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497 業務日誌 総評

 


 パタンと、資料室で何冊目になるかわからない報告書を目に通し終えた私は。


「うん!やっぱり彼らは面白いね!!」


 この会社を設立してから当たりと言っていた彼らの活躍を再確認できて満足気に頷く。

そして、この楽しみの時間が遮られないことに久方ぶりの充足感を感じている。


 結界の方にも探知された形跡はなし。


 まだまだ読めそうだと、そっと席を立ち本棚に近づき、次はこれを読もうかと思っていたタイミングでワシッと力強く腕が掴まれて、思わず目を瞬かせる。


「驚いた、まさか君がここに現れるか」


 私を見つけられる人物はそうはいない。

 エヴィアだってここを見つけるのには後数時間はかかると踏んでいたが、まさか私の予想を覆して見つけてくる人物がいるとは。


「私としては、エヴィアか、あるいは直感でライドウあたりが現れると思っていたけど、その二人よりも先に見つけるとは大したものだよ」


 逃げるつもりはないと、姿勢で示して見せればそっと腕を放した人物は苦笑して見せる。


「ねぇ、次郎君」

「俺もまさか自分の会社の社長を捕まえろと指示されるとは思いませんでしたよ。こっちは式典の準備で忙しいって言うのに、何しているんですか」


 スーツ姿で、特別戦えるような姿でないのにも関わらず私の不意を打って見せた人物。

 先ほどまで資料を漁っていた人物たちの中心とも言える人物。


 田中次郎。

 ある意味で超新星のように姿を現せたテスターたちの期待の星。


「なに、見ての通りちょっとした息抜きさ。組織のトップとしてやるべきことが多くてね…こんなことでもしない限り、休憩にすら護衛が付きまとうんだ。私だって一人になりたいときくらいあるんだよ?」


 そんな彼に向けておどけて見せると、彼は最初のころは緊張して肩に力が入っていたのにもかかわらず、今では苦笑まで見せられる余裕を持ち、なおかつ適度な緊張感を維持している。


「社長を一人にしたら、こうやってずっとどこかに隠れると思われているのでは?護衛というよりは監視の意味合いの方が強いかと」


 加えて、こうやってジョークの一つも飛ばしてくるとは、うん、なかなかにしていい成長を見せてくれる。


「ハハハハハハ!君もいうようになったね」

「この会社だけではなく、一つの世界で最強に数えられる存在に護衛というのも違和感しかありませんからね」

「そうだね、私を守れる存在などそうはいない。だが、組織のトップとして体面というのもあるからね。私が常に危険に晒されている状況というのも良くはないのさ」


 私が笑って、説明している間も彼は隙を見せず、私が逃げないか警戒している。

 うんうん、良い判断だ。


「どうだい、次郎君。どうせなら君が護衛としてついてくれないか?君となら楽しく休憩できそうなんだが」

「そうやって、体よくサボろうという魂胆では?」

「いやだなぁ、なんだかんだ言って私は仕事はする方だよ?こうやって休憩する前だってしっかりと今日の分の仕事をしている」


 もし仮に私を見つけたことに安心しきって警戒を解くようなことがあれば姿をくらませてまたどこかで休憩しようかと思っていたが、その心配は無用のようだ。


「エヴィアはまだ終わっていないと言っていましたが?」

「緊急の仕事は終わらせたさ、残りの仕事は今日中にやる必要はないのだよ」


 苦笑しながら、彼の婚約者に収まった女性が困っているからあまり困らせないでくれと視線で訴えられる。

 その気持ちには前向きには応え、善処しようとは思う。


 ノーライフやクズリの穴を埋める事になる次郎君の直言だ。

 無視するようでは上に立つものとして三流以下。


 彼らの思惑を上回ってこそ一流と言える。


「それで下が苦労してたら世話がないんですけどね」

「おやおや、耳が痛いね」


 なんだかんだと言って、部下には負担がかからないよう今日中に仕事が終わるよう手配は済んでいる。

 先ほどまで資料を読みながら暗記していた仕事をどうするかは決めてある。


 後は指示を飛ばすだけ、次郎君の心配は杞憂というわけだ。

 そんなことは指摘せず、苦笑一つで話の流れを変えようとした時、ふと次郎君の目が本棚に移ると。


「自分たちの報告書ですか」

「気になるかい?」

「それは、まぁ、自分たちの活動をどう見られているか気になるかと聞かれれば気になりますね」

「正直でよろしい」


 少しだけ目を見開き、その後は表情を変えずにタイトルを読み取った彼はどうしたものかと困ったようなニュアンスを含めて言葉を発した。


 捕まれた手はすでに放されていて、逃げようと思えば逃げることもできるが、それよりもちょっと彼と話したい欲求が増して、今は逃げる気はない。


「君はどう思う?」

「どう思うとは?」

「私が君たちをどう評価しているか、予想してみてくれたまえ」

「それは、何とも趣味が悪いとしか言いようがないですね」

「ハハハハ!ライドウやノーライフの影響かな、なかなかにしてストレートな言い方だ。だが、君の言う通りだな。でも、仕方ないだろう?私は魔王、向こうの世界では悪の親玉だ、悪の権化だと言われる存在だ。悪い趣味の一つや二つ持っていてもおかしくはないだろう?」


 なので、彼には少し付き合ってもらおう。

 恐らくだが、次郎君がここに現れたということはエヴィアももうすぐここに来るはず。

 そうなれば休憩時間は終了だ。


 ならば最後の楽しむ時間くらいは確保して問題はないだろうさ。


 まぁ、次郎君の言う通りこの質問はかなり意地悪と言える。


 正解と言える答えは私の胸三寸で決まると言って良い。


 自己を高く見積もりすぎれば良くて意識が高いと思われ、悪くて自惚れと思われ、自己評価を低く見積もれば良くて謙遜悪ければ自信がないととられる。


 さて、ずいぶんと困り顔になっているが彼はどういう評価を下すか。


「……私見ですが」


 うん、そう言った前置きによってあくまで自分の意見だと示すのはいい。

 少し楽しみなりながら彼の言葉を待っていると。


「楽しめる集団と言ったところですか」

「……」


 まさかそう言う形で評価してくるとは思わなかった。


「その理由は?」


 意外な答えに一瞬聞くのが遅れたが、それでもさらに興味が高くなった彼の返答を待つ。


「教官と付き合いが長くなるにつれて知りましたが、こっちの世界、魔族と呼ばれる集団の特性で楽しめるかどうかという所に価値観を置いていることですね」

「ほう」


 そして彼は良く私たちのことを観察しているというのがわかった。


「一見、強さ至上主義という社会構成で成り立っている部分が目立ちますし、実際そうやって形成されている部分もありますが、その側面で、その強さ至上主義を支えている屋台骨があります。喜怒哀楽の楽の感情です」


 そう、私たちはただ強ければいいというだけではない。

 強さにも種類がある、

 物理的に戦闘能力に長けている存在は数多くいる。

 それだけでは、ただ戦いに浸るだけの集団となり果て、国を成り立たせるのは不可能だ。


 であるなら他の要素が必要になる。

 権力しかり、知恵しかり。


 国を成り立たせるには複雑なルールが必要になり、そうなると段々と強さという暴力装置が足かせとなり、邪魔になってくる。


 魔族という特性上、強さという部分は切り離せない部分に根強く染みついている。

 けれどその強さという部分が社会構成に罅を入れる原因になる。


「楽しむという感情は魔族にとって器の大きさを示します。相手が強いことを楽しむ。それはすなわち相手を強者であることを認め、そして自身の強さの物差しにします。楽しむことができればできるほど、魔族では相手を受け入れられる美点とします」


 だからこそ、その強さを認められる理由が必要なのだ。

 戦うことを楽しむ、その理由が。


 次郎君は本当によく私たちのことを観察している。


「最初は教官たちが突出した戦闘狂の集団なんだなと思ってましたけど、商人であるメモリアまでもが戦うことに関して忌避感がないことに疑問を持ちまして」


 その視野の広さは会社内だけではなく外にも向けられている。


「だけど戦うことが当たり前になっている割には、戦うためのハードルが高いような気がしたんですよ。戦うことが好きなら、そこら中で喧嘩が起きてもおかしくないんですけど、そんな風な光景を見たことありませんし、チンピラに絡まれたことはありますけど、それでも戦うことを真面目に考えている」


 そして、その感じたことをしっかりと心にとどめていることに驚く。

 イスアルの人間であれば、ただ一言、我ら魔族は野蛮な種族。これで済む話なのに、彼は私たちのことを真面目に考察している。


「そして真面目に考えるなら、そこに繋がる一番身近な感情と言えば楽しむという感情なんですよ。楽しいから真剣に考え、熱中できる。魔族の人たちはある意味で戦うことを神聖視している。だからこそ、戦うことを楽しめると考えます」


 あくまで私見と言いつつ、その考えにはしっかりとした理屈があり、私でも納得できる。

 個々によって違うという意見も出るかもしれないが、魔族という全体で見れば間違いないと断言もできる。


「だから、俺たちのことをどう評価するかと考えれば、大陸にはない独創的な発想をしながら戦う楽しめる集団という評価につながると踏みました」


 最後に、堂々と締めくくり、楽しめる集団と評価したその集団の長は、いかがですかと私に評価を訪ねてくると。


「六十点だね」


 私は少し辛口で評価する。

 本来であれば八十点くらいは評価したいところだけど、ここはあえて辛口で評価する。


「減点された箇所は?」

「君は自身を含めパーティーのことを楽しめる集団と評価した。その点においては間違いはない。ただ、君は少し自身を含めて過小評価しているという点がまず一つ、君たちは楽しめるというだけでは形容しがたいくらいにわが社に報いているからね」


 それは未来において彼らに期待しているが故の辛口評価。

 一つと指を折って数え。


「二つ、君はこれから将軍になるのだ。楽しめる程度の評価に甘んじていると自己評価すること」


 二つと数えたあとにフッと笑って見せ。


「三つ、油断して私を逃したことかな!」


 少し辛口に評価した故に少し気が抜けて、隙ができたことによって私はこの資料室から逃亡を試みる。

 エヴィアに怒られるかもしれないが悪く思わないでくれ次郎君。


 恨むなら私のちょっとした減点に気を落としてしまった自身の心の弱さを恨んでくれ!!


 一瞬で転移魔法を発動させ、いざ資料室から転移しようとしたが。


「あら、次元を司る特級精霊をなめないでくれるかしら?」


 聞き覚えのある声が耳に入ると同時に。


「お帰りなさいませ社長、次郎はうまく社長室に連れて来てくれたようですね」


 綺麗な笑顔で怒りを見せるエヴィアが待っていた社長室に転移していた。

 うん、次郎君、さっきの減点はなかったことにしよう。


 殺意や敵意がなかったから油断していたが、君も十分に狸だったようだ。

 咄嗟に使ったのが速度優先の短距離転移だったのだが、あれの特徴は起動時間が短いゆえに干渉されにくいことだったはず。


 それに干渉できるようにあらかじめ特級精霊を控えさせていたのか。


「ふ、次はこうはいかないぞ次郎君」

「社長、次がおありだと思うのですか?」

「ああ、あるさ」


 具体的には百年後くらいかな。


 と思わせるほどにエヴィアの視線は鋭く、その言葉を裏付けるように厳重に部屋を警備する兵士を増やし、机の上に重なる書類の山を見て私の休憩は終わりを告げるのであった。



 今日の一言

 部下の仕事ぶりを知ることは重要だ。





今章は以上となります。

次回から新章スタートです!!


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば、この「業務日誌」社長のサボりから始まったんでしたね。 最後を社長と次郎さんで締めて新章の開始に繋げる。 読者としても、いい息抜きになりました。
[良い点] 一連の話は社長の追憶だったのですね。 夢オチならぬ、社長オタで 面白かったです。 次の章が気になります。
[良い点] 魔王様、だから油断してるとやられるんだってばwww この人も懲りないなあw でもそんなとこが完璧過ぎないで大好きです。
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