47 気分を切り替え、糧としろ!!
遅れて申し訳ありません。
少々体調を崩して、投稿が遅れました。
今回の話で、今章は終了です。
では、お楽しみください。
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
カランコロンと足音を鳴らしながら、花火が終わった参道をスエラと一緒に歩く。
「楽しかったな」
「ええ、花火というのは非常に興味深かったです」
手をつなぎゆっくりと歩く。花火が終わってからもしばらくあの公園にいた俺たちは、既に閑散とした道を進んでいるおかげで祭り途中にあった妙な視線は向かってこない。
明かりも少なくなってスエラの肌の色が目立たないというのもあるかもしれないが、今こののんびりと落ち着きすっきりとした思考の感覚を邪魔されることはない。
それをくれたスエラとの時間を大切にしたい。
「今度はもっと大きい花火に行くか?」
「そうしたいですけど、残念ながら時間が足りないかもしれませんね、それに」
「それに?」
そう言って簪に手を伸ばすスエラの仕草から、今回の行動で消費した魔力の量が思ったよりも多かったのかもしれないと考える。
「魔法を使わなければ問題はないかもしれませんが、どうも魔法が使えないという状態は少々不安でして」
「ああ」
俺からしてみれば、魔法は最近使い始めた便利で身近なものに過ぎないが、彼女からしてみれば魔法とは生活の一部といえるものだ。
俺たち現代人に例えるなら、電気に近い代物だろう。
スマホを異世界に持っていき、それが使える状態でバッテリーがなくなってしまうと思えばゾッとするものを感じる。
「なら、花火を買っていくか?」
「買えるんですか?」
「あんな派手な奴はないが、それらしいものは買えるぞ」
敷地内でできるかは怪しいが、火の魔法や雷の魔法どころか破壊の限りを尽くす教官たちの攻撃を耐える訓練室の一角くらい使っていいだろう。
二次会も兼ねた花火大会をするのもいいかと思ったが、当のスエラは首を横に振った。
「楽しそうですけど、今は遠慮しておきます。次の楽しみはもう少し先にしたいですから」
「ん、わかった」
朗らかに笑いながら言われてしまってまで、やろうと言うのはさすがに無粋すぎる。
若い頃? いや、今でも多少は若いつもりではあるが、高校生の頃とかであったらもっと楽しみたいと思って自己の考えを押し付けて自分だけ楽しんでいたかもしれない。
そうならなかったのは、俺が良くも悪くも大人になり、こういった静かに歩きながら話すだけでも楽しめているからだろう。
「そういえば、ここら辺は次郎さんが住んでいた場所ですが、知り合いはいないんですか?」
「あ~いなくはないが」
「でしたら会うかもしれませんね」
「そう、かもな」
「会いたくないのですか?」
俺が歯切れ悪そうな口調になったためか、雰囲気が少し暗くなってマイナスの感情を知られてしまった。
暗に会いたくはないと教えてしまったことにバツの悪さを感じるが、黙っているとなおさら雰囲気が悪くなりそうだ。
「あまり仲が良くなくてな」
「そうなんですか?」
「ああ、今の会社ほどいい環境でもなかったしな」
前の会社で仲の良かったのは海堂や主任であったが、それ以外のメンバーは正直微妙な関係だった。
悪くはないが良くもない。
仕事仲間と言われればそうだが、プライベートはお互いに干渉しない。
そんな仲だった。
単純に仕事仕事と残業漬けに浸らされ、プライベートで付き合う気力もわかなかったと言えばそれまでだ。
他にも、人間追い詰められると本性が出るという理由もあるが、わざわざ言う必要もない。
「……まぁ、そんなところだ。それに、スエラとも会えたしな」
「あら、これ以上は出せませんよ?」
「残念だ」
すこし臭いかもしれないが、正直な気持ちでもある。
前の会社にいたら、スエラとはまず会えなかった。
それは間違いない。
「まだ、時間に余裕はあるか?」
「ええ、魔法さえ使わなければそこまでギリギリというわけではありませんよ」
「なら、どうせなら外で何か食べていかないか?」
「いいですね」
こうやって、何事も新鮮に興味を抱いてくれる美人な彼女、それだけで転職した甲斐がある。
そう思って、もっと何かをしたいとスマホを取り出し近くの店を調べる。
「あ?お前田中か?」
「ん?」
「やっぱり、田中じゃねぇか」
が、参道を出たところで集まっていた集団から声がかかった。
スマホの画面からそっと声のした方に視線を向けると、少し口元が固くなるのがわかった。
「加藤か」
「なんだよ、仕事を辞めたと思ったらまだここにいたのか、いるなら連絡くらいよこせよ」
「お知り合いですか?」
「うわ美人、外国の人?」
「前の会社で営業をしていたやつだ。お前は仕事はいいのか? 年中忙しいあそこで祭りに来ている暇なんて無いだろう」
営業ということで髪の色は黒だが、仕事場とは違い今は完全なプライベートといった格好の男、俺の二個下で営業として付き合いはあった。
だが、俺はあの会社の中でこいつは上から数えるのが早いくらいに好きじゃない。
営業成績は良かったせいか、年上の俺やほかの同僚に対してもこういったタメ口が多い。
加えればツラの皮が厚く、要所要所で礼儀正しく押さえ、上司への受けは良かった。
良く言えば世渡り上手、悪く言えば裏表が激しい奴だ。
そんな奴だから好き嫌いはきっちりと分かれ、俺は嫌いな側だったわけだ。
社会人として仕事上での対応はしっかりとしていたが、今は完全なプライベート。さらにもう辞めた会社だ。
時間は一秒でも惜しいと言わんばかりに刺々しい対応になる。
そっと、スエラの姿を隠すように加藤の前に立つ。
「大丈夫~、今は外回りしているってことになってるし。それよりさ、ねねね、君どこの国の娘? このあと暇だったらさ、一緒に飲みに行かない?」
「おい」
「なんなら田中も来いよ!! あいつらと一緒にこのあと飲みに行く予定だったし、営業先の女の子も来るからさ!!」
その行為も無意味だと言わんばかりに人懐っこそうな笑みを浮かべて、俺の体を避けるように覗き込みスエラに話しかける。
スっと戦闘用のスイッチが入ったような感覚が走り、声のトーンが一段下がる。
それにも気づかないのか、それともわざとなのか、何人か体格のいい仲間がいる自信故か、自分の立場に余裕が見える。
暴力が嫌悪される日本であるが、暴力という手段がないわけではない。
いざとなったらという保険があるからなのだろうか。
元来の整った顔つきで何人の女を落としてきたかは知らないが、こっちに手を出すなら容赦する必要はない。
デートを邪魔されイライラとする感情を、戦闘用の思考で冷却し、警察沙汰にならず排除する方法を模索する。
「冗談は、その猫なで声をまともにしてからにしてくれませんか? 正直、耳に入るだけで気持ち悪いです」
「「は?」」
一瞬で、別の方面から感情が強制的に冷却された。
いや、熱ごと吹っ飛ばされた。
さっきの俺の感情が燃え盛る炎だとすれば差し詰め
「聞こえませんでしたか? その薄っぺらい笑顔を引っ込めて出直してきてくださいと言ったのですよ?」
スエラの声色はシベリアに吹雪くブリザードのようだった。
顔は営業用の笑顔、そこからわずかに漏れる魔力は戦闘用のそれだ。
いくら魔力制限がかかるとしても、わずかであれば確実に彼女の戦闘能力は俺を上回る。
威圧だけなら魔力消費も少なく相手を圧することもできる。
事実、さっきまで警戒していた俺の感覚は確実にスエラの方に向いている。
加藤に至っては、何を言われているのかまるで理解していない。
当然、その後ろにたむろっている集団にもスエラの声は届いている。
「うわ、加藤の奴が振られてる、めずらしい」
「と言うか、あの女の性格きつすぎるだろ、外国の女ってあんな感じなの?」
「知らねぇ。でもあそこまでぶった切られる加藤ってウケね?」
「ウケルウケル!!」
憐れむほどの道化ぶりとでも言えばいいのか、赤っ恥欠かされた加藤をからかうようなヤジが飛ぶ。
ついさっきまでスエラと飲めるかもとウキウキしていたとはとても見えない。
「は、ハハハ、冗談きついなぁ」
「冗談を言ったつもりはありませんよ?」
「っ!?」
日本人だったら、こうもはっきり物を言う女性がいるだろうか、いやいないだろうなぁ。
顔、顔と、今の加藤の、屈辱を必死に耐えようとして耐えられていない表情を指摘してやりたいが、俺もそこまで鬼じゃない。
「加藤、あんまりしつこいと女に嫌われるぞ」
「田中、てめぇ」
美人と付き合うことへの税金で今日は色々と絡まれる日であるが、ざまぁみろと笑えるのなら悪くはない。
加藤のさっきまでの取り繕ったツラを剥がしたスエラを抱きしめたいが、それはあとにしよう。
「ストレス溜まってるんだろ。俺たちはこのあと予定あるし、ほら仲間と飲みに行けよ」
「調子に乗るなって」
「しつこいって言ってんだぞ」
スエラが言いたいことを言ってくれたおかげで俺の怒りは大半はなくなってくれたが、種火はなくなったわけではない。
自分でもよく出たのと思うくらい低い声が出た。
本気で力を加えてないが、押しとどめるようにギュッと迫力が出る感じで加藤の右肩を左手で掴む。
思えば、コイツのことは少なからず羨ましいと思っていた。
仕事中に聞こえる営業の仕事の合間で出会った女性の話や、時間が自由にできて、俺が残業している中でもあいつは普通に帰っていた。
真実かは知らないが、給料も加藤のほうがいいという噂も聞いた。
上司が俺を叱り、あいつが来た途端に笑顔を見せた。
世渡りが下手だと自分を責めながら、なんで俺が、あいつと何が違うんだと何度も思った。
それが、今、変わった気がした。
こうやって、仕事が順調でないにしてもしっかりと結果を残せていると自覚が出てきているからだろうか。
遠い、あるいは上にいるだろうと思っていた加藤の存在が今では小さく見える。
驚いたように俺の顔を見る加藤に、これ以上用はない。
掴んだ肩を振り向かせるように突き飛ばす。
「行こう」
「はい」
今度出てきたのは、俺のいつもの声だった。
スエラの答えてくれた声もいつもの彼女の声だった。
つないだ手を引きゆっくりと歩き出すが、後ろから声のかかることはなかった。
「すまなかったな、知り合いが迷惑をかけて」
「そうですね、私実は少し怒っているんですよ?」
「え?」
あの場所から少し離れ、数分ではあるが沈黙が続く。
それを抜け出すための謝罪に、いつも、は気にしていませんと返してくれるスエラだったが、今回は違った。
無意識にそんな言葉を期待していたのだろうか、俺は驚き歩くスピードを落として彼女の顔を見てしまった。
「私が何に怒っているかわかりますか?」
笑顔ではなく、真剣な表情で俺の瞳を覗き込むようにスエラはこちらを見る。
会話から察するとさっきの加藤のこととつながりはあるだろうが、ナンパされたことに怒っているようには見えない。
「……すまん、わからない」
「そうでしょうね。もしわかっていたら、次郎さんはきっとあんな対応をしなかったと思いますよ」
「……」
本気でスエラが何に怒っているかわからない。
それゆえの沈黙だ。
「次郎さん」
前の会社だったら、適当に謝って言い訳して終わりだったが、今は彼女に対して嘘を言いたくない言い訳したくないという気持ちが沈黙を選ばせた。
いつの間にか止まった歩みから向き合うように、彼女はゆっくりと諭すように、手を俺の胸に添え名前を呼ぶ。
「あなたは、神ではありません。失敗もするでしょうし、挫折もする。人間ですからそれは避けられません。けれど」
自信は持ってもいいのではないでしょうか?
「え?」
彼女の言葉は胸にストンと落ちてハマるように俺の中に入ってきた。
「私が怒っているのは、あなたが持ってもいいはずの自信を蔑ろにしていたことですよ。あなたは何に対しても真摯に向き合っていますが、そこに添えられるべき自信がありませんでした。真っ直ぐなのに自分を信用していない。できると無理やり思い込んで何かをなそうとしている」
彼女自身が、俺を見てそして感じてきたことをゆっくりと俺に伝えてきてくれる。
俺は只々、それを聞く。
確かに、俺は自信がないのかもしれない。
ああやって、仕事に励むのも負けず嫌いな気持ちもあるが、ここで退いたら何かがなくなりそうな気がして不安だったからだ。
自棄になるのも、迷うのも、こうやってスエラの隣にいるのも不安でしょうがなかった。
「あなたがやってきたことは私が見ています。結果はしっかりと出ています。だから、次郎さん、どうか自分を信じてください。あなたはできるとは思えても上にはいけないと思っているかもしれませんが、そんなことは決してありません」
心の奥底に眠る何か、柱なような何か、それを彼女の言葉が支えてくれる。
「できます。だって、私が好きになった次郎さんですから」
「……」
「次郎さん?」
「今は、このままで」
「はい」
なにかじわりとくるものが胸から溢れ出す。
全く今日は、カッコ悪いところばかり見られているな。
仕事がうまくいかなくてイライラしているところを見られて、へこんでいるところを慰められて、知り合いの言葉に貶されそれを救ってもらい。
そして、自信まで身につけてもらった。
ああ、今日の俺は最高にカッコ悪いな。
ありがとう。
そんな言葉も出ないくらいに、目の前の彼女が愛おしい。
道端なんて関係ない。
彼女をそっと抱きしめる。
ああ、俺はもらってばかりだ。
だが、ようやく巣立てた気がする。
今まではただ周りの動力を頼りに回る歯車だったが、今度は俺が回す歯車になろう。
ああ、仕事が厄介だと思っていた俺が恥ずかしい。
面倒だと思っていた俺は馬鹿なんじゃないか。
スエラだけじゃない。
監督官やケイリィさん、海堂たちも俺ができると信じてくれるから仕事をくれているんだ。
それに、応えようという気概をなぜ持てなかったんだ。
「ありがとう、スエラ」
「格好良くなりましたよ、次郎さん」
「今日の俺はカッコ悪かったからな、カッコ良くなってみせるよ」
「心配はしてませんよ」
ようやく言えた感謝の言葉、それを嬉しそうに笑い受け取ってくれる彼女をもう一度抱きしめる。
胸元から聞こえる彼女の期待に応えたい。
初めてかもしれない。
仕事がしたい。
そう、思えるのは。
彼女のおかげだ。
「どこか、食べに行くか?」
「そうですね、少しお腹が空きましたね」
それでも、今日ばかりは目をつむってほしい。
仕事をしたいという欲求は少しばかり我慢して、さらに燃料を溜め込みにスエラと街に繰り出す。
途中感じた視線は、もう気にならない。
彼女の隣は俺の席だと胸を張ることができた。
Another side
再研修企画書
そう書かれた書類、そして付属するような添付資料、予想していた内容を大きく上回る出来に私は口元を緩める。
どこか物足りないと思っていた雰囲気がここ数日で改善されつつある。
「見込みで終わると思っていたが、思いのほか早く殻を破ったか」
嬉しく思いつつも、それをやったのが自身ではないことに不満が出る。
その感情をごまかすほど私も純情ではないし素直なつもりだ。
このまま鳴かず飛ばずの状態だったら何かしらのアクションを起こそうと思っていたが、その労力が削減できたと思うことにする。
「これからが楽しみだ」
書類を机に置くと、その隣に見えるいくつかの履歴書。第二期生の入社が近づいている。
Another side END
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
努力に対して成果は必要だ。
だが、それを支えるためには自分を信じることが重要だ。
今日はそれを知ることができた。
以上で、終了となります。
もっとメモリアとか他の女性を主人公と絡ませたかったんですがハーレムって難しいですね(汗
次章ではそこら辺を改善していきたいと思います。
これからもよろしくお願いいたします。




