500 やってみなければ理解できないこともある
「綺麗だ」
待つこと数分。
普段であればあっという間に過ぎ去るような時間だけど、出迎える立場になってはじめてわかる時間経過の遅さ。
メイドに案内されてドレス姿になったスエラ、メモリア、ヒミク、そして社長の護衛から外れたエヴィアたちを見て最初に送った言葉はそれだった。
普段着とは違う、特別感をあしらった衣装は今夜の舞台の主役は彼女たちなのではと錯覚するくらい美しくなっている。
シンデレラを着飾って見せた魔女でもここまで美しくできるだろうかと思ってしまうのは身内贔屓が過ぎるだろうか。
薄い緑色のマーメイドドレスに身を包んだスエラ、銀の装飾品を所々にあしらい、森の妖精のように仕立たてあげている。
子供を産んだとは思えないほどのバランスの取れたプロポーションは流石としか言いようがない。
隣に立つメモリアはその小柄な容姿からは想像できなかったほど大人の色気を醸し出す肩を大胆に開けた紫色のドレスに身を包み、全体的に寒色でまとめながらも暗いという雰囲気を醸し出さないのは彼女の白い肌が際立っているからだろうか。
そしてヒミクは淡い水色を基調とした色合いでまとめ上げられて、露出が控えめだけど、それでも感じさせる彼女の色気。
天真爛漫な笑みを浮かべている彼女が着るからこそ明るい雰囲気を作り出していると言って良い。
最後にやはりこの中では断トツでドレスを着こなしているエヴィア。
真紅のドレスは彼女のトレードマークと言って良いのかもしれないが、かと言って見飽きたとか見慣れたという言葉は彼女には一番程遠い言葉なのかもしれない。
美しいバラのように咲き誇る彼女の立ち姿は変わらず美しい。
「あらら、お父さんはお母さんたちに夢中みたいだね~」
「良いじゃないですか、娘たちに惚れ込んでくれているのだから」
そんな彼女たちに見惚れている俺を少し現実に戻すように義母であるスミラスタさんとミルルさんが双子をそれぞれの腕に抱き俺の様子を実況してくれる。
ちゃっかりその隣にはスマホを構えた我が母親もいる。
「……撮ったのか?」
「ばっちりとそのアホ面を撮ってあるよ。永久保存版で、あとで印刷してあげる」
「するな!」
空気のように肩を寄せ合って様子を見る父親勢とは打って変わって全力で俺を揶揄う気満々の母親たちに溜息を吐きたくなるのを堪えて、少し赤くなった頬を冷ますように深呼吸し。
改めてスエラたちと向き直る。
「お前は将軍になったというのに変わらないな」
大きなため息とともに呆れた顔を隠しもせずに俺を見るエヴィア。
「それが次郎さんらしくていいじゃないですか」
フォローしてくれるのはありがたいが、この態度は俺でもダメだとわかるぞスエラ。
「何かあった時のために私たちがいるのですが、スエラは少し楽観的すぎるような気もします。これから出向く場を考えればもう少し気を張っていた方がよろしいかと」
ごもっとも、メモリアの言う通りパレードが終わったからと言って気を抜いていいタイミングではないわな。
「ふむ、確かに勇者と共にパーティーに参加した時はあまりいい空気とは言えなかった。貴族と呼ばれる存在はだれしも腹の底に黒い物を抱えていて、常に損得勘定で動いていたように見える。これから行く場もそのような場所なのであろう?」
俺よりもヒミクの方が経験値が高そうな件に関しては今後の反省点として、言われている通り、これから向かうのはこの国の重鎮たちである貴族が集まる夜会だ。
味方と言える存在もいるにはいるが、ここで右往左往するようじゃ今後将軍として活躍することなど夢のまた夢。
「まぁ、しっかりやらないと後で教官と社長に笑われて黒歴史に残りそうだからな。迂闊に気は抜けん」
そう言った表向きの理由もあるが本命は、俺が右往左往することを遠目で楽しみそうな御仁たちがあの会場で手ぐすね引いて待っているということ。
基本的にキオ教官も社長も、その場で楽しければいいという享楽的な考えを持っている。
特にキオ教官は、俺が少しでも焦ったりしていたら盛大にからかって、俺が生きている間は肴のつまみの代わりにしてきそう。
絶対に失敗できない戦いがここから始まると考えると、気は抜けず、身が引き締まる思いだ。
俺の言葉に確かにとスエラとヒミクは頷き。
否定はしないとうっすらと笑うエヴィア。
「それは私たちもそうでしょうね。次郎さんはこの世代ではまず間違いなく一番の出世頭。そこに縁を作るために女性を送り込もうとしてくるでしょうね」
俺がこれから貴族たちと腹の探り合いをしないといけないと気合を入れている最中、メモリアの言葉でスエラたちの瞳に闘志が宿る。
「四人も婚約者がいるということは、もう二、三人は大丈夫と思うはず。次郎、わかっていると思うが言質を取られないように気をつけろ」
そして貴族社会に身を置くエヴィアが、再三俺に忠告してきた言葉を再度言ってくる。
ここでむきになってわかっていると言うのは簡単だが、彼女の経験は俺にはないもの。
ありがたく拝聴するのが筋というものだ。
「ああ、貴族のお茶会イコール見合い、そして参加したら婚約確定だろ?」
なんとも無茶苦茶な理論だが、一度でもデートしようものなら知らぬ間に子供ができてもおかしくはないらしい。
高位の貴族社会になればなるほど、そんな後付けの超理論が展開され、論破しようにも隙を見せるのが悪いと言う風習があるので簡単には収拾がつかないらしい。
大手の商会であるトリス商会をまとめるメモリアの父であるグレイさんが何度も頷いているのを見るとそれが嘘ではなく、現実だと言うのがわかるだろう。
静かに立つセハスも、こっくりと小さく頷いている。
「ああ、基本的に娘や妹を送り込もうとしてくるが、決して二人きりになるな。奴らはその手の場を整える手はずは恐ろしいほど早い」
エヴィアは仕事もそれくらい早ければ文句はないのだがと愚痴をこぼしつつ、パーティー会場に入るときの注意点をおさらいしてくれる。
「私たちがあの会場に行くのはいわば女避けだ。表向きは私たちと次郎の関係を喧伝するための参加だが、奴らはそんな表向きの理由など歯牙にもかけん。いかにして有力者との縁を作り、自分に益をもたらすかを考える。厄介なのがそういったやつに権力が集まっているということだろう。一つの家ごとの力など大したことはないが奴らは横の繋がりが強い。下手に敵に回すとそこから別の家も敵に回しかねん。適度に距離感を保つことを念頭に立ちまわりつつ、お前の役に立ちそうな家を探れ」
要約すれば、ハニートラップに気を付けて、向こうが利益を追求しようとしているから逆にこっちも利益を要求しろと。
「難しいが、やってみる」
「ああ、それでいい」
無理と言うのは簡単。
諦めるのもいつでもできる。
だけど、その時点で俺の負けが確定する貴族との交流会。
ストレスで胃に穴が開かないか心配になってしまう。
まだまだ若いつもりだが、抜け毛とかも大丈夫だろうか?
なんて冗談を考えながら程よく緊張感を保つ。
「お前がそうやって笑っている間は安心できる」
「おっと、しまった」
つい教官譲りの笑みが出てしまったことに慌てて表情を取り繕う。
「本当に成長しましたね次郎さん。初めて会った時は色々と驚いていましたのに」
「ええ、あの時店に来て片づけを手伝ってくれた人が今では将軍です」
そんな俺の姿を見て、懐かし気に笑うスエラとメモリア。
「ああ、オーク相手に息を乱して、訓練の最後はズタボロになっていたのが懐かしい」
「む、私だけそういった思い出がないぞ」
入社したての頃から一気に駆け上がって来たという自覚はあるが、そこまで懐かしむことか?
自分だけの思い出が無いことに嫉妬したヒミクが私もと、ジッと俺のことを見つめてくるが、時空の精霊と契約していても流石に過去の改変はできない。
「これから思い出を作っていくから、な?」
「む、約束だぞ」
だから未来に向けて一緒に何かやろうと提案すれば素直なヒミクは納得してくれる。
ただ。
「当然スエラたちともだ」
そう言うことをやるときは平等に。
その行動は正解のようで、なにをするかと考え込む彼女たちを脇目にそろそろ時間かなと思っていると。
「お時間です、人王様」
「そうか」
セハスが懐から懐中時計を取り出し、そしてそっと時刻を知らせてくる。
いよいよかと、すっとスイッチが切り替わり、仕事用の表情が顔に張り付く。
「だ、大丈夫だ、次郎、ほら人って文字を」
「親父の方が落ち着け」
その表情を見て、父親として元気づけようと健気な行動を見せてくれる父親に俺は笑みをこぼし。
「落ち着いて、お袋の側から離れるなよ。離れたら拉致されかねん」
「そうだね、伊知郎。あんたは大人しくパーティーに出される食事や酒だけに専念しな」
「安心してください、私たちが一緒にいますので大丈夫かと」
「うむ」
「両親をよろしくお願いします」
マイットさんとグレイさんに両親のことをお願いし。
「スミラスタさん、ミルルさん、サチエラとユキエラをお願いします」
パーティーに参加している間の時間子供の世話を義母に頼む。
「ええ、楽しんできてね。ねぇサチちゃんおばあちゃんと一緒でも大丈夫だよねぇ」
「むふふ、むしろおばあちゃんのこと大好きにさせちゃうから、早めに帰ってきた方がいいかも?」
片や妙齢の女性、もう片方は下手すれば中学生でも通じる幼い容姿でおばあちゃんと言われても違和感がすごいなと思いつつ、警戒していない我が子たちは大人しく二人の腕に抱っこされつつ不思議そうに首をかしげている。
「セハス、彼女たちの護衛は任せた」
「は、お任せを」
そんな義母たち二人の護衛を主導するのはウチの館の執事長をするセハス。
これで後顧の憂いはない。
あとは社畜時代に培った交渉技術が異世界でも通用するかが問題だ。
付け焼刃にはならない程度には知識を詰め込んではいるが、もう少し時間が有ったらと準備不足を感じてしまう。
だが、ここで怖気づくわけにもいかん。
「行こうか」
そっと腕を差し出すとその手をエヴィアが取る。
うちの女性関係は基本的に平等だ。
誰が正妻で誰が側室なんて決まりはない。
家柄は全てバラバラで、各々が個性を持っている。
そのことを尊重している故に家の中では互いに自由にすごしていたりして、言いたいことを言っている。
けれど対外的には家柄的にエヴィアが女性関係ではトップでなければならない。
スエラは英雄と呼ばれるムイルさんの孫ではあるが、ダークエルフの種族の中で言えば一般人。
メモリアはトリス商会の跡継ぎと呼ばれているけど、商人。
ヒミクは熾天使とイスアルでは崇められる象徴だけど、ここではただの堕天使。
だが、エヴィアだけは貴族の地位を持ち、その貴族の地位も上から数えた方が早い。
故に対外的にはエヴィアを正妻にして、スエラたちが側室と言う立場になる。
決して差別しているわけではないが、エヴィアだけと手を組み、その後ろにスエラたちが並ぶ光景は少し不満だ。
「戯け、そんな不満そうな顔をするな。私では満足できんか?」
「いや、そういうわけではないんだが……」
不満を抱く理由がエヴィアと手を組むことではないと伝えようとしたが。
「わかっている。だが、これから向かう場所でそんな雰囲気を出せば私たちの関係に不満を持っていると思われかねない。注意しろ。別に私たちはお前にないがしろにされてるとは思っていない」
会場につく前に指摘をいただいてしまってイマイチ締まらない雰囲気に。
「了解」
「それでいい」
そこを仕切りなおす。
エヴィアをリードするように歩き出した俺の後ろをスエラたちが続き、そしてセハスが開けた扉を潜るとそこには護衛の騎士たちが待っていた。
ここから将軍としての最初の戦いが幕を開けるのだが……
腹の探り合いがどこまでできるか俺にも未知数だ。
今日の一言
チャレンジ精神はいつまでも忘れずに。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




