507 目的を忘れても、目的を達成することはできる
こうやって強いやつと戦っていると戦うことを楽しむようになったのはいつからかと考える時はある。
けど、大抵はまあいっかの一言で片がつく。
戦いを楽しんでいるが、戦うことに酔っているわけではないし、依存しているわけでもない。
強さに固執しているわけでもないし、強さを妄信しているわけでもない。
ただ言えることがある。
戦うことが楽しいということだけだ。
「あらやだこの子、前戦った子よりずいぶんと才能があるわね!!」
「二対一で押し込めてないんだから、嫌な予感はしてたけど、やっぱりそうか!!」
サムルの自信作という言葉からして嫌な予感がしてたけど、フェンリルという個体の中でも選りすぐりの個体、それがこのフェンリルということなんだろう。
前衛を俺が務め、後衛で支援をしてくれるヴァルスさん。
言っちゃなんだけど、この編成で教官を倒したと言うのに、その連携をもってしてもフェンリルを追い詰められない。
俺と打ち合っている間にもヴァルスさんのことは警戒していて不意を打った魔法ですら食べてしまう。
思考加速で、動体視力や思考能力をあげて、さらには未来予知まで使ってるんだぞ。
このフェンリルの強さをひしひしと感じる。
「あら?言葉の割には楽しそうな顔してるわよ。結構私の維持に魔力使っているのに余裕じゃない」
「ピンチなのはいつものこと。それに、竜血を活性化して魔力純度あげてるからまだまだいける」
無駄口とわかっていても、この戦いの楽しさからつい声が弾んでしまう。
巨体に似合わぬ俊敏さを見せつけるフェンリルを目でおい。
そして回り込んで斬撃を叩き込むが。
「効果ないみたいね」
相も変わらずの鉄壁振り、全力で急所に叩き込めば何とかなるような気はしてるけど、こうも動き回られて防御に気合を入れているとそうはいかない。
俺の攻撃の効果のなさに苦笑するヴァルスさん。
肩をすくめられても俺の攻撃力は上がらないんだが。
「あの防御を抜かないと、どうにもこうにもだ」
こっちとしても大技をぶち当てたい気持ちはありありとあるんだが、フェンリルがそれを嫌がってこの空間をフルに使って逃げ回っている。
「私を顕現させている時点で、魔力消費は圧倒的に不利、時間はあの子の味方だからね。賢いわ。不利となったら持久戦を挑む。戦局って言うのをしっかり見てるわね」
獰猛であることには変わらず、そして戦うことを止めたと言うわけではないが、正面切って戦うのは避けている。
不利な状況を回避しようとする知恵も回っているようで、これから相棒として組むのは申し分ない能力なのだが、敵に回るとこうも厄介な存在だとは。
「のわりに、俺たちが攻撃の手を緩めると」
「一気に攻めて来るわねぇ」
逃げるときは逃げる、攻めるときは攻める。
そのメリハリがしっかりとついた子だ。
距離を置き、様子を見ようとした時に壁を蹴り、一気に距離を詰めて噛みついてくる。
その嚙みつきに反応して、ヴァルスさんが次元障壁を張るが、障子紙を破るがごとくあっさりと突破してくる。
だけど、俺にとってその一瞬で迎撃態勢は整えられる。
再び口が開き、次に噛みつきのタイミングに合わせて鉱樹を牙にぶつけるが。
「くー、硬い」
高密度に魔力が込められている牙の固さはジンと俺の腕をしびれさせるには十分な硬さを誇っている。
こっちも魔力を這わせて、全力で振るっているのに傷一つつきやしない。
このままだと飲み込まれてしまいそうなので。
「おらよっと!!」
斬るから弾くに変更して、フェンリルの顔を横に逸らし。
回し蹴りをその顔面に叩き込む。
十メートルクラスの巨体だろうが、全力で蹴り飛ばせば吹き飛ばすことくらいはできるんだけど。
「耐えたわね」
「耐えちまった」
グッと足を踏ん張って吹き飛ばされないように堪えるフェンリル。
まぁ、パイルリグレットを耐えるような奴だから、魔力を込めただけの蹴りを受け止めることくらいわけないと思ったけど。
「学習能力高すぎないか?」
俺の攻撃を受けて、その衝撃を逃すように首をひねりやがった。
「っ」
おかげで、その場に踏みとどまってその反動を利用して反撃してくる。
躱すには距離が近すぎるし、こっちは攻撃をした所為で態勢が整っていない。
ヴァルスさんのサポートも間に合わない。
だったらと、あえて俺はそっと脱力し、フェンリルの爪を鉱樹で受け、そのまま吹っ飛ばされる。
「……」
そして無言で壁に着地したが、なかなかいい一撃。
鉱樹で必要最低限の威力は相殺したと言っても体の芯に響く攻撃、こっちの攻撃が効かないと言うのに相手の攻撃は一歩間違えれば致命傷。
なんだこの絶望的な展開と思ったが、ふとここで一つ気づく。
「……」
こっちの攻撃が効かないのならなぜ一方的に攻撃しない?
防御無視のラッシュなら、一度や二度の反撃など気にせず俺のことを仕留めることができるはず。
なのにフェンリルはそれをやろうとしない。
それはなぜ。
防御をしているときは攻撃ができない?
いやそれはない。
攻撃した瞬間、相打ちのような反撃で打ち込んできていた攻撃があった。
その時に打ち込んだときも攻撃は通らなかった。
防御は万全。
ダメージを受けるのは目や喉といった鍛えられない急所。
そこさえ注意を払えば問題はないはず。
だけど、フェンリルは一気に決めようとしない。
それはなぜ?
その疑問も晴らそうと、戦いながらフェンリルを観察する。
動き、感情、環境、ありとあらゆる要素が俺の中で錯綜し、そして情報をまとめようと画策する。
一秒間に交差する攻撃が二桁になり、頬に掠り血が滴っても気にしない。
魔力がゴリゴリと削られて刻一刻と制限時間が減っている最中でも、その思考は止めない。
集中して戦いながら考えるなんて、出来て当然。
むしろ考えを止めることの方が問題で、止まった瞬間負けが決まる。
俺は教官みたいに超直感頼りに戦うことはできない。
常に考え、事前に準備して、最善を尽くす。
それによって勝利を引っ張ってきた。
その経験が、フェンリルの行動には意味があると囁ている。
どこだ。
ガキンとフェンリルの爪を鉱樹で弾く。
どこにある。
疑問を一つ挟むたびに、フェンリルの猛攻が増している。
何を見落としている。
ヴァルスさんのサポートを受けながらその猛攻に反撃を試みるも、やはり攻撃が通らないことが問題だ。
全ての攻撃、斬撃、打撃、魔法。
それが一切合切通用しない。
「次郎君!」
「っ!?」
その行程を再度見直しても、どこが問題なのかわからない。
ヴァルスさんの注意に一瞬で体を反応させて、体をのけぞらせて爪を薙ぎ払ってきたフェンリルの攻撃を躱す。
その腕に白蛇が巻き付き動きを止めようと、巨大な生物同士の絡み合いが起きる。
「ったく、どこまでわんぱくな子なのかしら」
だけど、白蛇の傷はまだ癒えず、万全とは言い難い状態であるのも加え、純粋なパワー勝負でも負けてしまっている。
徐々に引きはがされる白蛇。
最後はブンブンと振り回されて壁にぶつけられてしまう。
白蛇の巨体が壁にぶつかった衝撃で砂埃が舞い。
一瞬視界が塞がれる。
マズイと思ったが、その刹那の光景が俺にとって値千金の情報となった。
砂埃が俺の救いになったのだ。
フェンリルの魔力に触れてキラキラと光り舞う砂埃。
それは偶然にもフェンリルにまとわりついている魔力の姿を周囲に晒した。
俺の考えで、始めはフェンリルの防御力の正体であったその魔力は体内から噴出している物だと思っていた。
もしくは体内で圧縮し、そのまま凝固して硬さを保っている物だと。
だけどそれだとなぜあそこまで俊敏に動き回れるのか疑問に思っていた。
部分的に防御できているのならともかく、全体を通して防御していては全体で力んでいるようなもの。
動きがぎこちなく、そして鈍くなるはず。
だけどそれがなかった。
なぜと、思い。
そして神獣という存在はそういう存在なのかと納得しかけたところで、風向きが変わった。
「流れ?」
砂埃がフェンリルに触れることなく、さらっと後ろの方に流れるように噴き出ていく光景、これがすべての答え。
「そうか、そう言うことか」
魔力が砂埃によって一時的に動きが可視化され、フェンリルの防御の正体にある程度めどがたった。
「ヴァルスさん!!」
俺は叫び、フェンリルに向けて駆け出していた。
身体強化、思考加速、未来予知。
ありとあらゆる手段を用いて、この推測の裏付けを取るために全力で駆け抜ける。
「はいはい!任せなさい!!」
俺の動きですぐに何をやりたいか察してくれたヴァルスさんは、フェンリルにダメージを与えるのではなく動きを封じ込める方向で魔法を発動してくる。
連続で展開される次元障壁。
煎餅を割るかのように気軽に砕け散る板状の不可視の壁は、一瞬とはいえフェンリルの動きを阻害するには十分な成果を出している。
一歩、また一歩と踏み込み。
無駄かもしれないが、俺は建御雷を起動し鉱樹に帯電させる。
バチバチと紫電がほとばしり、鉱樹の刀身が雷で包まれる。
フェンリルと視線が合う。
何を見せてくれると、ワクワクしているような子供の顔。
それは自分の肉体に絶対の自信を持っている証拠。
できるものならやってみろと、敵対的な視線だった最初とは打って変わり、子供の無邪気さが全面的に見えた挑発的な顔。
そんな子供相手にいい大人が全力とは大人げないとは思うが、ここで一つ人生の教訓を教えるのも先達としての役目。
「建御雷、収束」
普段であれば放電するか、剣状にして切り裂くのだが、今回見せるのは矛のような形にした状態の建御雷。
相手の魔力流れ、それを推測して、一気に踏み込む。
未だ連続で次元障壁を展開し続けているおかげで魔力消費が激しく、もうすでに半分以上の魔力が消え去った。
これでダメだったら後がないと、思いつつも、出来ると言う確信のもと。
「紫電一矢!」
俺は踏み込み全力で突きを放った。
その先に見えたフェンリルはなんだその程度と、避けることができないが受けることはできると俺を待ち構えている。
その判断はまともで、正常だが。
「螺旋槍!」
甘い。
空中で体を捻り、魔力の噴射で俺の体は高速で回転を始め、目を見開くフェンリルの体に突き刺さった。
『クアア!????』
そう毛皮の防御を突き破り血しぶきが舞った。
左前脚の付け根。
未だ高速回転し、ゴリゴリとフェンリルの魔力とぶつかっているが、ギリギリ突き刺さった。
初めてのダメージ、初めての痛み、戸惑い、何が起きたと体を無理矢理動かして、俺のことを吹き飛ばす。
俺は地面に着地し、その勢いを殺す。
そして俺とフェンリルは再び向き合う。
白い毛に染まる赤い血。
それは間違いなく俺がつけたキズ。
痛みによって顔をしかめるフェンリル、だけどその視線は怒りよりもどうやって自信を持っていた自慢の防御を抜いたのかと疑問が占めていた。
怒りが収まり、戦闘意識も治まる。
「こらぁ!!戦っていいと言ったけど、その子を傷つけるとは何事か!!!というか、どうやってその子の防御抜いたの!?信じられないんだけど!?」
何より、外野からの横やりが入ってしまった段階で、この戦いは終了。
戦って互いのことを知れたと言うことでおおむね満足として、怒り顔でこっちに走って寄ってくるサムルに対してどう説明したものかと火照る体で考えるのであった。
今日の一言
過程が滅茶苦茶でも、結果よければ丸く収まる時もある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




