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495 業務日誌 知床南編 四

 

 背後に聞こえる、もう知らない女の声は無視して、エヴィアさんに頼みあの牢獄から出た。

 そしてよくわからない鏡の世界から出てきた先にいたのは。


「よっ、終わったか?」


 私の上司だった。


「リーダー」


 待っていてくれと頼んでいたわけではないけど、わざわざ忙しい時間の合間に私のことを待ってくれていた次郎さんは、少しくたびれたスーツを着て片手には書類の入っている鞄を持っているところを見る限り、仕事の途中で寄ってくれたみたいだ。


 軽く手を挙げ、まるでこれから遊びに行こうと言わんばかりに陽気に私に話しかけてきた姿を見て、さっきまで気を張っていた肩の力が抜け。


 そこにあった日常を感じ取って、私はふっと笑って。


「終わったでござるよ。後は情報を精査するだけで拙者はお役御免でござる」


口調をいつものに戻して。

 今回の成果をリーダーに伝える。

 疲労感は、ある意味でダンジョンアタック以上に感じた。ちょっと今回は自分のキャラらしかぬ働きぶりの疲労感を伝えるために肩をクルクルと回して。


「働きすぎたでござる」

「んな、ことないだろ」


 そんな私を見てクツクツと口元を抑えて笑い始めるリーダー。


「そんなことあるでござる。拙者にしては今回は頑張って働いたでござるよ」


 そんな我が上司に向けて不満有りと示すように胸を張って睨みつければ、悪い悪いと軽く謝られる。

 さして気にするようなやり取りではないので、そこで私の表情筋はあっさりとふにゃりと緩んでいつもの顔つきに戻る。


「それにしても珍しくお前が率先して働くって言った割にはあっさりと引くな」


 もう働かないと豪語したら、リーダーは苦笑一つこぼして、その後表情を真剣なものにして気になった部分を指摘してくる。


「良いのか最後まで見届けなくて」


 最後とは何か、それを聞く必要はない。

 この牢獄内にいる女は、もう私の知っている女ではない。


 ちらっと出てきた出入口を振り返りその先を見据えた私は、そのまま頭を振って向き直り。


「拙者の役目はここまででござるよ」


 これ以上私にできることはないという。

 消えてしまった翠の精神を呼び戻すことなどできはしない。


 魂が塗り潰されてしまっては、もうそこにいるのは別人。

 無駄働きが大嫌いな私が、これ以上の労力を割くことはない。


「死者の仇討ちまでは時間外労働になってしまうでござる。拙者、残業はしない主義でござる」


 あいつもそれは望まないだろうと、うまく笑えているかわからない笑みを浮かべれば、リーダーも頭を掻き。


「それ、俺も前の会社で言いたかった台詞だな」


 私の冗談に付き合ってくれて。


「いいんだな?」


 ここまででいいのかと確認してきたので私は素直に頷いた。


 私のやれることはやった。

 異世界が地球に及ぼしていた影響を確認できる情報のきっかけをつかむまでが私の役割。


 翠のもたらす情報が、どこまで影響を及ぼすかは見当がつかないけど、私のけじめとして、私たちにちょっかいをかけてきた相手に手痛いダメージを与えられる程度には報復できると思うから良しとする。


 リーダーに言った通り、余計な仕事をするのは私の主義に反する。

 昔なら働いたら負けだと、豪語してた私にしてはここ最近はしっかりと働いていたと思う。


 通常業務のダンジョンの改善作業に従事して、海堂さんたちと交流して、北宮の買い物に付き合って、アミーちゃんのメンタルケアをして、勝の頼み事をこなす。


 うーん、昔の私が聞いたら絶望しそうなほど過密スケジュール。

 正直、私のスマホに入っているゲームもログインしかしていなかったから色々と反動が来そうで怖い。


「ふふん、なんなら今言ってもいいんでござるよ?」


 だから、ここから先はちょっとした息抜きの時間。


「止めてくれ、そんなこと言ったらエヴィアに殺される」


 なのでじゃれつくようにいつも通り、リーダーを揶揄って見ると、リーダーは勘弁してくれと肩を揺らして苦笑する。


 私にとっての非日常を終え、これから再び私の日常に戻るのだけど、どうやらリーダーは当分忙しいままのようだ。


 リーダーに休みを勧めても、私と一緒に佇んでいるエヴィアさんの眼力を前にしては仕事を終えるまで休む暇などないだろう。


「それはご愁傷様」

「なに、やりがいのある仕事だ。やる気も出る。お前の頼まれごともな」


 そんな忙しいリーダーが動いてくれたおかげで、思ったよりも早く会社が動いてくれたのだ。

 ニカっとちょっと子供っぽい笑顔を見せるリーダーには本当に感謝しかない。


「お世話になったでござる」


 翠との再会を後押ししてくれたのはほかならぬ次郎さんだ。

 ある意味で今回出てきた情報というのは、異世界がらみである可能性はあったけど有益かどうかは正直賭けだった。


 だけど、それでもあの時は動くしかなかった。


 勝と一緒で、私はなぜ翠がテロリスト染みたことをしたのか、そんなリスクに見合わない行為を何故やったのかずっと疑問だったから。


「俺の手の回せる範囲だったからな。できることはやる。それだけだ」


 正直に言って私一人でやっていたら今回の件はもっと時間がかかっていたかもしれないし、それを行えるまでのコネも少なかったから下手をすればここまでたどり着けなかったかもしれない。

 エヴィアさんが動いてくれたのも、リーダーが手を回してくれたのは明白。


 出来ることはやると言っていたが、そのやれることの手間は多大だったはず。


「持つべきは頼りになる上司でござるな」


 だから素直に感謝する。

 私の心はそれで伝わった。


「ま、俺も川崎に関しては知らない仲ではなかったからな。あんなことができる奴とは思ってもいなかったから疑問があった。それを解決できてよかったよ」


 少し照れくさそうに頭を掻くリーダー。


 あいつならそんな危ない橋を渡るときはもっと慎重にやるし、仮にやらなくてはならない状況に瀕しても何らかの対策を打つはず。そんな疑問から色々と手探りで情報を探っていた時も、私では見れないはずの情報を回してくれて捜査の手助けしてくれた。


 この会社であいつに再会して別人のように変わり果てた姿を見てから、何かあるとずっと疑っていた。


 だけど、それはあくまでフィーリング的な感性からくる変化を感じただけ。

 物的証拠がなく、ましてやそれを明確に示せるような状況証拠もない。


 勘を信じて動けるほど、組織は甘くはなかったが、その勘を信じてリーダーは動いてくれて、当時の個人情報まで調べて回してくれた時はどうやったんだと、リーダーの権限の広さに脱帽した。


 そのリーダーの協力によって、私が抱え込んでいた疑念が今、この時解決したと言って良い。


「今回は拙者のわがままに付き合ってもらって、本当に感謝するでござる」


 だからこそもう一度リーダーに感謝を表すために頭を下げる。


 結局のところ、あいつが変わってしまったのは異世界人と不運に出会ってしまった故の出来事、あいつ自身の選択肢を一切合切消され、それで人格まで歪んで、残ってしまったのはリスク管理のできない一人の女。


 たった一言、運が悪かった。

 それで済むだけの出来事。


 なんでも出来たあの女でも、運だけは味方にできなかったなと笑う他ない。


「こっちとしても、あのテロに関しては調べないといけなかったことが多いからな。情報は多い方がいい、お前が心当たりがあるって言った時は驚いたが、結果的には調査が進んだってことで良かったよ」

「まぁ、あとはあの女が残した物がどこまで役に立つかの問題でござるが」

「お前の顔を見る限り、そこら辺の心配はしていないんだろ?」

「で、ござるな」


 勝も再会した時は嬉しかっただろうけど、薄々感じ取っていたあの女の変質を見逃すことはできなかった。


 だからあの女が会社を襲撃して捕まったあとに何かあったかと私に一度だけ聞いてきたことがあった。


『翠さんに何が起きたかお前ならわかるか?』


 その質問に対して私はただ一言。


『さぁ、知らないよ』


 正直に私は勝に知らないと伝え。

 そして。


『調べておこうか?』


 そんな彼の疑問を解決しようと動き出して、調べ始めたのが今回のきっかけ。

 結果がこれだというのは、現実は甘くないということを突きつけられたように悲しくなる。


 勝はあれから聞いてこなかったけど、忘れているということはない。


「あいつが調べるって言ったら、それなり以上の情報を用意しているはず。って待ってくれてるでござるよ」

「信用してるんだな」

「……そうでござるな」


 きっとどんな真実であっても、彼は私の言葉なら聞くだろうと確信しながら。


「うん、信用しているよ」


 嫌っていてもあいつの実力は本物だったと、まっすぐリーダーの目を見ながら言い放ち。


「そうか」


 私の言葉を聞いて、これ以上は聞くまいと頷き話を切ってくれる。

 最後の最後で、いつものふざけた口調が出てこないということは、私もそれなりにショックを受けていたことに気づき、驚きつつ、そっと胸の中に感じる寂しさをどうするかと悩んだ時。


「リーダー」

「なんだ?」


 ふと目の前の上司が、普段辛くなっていた時にやっている仕草を思い出して。


「煙草、あるでござるか?」


 そして、漫画やアニメでも死者を見送る時に吸っているシーンを思い出して、本当に効果があるのかと試したくなった。


 ちらっとリーダーがエヴィアさんに視線を向けたのはここでのマナーを気にしてのことか、それとも禁煙しているからいいのかと許可を取っているのか。


「私は何も見ていない」


 そのどちらの理由であっても、エヴィアさんは見逃すと言い。

 その態度に苦笑しつつ、リーダーは空間魔法を使って、手の先に見慣れた煙草とライターを取り出して見せた。


「吸い方はわかるか?」

「漫画とかで見てるから問題はないでござるよ」


 生まれて初めて手に持つ煙草は、思ったよりも柔らかいんだなと白い部分をぷにぷにと摘まみながら、その白い部分を口にくわえて、ライターに火を灯して煙草に火を点けようとしたが。


「あれ?」

「吸いながら火を点けるんだよ」


 火がつかないことに首をかしげるとリーダーは、苦笑しながらそこまでの描写はないからなとアドバイスをしてくれ、そのアドバイスに従った結果。


「ゲホゲホゲホゲホ」


 むせた。


「吸いすぎだって、最初はもっとゆっくり吸うんだよ。大丈夫か?」

「大丈夫じゃないでござるよ、何でござるかこれ、煙たいし、変な味がするし、これを吸ってる奴の気が知れないでござるよ」

「ああ、まぁ、マズイと思う奴にはまずいよなぁ」


 喉に引っかかるような感覚に、つい吐き出してしまって、そのせいで若干涙目になっている。

 結論、煙草を吸っても慰みにはならなかったと心の中で、漫画の知識は当てにならないなと、思いつつ。


 じっと火のついた煙草を見る。


「どうする?火、消すか?」

「いや、いいでござる」


 そして、今度はゆっくりと少しずつ煙草の煙を吸い込んでみて。


「あいつの線香にはこれで十分でござる」


 最初で最後の煙草の味は私が想像しているよりも苦くて。


「そうか」


 最初はむせたけど、改めて吸って見たら、想像以上に私の心を慰めてくれる優しい味だった。


 この紫煙があいつを天にまで届けることを祈りつつ。

 今回の出来事の顛末を勝にどう伝えようか、悩んでいる間に。


「ほれ」

「ありがとう」


 私の初めての煙草は終わりを迎えた。

 差し出された携帯灰皿に吸殻を入れると、リーダーはその蓋を閉じて空間魔法の中にしまってしまう。


「気は晴れたか?」


 そして、そんな彼の質問に対して。


「んー、そうでもないでござるな。やっぱり、勝の料理の方がいいでござるから」


 ニカっと素直に煙草はまずかったと伝えて。


「今日はもう帰るでござる!!」


 何とかなるかと、勢いで言い放つのであった。



 今日の一言

 嫌いな人であっても、憎んでいなければ寂しさは残るかもしれない




毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 川崎翠という女を、ちょっと見直しました。 南は、そんな彼女にコンプレックスを感じて負けたと思っているようですが、彼女の意図を正確に読み取り、最期を弔った姿は、とても立派だと思います。
[良い点] 今回も南ちゃんサイド、しかも「素」の南ちゃんが見れて凄く良かったです。ござる口調から普通の語り口にそして又「素」のござる口調にもどる南ちゃん。思慮深く思い遣りのある南ちゃんの性質が非常に良…
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