503 偉いからと言ってすべてを決定する権利を持つわけではない。
今年最後の投稿になります。
今年は2作品同時投稿と言うチャレンジもして色々と忙しくなっておりましたが、何とかやってこれました。
これも皆様の応援のおかげです。
誠にありがとうございます。
次の投稿は新年の1月1日の予定になります。
皆さまよいお年をという言葉をお送りして投稿いたします。
きっかけは確かに俺の挑発から始まった。
向こうが試して来るのなら、こちらも試し返しても構わないだろうと、今更考えれば安易な行動であった。
俺からすれば安易に見くびると痛い目にあうぞ程度の発想で行ったことだったけど、話は思いのほか大きくなりつつあるのがわかる。
狐顔の伯爵と悪魔のエヴィア。
互いに騙す存在の代名詞とも言って良い種族の二人が揃うと、混ぜるな危険と言う単語が思い浮かんでしまう。
「さて、ここは一つ腰を据えて話したいところですが、ここは聞く耳も見る目も多い。いかがしたものか」
ここからが交渉の本番と言いたげな伯爵だが、さすがにここでこれ以上の情報開示はできない。
「そうですね」
最早隠す気のない貴族たちの視線。
そして止まらないスエラたちへの質問。
エヴィアが進めてしまった話だけど、種を蒔いたのは俺だ。
主役の俺がこのまま場を離れるのは些か礼を欠く。
であれば誰にも耳に入らない席を用意すべきか、いや。
「であれば茶会にお誘いしても?」
「おや、それは何とも魅力的なお誘いで、ですがよろしいので?今後のあなたのスケジュールを考えればかなり難しいのでは?」
「スケジュールの調整をすれば良いだけの事ですよ」
この場合は一対一で話すよりも、もっといい方法がある。
「もしよろしければ、仲の良い方を誘っていただいても構いませんよ?」
「ほう、よろしいので?」
伯爵という人物をどう見るか見定めるのは交流を得ないといけない。
軽くやり取りした段階で感じ取ったのは実力がありそうな雰囲気はあるということと癖が強そうだということ。
エヴィアが警戒はしているが、排除はしないところを見ると使い勝手は悪そうだがうまく使えば有用と言ったところか。
そんな存在と接点を持てって遠回しにメッセージを送ってくる自分の婚約者。
「ええ、このようにお話しできたのも何かの縁です」
そして遠巻きに何もしてこない相手よりもこうやって接点を持ってくる相手の方を重用するのが人情ってものだ。
それに、彼と接点を持つ理由は他にもある。
「助かりますね、正直我々獣人はこういった催しでは肩身が狭い物で」
「いやはや、その肩身を狭くさせている原因としては耳が痛い」
彼ら獣人にはここ最近将軍を輩出していない。
鬼王、機王、不死王、蟲王、竜王、巨人王、樹王。
これが今までの将軍たち。
そして今は、不死王と蟲王の二席が空白になり、俺がその片方の一席を拝命し人王となっている。
将軍とは長い歴史において魔王を守る側近みたいな役割をしていたがためにこの国ではその種族ごとに将軍がいるかいないかの事実は重要視されている。
獣人も将軍位の選抜試験には参加しているが、ここ数百年排出されていない。
そんな最中で伯爵と言う地位を維持している彼は凄いということになる。
だからと言って同情して伯爵と接点を持とうと言う気持ちは欠片もない。
どちらかと言えば打算。
獣人と言う種族に対して、弱者と言う偏見ができ始めているこの国で、彼らに恩義を売っておけば後々益になるのではという打算だ。
「なに、あの時の選抜は私も見ました。我々が送り出した戦士がまだまだ未熟だったにすぎません」
俺の言葉に伯爵は真摯に力不足を嘆き、そして俺の行動を肯定した。
「鬼王殿と戦い勝ったあなたに私たち獣人は異論をはさむつもりはありません。勝者こそ真実、それが魔王軍です」
「そうですか」
腹に色々と抱え込んでいることはあれど、このような気持ちもあるのだなと思っていると、不意に俺の腕を抱いているエヴィアの腕の力が強まった。
この合図は、気をつけろ?
何にと思っていると、パンパンと乾いた拍手が俺の耳に届く。
「いやはや、勝者こそ真実、実に感心。良き言葉を記憶されていますなバイジャン伯爵」
その拍手の主は、ねじれた羊のような角を持つ悪魔の男。
身だしなみは整えられ、仕草も上品であるが、その顔に浮かべる顔が軽薄と言う印象を張り付けさせる。
「モンドメント伯爵、ええ、この国に仕える者として当然の教養ですね」
モンドメント伯爵、その家名には聞き覚えがある。
確かエヴィアの実家とはあまり仲が良くない家系だったな。
と言うより、貴族界隈でもあまり好まれていない男だ。
バイジャン伯爵もあまり相手にしたくないような雰囲気。
声の質が一段下がったのがその証拠。
事前に渡されていた資料から、この男、アグル・モンドメントがどういった人物か記憶から引っ張り出すまでもなく、要注意人物に上げられる。
何でもありの魔王軍であっても、しっかりとグレーゾーンというものは存在する。
この男はそのグレーゾーンをうまく使い、罪を逃れることに長けている人物と言えば聞こえはいい。
だが、実際は法の隙間を縫って暗躍するのが得意な蝙蝠男。
正直、可能であればお近づきにはなりたくない系統の存在だ。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません人王様。私、アグル・モンドメントと申します。陛下からは伯爵の地位を賜っております。以後お見知りおきを」
「人王、田中次郎です。ええ、モンドメント伯爵の名前はかねがね」
「悪名、でしょ?」
そしてこっちが無難にやり過ごそうと言うのにもかかわらず、ニタリと笑い。
自分がどういう立場かを理解しているアグルは、気にしないと言わんばかりに笑みを深めた。
見ていて不安になる笑みと言えばいいのか、安心感という言葉の対極にいるような男。
それが資料ではなく、対面して直に感じ取った感想だ。
「さて、どうでしたかな。あなたに関しては色々と噂が多い物で、私は真偽は自分で決めるものであると思っております」
「立派ですね。私のような存在からすると眩しいくらいです」
じっと会話に入り込まれたことを不快には感じるが、口を挟まないバイジャン伯爵。
そして静かになったエヴィア。
「そんなあなた様に、お近づきになれたらと思い。手土産を持参しました」
「手土産?」
「はい」
そして手土産を持参したと言うモンドメント伯爵は、視線で待機させていた同じ悪魔の部下たちに持ってこいと指示を出す。
壁際に待機していたモンドメント伯爵の部下たちは、礼服とは似合わない、人が入りそうなズタ袋をそれぞれ肩に担いで、いや、じっさいに人が入っているのではと思わせるズタ袋を運び。
そして乱暴にその中身をぶちまけ、俺の目の前に晒した。
「……」
さっきまで和やかだった雰囲気のパーティーにひりつくような空気が漂う。
目の前の光景を理解するのに数瞬の時間もいらない。
立ち位置を瞬時に入れ替え、そしてスエラたちを庇う位置に移動する。
そして。
「流石、わずかな時間で将軍まで上り詰めた鬼才。殺気でこれだけの圧。正直、一瞬死んだかと思いましたよ」
「どういうつもりだ」
俺は目の前の男を殺す気で、睨みつけていた。
あと一歩、相手が踏み込んできたら俺の手刀でこの男の喉を貫き、そのまま首を刎ねていた。
華やかなパーティーで剣呑な雰囲気を出すのは正直避けたかったが、そうするべき理由を相手から持ってきたのだ。
「どういうつもりも何も、これが手土産です」
アグルが部下に運ばせていたのは、ズタボロになった男たち。
明らかに暴行された跡があり、瀕死まで追い込み、ただ生かされているだけの存在。
パーティーの雰囲気をぶち壊すのには十分な代物だ。
その正体に見覚えがあった。
このパーティーの前に行ったパレードで俺の将軍就任に反対していた抗議集団のトップとその取り巻きたち。
そいつらがズタ袋に放り込まれ、乱暴に扱われたのがわかる。
「魔王様が認め、人王様を祝うこの式典で、この国の慶事に泥をぬった不心得者たちは人王様の恩情で一度は許されたのにもかかわらず、再度反抗を企てたので捕らえました」
なぜこんなことをやったと正義感に則って聞くのは違う。
この男にとって、この男たちは悪事をなしたからそれを裁いた、ただそれだけの事。
この男の目的は、この場の空気を壊してでも俺の前に持ってきて俺がこの男たちをどう裁くか試すためか。
「いかがいたしましょう人王様?」
あたかも忠義を見せたかのような仕草に、俺の視線はさらに鋭くなるのがわかる。
祝う気がないのか、そして空気が読めないのかと聞かれてもおかしくはない。
少なくともこの場で問うべき内容ではないが、それでも今この場で俺が何かを指示しなければならない空気が出来上がってしまった。
敵に情けをかける存在か、それとも非道な決断を出来るか。
そこら辺を見極められている。
こんな試し方をされるのかと思いつつ、切った張ったで決着がつかないものごとにこんなにも早く対峙するのかと溜息を吐きたい。
「……ぅ、タ、ス、ケ」
腫れた瞼をうっすらと開け、俺に助けを求める抗議集団の男。
「しゃべるな、クズが」
モンドメント伯爵はその声すら汚らわしいと、張り付けていた笑みを消し、そのまま蹴り飛ばそうとした。
「よせ」
だが、その蹴りを許せばまず間違いなくこの男は絶命する。
それがわからない俺ではない。
よって止めるのは必須。
ピタリとつま先が顔に触れるか触れないかの瀬戸際でモンドメント伯爵の足は止まる。
「祝いの席を血で穢すつもりか?」
俺は戦闘モードで出す殺気を全力でモンドメント伯爵に叩きつけた。
舐められたら終わりだと言うのはわかっていた。
だが、そこまで無茶はしないだろうとどこか油断していた部分があったのは否定はしない。
「情報を聞ける程度に回復させろ、話はそれからだ。その後の沙汰は追って伝える」
「かしこまりました」
だからこそ、この男の横暴を許すわけにはいかない。
この男がやっていることは、極論突き詰めれば悪ではない。
場の空気を悪くするが、やっているのは違反者の取り締まりでしかない。
不敬罪で裁くにしても、裁くに足りない。
本当にギリギリのところの綱渡りが得意な男のようだ。
再び作り笑みを浮かべるモンドメント伯爵は恭しく頭を下げ、部下に男たちを片づけさせると、場は静寂から解放される。
社長や、他の将軍たちが黙って見ていたのは俺の判断を見るためか。
それとも越権行為を避けるためか。
どちらにしろ、最上位の権力者たちが動かないように配慮しているあたりこの男も食わせ者ということか。
パーティーの雰囲気が完全にしらけ、どうしてくれるのかとぼやきたくなる。
そんな時、ふと俺の首筋に殺気が飛ばされる。
その殺気は慣れ親しんだもので、俺はそっと気配を探って見ると、ずいぶんと場の空気が悪くなっても気にせず酒を嗜んでいる鬼が一人いた。
なぜその鬼が俺に殺気を飛ばしてきたか、その理由を考え。
なるほどと納得し。
「バイジャン伯爵、モンドメント伯爵二人とも酒はいける口かな?」
俺はその誘いにのることにした。
どっちにしろ、パーティーに関しては立て直さないといけないのだ。
破天荒なお方が差し伸べてくれた手は、ある意味で常識はずれな手段であるが、解決策としては悪くはない。
「ええ、それなりには」
「嗜みていどに」
それぞれの口から酒は飲めると言う話が出たのを言質として。
「そうか、それは良かった。ついさっき誘いが来ましてね」
そしてどんと大きな音を立てて、教官がテーブルに大きな樽を置いたのが見えた。
「良ければあれを飲み干すのを手伝ってくれませんか?」
ニッコリとしらけた空気にさせた責任を取れとモンドメント伯爵にプレッシャーをかける。
「まさか、断りません、よね?」
「ははははは、是非とも随伴に預かります」
「……」
そして巻き込まれたバイジャン伯爵の恨めしそうな視線と共にそちらの方にエヴィアとスエラ、メモリア、そしてヒミクを連れだって歩こうとした時。
「ああ、もしよろしければ皆さんもご一緒にいかがです?酔った私でしたらもしかしたら口が滑ってしまうかもしれませんよ?」
しっかりと他の面々も巻き込んで、無理矢理、規律正しいパーティーから鬼の宴に催しが変更されるのであった。
後にも先に、こんな変則的な将軍のお披露目パーティーはないだろうなと思いつつ。
幾人もの貴族たちを酔い潰すのであった。
今日の一言
ままならないことはよくある。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




