498 始まりは常にある。
新章スタートです!
ついにここまで来たと、達成感は何度味わっても飽きない感動を俺に与えてくれる。
身にまとっているのはこの日のために用意した儀礼祭典用の鎧。
華美ではないが、洗練された機能美を追求した巨人たちの職人魂が込められた一品。
主だった色合いは淡い青色で占めて、その節々に見受けられる魔法陣の刻印が模様となり芸術の領域に押し上げられている。
そんな鎧を身に纏い、俺はこの日を迎える。
「次郎様、お時間です」
「ああ」
様付けで呼びに来た悪魔の兵士に傅かれ、待機していた豪華な部屋から一歩外に出る。
何度もリハーサルをしているがゆえにその道はすでに既視感に包まれ、そしてこれからやるであろう祭典の主役が自身であることに鼓動が高鳴る。
通路に並ぶ何万もの兵士が槍を掲げ、俺が通ろうとするとその長槍を屋根のように張り巡らし通路を形成する。
一糸乱れぬ動き。
流石は魔王直属の近衛兵。
その動きに無駄はなく、その視線に邪念はなく。
あるのは一人の兵士としての責務と、そしてわずかに感じる羨望だけ。
そんな道のりを進み、そして今俺がいる場所、魔王城の心臓部とも言える玉座の間の前の廊下にたどり着く。
赤い絨毯が敷き詰められ、壁にも装飾が施され、そして高々と鳴り響くラッパの音。
それに合わせ、今度は儀礼剣を抜剣し、胸の前に掲げる兵士たち。
俺はその兵士たちに左右を固められた道を進む。
一歩、また一歩、その道を進むたび、俺はこの後に起きる出来事に胸の高鳴りを抑えることができない。
そして、巨人でも過剰だと言え、竜すら通り抜けられるほどの巨大な扉の前に立つ。
「田中次郎様ご来場!開門!開門!!」
そしてその門を守る兵士が中に向けて大きな声で俺が来たことを伝える。
そしてゆっくりと門は開く。
それによって中の状態が俺の視界へと入ってくる。
最初に目に入ったのは、その広間の中でひときわ高い位置に配置された玉座。
そしてそこに座るのは、普段のスーツ姿ではなく、王としての風格を醸し出す王冠をその頭に乗せ、そしてそれに合う衣装に身を包む社長、改め魔王がそこにいる。
そしてその左右に控える、今では五人となってしまった将軍たちとエヴィア。
その一段下がる段には綺麗な衣装に身を包むスエラ、メモリア、ヒミクの三人と、この式典のためだけに用意された意匠の施されたベビーカーに座るユキエラとサチエラが左側に位置し反対側には、スエラたちの両親であるムイットさんとスミラスタさん、そしてムイルさん。
メモリアの両親であるグレイさんとミルルさん。
そして妙に堂々としているお袋とガチガチに緊張している親父がいる。
さらにその下には参列者たち、この国の貴族とも言える重鎮たちが道を作るように並び、その中で手前、入口の付近には海堂たち五人の姿も見える。
全員が礼服に身を包み、この厳かな雰囲気にのまれ緊張しているのがわかる。
そんな風景が目に飛び込んできて、数秒。
門が完全に開け放たれたと同時に、俺はゆっくりとその作り出された道を進む。
そして俺が一歩踏み出した途端に響く、演奏。
神々しさを醸し出す音楽に包まれ、俺は見守られながらその道を進む。
屋内だというのに長い道筋。
ざっと目算しても五十メートルはあるのでは。
その道中で感じる視線は、好意的なものが半分、もう半分は納得しないと言わんばかりに懐疑的な目。
魔王である社長が認め、そして教官に勝って見せたが故に敵意は出さないと言ったところ。
歴史的に人間という種族と仲が悪いこともある。
その悔恨と言える恨みを取り払える日になるための一歩だと思い、その念を背に受けてさらに一歩踏み込む。
ふわりと沈み込む絨毯に足跡を残し、そしてたどり着いた場所で俺は跪き音楽が止まる。
「これより、新たなる将軍、田中次郎の授与式を執り行う!!」
そして俺が跪いたことにより、準備ができたと知らせ、そのタイミングでエヴィアがこの玉座の間に響き渡る声でこの式典の開始を伝える。
「陛下からのお言葉がある。田中次郎!面をあげよ!」
「は!」
そして跪いた姿勢のまま、俺は顔をあげ、社長を見る。
「陛下」
「うん」
その視線を受けると社長はゆっくりと玉座から立ち上がる。
「これより、将軍位の授与を行う。異を唱える者があればこの場において発しよ!!認める者は沈黙せよ!!」
そして堂々と文句があるならこの場で言えと言い放つ。
当然、社長だけではなく、将軍が揃うこの場で異を唱える者が現れるわけもなく。
重鎮である老人たちも表向きは目を伏せ、賛同を示した。
その行動に満足気に頷いて見せた社長は。
「田中次郎よ、その場より立ち階段を登ることを許す。この場へと参れ!!」
「は!」
そして俺は玉座へと続く階段を登るために立ち上がり、一歩進む。
この目の前に広がる階段は普通であれば王のみが登ることが許される階段。
だが、この国では王以外にも登ることを許される地位の者がいる。
それが将軍。
将軍とはこの国の最高戦力に数えられ、魔王の側近の中では最高位を約束されている。
信頼を置き、そして王の腕として活躍することを期待されているからこそこの階段を上ることが許される。
他の者とは違う。
文字通り、格の違いを物理的に証明して見せた式典。
俺の婚約者であるスエラたちやお袋たちが、その段の中段付近で待機しているのは俺の親族であり関係者であるからその顔見せとしてその道中にいる。
そして視線をずらすことなく、真っすぐに登っていく最中、スエラたちの視線を感じさらに側にいる、子供たちの声がわずかに聞こえるがそのまま登り詰める。
ひときわ高くなった場所にたどり着いた俺の前に現れる社長とエヴィア、そして教官をはじめとする将軍たち。
「ようこそ、田中次郎。前へ進みたまえ」
「は!」
余計な言葉は不要と言われたが、俺はさっきから返事しかしていない。
教官も同じだったと、事前に教わらなかったら何か失言をしていたかもなと、内心で思いつつ、ゆっくりと前に進み。
「頭を垂れよ」
「は!」
指示通り、俺は社長の前で跪き、頭を下げる。
そしてゆっくりと社長がその腰に下げていた剣を抜き、その剣先が俺の視界に映る位置に移動する。
「問う、田中次郎、汝はいかなる理由をもってして将軍になる」
「すべてはこの国のため」
「問う、田中次郎、汝はいかなる将軍になる」
「災厄を振り払うことのできる強き者へ」
そしてあらかじめ決まっていたやり取りの文言を社長と取り交わす。
三度の質問をし終えれば、その後は事の成り行きに任せるだけでいい。
その答えも知っている。
「問う」
最後の質問を答えよう。それはある意味で現代とはかけ離れた質問だ。
「田中次郎、汝、この国のためにその命を捧げることはできるか」
「愛する者のため、この国に生まれる者のため、そして国を守るためこの命捧げましょう」
時代遅れと現代の人から聞けば笑うかもしれないが、この国ではこれを実際にやれるだけの覚悟がいる。
真剣に言い放った俺の言葉に嘘偽りがあれば、社長の刃は俺をこの場で切り捨てる。
そうエヴィアに言われて、この一時俺は噓偽りなく、この言葉を言い放った。
もう、俺は日本で平穏とした時間で死ぬことはない。
人の身から、竜の血を取り込んだ怪物へとなり、そして異世界の女性たちと寄り添うことを誓った。
戦いの果てに死ぬ可能性をはらんだ未来が待ち受けようとも、俺は進むと誓った。
そっと俺の視界から消え去った刃は、俺の肩に乗せられ。
「汝の身にはこの国の命を背負う覚悟があると見た。汝を将軍、人王に任ずる」
そう、社長に言われた。
人の王と書き、じんおう。
人の身でこの魔王軍の将軍が生まれた瞬間だ。
最初に聞こえたのはすぐそば、それこそ社長の背後から響く大きな拍手。
それは教官の大きな掌と力強い肉体から発せられる音。
それに続く形で続々と将軍たちが拍手を送り、それが段々と会場全体に浸透し、最後には会場にいる全員が拍手をしたかのような大喝采となった。
それにより俺はこの国の将として認められる。
「さぁ!!新たな将軍に祝福を!!」
最後に社長が高らかに宣言することにより大きくラッパが鳴り響き。
「立ちたまえ人王、君はもうこの国の将軍だ」
そう社長に促されることにより俺はその場から立ち上がる。
そして振り向くように促され振り向くとそこには、拍手し祝福してくれる人たちが大勢いた。
「では、移動する。ついてこい」
そしてそのままエヴィアに言われ、社長と他の将軍と共に玉座の脇にある通路から移動を開始する。
「さて、これからが大変だ」
そしてその道中俺と並び進む社長は、すこし声を落として俺に話しかけてきた。
「このあとやるのは民への顔見せだ。すでに広場には大勢の民が入っているし、その後に行われるパレードもきっと大勢の民が君の顔を見ようと押し寄せるだろう。さらに今晩おこなわれる祝賀会にも参加を熱望する貴族が大勢だ。さらには祝賀会が終わっても君が将軍位に就任した今、しばらくは様々な諸侯のアポイントが後を絶たないだろうね」
それは俺が忙しくなることがうれしいと言わんばかりに喜色に染まった声色で社長が嬉々として俺の今後の予定を伝えてくる。
どこかそれは、ようこそデスマーチの世界へと俺をブラック世界に誘った前の会社の先輩と似たようなニュアンスだった。
「精一杯対処さていただきます」
そんな感情的部分を指摘するわけにはいかない俺としては、無難な返答になってしまうが社長は気にしたそぶりも見せずウンウンと頷き。
「頑張り給え。では、私から一つアドバイスだ」
「アドバイス?」
表情はにこやかに、そして社長は茶目っ気たっぷりに、笑顔で視線を変えずに前を見る社長は。
「健康には気を付けることだ。ライドウが君との再戦を熱望しているし、竜王が試合を申し込もうとしている。将軍同士の試合は私の管轄内だから不祥事だけは避けてくれたまえ」
そしてさっきからやたら熱い視線を送ってくる御仁たちの視線の意味を教えてくれた。
さっきから感じる闘気たっぷりの視線は玉座のある所に辿りついたときに一瞬顔が引きつりそうになったが、とりあえず今日、この式典が終わるまでは安全だと思い込み、問題を先送りにしたことで難を逃れたわけだ。
「……善処します」
そうしたことによって精神的安寧を確保した俺は、将軍になったばかりだというのに情けない返答しか返せない。
だってそうだもの。教官と竜王、どちらを選ぼうとも並の怪我では済まない戦闘が待ち受けているのだ下手をすれば死ぬ。
楽しみじゃないのかと聞かれれば、少し楽しみだと思う気持ちもあるのは否定しない。
だけど今は将軍としての地盤が固まっていない。
いきなり怪我をして出鼻をくじくようなことになっていけないのだ。
それはきっと社長の耳に入っただろうが、何か返事を返すことなく。ニコニコと歩を進める社長は俺の対処の仕方を楽しみに待っていることだろう。
大変な上司の下についてしまったなと思いつつ歩けば、通路の終わりが見えた。
「さぁ、次郎君行こうか」
そして、社長と一緒にその通路の先に出る。
どよめきが急に静まり返り、視線が俺の方に集まる。
誰もが新たな将軍の誕生を待っていた。
数秒後には再びどよめきが出始めていたが。
「民たちよ!!私、インシグネ・ルナルオスの名において宣言する。この者が新たな将軍、人王である!!」
一気に視線を自身に集めて、宣言をしたと思えば、俺の番だと視線を送り。
「派手なのを頼むよ」
とウィンクをしてくる。
ここまで来て本当にやっていいのかと戸惑いつつも、リハーサルの時もエヴィアにできるだけ派手な演出をして実力を民に示せと言われている。
どれにするかさんざん悩んだ。
俺は一歩前に出て、右手を掲げ。
「天照」
その掌に極小の太陽を作り出した。
最初は、その小さな炎に民たちも動揺したが、それを気にせずそのまま空高く打ちあげる。
夜空が基本のこの世界で、その小さな明かりは空に打ち上がり、安全圏まで到達したと思った瞬間俺はその極小の太陽として圧縮した天照を開放する。
「白」
そして生み出されたのは白夜の世界。
わずか数秒の時間であったが、間違いなくこの世界全体に光を灯した。
空が青くなり、そしてその中央に輝く白光。
そこに込められた膨大な魔力の量に、民は息を飲みただただ暖かな光を降り注ぐその存在に目を奪われる。
そしてその光が段々と収まり、もとの夜の世界に戻った途端。
『ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
大歓声が響き渡った。
「やるね」
そして社長に合格点をもらった俺は、心の中で少し安堵するのであった。
今日の一言
始まりは常にそばにある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




