にある毛に常時魔力を流し込んで硬化するだけではなく、体表全体に膜で覆って防御する方法でいいんだよな?」
「そうだよ」
「手応え的にその膜が五か六枚くらいか、積層型の結界を常時纏ってその下の毛で衝撃を吸収しているって発想でいいか?」
「当たってる」
そしてさらに俺がフェリと戦った時に感じた感触をもとにフェリの防御手段を考察していけば、当たっていることが不服だと言わんばかりにむすっとした表情でサムルが話を促してくる。
ここまでは戦えばすぐにわかる。
「それで戦って一番俺が厄介だと思ったのは、その積層型の膜、あれ術式がそれぞれ違うだろ?」
ここからは推測。
まるで圧縮した金属の塊を叩いているような感触を与えるフェリの防御。
最初は肉体そのものに魔力を通して、頑丈にしていると思ったが、実際は魔力だけであの防御力を発揮していた。
「そこまでわかっていたの?」
「おまけにあれ、表にでる膜の順番変えられるだろ。いや、もしかしたら膜そのものの術式が変えられるようにしていたな?」
「……」
そのからくりは、用途に合わせた膜の順番変更。
魔力防御に特化した膜、物理防御に特化した膜、他にも毒や、呪い、あるいはもっと別物にも対応した物も展開できる。
常時展開する強固な結界は、用途によってその耐久度が変わる。
万能の結界は、ありとあらゆる局面に対応できるが、その反面、特化した火力を前にしては破られることも多い。
全体的に防御すると言うことで、その強度が拡散してしまうからだ。
逆に炎に特化した防御を張れば炎に関しては万全であるが、逆に他のがおろそかになってしまう。
だからこそ、フェリの防御には無尽蔵とも言える魔力を駆使した変幻自在の魔力結界を使わせていたわけだ。
「防御も時には矛となる。フェリの使える術式を防御に極振りした姿がこれだってわけだ。下手に色々な手段を持たせるより、防御に特化して、フェンリルの固有能力でゴリ押ししたほうが強いわ」
防御術式で硬くなった爪や牙はシンプルに凶器になる。
ありとあらゆる硬い代物よりも更に硬い牙や爪だ。
噛み砕けないモノや切り裂けないモノもほとんどない。
魔力によるゴリ押しもできるとなれば、最早怖いものなしだ。
「それで、自分の予想が当たっていることをひけらかせて満足?」
的を射ている分だけ、サムルの機嫌が斜めになっていく。
ここまでは確認だと言うのに、全く。
「ここからが本題だって、魔力の流れからして、全体を覆っているのは明白。その段階で肉体自体が強化されているわけじゃないのはわかったが、問題は理屈がわかったとしてもその結界を突破できるかどうかって話になる。そもそも火力発電所相手に家庭用のソーラーパネルで対抗しようとしているくらいに俺とフェリの魔力量の差はあるからな。その根底を変えてやらんと話にならん」
フェリの魔力量はダンジョンを維持できるほど膨大だ。
俺個人の魔力量もかなり馬鹿げてきているが…。
やろうと思えば俺自身でもダンジョンを起動させるくらいはできるが、回復量まではまだ人外の領域には達していない。
例え、一瞬の出力で対抗できても、継続力では負けていると言うわけ。
ここまでの段階で、魔力という分野において俺は負けている。
そして魔力分野で負けていると言うことはそれすなわち、フェリの防御を突破できないと言うこと。
「……根底を変えるってどうやって」
「そこは俺の切り札ってやつ。ヴァルスさんは何の精霊だ?」
だけど、それは俺が一対一で同出力で戦った場合。
「確か時間を司る精霊だっけ」
「そうそれ、俺はヴァルスさんの力を使ってあの時だけ十人分になってぶつけたというわけ」
「は?なにそれ、意味わからない」
そしていきなり俺が十人になったと言って理解できるわけがないか。
「なるほど、そう言うことか」
「かかかか!おもしれぇこと考えるじゃねぇか」
「ああ、なるほど、そう言うことですか」
「え?僕以外は理解しちゃった感じ!?」
と思ったが、たったこれだけのヒントでサムルを除く面々は理解してしまったようだ。
「えー!何で僕だけ!?ねぇ次郎!答えは?ね!」
「まぁ、教えるけど」
それが嫌なのか早々に答えを聞こうとしてくるサムル。
子供の姿でそんな聞かれかたしたら、意地悪したくなるけど、時間がもったいないし普通に教える。
「使ったのは遅延魔法だ。俺の攻撃とフェリの防御が触れる瞬間。俺は思考時間を引き延ばして、一秒を十分ほどの時間に加速させて、触れる刹那に合わせて連続で同じ魔法をぶつけ続けただけ」
「え、それってもしかして」
「そう、結界をぶち抜くためにフェリに気づかれないように一瞬で十発も魔法をぶち込んだだけ。要は一発の魔法に見えて実は十発ぶち込んでましたって話し」
「なんだよそれ!?ズルじゃん!!」
「ずるいくらいにヤバい能力を持ってるから特級精霊なんだよ。だけどこれにも欠点はあるんだぞ、たった一度の攻撃に大魔法を十発分使ってるから魔力量の消耗は激しいし、そもそもヴァルスさんの能力発動するためにも魔力を発動してるから、実質倍の魔力消費してるんだよ」
ずるい能力には相応の代価がある。
元々、教官相手に一瞬で大ダメージを与えるために考え付いた技だが、燃費の悪さと継戦能力を著しく低下させる術なので多用はできない。
フェリの防御を突破するには咄嗟にこの方法しか思いつかなかったのだから仕方がない。
相手は一発分の攻撃を受けるつもりでいたが、俺は後出しでなん十発も攻撃を用意できた。
そうすれば防御も突破できると踏んで。
「ズルイズルイズルイ!!そんな力で勝つなんて!」
「残念だな、大人はずるい生き物なんだ」
努力の末に得た力をずるいと言われるのは心外だが、勝者の余裕で受け流す。
傍から見れば大人が子供に大人げない方法で勝ったように見えるかもしれないが、実際はサムルの方が年上。
勝った方が正義それが魔王軍だ。
「とりあえず、神獣との和解は済んだ様だし、これからの話をするが、構わないな?」
そんな俺たちのやり取りに割って入るエヴィアの表情は、いい加減にしろと若干呆れが入っているのであった。
今日の一言
やり方を選べと言われても、選べない時もある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!