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5 入社式で社長が挨拶をするのは当たり前だと思う?

投稿し始めて、初めて評価とお気に入りをいただきまして、とても嬉しかったです。

これからも、これを励みにがんばります。

田中次郎 二十八歳 独身 彼女無し 職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士



面接を受けてからはや一ヶ月

ようやく新人研修が終わった。


「ふぅ」


明日に入社式を控え、今日は日曜日もあって研修はない、従って体を休めるために部屋で一日のんびりとしていたわけだ。

そして、夕食を終え晩酌と相成っているわけだ。

「生きているって素晴らしい!!」

腹の底、いや心の底からの俺の言葉だ。


「ビールがここまでうまいものだとは思わなかった!!」


いつもなら寝酒代わりの発泡酒だったが、給料が上がったことをきっかけに少しグレードを上げた独身の戯言だが、いつもよりと言うより、昔飲んでいたビールより断然に美味しいと思える。

土曜日は最後の研修の仕上げのために体が悲鳴を上げていて、寝込み、ビールを味わう余裕がなかった。

しかし、一日中悲鳴を上げていたにもかかわらず、次の日にはケロッとしてビールを味わえているのは魔法技術様々である。


「やはり、人間は生きていると実感できないといけないな」


冷えたビールを流し込み、喉から胃まで流れ込んでいくのを感じ取る。


「本当に、生きているって素晴らしいよなぁ」


でなければこんなうまいビールを飲むことなんてできなかった。

これまでのことを思い出す。

あの合同訓練のあった日、どうにか夕飯前に目覚めた俺は、何故か違和感のない体で夕飯を食べて部屋で晩酌しようと売店に行った。

思い返せば、あの選択が運の尽きだったんだろう。

ぬっと伸びた手は俺の体を簡単に持ち上げ、あっという間に食堂の一角に連行した。


『飲めや飲めや!! 今日は俺のおごりだ!!』

『カカカカ、好きなだけ喰らうがいい、飯はワシのおごりじゃ』


そして連行した犯人は、対面に座る鬼ヤクザと髑髏紳士、改め、キオ教官とフシオ教官だった。

なぜこんなにもご機嫌なのか、不気味で理解できないほど、機嫌が良い二人の前をして、俺が取れる行動など、いただきますと返す以外あり得なかった。


『鬼族特製の醸造酒だ!! うめぇぜぇ』

『なになに、こちらはワシが作った、精魂酒、人が飲んでも問題ないぞ?』


これでも接待でいろいろと酒を飲まされ、さらには魔紋で強化された体だ。

多少アルコール度数の強い酒程度では酔わない、そう思って挑んでみれば案の定、昔とは比べ物にならないほど飲めて食堂が閉まるまで居座ってしまった。

俺もほろ酔いで、終始笑顔のキオ教官や満足そうなフシオ教官の態度に、よっぽどいいことがあったのだろうと、今回の飲み会の理由を深く考えなかったのも悪かった。

だけどな、誰が考える。

これが最後の晩餐になるかもしれないって。

二日酔いもなく、予定通り、職種別の午後の訓練に移った次の日、俺を待ち受けたのは


『昨日は楽しかったな』

『カカカカ、まこと、楽しかったわい』


紅闘気全開のキオ教官と暗黒闘気を滾らせているフシオ教官だった。

直ぐに回れ右をした俺は悪くない。


『結界!?』


だが、特別戦闘からは逃げられない。なぜならストーリーが進まないからだ。

振り返った瞬間に、額に当たる感触は魔力の壁そのもの。

そして背中に感じた悪寒を頼りに、油の切れたブリキ人形のような首の動きで振り返ってみれば。


『!?』


悲鳴を上げなかった俺を褒めてやりたい。

さっきよりも五割増しの闘気を放っている教官二人がしっかりと俺を捉えていた。


『さて、次郎』

『覚悟はできたかのう?』

『で、できてま『『ん?』』す!!』


いつの間にか呼び名が変わっているがそんなこと気にする余裕はない。

できれば時間に猶予とは思ったが、言えるものなら言ってみろと眼光で語る二人に、ノーと言えない日本人の俺が否定の言葉を言えるはずがなかった。

せめてもの救いを求めてスエラさんに助けを求めるが。


『……頑張ってください』


今日はきっちりスーツを着こなした仕事のデキる女を体現しているスエラさんは、視線すら合わせてもらえませんでした。


『『よし、では研修をはじめる』』


もはやこれまでと、諦めという名の覚悟を決めて、いつもどおり中央で武器を構えた。


『あ』


そこで俺は気づいてしまった。

考えてみれば俺、合同研修の時最後には負けていたなぁ。

自分で負けたら地獄と言っておきながら、追加で訓練、そして敗北、激情に身を任せるべきではなかった。

たとえ周りよりも長い間戦い抜いたとしても負けは負けだ。

昨日はご機嫌だったのはもしかして今日の研修を思ってのことだったのだろうか、せめて楽しい思いをしてから、地獄(研修)に送り出してやろうという教官たちの気遣いなのだろうか。

なら、言いたい。

そんな気遣いいりませんから、手加減してください。

構えては吹っ飛ばされ、攻撃しては吹っ飛ばされ、避けても吹っ飛ばされ、防御して耐えたと思ったら、次は吹っ飛ばされて、いつものような光景で、打ち合えたのなんて数回だけだ。

繰り返されるチャンバラブレード(魔剣)の斬撃と、ことごとく妨害してくる玩具の杖(呪いの杖)の魔法。

思い返しても、キオ教官が持っていた子供同士が楽しみながら叩き合うようなチャンバラブレードが魔剣のように見えてしまうのはあの時が初めてだっただろう。

背筋が凍りつくほど不気味な声で笑いかけてくれたフシオ教官のおかげで、しばらくの間は玩具売り場に足を踏み入れないと誓った。

あの軽快な電子音に反するような状態異常の魔法の数々、それ一個一個は死にはしないような内容だったが、チャンバラブレード(魔剣)と組み合わせると混ぜるな危険の表示義務を持つシロモノにしか見えなくなった。

ダウンし気絶している間の膝枕(役得)がなければ、きっと挫折していただろう。

正直、ブラック企業も目じゃないほどブラックな内容を体験できる会社のような気がしないでもない。

それでもしっかりと、手加減をしてくれていたのか、俺は生きていた。

何回か走馬灯を見たような気がするが、生きていた。

それでも不思議と死にはしなかったのは、日頃の鍛錬のたまものか、それとも絶妙に生と死の狭間を見極めていた両教官がすごいのかは考えてもわからなかった。


「明日からダンジョンか」


それでも、結果はどうあれ俺は生き残った。

これ以降は、希望制となり書類を出し再度訓練を申請するか、成績不良の強制再研修になるかの二択でしかあの二人の教育を受けることはないだろう。

それに一安心するが、成績不良にならないよう気を引き締めもする。

だが、今は息をぬこう。

入社式が終われば正式に俺は社員となり、ダンジョンに挑む。

研修期間の脳内処理がようやく追いついた、と言うよりビールによって脇にどかされた感があるが明日について考える。

ダンジョン

こんな現代日本ではゲーム用語か小説の中でしか出てこないような内容だが、この一ヶ月間そこに入るために研修を死に物狂いで受けてきたのだ、実際に存在して、明日は挑むと考えると感慨深い。

いや、そんな深い内容ではなく、単純に遠足前の子供の気分に近いかもしれない。

実際、疲れたからさっさと寝ようと布団に潜って眠れなかったからこうやって寝酒がわりに晩酌しているのだ。

興奮して眠れないとは、なんとも情けないような童心が残っていて嬉しいような。


「ガキっていうわけじゃないんだがなぁ」


飲み干したビール缶を握りしめて、体を見下ろせば、数年間怠けていた体は嘘のように引き締まっていた。

ステータス的にも、採用時には比べものにならないほど上昇していてその結果が出ていると実感できる。

どれくらいぶりだろうか、努力した結果を早く知りたいと思ったのは。


「さて寝るか」


あまり夜ふかしをして、これ以上深酒をして明日寝坊するわけにもいかない。

心の内に湧き上がる楽しみは明日にとっておくとして、今はしっかりと眠ることを考えよう。



講義室に普段なら普段着で座るが、今日は誰もがスーツを着て格好を整えている。

対して、壇上には統一性の言葉から真っ向から否定しているような個性的な方々がずらりと並んでいる。

その中には当然、フシオ教官やキオ教官の姿もある。

俺は初めて見るが、そこに立っているのがおそらくほかの職種の教官たちだろう。

二人と雰囲気というより強さか、似たような感じをズシリズシリと感じ取れる。

観察しているこちらの視線に気づいて、子供なら絶対に泣き、大人でも腰を抜かすような笑みを浮かべる。

それに慣れてしまった俺は平然として黙って会釈する。

そして再度、他の面々に視線をずらして観察する。

爬虫類のような鱗をはやした片目に傷のある体格のいい上半身裸の男性、着物のような服装のスエラさんと同じダークエルフの女性、そしてローブのフードを深く頭姿を隠している小柄な人? 毛皮と金属の兜を装着した褐色肌の三メートルを超える長身の巨人、そして扇で口元を隠した頭から触角をはやした複眼の女性はあろうことか、幾箇所か甲殻的なモノで覆っているが人と言える体をもはや下着と言わんばかりの布地のみで晒している。

幾人かの男性はそちらにクギ付けだが、気づいているだろうか?

微笑んでいる、その視線が完全な捕食者の目であるということを。

これは、絶対に油断できない。

壇上に立ち並ぶ誰もが、第一印象で絶対強者であると本能で理解できてしまった。

この面々に勝てる勇者という存在はどれだけすごいんだろうか?

個性豊かというより、独創的という言葉が似合いそうな面々の上に掲げられる入社式という垂れ幕が非常にシュールに見える。


「時間だ、全員揃っているな?」


そして最後の仕上げで、女王様と呼びたくなるほど冷徹な表情で、スーツ姿の悪魔、エヴィア監督官が壇上に上がる。

かの独創的な方々の中に入っても埋もれるどころか存在感を醸し出すのはさすがとしか言いようがない。

その姿に場の空気が締め上げられる。

そう引き締まるではなく、締め上げられる、だ。

その物理的な圧迫感は寝ぼけ眼だった面々も、その表情を強制的に絞り上げられる。


「まずはじめに研修ご苦労と言っておこう。採用人数五十八名、内、研修課程を修了したのはここにいる三十七名のみだ」


挨拶もそこそこに、開幕の宣言も無しに入社式は幕をあげた。

開幕で三分の一の人数が立ち去っていたことを告げられたが、一人で研修課程を突破した俺にとってはそれほど衝撃を受けないが周りは違うみたいだ。

ショックを受けたもの、達成感を表情に浮かべるもの、気を引き締めるものと様々だ。


「そんな貴様らに渡すものがある。机の上を見ろ、各自のテーブルに箱があるな?」


俺たちの感情など意にも介さないように淡々と式をすすめる監督官の言葉に従い、先程から気になっていた机のものを見る。

見れば、十センチほどの立方体の黒い紙箱は俺が席に着く前から置かれていた。

それは切り口どころか持ち上がることもなかったので最初何回か触ったあとは放置していたのだが、いったい何だろうか。


「開けろ、そして中身を出せ」


と言われても、どうやって開ければいいかわからないのだが、とりあえず持ち上げると今度は簡単に持ち上がり、被せ箱だったらしく、するりと下箱が落ちて中身を晒した。


「ペンダント?」


革紐のようなもので首にかけられるようになった八面体の水晶のようなペンダントが入っていた。


「魂魄石だ。ダンジョンに入る際にそれは絶対に持っていけ。でなければ、〝死ぬぞ〟」


空気が凍った。

重圧を感じさせる監督官の言葉と威圧に八面体の水晶のようなペンダントを誰かが机の上に落とす。


「ふん、研修を越えて自分は強いと勘違いをしている奴もいるようだから教えてやる。たかが貴様たちが攻略できるような甘いダンジョンを我々は作らん」


最初から静かであった講義室だが、今では冷房をガンガンに利かせた部屋よりも肌寒く感じる。


「当然ながら、死ぬ危険性はある。貴様らも体験しただろう。魔物との戦闘を、あれで死なないと考える奴がいるのなら遅くはない。ダンジョンに入るのはやめておけ。

唯々辛い思いをするだけでロクな情報を拾えるわけもない。

我々としても、毒にも薬にもならない情報など必要にしていない」


さぁ、立ち去れと言わんばかりに冷たく突き放す監督官の言葉に、俺はグッと感じるものがあったが、それは怯えではなくどちらかと言うと反骨心といったものだ。

心うちを表すなら、上等だ!と叫ぶような感じだ。

ここまで努力して、まだ届かないという最深層というものがどういうものなのかが気になる。

そう思ったからこそ、ちょっと口元が笑いそうになった。

だが、そう思うものだけじゃなかった。


「冗談じゃないぞ! 死ぬなんて聞いてないぞ!!」

「そうよ!! 怪我は聞いたけど、命なんてかけられないわよ!!」

「そうだ!! ふざけんなよ!!」


何人かが立ち上がり不満をわめき散らす。


「……言いたいことはそれだけか? なら、立ち去れ、不満があるものを使っても意味はないし用もない。安心しろ研修期間の給料くらいは出してやる」


そして、監督官が一睨みというより流し目でそいつらを見れば、瞬く間に足元に魔法陣が現れたと思うと一瞬で消え去った。


「はじめに説明したはずだ、このテスターは命懸けだ。それを理解せず誇張表現だと勘違いした奴はただの愚か者だ。もう一度言う、そんな奴を我々は求めていない。覚悟ある者だけがこの場に残ることを許す。当然、最初に説明し約束したように我々も貴様らの命を最大限に保証してやる。だが絶対じゃない。それをわきまえて、答えろ。残るか、立ち去るか」


さっきのやり取りを見ていれば、何人か立ち去ると思った。

だが


「ふん、三人か、あとは結果で語ってもらうとして、説明に戻る。先程死ぬといったが、この魂魄石があれば死ぬ確率はほとんどないといっていい。これはそういう代物だ」


チャラリと俺たちが持っているものと同じ代物を監督官は取り出してみせる。


「これは研修終了の証であると同時に、ダンジョンへ入るための鍵でもあり、貴様らの命綱だ。ダンジョンは魔力がかなりの濃度で充満している。その魔力をこの石は吸収し貴様らの魔力と合成させ情報を記録する。そして、ダンジョン内に入り次第、自動でダンジョン内での仮初の体を生成する。魂を基準とした、魔力でできた体だ。たとえダンジョン内で死んだとしても瞬時にこの会社内の医務室に強制転移し情報を基に体を元の状態に再生させる。たとえ心臓だろうが頭を消し飛ばされようが、壊れるのは魔力でできた身体、エーテル体だ。実態は無傷だと保証しよう、よかったなお前ら、安心して死ぬことができるぞ。代わりに、死ぬほど痛いがな」


サディズム全開と言わんばかりに、監督官は嗜虐的な笑みを浮かべる。

それを見て、つい、椅子を少し後ろに引いてしまったのは悪くない。

むしろ生存本能だ。

しかし、仮初の体とは、いよいよファンタジーじみてきたな。


「ただし、これも万能というわけでもない。第一にこれはダンジョンの中でしか使えん。

社外ではただの装飾品に成り下がる。

第二にこれを作るのに一つあたりのコストは貴様らが一生をかけても払えん額が動いていると知れ、失くしでもしてみろ、貴様らの運命は決まる」


最後の方は完璧に脅しているとしか言いようがないが、置いておいて、コスト面の問題はあるだろうから仕方ない。

要は会社の備品をなくすなと言っているだけだ。

取り扱いは要注意だろうが。


「第三に、これは肉体の損傷は無くしても、精神的なダメージには意味はない。トラウマなどのケアはしてやるが立ち直れるかは貴様ら次第だ。

加えて、怪我を負った状態でダンジョンから出てきた場合はその傷は生身の体に反映される。

痛みに悶えたくなければ、治療は自力で行え。

ああ、体の欠損は幻肢痛で痛みが残るが、〝魂が〟欠損しない限り肉体で欠損する心配はない」


嫌なことを聞いた、たとえ魔力でできた体としても痛みはある。死んだ経験をして再度ダンジョンに挑めるなんて保証はない。それこそトラウマになれば終わりだ。

それに、怪我を治療せずに出ていったら、傷が生身に反映される。

生傷が絶えない職場だからそういった方面での対策が必要だ。

幸い、体の欠損はよほどのことがない限り発生しないというのが朗報だが、監督官の言い方が妙だ。

まるで、欠損する可能性があるとでも言っているみたいだ。

「最後に、これは経験則だ。私は先代の勇者に斬り殺されかけている。私でもそんな事態に陥る。

貴様らなら容易に同じ立場になり得る、気を引き締めてダンジョンに挑め」


聞くタイミングを逃したが、これは独自で調べたほうがいい。

調べないで、五体不満足になるのはごめんだ。

最初から最後まで、注意事項のオンパレードで気が抜けない。


「さて、わかったな」


十分に理解できましたが、おかげで昨日の遠足気分は完全に死に絶えました。

周りも同じように、不安がいっぱいといった感じの表情を浮かべている。

そんな空気など監督官は気にした様子はない。

こんな気分でダンジョンに挑めるだろうか、思い切って一回教官たちにぶっ飛ばされて開き直ってから、ダンジョンに挑んだほうがいいような気がする。

さて、どうするか。


「う~ん、せっかくの門出なんだから、もうちょっと明るい雰囲気にできないのかな、彼女は」

「いや、雰囲気的には厳格って意味では間違いじゃないような気が、それに必要な情報でしたし」


主に俺たちの生命の安全に関する話だし。


「そうかな? 厳しすぎるだけじゃ、下のものは上にはついてこないよ、メリハリってものは社会では重要だよ」

「まぁ、確かに」


って、俺は式中に誰と話をしているのだろう。

俺の席は最後尾の席で、左右の席には誰もいないから悲しい現実とともに自然と会話をする相手は消滅するわけだ。

従って、となりには誰もいなかったはずなのだが


「やぁ!」

「だれ?」

「魔王だよ!!」


いつの間にか、魔王を名乗る爽やかなイケメンが隣に座っていた。


「……」

「アハハハハ、信じられないかな? もっとこう、厳格なイメージで、歴戦の重みってのがにじみ出るような風格みたいなやつを醸し出した存在かな? 魔王っていうのは」


俺の沈黙の意味を的確に理解してくれた、自称魔王様は、顎に手を出して悩みだす。


「う~ん、僕も窮屈だから出してもいいと思うんだけど、エヴィアがねぇ。式自体が成り立たなくなるからやめるようにって言われているからねぇ、地味だけど、こうするのが一番かなぁ」


監督官を呼び捨てとか、相当仲のいい人とかでなければあの手のタイプは呼び捨てを許しはしないだろう。

もしくは相当上の立場の人とか。

となると、自称魔王の自称の部分はなくなり、隣の人は本当に魔王ということになるのでは?

そう、悩む俺を脇目にすっと、それこそ自然に、まるで壇上に用があるかのように、推定魔王は気軽に歩いていく。

その歩いていく姿に前の方に集中している他の同僚は気づかない。

気づいているのは、壇上の教官たちだけだ。

すっと、まるで示し合わせたかのように膝をついて、壇上に登っていった自称、いや、魔王を迎え入れた。

確かに、その登場の仕方自体は地味かもしれない。

だが、その風景自体が、貫禄をしっかりと見せつけていた。

跪く、その誰もが王としての資質を兼ね備えているのにもかかわらず、その誰よりも王であると見せつけている。


「やぁ! 諸君!! 私は魔王だ!! もっとわかりやすく言うなら君たちの雇い主であり! 社長だ!」


さも当然と言わんばかりの堂々とした宣言に、俺を含めた同僚たちは反応できない。

魔王=社長、等式が成り立ちそうで成り立つのだろうかと疑問に思うのだが、段取りという過程を完全にすっとばしただろう登場の仕方にどういう反応すればいいのかわかりかねる。

教官たちに倣って椅子から降りて、跪けばいいのだろうか?


「ああ、姿勢はそのままでいい。君たちは部下ではあるが家臣ではない。礼儀は必要であるが敬意は不要だ!」


なんでもお見通しだと言わんばかりに、カリスマを見せつけるとはこのことだろうか、器のデカさを見せつけられる。


「まずは研修ご苦労!! 加えて私からのムチは受け取ってくれたかな? ああ、言わなくてもいい、君たちのその顔を見れば、真剣に受け取ってくれたのだろう。

そんな君たちをそのまま返すような真似を私はしない、ムチを与えたなら今度はアメをあげようじゃないか」


まるで役者だ。

視線を一気に監督官から、魔王自身に集めてみせた。


「今まで使えなかった施設を今日をもって開放する。詳細に関しては既に各部屋に資料を配布している。楽しみにしておきたまえ。もちろん社員として割引も効くからおおいに利用してくれ」


もう、魔王の独擅場だ。

声の一言、一言、に力がある。

ダメだとも思えない。


「そして、成果をだした者には特別な褒賞を出そう! 成果もわかりやすく順位をつけて毎週貼りだし皆がわかりやすいようにしよう! その中で半年後の結果、上位三名には、我が魔王の名で用意できるものをなんでも用意してやろう! 金が欲しければくれてやろう!力が欲しければ与えてやろう!! 地位が欲しければ用意してやろう!!! 君たちが望むものを用意してみせようではないか!」


普通の人が言えば間違いなく詐欺だとか嘘だとか、何言っているんだこいつと疑いを向けるのだが、壇上に立つ魔王の言葉には嘘がない。

彼が用意するといえば用意するのだろう。

そして、さっきまで冷え切っていた空気があっという間に燃え上がっていた。

視線がギラつくとはこのことか、人間の欲を刺激するのが本当にうまい。

このことに俺はただ単純に、すごいと思った。

周りがまとわりつくような熱気に包まれているその反面、その光景を冷めた目で見てしまっている己がいる。

二十代ももうすぐ終わり、もはや三十代と言えてしまうような佳境に入ってしまっているのだ。

報酬が上がると聞いて嬉しいといえば嬉しいが、そこまで燃え上がれるわけではないのだ。


「長話で、君たちの足を止めるのもこれまでとしよう! これよりダンジョンを開放する! 各自、各々の判断で行動せよ!」

「以上で入社式を終了する!」


まぁ、それでも逸る気持ちというのは確かに存在するわけである。

少し速くなった鼓動を自覚しながら、監督官の言葉を合図に魔王は壇上を降りそのあとに教官たちが続く。

気のせいかもしれないが、一瞬、魔王と視線が合ったような気がした。

だがそれも、気がしたというだけで、気のせいであったと思うことにした。


「それにしても、魔王様?のあとについていくって、もしかして教官たちって相当えらい立場にいるのだろうか?」


自己紹介の時に、役職聞いておけばよかったと今後とは関係ないことを考える俺であった。



Another side


「魔王様?」

「エヴィア、できれば怒らないでほしいなぁ」

「なら、せめて段取りを踏ませてください」

「それじゃぁ、私は彼と話せないじゃないか」


所変わって、場所は講義室のような近代的な部屋ではなく、中世的な玉座の間、そこに監督官と教官、いや近衛頭と将軍は一列に並び玉座の主を見上げていた。


『カカカカ、変わらずのスキモノですな魔王様、して、いかがでしたかな?』

「う~ん、今後に期待かなと最初は思ったけど、あれはいいねぇ」

「おお、辛口の大将が褒めるなんて珍しいですなぁ」

「うん、魔力適性に対して今回は不作かなぁと思ったけど、なるほど、あれが掘り出し物ってやつだね。達観した目で群に埋もれていない。あれは、人を知っているねぇ。いや、理解し納得して人というのを飲み干したことがある。それ故に線引きが済まされている。私は好きかな? ああいったきっちりと線を引き、自分の判断で切り捨てられそうな人間は、強いて言うなら、個としての積極性はあるけど、群れとしての積極性がないことが悩ましいところかなぁ」


久しぶりにいいものを見たと、玉座に肘を突きながら笑みを浮かべる。

愉悦

いま魔王は、心底楽しんでいる。


「それにしても、近衛頭さんは、ほんまえげつないことを考えなさるわ。これ、ただの魂魄石じゃあらへんな?」


そこに水を差すようにちらりと、扇の女性、蟲王、クズリはゆらりと先程のペンダントを取り出してみせる。

目は細まり口元は笑っているが、どちらかと言うと嘲笑っていると言ったほうが正しいか。


「悪魔は〝嘘は〟つかんぞ? それは間違いなく魂魄石だ。説明した能力は間違いなく存在する、ただ、それだけではないがな」

「ほんま、えげつないなぁ」


近衛頭、エヴィアもクズリと同じ顔で嘲笑う。


「勇者の能力の解析のための術式を組み込み、更に再生の度にダンジョンの魔力と対象の魔力を合わせることで上質な魔力を生成、それをダンジョンに還元できる。これをただの一言で済ますのはさすが悪魔といったところか?」

「巨人王、人聞きが悪い。治療もタダではない。やつらの魔力は放っておけば回復をする。私は代金代わりにその無駄に垂れ流して捨てている魔力を徴収しているにすぎん」

『カカカカ、それで我らが軍備は潤う、まことよく考えたことよ』

「ふん」

「気に食わないかい、ウォーロック?」

「いえ、同胞ではないあ奴らを心配する必要はありませんゆえ」


魔王や彼ら将軍にとってこの程度の策、暗躍とも言えない児戯の内容を摘みに話は進んでいく。


「ふむ、なら問題ないかな。それならアミリ、確か君のダンジョンはまだ完成していなかったはずだが、あれからどうだい?」


エヴィアの企みの確認は終わり、ならば次は今後、テスターである彼らが潜るダンジョンであるがいくつかのダンジョンが未だ完成していなかった。

いや、問題点の洗い出しを行うための今回の計画なのだ。完成したダンジョンなど存在しないが、その中で輪をかけて進行が遅れていたダンジョンがある。

魔王が玉座から視線を向け、さらには声をかけた先にいたのは、姿をすっぽりとローブで覆い尽くした存在だった。

そしてその存在は、魔王から話しかけられたのをきっかけにその姿を現す。

フードを取り払い、顔を見せた。

その顔は年端もいかない少女のもの、しかし、顔のいたるところに機械の回路のようなものが走り、無表情とより無機質な表情と表現したほうが正しいだろう。

しかし、逆にそれが相まってうっすらと輝く灰色の長髪と共に人形じみた美しさを醸し出していた。


「報告、ダンジョンの完成率約六割、兵の配備率四割五分、結論、浅層部の製作は完了しているため現状でテスターたちの迎撃は十分だと判断します」


テストと言わず迎撃と表現しているあたり将軍と呼ばれる立場の存在のテスターに対しての認識が窺える。

そして発した張本人の声も、人の声であるはずなのに、無機質に聞こえてしまう。


「ケケケケ、機王の嬢ちゃんは自信満々だな」


それに返事するかのように、どこか軽い声が称賛を送る。


「うん、私としてもアミリの報告を疑うつもりはない。君は根拠なき報告は行わないからね。アミリが問題ないと言うなら問題ないのだろう。どちらかといえば竜王、君の方が私は心配だよ?」

「うあちゃぁ、旦那それはないぜ。いくら遊び好きの俺でもあんな虫けらな奴らに突破を許すようなちゃちなダンジョンは作っていませんぜ」

「君たちの一族は実力は申し分ないのに、その遊び心で問題を起こし続けているからね。心配もしてしまうよ。加えて、タチの悪いことに結果で挽回しているから、咎めにくいときた。私の心労をいたわってくれないかい?」

「ケケケケ、善処しましょう」


風貌からして歴戦の戦士と言えそうなのに、口調が軽いため台無しになってしまっている竜王、バスカル、その態度も毎度のことなのか、それとも結果を出せば問題ないと思っているのか魔王もこれ以上言うつもりはないのか、さっと周囲を見回す。

それだけで、空気は入れ替わる。


「さて、我が愛しの家臣たちよ。心して訊け、この計画に我らが夢の全てがかかっていると言っても過言ではない。総員、全力をもって事に当たれ」

「「「「「「「『全ては御心のままに』」」」」」」」


将軍たちの答えに満足し、魔王は玉座より見える天窓に映る紫光の月を見上げ、ようやく始まるのだと実感した。

ダンジョンは今動き出す。


Another side END




田中次郎 二十八歳 独身 彼女無し 職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士


今日の一言


あんなに存在感のある社長が現実にいるとは思いませんでした。

正体は魔王でしたけど。


本日はもう一話、投稿します。

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