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502 自身の価値は他人が決める

 化かし合いの本番はここからかと察するには十分な笑み。


 獣らしい風格こそないけど、それでも静かに感じさせる威圧的な態度を見ればとても好意的な相手には見えない。


 威嚇のように重圧を感じさせつつ、相手に思考を読み取らせない感情を感じさせない笑み。

 本来であれば喜怒哀楽のいずれかの感情が感じ取れるはずなのに、まっさらな重圧だけを俺だけに感じさせる。


「ええ、よろしく〝お願いします〟ね。バイジャン伯爵」


 だが、それがどうした。

 確かに貴族としては格段に上位な重圧を放って来ているみたいだけど、俺はそれ以上の圧を生死が関わる現場で師匠たちから日常的に受けている。

 この程度の圧ならお遊びにも等しい。


 俺が笑みを携えて、あえてお願いすると言い放つと、バイジャン伯爵の返答に間が空いた。


「……なるほど、この程度挨拶にもならないと言うわけですかな」


 そしてすっと重圧が引き、そして笑みに感情がこもる。

 目の前の彼にとって笑みとはポーカーフェイス、だがそれと同時にやり慣れた表情なのだろう。


 困ったようにあえて見せているのはこちらの警戒心を解くためのものか。

 それにのるのも一考か。


 ここでエヴィアに一つ聞きたいところだが、将軍になってから頼りっぱなしと言うわけにはいかない。


「失礼ながら、私はあなたよりも格上と戦い続けてきた者でして、プレッシャーを与えたいのなら鬼王殿と同じくらいでなければ」

「ハハハハハハ!!生憎と私は武芸はさほど得意ではないのでさすがにそれは少々難しいですな!!」


 なのでここは一つ自虐ネタで通そう。

 嘘は言っていない。

 日々格上の存在たちに絡まれる俺からすれば、ここにいる貴族たちのプレッシャーは癖がある程度だ。


 恐怖を感じないわけではない。

 危機感を抱かないわけではない。


 ただ、単純に体がすくまず怯まない。

 それだけの話。


 冷静に物事を見ることができる相手の範疇に収まっている。


 肩をすくめて、自嘲気味に教官以上に厳ついプレッシャーを出すことができるかと問うてみたのもその一環。

 相手側のバイジャン伯爵も、なるほどと納得出来た様子で頷き。


「なるほど、不死王殿と鬼王殿の推薦を受け、魔王様が懇意にするだけのことはあるか。肝が据わっていますね」

「恐れ入ります」


 品定めを行っていると言うのを隠さなくなった。

 今のところは興味半分と言ったところか。


「単刀直入なのと、遠回しなお話、どちらがお好みで?生憎と貴族に対しての知識はあってもあなたの好みまでは把握しきれていないので」


 もうすでに餌をばらまき、その餌に食いついてきた大貴族の一角を引き出せただけで結果としては重畳。


 あとはここを起点にできるかどうかは自分の手腕次第。


「良く勘違いされがちなのですが、私は狐の獣人ではありますが遠回りはあまり好まない。直接物を申すことは下品と思われがちですが、勘違いして時間を浪費することの方が無駄だと考えますな」

「つまり?」


 そしてこういう場では理屈で考えるよりも、時折感じ取れる勘がものをいう時もある。

 俺はバイジャン伯爵には特有の感覚を感じとった。


 バイジャン伯爵、この男貴族とは名乗っているが、思考がどちらかと言えば商人よりの考え。

 時には貴族が絶対に捨てたがらない名誉やプライドと言ったものを金で売り買いできるタイプだ。


 根拠はない、いや、強いてあげるなら、金になる話に堂々と他の大貴族の目がある中で後ろめたさを感じさせず話しかけてきたことが根拠になるか。


「我が領地にある鉱山の利益の三割を支援に当てましょう。さきほど小耳にはさんだ話の重役に加えていただきたい」

「なるほど、単刀直入だ」


 そしてこの伯爵金儲けには目がないと見た。

 さらには投資家としての目利きもうまいか。


 これが他の貴族との差だろうな。

 新入りの将軍相手に探りを入れるのは良いが、金儲けの話になった途端にいかにして自分の有利を確保しつつ俺から頼み込ませるかを算段する時点で待ちの姿勢になる。


 だがこの伯爵は違う。

 あくまで商売として対等、これくらいの出資をするので意見を出させろと先手を打ってきた。


「条件によってはもっと出してもいいですよ?」

「そうですね、こちらとしても大口の出資は魅力的だ。ただ、その鉱山の利益の詳細を聞くまでははいわかりましたと頷くことはできませんね」

「おや、お気づきで?」

「当然ですよ、あなたの領地のどこの鉱山で、どれくらいの産出量とか詳細な情報がない状況の空手形に飛びつくような愚か者が将軍になれるとお思いで?」

「いえ、失礼、貴族たるものつい相手を試したがるもので、ご気分を害しましたか?」


 さらには自分が有利になるよう立ち回るのは流石は狐か。

 もし仮に俺が最初の言い分で握手しようものなら、俺の腕ごと振り払うためにエヴィアの蹴りが飛んできただろう。


 残念、そういった詳細を決めるまで契約は隅の隅まで目を光らせるのが社畜なら常識なんだよ。


 ニッコリと微笑んで気分を害したかと聞いてくるのがまた憎たらしい。

 キオ教官なら堂々と不機嫌になることができるだろうが、将軍位についたばかりの俺がそんなことをしたら狭量だと思われかねない。


 そう思われても構わないと言う行動方針ならいいんだけどさすがにそれは時期尚早と言わざるを得ない。


「いえ、試す価値があると思われて光栄ですよ。少なくともあなたの目には私が金の卵を産む鳥かどうか見定める価値があるということでしょう?もっと長い目で見定めてもらっても構いませんね」

「おっと、楽しみが増えてしまいましたかな?」


 なので、物は言いようと相手がもっと価値を引き上げられるように場を整える。

 実際提示した値段の正確な値はわからないが、これでこの伯爵は最初に言った鉱山の利益の三割以下に出資を下げることが難しくなった。


 成り立てと言えど俺は将軍だ。

 試したことを認め、そして許されて何もしないでは貴族としての器が疑われてしまう。

 こんな大きなパーティーではその言った言わないが重要になり、言質と言うものは俺がいた世界よりも重く受け止められる傾向がある。


 犯罪はバレなきゃ犯罪ではないという理論を、貴族たちは嘘は気づかれなければ嘘ではないと言う。


 嘘をいかにして織り交ぜ、相手に気づかせず騙す。

 そんな暗躍が日常で繰り返されている。


 事実、さっきの俺に挨拶をしにきた貴族たちも特産品と言っているが、その詳細を語る者は誰もいなかった。

 どのような商品を送るか、しっかりと胸三寸でできるように最後の手綱は放さなかった。


 それ自体悪く言うつもりはないし、当然の権利だとも思う。

 だけど、それに対して異論がないかと言われれば、あると答える。


「ええ、楽しんでいただければ幸いですね」


 そういったやり取りを仕方ないと許容はする。

 だけど仕掛けて来た相手にやり返さないと誰が決めた?


「実は私も貴族の方々の実力が気になっていたところでして」

「実力、ですか?」

「ああ、勘違いしないでいただきたいんですが統治能力や経営能力と言うわけではありませんよ?そちらの方は疑っておりませんし、魔王様がお認めになっているのですから疑う方が失礼だ」


 これはちょっとした牽制だ。

 試すのなら試され返すのも覚悟して俺を試せというちょっとした脅し。


 俺の話の流れに嫌なものでも感じ取ったは獣の勘か、それとも貴族としての経験か。

 少し笑みが固くなっている伯爵に俺はニッコリと綺麗に笑みを浮かべて見せる。


「少し話は変わりますが、伯爵殿は私の師をご存じですか?」


 そして周知の事実を確認する。


「確か、鬼王殿と不死王殿でしたか?」


 戸惑うことなく、なぜと言う疑問も浮かばせず伯爵は俺の求めていた答えを返してくれたことに感謝するように大きく頷く。


「ええ、その通りです。ではお二方の性格は?」

「戦うことを大変好まれる方々だとは聞き及んでおりますが」


 随分とマイルドな言い方だ。

 ここにいるのはキオ教官だけだけど、フシオ教官も一緒にいたとして、戦闘狂と言ってもあのお二方なら笑顔で肯定しそう。


 そして。


「では、私自身もその影響を受けていないとお思いですか?」


 俺はこの一連の流れで分かり切った答えをあえて伯爵に聞いてみる。

 確認したいのは統治能力や交渉能力といった貴族としての一般的な能力ではない、むしろ貴族界隈では野蛮と言われるかもしれない物理的な戦闘能力。


 魔王軍に所属する者であれば純粋な実力主義になるけど、貴族は正確に言えば魔王軍ではない。


 魔王である社長を頂に置くのは変わりないが、組織派系図として大きく二分される。

 軍部の発言力が強いことが特徴であるけど、貴族自体の勢力が弱いわけではない。


「先ほど言った通り私は腕っぷしはからっきしでして……」


 そして弱い貴族が軍部で発言力を持つことができると思うか?

 答えは否、断じて否である。


「お抱えで、強い護衛とかお持ちでしょ?」


 弱さを悪とするこの大陸で、頭だけでのし上がることはほぼ不可能、であればその弱さを克服する方法を誰もが模索し、所持するのが常識だ。


「……」


 それは軍という量かそれとも傭兵や騎士といった質か、そのどちらもというパターンがある。

 将軍位をきめるあの選抜でも大勢の貴族に支援された参加者がいた。


 そして裏切者のカーターも元々は貴族のお抱えの騎士だ。


 俺はこれからそんな者を抱える貴族たちと対等以上に渡り合わないといけない。

 なので、ここで一つ伯爵の手札と一戦交えて見たいところだ。


 試されたのなら、試しても構わないだろ?

 と笑顔で今度は俺がプレッシャーをかけていく。


「そちらとしても、現役の将軍と手合わせできるいい機会だと私も思うが?」


 そしてなんとこのタイミングでエヴィアが援護に回ってきた。

 俺としてはありがたいが、てっきりずっと見守っている状態で、マズイ状況で割り込みうやむやにする方向だったと思っていたが……どういうつもりだ?


「まぁ、確かにその通りですな」


 もしかして俺がやりやすいように場を整えてくれるのかと一瞬期待する。


「なんなら、新兵たちも混ぜた軍と人王と言う対戦も面白いかもしれんな」


 あ、違う。

 エヴィアが完全に楽しみモード入ってる。

 俺が成長することを楽しんでいるのは教官やスエラだけではない。


 エヴィアもなんだかんだ言って俺の成長を喜んでくれている節がある。

 ただ、欠点としては、エヴィアの鍛えかたは教官たちと勝らずとも劣らないスパルタを楽しみながら実施してくる。


 しかも嫌な予感もする。


 この勘は最近では外れたためしがない。

 嫌な予感がするときは、実際嫌なことが起きる。

 そのことを考えつつ、話の流れを持っていったエヴィアを見守る。


 ここで口を挟んでもろくなことにはならないと目に見えているからこそ、このタイミングでエヴィアは話に割り込んで来たのだ。


 俺からは断れないことを見越して。


 エヴィアの企みがどういうのかはわからないけど、この嫌な予感を外すのにはワンチャン、伯爵がうまく断ってこの話をうやむやにしてくれることだけ。


「ははは、ご冗談を我が領兵が全滅してしまいますよ。それでは私の大損ですな」


 実際に俺は並の兵がいくらいてもすべてなぎ倒せる自信がある。

 手加減抜きの皆殺しなら、それこそよほどのことがない限り負けないし、怪我の具合さえ考慮しなければ負ける気がしない。


 それを理解できないほど、伯爵も馬鹿ではない。

 大損という貴族からはあまり出なさそうな言葉を使ってこのやり取りを回避しようとしている。


 だが、俺はすーっとエヴィアの口元に笑みが描かれた段階で、あ、これ無理だと思った。


「再起不能の怪我をさせないと、人王に制限をかけてもか?」


 はい、無茶振り来ましたわ!!

 制限ってあれか?

 教官みたいにチャンバラブレードでガチ装備の軍隊に勝てと?


 いや、結構あれでも再起不能っぽい怪我をしたからもっと弱くなる武器を使ってか?


 どちらにしても大変だからやってられないよ!!


 断れ伯爵、断ってくれ!!


「ほう、それは手加減して胸を貸してくれるということですかな?」

「そう捉えてくれてかまわんぞ?現役の将軍と戦える機会。しかもこいつは古参のライドウを一度とは言え倒している。兵にとって今後のことを考えれば良い刺激になると思うが?」

「……」


 考え込むな!!断る一択だろ!!

 俺と戦うことで得られる経験なんてそこまで考え込むような話でもないだろう!!


 雲行きがどんどん怪しくなり、俺の勘がどんどん嫌な想像を掻き立てる。


「……何をお望みで?」


 そして覚悟を決め、条件次第ではその話を受けると先ほどまで受け流すことを主とした体勢から一転、受け止める姿勢になった伯爵を見て、あぁ終わったと組織編制で忙しい最中にもう一つの激務が追加された瞬間だ。


「何を望むかは、貴公次第だ。高値で吹っ掛けられたくはないだろう?」

「なるほど、あなたのような女性が支える人王様にはこれからも懇意にしておかねばなりませんかな」


 何で俺の了承なしで、話が進むのだろう。

 俺って一応、人王なんだよな?




 今日の一言


 自身の価値を正確に把握するのは難しい。

毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] どうせやるなら自信持って!
[一言] 次郎さん、とても頼りになる奥様(仮)をもって幸せですね⁈ 早くも尻に敷かれそう。
[一言] 無茶ぶりしても次郎なら百点満点以上の答えを出せるよなって読者視点からでも思えるのがさすが。 よく考えると、これ日本ブラック企業で生き延び続けて鍛えられたスキルか?
感想一覧
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