499 自身の世界は変わり続ける
式典の後はパレードだと聞いて、覚悟は決めていたが……
正直、想像していた十倍きつかった。
おもに視線がきつい。
いくら戦いで修羅場を潜り抜けてきた俺とは言え、パレードのような式典で堂々と主役を張ることなんて一度も経験したことなどない。
笑顔で馬車に乗り、そして堂々と警備する騎士たちに随行され、左右をこの日のために集まった民たちに向けて手を振る。
そして集まる、視線視線視線。
こんな凡人の顔見て何が楽しいんだ。
やっていることはこれだけなのだが……
なんで俺のためにこんなに人員が集まってるの?
サクラ?サクラだよなと少し気を紛らわせたい願望が入り込むほどにパレードの一行が通行する場所以外の道に人が溢れ切っている。
某夢の国のパレード並みか?それ以上かと、少し他人事のように考えないとやっていけない。
まぁ、確かに俺はこの国の歴史上初めての人間の将軍なのは認めるが、物珍しさでもここまで集まることはないだろ!?
頬が引きつっていないか、心配になる。
しかしここではそれを確認できない。
何せ今の俺はあの式典の後のお披露目式を終えた後、前に社長を乗せた馬車、そしてその後ろに俺の乗った馬車、さらに後ろに家族の馬車と、今この馬車に乗っているのは俺一人という状況だからだ。
何で隣に誰もいないんだ?
アウェー感半端ないんですけど!?
もと社畜の経験の中にもさすがにこんな仕事なんてない!!
社長!なにがちょっとしか人が集まらないから大丈夫だ!
見た感じ結構な数の人が集まってますけど!!
右を見て多種多様の種族の人が集まっているのが見えて、左を見てこちらも多種多様な人が見える。
冷静に分析ができるけど、今までにないくらい期待された視線って言うのがプレッシャーになる。
教官、ピンチの時こそ楽しめと教えられましたが、こんなピンチはどう楽しめばいいんでしょうか。
と考えたら。
あ、あのキオ教官なら普通に楽しみそうだし、フシオ教官なら余裕でこなしそうだ。
前者は、大きな高笑いをしながらこの雰囲気を楽しみそうだし、後者であるなら普通に優雅な姿勢を見せていそうだ。
そんな姿が簡単に想像できて、急に冷静になった。
うん、よくよく考えてみればそこまで慌てる必要はないか……。
命のやり取りをするわけじゃない。
キオ教官の右ストレートや、竜王のブレスに、フシオ教官の魔法に、エヴィアの魔剣。
それらと比べればこの視線もかわいいものか。
開き直れば、あとはゆっくりと同じことを繰り返せばいいかなと思えることができた。
後はこのまま問題なく式典が進めば。
「死ね!!人間がぁ!!」
あ、はい。
そうですよね、こんな言葉も出てきますよねぇ。
さっきまで穏やかな、雰囲気であった祭事の中に混じる罵倒。
普通の人ならこの歓声に紛れて聞こえないんだろうけど、巨人種の男が声を張り上げれば自然と耳に入るし。
「俺たちは断固としてお前をこの国の将軍として認めない!!」
と大きな布に、俺の顔らしきデフォルメの顔を書いたその上にバッテン印を描かれれば俺の将軍就任の反対派だというのが誰でもわかる。
ちらっと護衛の騎士がその反対派の人たちの方を見る。
さてどうするかと。
これが大声とかではなく、普通の声とかで言われるのなら問題なく無視一択だが、進行方向上、しかも社長が通り過ぎた後に俺だけに見えるように集団で行動を起こしたのだから計画的と言わざるを得ない。
無視すれば舐められ、潰そうと対応すれば大人げない。
さていきなり、面倒な対応だ。
まぁ、面倒であって、対応ができないわけじゃない。
「ちょっと止めてくれ」
「は」
パレードの進行上、多少の時間の余裕がある。
ただ、まぁ、いちいち全員相手するような時間はないので。
「ああ、そこの君」
「!」
まさか止まると思っていなかった巨人は俺から話しかけられてビクッと背筋を伸ばす。
「良く聞こえなかった、俺に何か用があるみたいだからね。はっきりと俺の目を見て言ってくれないか?」
馬車の上から俺は、罵声を浴びせてきた抗議活動の中心核らしい巨人の男に声をかける。
だけど、さっきまで威勢の良かった男は、まるで蛇に睨まれた蛙のように静かに、パクパクと口を開け閉めするだけ。
そりゃ、当然か。
今の俺の目は竜の血を開放しているから、竜の眼力にさらされているような状態だし。
教官たちに鍛え上げられた殺気は、凡人が耐えられるようなものではない。
手を出せば小物となじられ、無視すれば舐められ調子に乗る。
であれば、どうすればいいか。
単純だ。
手を出さず、物理的に黙らせばいい。
「ふむ、言いたいことはないのか?」
殺気を叩きつけて、場がしらけるから空気を読めと教え込む。
そして殺気を叩きつけている俺からすれば、意見を聞こうとした優しい将軍だと周囲にはアピールできる。
やっていることは、まったくもって優しくない。
見ての通り、手加減抜きで殺気を叩きつけているので、巨人の男はガクガクと膝が震え始め、そして顔色も悪くなってくる。
それでも何か言いたげにしているが、垂れ幕を持っていた集団が徐々にその垂れ幕を隠そうと下げている時点でもう勝敗はついた。
大口を叩けるくらいの気概と覚悟を持ってからそういうことは言うべきだろう。
「そうか、せっかくの式典だ。〝楽しんで〟くれ」
せっかく発言する機会が与えられたのに、言えなかった。
陰口しか言えない男にはその後の信頼が得られない。
いざという時、本番の時、その時に何もできなければ誰も信じない。
準備が足りなかったからと言い訳しても、本番にできなかったという実績は打ち消せない。
騎士に視線で行ってくれと頼めば、パレードは再開する。
非難するような周囲の視線にさらされて、最前列を取っていた集団はすごすごと去っていくのが後ろ目で見えた。
開いた空間はすぐさま別の観客に埋め尽くされる。
さて、ちょっとしたトラブルはあったけど、パレードを再開しようか。
ただ。
やっぱり人間の将軍は、全員には受け入れられていなかった現実を見せつけられて、少しだけショックを受けた。
気にしても仕方ないと思いつつ、ああいった輩が減るように努力しないとなと考えさせられる出来事であるのは間違いない。
まぁ、俺は聖人ではないし、万人受けされるような人格者でもない。
実力である程度の人は認めてくれるだろうと、少々脳筋的な発想で問題を先送りする。
今はこのパレードを無事に終わらせる方に集中するか。
と考えても、俺がやることなんて精々表情を維持して、そのまま手を振る作業に従事することくらいだ。
ただ、早足程度の速度で走る馬車を都市全体で移動するのだから、ザっと見積もって三時間コース。
長い。
俺の腕がデスクワーク以外で腱鞘炎になるのではと思いつつ、強化された肉体は俺の仕事を支えてくれた。
「つ、疲れた」
「大変そうでしたね」
「そっちは、さほど忙しくなさそうだったな」
日暮れと言っても、ほぼほぼ夜であるこの大陸では、時間間隔は鐘の音で判断していて、時刻にしてみれば十七時直前まで続いたパレードは無事終了した。
俺は今夜あるパーティーまで少し休憩と、うちの家にあるソファーよりも上質な物に背を預けた。
それを見てスエラがクスクスと笑いながら、彼女は子供たちの面倒を見ている。
と言っても子供たちの世話は、小さな緑色の兎っぽい精霊たちがしてくれている。
興味深そうに手を伸ばす子供たちを慣れた様子で、ウサギにはない狐のような長い尻尾を揺らしてあやしている。
「ええ、魔王様と次郎さんが視線を集めてくれていたので、私たちの方はさほど。精々が次郎さんの奥様はあんなものかと思われた程度ですね」
「まぁ、一般人には家族構成なんて興味ないか……」
そんな光景を脇目に、スエラは俺の隣に座り今日のパレードでは緊張しなかったと語っている。
「手慣れている、ってわけじゃないが、授与式の時も緊張してなかったよな?」
「まぁ、私も長い年月を生きるダークエルフですからね。式典の一つや二つ経験していますよ。流石にこれほどの規模のパレードに参加したのは初めてですけどね」
「なるほど」
なんだかんだ付き合いが長くなったとはいえ、彼女は俺の五倍以上は生きているんだ。
その経験の差はいかんとも埋めがたい。
「これからもああいった式典に参加するんですから、こんなもので緊張していてはダメですよ人王様?」
「止めてくれ、スエラからそんな他人様呼びされるのは寒気がする」
「フフ、でしたらいつも通りにしますからね」
「ああ、それで頼む」
そんな経験を積むために、この地位を維持するために努力しなければならない。
幸いにして、俺の中にある竜の血がそれを可能にしてくれる。
「人王様」
「時間か?」
「はい、そろそろお召し物のお着替えをお願いします」
「わかった」
屋敷から連れてきたセハスがノックをして入室し、時間を知らせに来てくれる。
この部屋には時計がなく、こうやって使用人が時間管理をしてくれるみたいで、なかなか慣れない。
ゆっくりと立ち上がり、そして子供たちの側により、膝をつく。
「あ~」
「うう?」
「はは、まだまだ分からないか」
優しく頭を撫でると、不思議そうにこちらを見る子供たち。
嫌がっている様子が無いから良いけど、ここ最近子供たちと触れ合う時間が減っているから父親として忘れられてないか不安になる。
まぁ、長々とかまってやれる時間はいずれ確保するということで……
「それじゃ、また後で」
「ええ、あとで」
子供たちをスエラに任せる。
多分この後、別室で着替えているメモリアたちが合流するだろうし、部屋の外には護衛もいる。
部屋をセハスと共に出る際にちらっと見えたメイド。
その頭に生えていたのは竜の角。
社長がわざわざ手配してくれた城常駐のメイドたちらしいのだが、エヴィア曰く下手な騎士よりも手練れで、連携力があるらしい。
魔王の城を預かるメイドは戦えないとだめなのかと戦慄した記憶は新しい。
「それでは、こちらでお召し物のお着替えを」
そして俺はセハスに案内された衣装室に入ると、そこにはずらりと並ぶメイドや執事の方々。
各々の手には衣装や、俺の化粧するための道具が握られている。
有名俳優クラスの対応じゃないのかこれはと戦慄しながら、自分で着替えるとは言えない雰囲気に気圧され。
「頼む」
他人に着替えをしてもらうなんて何年ぶりだと、思いつつ、そしてこれに慣れないといけないのかと羞恥心を我慢する時間が続く。
服の着替えに、化粧、普段の俺の身支度だったら二十分ほどで終わるものが、一時間以上も時間をかけると聞けばその丁寧さは推して量れるだろう。
マネキンのようにジッとするのも楽ではない。
だが、鏡の向こうの自分がどんどん別人に変わるのは中々見ていて飽きない。
俺の顔はそこまで美形ではないはずだが、化粧すればここまで化けるのかと自分でも驚くほかない。
「最後にこちらのお召し物を」
「わかった」
髪を整え、顔に化粧を施し、さらに豪華な刺繍の施された衣装に身を包み、立ち上がった俺の前に持ち出された姿見。
「いかがでしょうか?」
「……誰?って言いたくなるくらいに別人だな」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
本来であればこんな衣装は似合わないと思っていたが、別人レベルで見違えた。
ファッション雑誌に写っていてもおかしくないイケメンがそこに居た、これが俺?
実際は魔法で現実を捻じ曲げているのでは?と思うくらいの男がそこに立つ。
ただいつもの鋭い目つきだけが俺であることを証明してくれるので、かろうじてその姿が俺であると認めることが出来た。
皮肉にも取れる俺の言葉を嬉しそうに微笑みながら受け答えをするセハスに、俺は苦笑する。
「奥様方も、もう間もなくお着替えが終わるみたいです。お会いになりますか?」
「パーティーまでの時間は?」
「参加者の方々はすでに会場入りされておりますが、人王様の来場は三十分ほど後になりますので、もうしばらく猶予はございます」
「それなら、スエラたちにも会っておきたいな」
「承知しました。隣の別室にてお待ちください。今迎えの者を送ります」
この式典の日からどんどん俺の生活環境が変わっていく。
今も誰かと会う時に迎えを送るなんて行為は俺の日常にはなかった。
誰かと会うためなら俺が足を運んだ方が手っ取り早い。
そんな思考で、つい行動してしまいそうになるが、俺が立場的な問題でそれをやるとみっともないと言われてしまう。
「随分と別世界に来たものだ」
セハスがそばに仕え、そしてゆったりとソファーに座ってスエラたちを待つ。
「落ち着きませんか?」
「慣れはしないな」
「慣れてくださいませ、今やあなた様はこの大陸でも有数の実力者。出世の速度も並ではなく数多くの方があなたの行動を見ております」
その動きに苦言を呈するほどではないが、注意を向けてくれるセハスに感謝しつつ、この動きにも慣れないとなと笑うしかない。
適応しなければならない。
そうやって世界は動くのだから。
今日の一言
常識なんて言葉は常に変わる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!