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494 業務日誌 知床南編 三

 私にとってあの時の事件は忘れたくても、忘れられない日だ。

 なにせ私の大事な幼馴染の家庭が崩壊したきっかけを目の当たりにしたのだから。


 あの時の私は、まだ勝に対して恋心を自覚していなかったときだ。


 私からしたら少し気になる程度の男の子。


 恋愛という行為に対して嫌悪感があったことも相まって、異性に対しての行為というのに距離を置いていた。


 だからだろう。


 翠が持ってきた不倫現場の証拠の写真を見せられて、どうすればいいかと答えを見いだすにも知識が乏しくて何もできなかった自分。


 それに対して翠はその凶器とも言える証拠をもってして、行動を起こした。

 その結果が、勝の母親の失踪と、勝と父親の血縁の否定という最悪の惨事。


 翠からしたら、母親の行為が許せず、ずっと騙され続けるのは良くないと思っての正義心からの行動に違いないのは理解できる。


 だけど、経験が足りなかった。

 私たちには圧倒的に経験が足りなかった。


 まさか勝と父親が血が繋がっていないなんて考えるわけがなかった。


『なに、それ、私、忘れて?いや、これって』


 そんな人生の中でも一、二を争う修羅場を忘れるどころか、久しぶりに会ったら悪女として成長しているって、どういうことだよと思いっきり感情のままにぶつけて、ようやくだ。


 魂の状態なのに、困惑している翠。


「とっとと、思い出せ。私だって暇じゃないんだから」


 ずれたパズルのピースをつなぎ合わせるかのように、混乱している翠の記憶をショック療法で思い出させる。


『あああああああああああああ!?』


 どれだけ奥底に封印していたんだとため息を吐きたくなるが、ここまでして記憶を隠していたことがこの女の用心深さをらしいと思っている段階で、苦笑するほかない。


『……もっと、優しく起こしてくれてもいいんじゃないかしら?』


 絶叫の後に、プツンと意識が一瞬飛んだかのようにガクっと前に倒れ込んだと思えば、ゆっくりと顔が起き上がる。


「うるさい、私が何でお前に優しくしないといけないんだ」

『ひどいわね。一応、私も幼馴染よ』


 そこには、あの日の翠の顔があった。

 胡散臭いような雰囲気も、綺麗に猫を被る仕草も、からかうように笑うその気にくわない笑みもすべてが記憶の通り。


 違和感が無くなって、ようやくスタートのラインに立てる。


『……それで、私はやらかした感じかしら?』

「それはもう盛大に、っていうかお前、記憶ないの?」

『残念ながらね。今私が、意識として表立っているのは私が残していたバックアップってやつ。この状態もいつまで残っていられるかわからないわよ』


 記憶のバックアップ。

 そんなことができる術がこの地球上にあるとは思えない。


「そう、ならさっさと話を進めるよ。お前に何があったか」

『詳しい話は今から言う住所に住んでいる大学の友人に預けている物に書いてあるわ。そちらの女性はあなたと味方なんでしょ?それを確認して』


 目配せして自分の知っている情報は口頭では伝えきれないとエヴィアさんに言う翠は、寂し気に笑う。

 そして住所を伝えた後は、本当ならもうこいつには用がない。


 必要なことはすでに聞いて、裏付けはエヴィアさんがやってくれるはず。

 だけど。


「用意周到なのは変わらないね」


 私はこの場から去らず、そのままこの場に居座った。


 きっと長い時間は維持できないのだろう。

 そして消え去ったら、二度はない。


 こいつの、ある意味での死期を感じ取ったからだ。


『それが私なの、まぁ、こんな記憶の残滓になるような状態に追い込まれていては世話がないけど』


 それはこの女も同じで、一度目覚めたら、もう二度と目覚めることはないだろうということを理解している。


 それなのにこの態度、そしてそんな一度きりの時間を、何で私に託したのかと苛立ちながら、あえて私は普段通りに振舞う。

 お前に向けてやる優しさなんてない。


 そう言う感情を隠さずぶつけてくる私にも、こいつは笑顔を向ける。


「……お前の方が先に異世界の住人と接触してたなんてね」


 昔のように手のひらで転がされているような感覚に、苛立ちを感じつつ、話を進めるとそれを嬉しそうに楽しむ翠。


『私の方がびっくりよ。そこには旅行で立ち寄っただけで、長居するつもりはなかったのに、会った相手が実は異世界の人だったなんて』


 そして、そんな態度が私に憐れみというそんな優しさを求めていないことを示していた。

 最後だからこそ、普段通りに。


 終わりが近づいているからこそ、それができる相手に私を選んだのだ。


「どんなやつだった?」


 何てはた迷惑な話だ。

 そんなことで呼び出されるこっちの身にもなれ。


『観光業界の小さな会社だったわよ。案内人を派遣してくれる小さな会社。だけど、その裏で私みたいな人を集めている組織ね』


 私の怒りを理解している翠だったが、淡々と自分の身に何が起きたかを説明してくる。

 そこに申し訳なさという感情が少しでも混ざろうものなら、私は容赦なく話を打ち切って、この場を去っただろう。


『そこで段々と認識をずらされるように意識を刷り込まれて、気づいたときにはもう手遅れ、私の自由意識はほとんどなくなってた。何をやらされるかはわからないけど体に何かを描かれていたしね』


 だけどこの女の感情からはそんな後ろめたさは一切感じず、むしろ遠慮なく、最後の一時に浸っていた。

 そんな図々しい態度が、この女の真骨頂だというのは理解してる。


「勇者になるための儀式紋だな。巧妙に隠蔽されていたがお前の体にも刻まれていた」


 時間がないからか、省略しながら説明してくる翠は終わりに向かっているはずなのに、こいつは昔と変わらず、淡々としている。


 まるで他人事のように話を進め。


『そう、それが何のために必要だったかはわからないけど、大方私はろくな使い方をされなかったわけね』


 エヴィアさんの言葉も疑わず、そしておおよそ、自分のしでかしたことに見当がついている彼女は自嘲気味に笑う。


「そうだね、お前は人さらいの片棒とテロ行為に加担してるよ」


 だから、あえて私はそのことを否定しなかった。


『あら、私の想像よりはマシね。大量殺戮とか、自爆の爆弾テロとか、私の体を使ったヒットマンとかそんな感じの方に使われるかと思ってたわよ』


 そして、冗談のような真実を受け入れてなお笑う翠。

 頭がおかしいのではと思ってしまっても仕方ないけど、こいつはこれで正常だ。


 全て終わったことだと受け入れてしまっている。


 その証拠に。


『っ』


 一瞬、翠の表情が歪んだ。

 それは何かに耐えるような、我慢の表情。


「逝くのか?」

『ええ、やっぱり付け焼刃の技術じゃそこまで長くはもたなかったみたいね』


 段々とこいつの気配が薄れていくのがわかる。

 魂の状態の知識に疎い私でも感じ取れるということは、エヴィアさんなら、その状態をもっと細かく正確に理解しているかもしれない。


『あいつらにやられていた中で、無理矢理覚えた技だから、そこまで効果があるとは思えなかったけど、そうね。最後の最後に誰かに話を聞いてもらえただけでも身につけた甲斐はあったって言うことかしら』

「……最後に聞かせろ」


 そんな最後を受け入れ、自己完結してしまっていた女に向けて私は、これだけ聞いておかなければならないと思っていた。


『なにかしら?』

「どうして私に向けてメッセージを送った」


 この疑問だけはしっかりと解決しないと、後味が悪くなって仕方がない。


 言っては何だが、私とこいつの中は、良好だとは言い難い。

 むしろ悪いと言える。


『あら、そんなこと?』


 どうして嫌いな相手を最後の相手に選んだ。


『私、あなたの事好きだったのよ?』

「は?」


 そんな疑問を吹き飛ばすように、あっけらかんとこの女はとんでもないことを言ってのけた。


「ふざけるな!」

『ふざけないわよ。こんな最後の最後で、ふざけても仕方がないし、私が持っている大事な情報を託したりしないわよ。私の仇討がかかってるんだから』


 そこについ感情を爆発させてしまったが、冷静に答える翠に、すぐに冷静さを取り戻す。


『周りが、私のことを優等生としか見ない中で、南だけは私を見ていてくれた。親や親せきもみんな私の優秀なところしか見ない中で、あなただけが最初から私のことをずっと見てくれていた』


 そして私はこいつを嫌いな理由を思い出す。


『手がかかって、何でもかんでも諦めて、それでいて私にはいつもつっかってくるあなたは私にとっては妹みたいなものだったからね。周りが私のことを優等生という色眼鏡で見る中、人として見てくれた』


 嫉妬だ。

 何でもできて、誰からも評価されて、私の持っていないものをいっぱい持っていたこの女が嫌いだった。


 ああ、一つ訂正しよう。

 私たちは不倶戴天の敵だと言っていたが、あれは私の勝手な言い分だ。


『たった一人、私と喧嘩してくれて、私のためにいろいろ指摘してくれた。新鮮だったよ。嫌いだって感情をまっすぐ向けられていた。何でって最初は疑問に思ってたし、嫌われるなんて理不尽だって思いもした』


 〝嫌い〟という感情はあくまで一方的な感情でしかない。

 互いに嫌い合ってしまったらそれはすなわち〝無関心〟になる。


 好きの反対は嫌いではない。

 好きの反対は無関心。


『だけど、そんな南だからこそぶつけられた本音もあった。仲良くなることが当たり前だった私の中で、仲良くなるための方法を教えてくれた』


 本当に私がこいつのことを嫌っていたら、私はこいつのことを忘却してた。

 記憶にとどめることもせず、再会してもあそこまで反発しなかった。


『嫌われる理由は、なかなか理不尽な理由だったけど、南は嫌いはしたけど、私のことは避けはしなかった』


 嫌っているということは相手に少なからず感情を向けていること。

 それを理解して、受け入れられているからこそ私はこの女のことが嫌いだ。


 この女を真正面から見てしまうと、私という女がどれだけ矮小かわかってしまうから。


「そんな理由で、最後の時間を私にしたのか。勝の気持ちはどうするんだ」


 だからこそ、私はこうやって話を逸らしてしまう。


 そんな私が嫌になる。

 こんなのだから、こいつにあの時負けた。


『あの子の重荷になりたくなかったからかな。あなたなら、私のことをあっさりと忘れてくれそうだからね』

「お前は、嫌なやつだ」

『ええ、私は嫌な女なのよ。知ってるでしょ?』

「知ってて、そんなことを言うから私はお前が嫌いなんだよ」


 そして。


「勝ち逃げするお前が私は大嫌いだ」


 時間が来た。

 結局、聞きたいことはあっさりと最初に暴露して、その後は自分の話したいことだけを話した翠は。


『そんな私でもあなたは最後まで話を聞いてくれるから、私はあなたの事が好きなのよ』


 さようならと別れの言葉も言わず、すぅっと消え去るように笑って逝った。

 こうなることは予想していた。


 意識を失い、眠るようにうなだれる翠見ていると、さっきのが夢幻かと思えたけど。


『……今のは』

「私の知っている、お前の残滓だよ」


 目覚めた意識が残した記憶が残っている、今の翠には何が起きたか戸惑う要素となり、そしてこいつが起きたということで、もうこいつには用がない。


 私が用があったのはあの日、喧嘩した大嫌いな女。


 ここにいる知らない女には用はない。


『ちょっと!!答えなさい!!今のはなに!!私に何をしたの!?ちょっと、待ちなさい!!』


 喚き散らす女に背を向けて、私はこの場から立ち去る。


「バイバイ、最後までお前はお前らしかったよ」


 最後まで自分らしかった女に向けてそっと別れの言葉を残し、エヴィアさんも喚き散らす女を再封印しその場を後にするのであった。



 今日の一言

 違和感に気づくのは中々厳しい







毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 他の人も書いているけど、異世界の洗脳を施されずに入社していれば、マジで高成績を出す社員になっていたんだろうな。
[一言] 少し前に異世界交渉で日本だけでなく海外もかかわったのは結果としてすごく運がよかったのでは? すでに海外で異世界浸食が起きてて、拉致・洗脳まがいの事態が起きてるわけだから、ほかの国巻き込んでの…
[一言] 例の宗教団体だけじゃなく、既に外国に異世界の出先が存在していた、ということですか。 一神教の外国がやばそう。
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