505 与えられたものは慎重に見極めろ
フェンリルと言えばゲームでも最強の部類に入るほど有名な名前だ。
見た目は完全にトイプードルだけど、それでも強大な魔力を身に纏っているのはわかる。
ゆえにそのフェンリルだということは疑わないが。
しかし、気になる点が一つ。
「幼生体?」
そう、全長十メートルを超える巨体のトイプードルがまだまだ成長しきっていないということだ。
教官のいるダンジョンコアの神獣はもっと巨体だったことを考えれば小さい部類なのだろう。
「うん、幼生体」
俺の聞き返しに、ヤムルが素直に頷き、次に俺は教官とエヴィアを見て。
「ダンジョンコアの神獣ってみな幼生体で渡されるんですかね」
「いや?俺の時は成獣で渡されたな」
「私もそうだ」
どうやらこれが普通ではないよう。
「何で幼生体で連れてきたんだ?」
この際、このフェンリルの能力の有り無しは置いておいて、幼生体の状態で連れてきたという事実の理由を確認することが先決。
首を傾げ、純粋に浮かんだ疑問をヤムルにぶつけることにする。
ダンジョンコアになるということは、それすなわち最終手段の防衛手段になるということ。
幼生体というのはすなわちまだまだ未成熟ということ、言っては何だがそんな不完全な状態で国防を担えるかという疑問にぶつかる。
「ああ!この子の実力疑ってるんだな。言っとくけど、幼生体だからって舐めたらだめだよ。この子の実力は並の神獣なんて目じゃないんだから」
俺の考えを見抜いたかのように頬を膨らませ不満を漏らすヤムル。
その隣にいるサムルも胸の内で俺のことを非難しているような視線を送ってくる。
「いや、馬鹿にしてるわけじゃないんだ。ただ、何でかなって疑問に思っただけで」
「そんなの、この子の実力が十分に備わってるからに決まってるじゃん。成獣になればもっと成長できる。そんな余地を残した状態で渡してあげる事に感謝してほしいよ」
意見のすれ違いを放置するのは後の禍根に繋がるからここは解消しておこうと、正直な気持ちを打ち明けるも、ヤムルは納得していない様子。
ついには拗ねたようにそっぽを向いてしまう始末。
俺の言い方が悪かったかなと頭を掻き、どうしたものかと思っていると、のそりとフェンリルが立ち上がる。
「お?」
「ふむ」
そして唸り声をあげて俺を睨みつけてきた。
その唸り声を聞いて何やら楽しそうな様子の教官とエヴィア。
「あ~あ、ご機嫌損ねちゃった。こうなったらなかなか機嫌が直らないんだよこの子。ぼくは知ーらないっと」
神獣というのだからそれ相応の実力が持っているのは必定。
俺の言い方が気にくわなかったのか、牙をむき出しにして俺を威嚇するフェンリル。
本来であればたしなめるはずの神殿側のヤムルもサムルも、成り行きに身を任せている。
「いい機会だ次郎、神獣と戦える機会なんて滅多にない。ダンジョンの最終防衛ラインの実力を体験しとけ」
その流れこそ待っていましたと言わんばかりにノリノリな教官。
「ちょ、こいつらって将軍が倒された後の最終防衛ラインですよね!?それってすなわち」
「ああ、場合によっては私たちよりも強い」
そしてエヴィアも止める様子もなく、気づけば戦闘に巻き込まれぬようにそっと距離を置いている始末。
口は禍の元。
悪気がなくとも、強さに自信を持った存在が、強さを疑われたら機嫌を損ねてしまう。
迂闊だったなと、仲裁を期待できなくなった段階で、俺も覚悟を決める。
「あ、あの気を付けてくださいね。不甲斐ないとこの子嚙み殺してしまうので」
「ご忠告どうも、出来ればもう少し早めに忠告してほしかったよ」
温厚のように見えた子犬のようなつぶらな瞳は消え失せ、俺を見つめる目は完全に敵意の籠った目。
失敗したなと、思っても後の祭り。
無尽蔵の魔力を供給するような神獣相手に手加減などできるわけないし、期待できるわけもない。
ヤムルの忠告など焼け石に水にもならない。
「相棒!」
〝おう!〟
空間魔法でしまっていた鉱樹を呼び出し、柄を握った瞬間にフェンリルは地を蹴った。
「速い!?」
その巨体にそんな瞬発性を備えていいのか、そんな疑問を挟んでいる暇すら与えてもらえないほど、フェンリルの俺に跳びかかる速度は速い。
前足に籠った魔力だけでも馬鹿げていて、咄嗟に受けるのはまずいと避けたが。
「げ」
その勘は正解だった。
一瞬にして魔力によって強化された魔王城の床が破砕され、その余波で爪のような物で切り裂かれた亀裂が走る。
魔王城の強度は、その魔王を守るためにかなり頑丈に設定されているはずなのに、あっさりと傷をつける。
これが神獣か。
腑抜けた思考を、一瞬で戦闘モードで切り替え、宙を蹴り、空気の壁を足場にして、瞬間的に空を駆け抜け、俺の間合いに持ち込む。
あの巨体だ。
離れるよりも接近したほうが身動きが取れにくく、攻撃しにくいはず。
魔力を這わせて、教官の防御すら切り裂く一刀をその白い毛に向けて放つも。
「っつ!」
ガリガリとやわらかな毛皮の前で俺の刃が火花を散らし、切り裂かれる様子もなく、完璧に防がれた。
「……」
そして連撃を入れる前に反撃が飛んで来たので、そのままの距離を維持するためにフェンリルの死角に向けて跳ぶ。
あの防御力は純粋な肉体的強度じゃない。
毛、一本一本に纏われた魔力の純度が桁違いに高い。
圧縮に圧縮を重ねた高純度の魔力、それが天然の鎧となって、フェンリルの身を守っている。
俺の魔力ではまだまだ鋭さが足りなくて、その魔力を貫けなかった。
「カハ」
なんだそれ、おもしろいじゃないか。
切れないモノを目の前に置かれて、ちょっと興奮し始めている自分がいる。
口元に三日月が描かれる。
楽しみを感じている証拠に、俺はついつい浮かれている。
目の前にいる獰猛な獣は、俺のことを狩ろうと、再びその巨体に見合わない俊敏さで俺のことを追いかけようとしている。
反撃をいなしている間も、頭はこの神獣の防御を貫くことを考えることでフル回転し始めている。
振るわれる前足、噛みついてくる牙。
「魔法も使うのか!」
俺のことを追い詰めるために、ほとばしる雷光を防ぎ、一息つく暇もなくひやりと空気が凍り、足を凍り付かせようとする氷結。
頭もいい。
ただ我武者羅に肉体で押し込んでくるのではなく、俺のことをどうやれば追い詰めて殺せるかを冷静に考えている。
そうだよな。
元々は勇者から防衛するためのダンジョンの中枢を任される存在だ。
勇者に勝てるような強さに設定されているだろうさ。
「強い、強いな!お前!!」
気づけばそんなことを口走り、俺は目の前のフェンリルに鉱樹を連続で振るっていた。
空気の壁?そんなもの切り裂くためにある物だと、音速を突き破り、はたから見れば俺の腕が阿修羅のように増え、振るっている斬撃が霞み、何本もの刃を形成し、同じ個所に打ち付けられる。
フェンリルの防御を抜きにかかるが、同じ個所に何度も刃を斬り込んでも切れる気配を感じない。
何だこれ、初めて感じる気配だ。
「カハハハハハハハハハ!!!」
笑いがこみ上げてくる。
心の底から、こんな強者と戦えることに感謝している。
貴族たちとの会話によって溜まっていたフラストレーションが爆発し、そのまま久しぶりに感じる戦いの空気に身を浸す。
教官と本気で殺し合った時のような感覚。
段々と研ぎ澄まされていく神経。
相手の一動作たりとも見逃さないと五感を鋭くさせ。
「相棒!!接続!」
本腰を入れる。
鉱樹に頼み、根を俺の腕に這わせ、そのまま魔力循環を始める。
相手が高純度の魔力で力押しの防御を見せるならこっちも力押しで押し通るまで。
「あっぶねぇ!?」
魔法だけに気を取られていたら、振るわれた爪が顔面の真横を通り、その際に頬が裂け血が飛ぶ。
かすり傷程度だけど、一歩間違えれば間違いなく俺の首が飛んでいた一撃。
返す手で放たれたフェンリルの反対の前足を鉱樹で弾く。
本来だったら弾くではなく、切り裂くような攻撃なはずなのに、俺の鉱樹が斬撃武器から打撃武器に変わっている。
刃は潰れないが、それでも切れないことにもどかしい何かを感じる。
「キエエエエエエエエエエエエエエエエイヤアアアアアアアアア!!」
猿叫で魔力を叩きつけ、それで怯むかと思えば、鬱陶しいと。
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!』
吼え返され、俺の魔力とぶつかり相殺される。
そんな返されかたは初めてだ。
余計に楽しませてくれるなと、笑みが深くなりながらフェンリルに斬撃を放てば高純度まで圧縮された俺の魔力を這わせた鉱樹の斬撃すら弾く。
『ガウ!!』
効かないとでも言いたいのかね!
魔力をあげても出力は圧倒的に相手の方が上手。
広い空間と言っても、このフェンリルにとっては閉鎖空間と言っても過言ではない。
俺が逃げ惑うような距離を開けるのはほぼ不可能だ。
攻撃が効かないことを知ったフェンリルの攻撃が激しくなってきた。
素早さ、力強さ、魔力の量、ともに桁外れ。
それに加えて無尽蔵とも言っていい魔力によってつくられている防御。
ヤムルが自信作と言うのも頷ける強さだ。
だけどな。
「付け込む隙はあるんだよ!!」
幼生体というだけで、戦いの経験値が少ない。
油断をしているつもりもなく、全力で戦っているのがわかるが。
「俺の武器はな、鉱樹だけじゃないんだ!!」
鉱樹を振るい隙が出来たと思わせ、全力で喰らいに来たフェンリルの下あごに向けて思いっきり踏み込み、つま先に魔法陣を展開する。
魔法は体のどこからでも放てられるようになってこそ一流。
フシオ教官の口癖だった。
「パイルリグレット!!」
展開した魔法陣は瞬間展開にしては多い七つ。
サッカーボールを蹴り抜くイメージでフェンリルの下あごを蹴り抜いてやった。
鈍い音とともに、響く衝撃音。
足に負担をかけるが、この程度何ともない。
問題は。
「頑丈だなお前!!」
顔面を跳ね上げるほどの衝撃、思いっきり口を閉じて牙同士を嚙み合わせてやったと言うのに平気なツラして俺を睨んでくる。
牙の一本でも折れてくれれば御の字だったけど、そう簡単には神獣は倒れてはくれないか。
「建御雷!!」
無詠唱の建御雷で視界を塞ぎ、振るってきた前足をずらさせ、返しの刃でそのフェンリルの顔に斬撃を放つ。
だが手応えは似たような感じ。
切れていない。
目の上、それこそ絶対に鍛えられないはずの眼球上を過ぎるような斬撃を放ったのにもかかわらず切れた感覚がないとは何事か。
これが神によって力を与えられた存在、神獣。
どうやって攻略すればいいか、全く見当がつかない。
だけど、そんなことで絶望するわけがない。
社畜時代に、問題がどこかわからなくて一からチェックしなおして問題を洗い出した作業を思い返せば。
「この程度、へでもねぇんだよ!!」
ただ頑丈なだけの神獣を攻略する事を諦める理由にはならない。
互いにクリーンヒットはない。
何度も攻撃を浴びせているのは俺だけど、スタミナは相手の方が圧倒的に上。
装備は不十分、ポーションすらない。
こんな不利な状況でいつまでも戦い続けることなど不可能。
いかにして、フェンリルを倒すか。
それを考える。
考えろ、考えろ。
その間も体は動き続ける。
避けて、反撃して、防いで、反撃して、追撃して、防いで防いで。
縦横無尽。
最早、重力なんて縦横を認識するだけの感覚に過ぎず、天井だろうが地面だろうが壁だろうが、俺たちには関係なく動き回るための足場でしかない。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
『ガオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
今はこの空間に一人と一匹が戦うだけの場所となっていた。
今日の一言
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!
 




