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493 業務日誌 知床南編 二

 私と川崎翠という女の仲を一言で言い表すのなら。

不倶戴天の敵と言えるような仲だ。


 決して仲良くなることはなく、互いを信じることはなく、相手に向ける感情が良くなることもない。


 握手するだけで蕁麻疹を出す自信がある。


 それはさっきの開幕の罵り合いで大体の見当がつくだろう。


 理由はない。


 ただ単純に、生理的に互いに気にくわないというそれだけの理由だ。


 もしかしたら私たちの前世で拭いきれないような争いを引き起こした結果なのかもしれないがそんなことを知るすべのない私にとって、この女、川崎翠が気にくわない相手だという事実だけが重要だ。


「ふぅん、思ったよりも元気そうだね。魔王軍の尋問でへこたれていると思ったけど」

『おかげさまで、頭の中まで覗かれて何もかも吐き出した後は気楽に眠っているだけだからね。睡眠だけは確保できているわよ』


 そんな相手に遠慮や配慮と言った相手を思いやる気持ちなど不要。

口を開けば皮肉のぶつけ合い。

 感情を隠さず、蔑むように見れば相手も同じような感情で返してくる。


「それは良いご身分だね。三食はないにしてもこれだけの施設でただただ寝るだけの人生、ずいぶんとぜいたくな生活をしている」

『羨ましいなら変わってあげるわよ?永遠に眠るっていうことになると思うけど』


 相手の悪感情など歯牙にもかけず、本題からどんどん離れていくような言葉遊びを続けていても私のストレスが溜まるだけ。


「遠慮しとく、私枕が変わったら眠れないんだ。こんな寝心地の悪そうな空間ゴメン被るよ」


 早々にこの皮肉合戦を打ち切って、目を細める。


「本題に入るよ」

『あら、あなたが私に用なんて珍しい。あんなに私のことを毛嫌いしていたのに』

「茶化すな」

『怖い怖い、そんな目をしても私はなにもできないのに』


 肉体を封印され、魂と肉体を剥離され、意識を魂に固着されて、その魂の自由すら封じられた状態だというのにこの精神的なタフさ。


 本当に嫌になるくらいに平然としている。


 常人だったら気が狂ってもおかしくはない状況。

 なのにこの女は平然として笑みを浮かべている。


 一瞬、別人かとも思ったけど、エヴィアさんがそんなことをする理由がない。


『それで?私に聞きたいことって何かしら?言っては何だけど、記憶という記憶すべてをさらけ出しているはずだから私に聞くよりも、そこの悪魔に聞いた方が早いわよ?』

「資料ならすべて読んだ」


 そしてこの魂だけの存在になった女のためにわざわざここに出向いた理由は、この女でないとわからない情報が〝欠けて〟いたからだ。


「だけど足りない。確実にお前なら知っているはずの情報が欠けていたんだ」

『私が忘れているだけかもしれないわよ?忘れたらその情報も手に入らない』


 その情報は私にとって絶対に必要になる情報、そして会社側からしても絶対に必要となる情報。

 それが欠けていた。


「忘れているならね」

『へぇ、その言い方だと私が忘れるはずのない情報ってことよね?おかしいわね。それならあなたたちの調査で出てくるはず。それが出てこない。矛盾していない?』

「矛盾していないよ。なにせ、忘れているのではなく、お前が自分で封印した記憶なんだから。それなら魔王軍の調査でも出てこない。いくら拷問しようが、クスリを使って吐かせようが、魔法で脳内を探ろうが、出てこない。なにせお前自身も認識できないんだから思い出そうとしても思い出せるはずがない」


 その情報がないこと自体おかしいが、それがないことに気付けるものが私しかいなかった。


「お前の記憶だと、イシャンと出会ってから異世界の神と接触したことになっている。そこにいたるまでの顛末、ひどい恋愛小説を読んでいるようで吐き気がしたけどおかげで見つけられたよ」


 本当にこいつの記憶を読むなんてこと二度としたくないような体験だった。

 だけど、だからこそ私だけは気づけた。


「お前、いつ中東に渡った。お前の留学先はイギリスだったはずだろ」


 記憶の改ざんに対してはこの会社でも調べられないことは多い。

 魔法と言う便利な機能を使い、さらには日本政府につながりを持っている状況でも、個人の情報を調べ上げる方法は数少ない。


 それも今まで一切マークしてこなかった人物を一から調べなおすのは相当骨が折れたはずだ。


 学歴から、渡航歴全てが改ざんされていては、その改ざんされた情報をもとに調べても偽りの情報が出てくるだけ。


 ご丁寧に記憶すらその改ざんする情報にそって作られている。


 魔王軍が持っている術の一つが魔法による記憶の確認だけど、それにも落とし穴があったというわけだ。


 海外留学という日本では珍しい行為をしている部分は目に着くはずなのに、そこに違和感がないように綺麗に改ざんされていたこの女の記憶を見た時、ピンときた。


『……さぁね、私の記憶では留学先が中東のとある国の学校ってだけしか言えないわね』

「嘘が下手になったね。お前は真実を隠すときはそんな言い方をしない」


 こいつは自分の意思で記憶を封印したそれは間違いない。


「おかしいと思った。留学して数カ月はマメに勝と連絡を取り合っていたお前が、いきなりぱったりと連絡が取れなくなって、たまに連絡が取れたと思ったら勝のことを何もかもどうでもいいように振舞っていた」


 文書に起こして、要所を抑えていた報告書を読んでからその違和感は感じていた。


「例え他に男ができたとしても、絶対にあんな振る舞いはしない。やり方がお前にしては雑だ。お前だったらもっと綺麗に後腐れなく勝と別れてその後に起こるはずの面倒ごとを避ける。お前はそう言う女だ」


 嫌悪する相手だからこそ知れる真実もある。

 どういうことだという視線を投げかけてくるエヴィアさんには申し訳ないけど、今だけは見守ってほしい。


 断言できるほど私はこの女の世渡り上手なところを知っている。

 表面上では笑顔を浮かべ、内心で舌を出すなんて当たり前。


 愛情豊かに見えても、損得勘定で動くことはやめられない女。


 例え、イシャンという男に心底惚れ込んでいたとしても、その部分は決して揺るがない。


 だからこそ。


「気にくわない。なんで私だけがわかるようにメッセージを残した。お前がこんな風にメッセージを残さなければ私はこの場には絶対に来なかった」


 何故一番嫌悪されている私にだけわかるメッセージを残した。


『……』


 何を言っているんだこいつと言わんばかりに魂の存在になった川崎翠は眉間にしわを寄せているが、私の方が言いたい。


 なんで私がこんなことをしないといけないんだと。

 私がやらなければ勝や次郎さんに迷惑がかかる、そんな状況を作ったんだ。


 未来予知のようにそれを理解して、残したのが目の前の女なのだから余計に腹立たしい。


 ふざけるなと一喝したい気持ちを抑え込んで、大きなため息を吐いた。


「自己暗示って知ってる?」


 怒りを鎮めるように吐き出し、そしてさっさとこの女から情報を吐き出させようと、話を進める。


『自己暗示って、自分に言い聞かせてそうだと思い込む催眠術のことよね?』


 この女の態度なんていちいち気にしていたらきりがない。

 だからこそさっさとこの女とのやり取りを終わらせるべく、私は作業に取り掛かる。


「そう、それ。もしお前がそれを自分に施していたらどう思う?」

『私が?そんなわけないわよ』

「そうかな?自分で忘れるような自己暗示をかけていたら思い出せるわけないよね。それなのに自分がかかってないってなんで断言できるの?

『……あなたが、出鱈目を言っている可能性の方が高いからよ。こっちの魔法と違ってこっちの催眠術は効くか効かないかわからないような技、暗示にかかってない方が自然よ』

「もし仮に、お前がその魔法とやらを私たちよりも早く使っていたとしたら?」


 私は一種の確信を持っている。

 この女は嫌いだけど、信用している部分は確かにある。


 それは間違いなくこの女は優秀であったという面だ。

 優秀というのは勉強や運動というだけの面ではない、人脈構成といったコミュニケーション能力、物事に対してへの理解力。


『魔法を?そんな馬鹿な』


 ありとあらゆる方面への適応力。

 こいつのステータスをグラフにしたらすべてを高水準にクリアしていることだろう。

 そんなことが目に見えてわかるような女が、自分が窮地に陥ったときに何もせずにあっさりと諦めるか?


 誰が何と言おうと私は断じてそれはないと断言できる。


「だったら証拠を見せようか?」

『証拠?』


 でなければどれだけ暇だろうともこの女の元に何か来ない。

 怪訝そうに私を見る翠に私は、記録上に残っているはずの言葉を相手にぶつける。


「ねぇ、八月二十日、この日に聞き覚えはない?」

『八月二十日?』


 私が言った日付は、言わばこいつが残したメッセージの解除キーのさわりの言葉だ。

 何かあると思って、記憶を掘り返そうとしていたがこの女は思い出せていない。


 虚勢でも何を言っていると言わないのは、こいつの中に何か引っかかることがあったからだ。


 誰かの誕生日というわけではない。

 あの女が私に向けてそんな真っ当なワードを残すわけがない。


 真面目で優等生、そんな面の皮の厚い女が残した私へのメッセージ。

 ましてや、家族でも友人でも恋人でも、ましてや一時とはいえ恋人であった勝ではなく犬猿の仲とも言っても過言ではない私が言わなければ解除されないキーワードなんて馬鹿げている。


「忘れるわけないよね。何せこの日は私とお前が全力で殴り合った日なんだから。私が親から絶縁されかけた日、そしてお前が私を助けた日だ」


 あれは忘れもしないあの夏。

 私はこいつと喧嘩した。


 きっかけは些細なことなのかもしれないが、その些細なことによって感情に歯止めがきかなかった私と珍しく感情をむき出しにしたこいつと殴り合った。


 平手ではない、あの時の私は拳を握ってこの女の顔を殴った。


『……そんなこと、なかった、いやあった?』


 そんな出来事をこいつが忘れるわけがない。

 なにせ、こいつにとって私は初めて歯向かってきた唯一の敵だったのだから。


 いい子を演じていたこの女にとって、その本性を感じ取っていた人物。

 それが私。


 困惑するように戸惑う翠。

 やったことのない喧嘩の記憶、そしてその記憶がフラッシュバックでもしたかのように頭を押さえ始める。


 魂だけの存在だというのになんでそんな仕草をする必要があるのかと疑問に思うが、今はそんなことはどうでもいい。


 混乱し始めている今が畳み掛けどき。


「忘れるはずがないよね。女二人での殴り合いなんて普通だったら忘れない。優秀でない私ですら覚えているんだから、痛かったよあの時のお前の拳は」

『何を言っているの?私は、そんなこと、知らない』


 それは偶然だった。

 神のいたずらがあるとしたら、それは絶対に悪意があった。


 そしてこの女の性根の悪さを物語っている。


「知らないで通せるわけがないでしょ?なにせ、お前から私に相談してきたのがきっかけの喧嘩だよ」

『何よそれ』


 頭を押さえ頭痛を堪えるように、何かがフラッシュバックしてきているような仕草を見せる翠。


 そんな姿を見たからだろう、普段だったら絶対に張り上げない声を私は腹の底から張り上げた。

 それはあの時の感情を思い出して、当時の怒りもよみがえったから。


「知らないなんて言わせない!あれはお前の失敗だ!!私に擦り付けるな!!」


 抑え込むにはこの感情を吐き出すしかない。

 この出来事だけを忘れているこいつのことを許すわけにはいかない。

 絶対に許さない。


 たった一度、本当に後悔して懺悔して、泣きながら私に罪の告白をして私に裁きを求めたこいつがそのことを忘れていることを許すわけにはいかない。


「お前が勝の家族を引き裂いたんだろうが!!」


 ここまで私は怒声が出せるのかと他人事のように怒りをこの一言にぶつけた。


「勝の母親の不倫を見つけて」


 カッと熱くなっていた頭がこの叫びで急激に冷めていくのがわかる。


『ねぇ、どうすればいいと思う南』

『何が?』


 その冷めた頭で昔の私と昔のこいつが、二人っきりで誰もいない夜の公園で話していることを思い出す。


 それは喧嘩をする夏の日よりもずっと前の話。


 なれなれしく話してくるのはいつものことだけど、それでも厚い猫の皮が剥がれることのなかったこの女が、ボロボロになって取り繕えなくなるほど、精神的に不安定になっているその日。


 あの女は私を呼び出して。


『私、見ちゃったの』

『は?何を?』


 まだまだ未成年な私と翠の冗談のようで、本当の話。


『勝くんのお母さんが他の男とホテルから出てくるところ』


 あのなんでもこなす翠が慌てて私に縋るなんてあの日が最初で最後だろう。

 一つの幸せな家庭が崩壊するかもしれないという情報を手にしてしまった事実。

 そんな女とおこなった二人の秘密。


 嫌いなこいつであっても墓場まで持っていこうとした秘密。

 それを私は今この場で暴露する。


『私、どうすればいい?こんなこと彼に言えないよ。だけど、あのまま彼が騙され続けるなんて見てられない』


 泣きながら助けを求めて、正真正銘本音をぶつけてきたこいつに私が、正真正銘負けたと思ったあの日出来事。


 これが忘却されているなんてありえない。




 今日の一言

 きっかけは人それぞれ。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] あれま、ゴミの話題長めなんだ
[気になる点] 南は川崎翠の本質を知っていたけど、勝や次郎がここまでの変節の理由とか疑問に思っていないようなのは何故か?
[一言] やはり不穏な接見になってきましたね。 しかも、勝に関係するかなりブラックな内容のようで、南曰く「その情報は私にとって絶対に必要になる情報、そして会社側からしても絶対に必要となる情報。」 この…
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