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506 誤解は解けばいい、解いてからが最初の一歩

 


 フェンリルとどれくらい戦っただろうか。

 体内時計的には一時間をちょっと過ぎたころか?


 そのころには汗が滴り、体がいい感じに温まり互いにウォームアップが終わったと思い始めた。


 まだまだ体力に余裕があり、酸欠になって思考低下に陥るような状況ではないが正確な時間は不明。


 そんな折にちょっとづつ変化が起き始めた。


「?」


 フェンリルの闘気の質が変わり始めた。

 いや衰えたとか、そういう雰囲気ではない。


 むしろもっと戦いたいと言う意思をバンバン俺にぶつけてきている。

 強いて言うのなら、楽しもうとしている教官に近い。


 戦うことが楽しいと言わんばかりに笑顔で殴りかかってくる教官。

 それと似通った雰囲気を纏い、襲い掛かってくる。


 怒りから楽しみに変わりつつあるフェンリル、その気迫に感応して俺も闘気の質を変えた。


 神獣フェンリル。

 幼生体と聞いていたが、その言葉に疑問を挟んだ俺を張り倒したいくらいには俺は後悔している。


 戦っていること?

 否。

 勝手に思い浮かんだ疑問を即座にフェンリルの爪と一緒に切り払う。

 戦えた事自体は満足している。

 むしろこのような強者の実力を疑ったことを後悔している。


 悔恨の念から、楽しむと言う感情へ俺も変質させ、それを感じ取ったフェンリルの雰囲気が正解だと言わんばかりにこの戦いを楽しもうともっと動きを激しくしていた。


「次郎の奴、楽しそうにしやがって」

「貴様の影響を受けすぎだ馬鹿者」

「うー、羨ましいよー僕も混ざっちゃダメかな?なんかあの子も楽しみ始めているし」

「だめだよ、というより。あそこにヤムルが入ったら危ないよ」


 外野の声が耳に入ってくるが、戦うことに必要な情報ではないとわかると即座に排除する。

 一秒を十秒に感じるほど、遅くなった世界を突き進む一人と一匹。


 最初の剣呑とした雰囲気を纏っていたフェンリルであったが、時間が経つにつれてまるで犬が主人に遊んでもらうことを喜ぶように全力で俺にぶつかってきていた。


 なんて命がけのじゃれ合いだと一瞬思ったが、その強さに疑問を挟んだ俺が悪い。


 すでに殺し合いと言っても過言ではない勢いで戦っているが、まあ、即死じゃなければ大丈夫だろう。


 瀕死じゃなければギリギリ生き残れるだろうしと、頭のネジがだいぶ外れたなぁと他人事のようなことを考えていると。


『ガウ!』


 真面目に戦えとせっかく戻った機嫌が少し斜めになるのを感じて。


「すまんすまん!」


 思いっきりその巨体を天井に搗ち上げてやれば、嬉しそうに一瞬尻尾が揺れた。


 フェンリルの防御を抜くことはまだできていないが、この巨体を吹き飛ばすことはできている。

 それはすなわち、力の部分では一時的に上回れるということ。


 速度面に関してもまだ対応できている。


 幼生体でこれということはまだまだ成長の余地があるということ、末恐ろしい力だなおい。


 もうすでに成長期を過ぎている身、竜の血やらヴァルスさんやら色々と人間辞めて成長している身としては少し羨ましい。


 ゴンと本来であれば鉱樹からは決して出ないはずの打撃音がフェンリルの肉球から発せられ、そして前足を弾き返したと思えば、反対側から雷光が迫る。


 見てから躱すことは本当だったらできない。

 しかし、躱した。


 魔法の中でも速度が出る雷系統の魔法を躱すことは準備段階から山を張ること。

 魔力の生成、変換、構成、発射。

 魔法は大きく分けてこの四段階の手順を踏んで放たれる。


 あらかじめ予想するのは変換から構成に入る段階。

 魔法としての形が見え始め、わずかに世界に影響を与え始めたころにどういった影響が出るかを推測し、そこから動きを決める。


 今もひんやりとした空気を感じ取り、その影響範囲から足場が凍らされると判断して跳びあがれば正解。


 感覚でいれば、クイズ番組で問題部の途中で早押しして正解を勝ち取るような物。


 しかし、このフェンリル、フシオ教官ほどではないが、魔法の生成速度が速い。


 たまに挙動を感じさせない魔法を放ってくるから対応がワンテンポ遅れる。


 何度か身に浴びた所為でダメージもついに通った。

 戦うには問題ないけどじり貧で削られている感は出ている。


 まぁ、いつも格上と戦っているからそれはいつものこと。

 焦らず打開策を模索していけばいいだけのことだ。


「あの子の防御力に手間取っているみたいだねぇ」

「だろうな、私でもあの防御を貫ける魔剣はそう多くない。ライドウ、お前ならどう抜く?」

「全力で撃ち抜くだけだな!!」


 その参考になりそうな情報をもたらしてくれると期待したけど、そんなに優しくなかったようちの身内は。


 知ってたけど、知ってたけど!!


 楽しみの途中でヒントを与えられるのは無粋かと気を取り直してフェンリル攻略に取り掛かる。


 だが。


「っ」


 手先から感じ取れる衝撃に、笑いがこみ上げる。

 山をスコップで削り取るような感覚、自分では深く掘り進めたつもりであっても山からすれば大したものではないと言わんばかりにドンと立ち塞がられている。



 何度も何度も何度も、会心の一撃を繰り出してもフェンリルにダメージが通らない。


 負けイベントかと言いたくなるくらいに絶望的。


 だけど。


「やりがいはあるよなぁ!!」


 心が折れるなんてことはない。

 獰猛に口が笑う、目がギラつく、心臓は高鳴る。


 昔は強い人と戦うことに恐怖を感じた。

 それが次第に麻痺していった。

 気づけば、強い弱い関係なしに接することができた。


 そしてそこから強者へと挑戦することの楽しみを知った。


 貪欲とも言っていい、強くなることへの欲求。


 山のように不動な防御力を前にしても、心が折れるどころか軋むことすらない。


 むしろどうやって突破してやるかって気合が入るというもの。


 カチリと完全にスイッチが入るのがわかる。

 このままいけば止まらないのも重々承知、だったらこのまま突き進め立ち止まるな、勝ってこのフェンリルに俺の強さを見せつけろと本能が俺に語り掛け。


 おう!と心の中で応え。


「ヴァルス!」


 切り札を切る。


「はぁい!ってとんでもない子を相手にしてるのねあなた」

「はははははは!!なりゆきでな!ヴァルスさん!一緒に遊ぼうよって!」


 瞬間的に隙を作り、そこで召喚魔法を展開。

 そして呼び出される白亜の蛇。

 それを前にしてフェンリルの動きが止まる。


 自身よりも巨大な白蛇。

 その身から感じる膨大な魔力。


 そして本体だと思われる女性の精霊から力強いものを感じて迂闊に攻められないと一旦距離を取った。


「ちょ、ちょ、ちょっと!何本気出してるのさ!!」

「うっせぇ!黙ってろ!ここからがおもしろいところなんだろが」


 俺が特級精霊を召喚したことでさすがにまずいと思ったのか、サムルが止めに入ろうとするけどその小さな頭に大きな手が重なりその動きを止める。


 感謝しますよ教官。

 後で一杯奢りますと感謝し。


「もう、この子のダメージまだ抜けきってないのよ?それなのにこんなすごい子と戦わせようなんて、次郎ちゃん意外とサド?」

「夜の方は攻めることが多いですね!」


 ガリガリと削られる魔力を気にせず雑談を交わし。

 戦闘によって高揚している気分の赴くまま話す。


「そうなのか?」

「聞くな」


 教官がエヴィアに何か聞こうとしているが、エヴィアは一刀両断で切り捨てている。

 だけど、否定しないってことは肯定しているようなもので、なるほどなと教官は納得してニヤニヤしている。


 そんな寸劇が傍らで行われているのにも関わらず、ヴァルスさんを加えて俺とフェンリルは睨みあう。


「あれってフェンリルよね?」

「そうみたいですね。俺は初めて見ましたけど」

「私も最後に見たのは千年も前の話しね。まだ生き残りがいたのね。見たところ幼生体のようだけど、かなり強そうね」


 その姿を一目見ただけで種族を看破し、そして強さをおおよそ把握した。


「千年前って、もしかして戦ってます?」

「そうねぇ、あの子は成体のフェンリルだったわ。なかなか歯ごたえがあったわよ?」

「と言うことは勝った?」

「いいえ、引き分けね。精霊界で飲まず食わず十年くらい戦い続けたけど、決着はつかなかったわね。この子、魔法を食べる性質があるから私の魔法も効きづらいのよねぇ」


 常に栄養補給しながら戦い続けるような種族。

 火だろうが雷だろうが、光だろうが、次元だろうが、元が魔素なら何でも食べると言う悪食。


 それがフェンリルと語るヴァルスさんに何それと笑うしかなくなる。


 魔力で物理的な防御も完璧で、さらにはそれを補給する手段が相手の魔法を食べること。

 物理、魔法ともに完璧な防御できる。


 加えて成体のフェンリルはヴァルスさんと引き分けられるほどの身体能力を持っていると。


「なるほど、ちなみにフェンリルを倒したとかそんな逸話あったりします?」

「あるにはあるわよ?でも今のあなたに役立つモノはないわねぇ。フェンリルを倒すために特化した装備を身に着けた英雄の物語、寝込みを襲った卑怯者の話、あるいは神の逆鱗に触れた御伽噺、どれがいいかしら?」

「どれも役に立ちそうにないので今は良いです」


 それでも情報を得たいので、聞いてみたが、人がと言うより大陸でフェンリルに勝ったという話は俺の利益になりそうにはならず。

 今持つ手段だけで対応しなければならない。


 となるとだ。

 俺の手持ちでフェンリルの防御を喰い破れる手段は限られてくる。


 パッと思いつくのは伊邪那美。

 あれは対魔力に特化した攻撃で、魔力に頼った防御であれば浸食して吸収できる。


 相手が無尽蔵とも言っていい魔力の保持者であれば斬りかかれば斬りかかるほど魔力を得られる。


 ただあれを準備するのはかなり時間がかかる上に持続時間が短い。


 術式を維持するのにも中々骨が折れる物。


 隙を見て叩き込むしかないよなと思いつつ。


「それじゃ、俺が前衛やりますんでサポートお願いします」

「幼い子に二人がかりって言うのは心が痛むわね」

「言わないでください、それにどう見ても相手は俺よりも年上ですから大丈夫です」

「私とこの子それにあなたの年齢を足して平均したら圧倒的にこっちの方が上よ?」

「……」


 相手が強敵だからこそ全力で挑む。

 そう思っていたが冷静に考えて、俺とヴァルスさん、そして付属の蛇でフェンリルの幼生体と戦う。


 よく見ると本当にやるの?卑怯だろと非難の目をフェンリルが向けているような気もするが。


「戦いに卑怯という言葉を使うのは弱者の言葉だと俺は教官に教わりました!!」

「開き直ったわね」


 俺に戦いを教えた御仁たちは、卑怯は弱者の言い訳と切り捨てる方々だった。

 どんな手段を使っても勝つような相手を力でねじ伏せてこそ真の実力者。


 まだまだ正面切って戦っているだけ俺はまだまともだ。

 数に任せて戦うのは、指摘されてから些か卑怯かなと思わなくはないけど、ヴァルスさんも俺の力、卑怯とは言わせない。


「まぁ、次郎君に力を貸すと約束したし、フェンリルを倒すとなるとなかなか骨が折れそうだから力を貸すのは文句はないけど、次はもう少し戦いやすい相手にしてね?」

「善処します」


 ジリッと一歩すり足で前に出ると、来るのかとフェンリルも警戒する。


 第二ラウンドのゴングは、俺が鳴らす。

 全力で一歩踏み込むと同時にフェンリルも俺に襲い掛かるのであった。




 今日の一言

 自分が言った言葉は、自身でしか撤回することができない。









毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] ほんと、口は災いの元、ですね。 とうとうヴァルスさんまで呼び出しましたか。 これで決着がつく、のかなあ?
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