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490 業務日誌 所沢勝編 四

「謀ったっすね先輩」


 拳を握りしめて、テーブルに手を叩きつける海堂先輩。

 何事かと周囲から見られるけど、テーブルの存在を見てああ、と納得して視線は離れていく。


「うぷ」


 無言で口を押える香恋さん。

 もう見たくないと視線を逸らしてもテーブル一杯に広がる光景は視界の端に映ってしまう。


「甘い、口の中がひたすら甘いでござる。これほどとは想定外でござる」


 南も同様で口を押えては、コーヒーを飲み、さっきから目の前の商品に手を伸ばすような様子は見られない。

 普段から杖を振り回している手は今ではスプーンを握る勇気もない。


「……」


 こうやって僕たちのパーティーは全滅の危機を迎えていた。


 いつもなら勇敢にモンスターたちに挑む人たちだけど、別次元のモンスター相手に苦戦を強いられ、刻一刻と追い詰められている。


 ただひたすら無心でスプーンを動かすアメリアさんを除いて。


 その表情は最初から変化なく、ドンという音すら生温いほど重低音を響かせておかれた目の前の物体に対しても表情を変えず、また来たかと寂し気に笑みを浮かべるだけ。


 そこから淡々と一定ペースを保って彼女のいるエリアだけが確実に減り続けている。


 僕はと言うと、アメリアさんと比べるとだいぶ遅いけど、少しずつ食べようとしている。

 生クリームをふんだんに使ったバランスのいい甘みが、気づけばクドく、胃もたれを起こしそうになっているのはいつからか。


 手を止めては、再び手を伸ばす。


 まだ半分にも達していないというのに、僕たちは全滅しそうになっている。


「ヤバいっすよ、もうそろそろ戻らないと仕事に遅れるっす」

「うっぷ、だけどこれをこんなに残して帰るのはどうなのよ?」

「だけど現実的に考えてパンケーキを食べた後の拙者たちの胃袋にこれを収納する余裕はないでござる。ぬかったでござる。まさかここまで非常識な代物とは思わなかったでござる」


 せめて時間があればまだ何とか出来るだろうけど、それもない。

 時計を見たら予定していた時間が迫ってきているのがわかる。


 移動する時間を考えれば、残り時間は三十分ほど。


 食べれなくなった三人は顔を寄せ合ってこの後どうするかを相談しているけど、そんなことをしている暇があったら少しでも多く食べてほしい。


 食べ始めて一時間ほど経過しているけど、それでもなお姿かたちが食べた場所以外は健在なこのマジカル・デラックス・ワンダーランド・パフェ。


 器も特別製で、二重構造になっている。

 下の隙間にドライアイスが入っているから、上部に盛り付けられているパフェも溶ける心配もない。


 さらにはふんだんに新鮮な果物を使い、さらに色合いを出すためにクッキーや十数種に及ぶアイスを使って建物や道路そして雪だるまと言ったキャラを生み出して世界を作り出している。


 ワンダーランドと名を冠するだけあって、この器には確かに世界が作られていた。


 それをごく短時間で作り上げるここのスタッフの技量は正しく匠。


 ちらっと厨房の方を見れば、余裕の表情を浮かべている店長の姿が見えた。

 食べられるわけがないと言わんばかりの余裕の顔。


「っく」


 事実この世界を食べようとしている僕たちは敗北寸前。


 食べ物を残すのは僕の流儀に反する。

 だけど、気持ちに反して僕の手が進むことはない。


 どうすると焦る一方でどんどん時間が過ぎていく。


「ギブっす、もう食べれないっす」

「私も」

「拙者も無理でござる」


 そしてどんどん戦力が削れていき、残ったのは僕とアメリアさんだけ。

 だけど、僕ももうそろそろ限界だ。


 ヒタッとスプーンが下がる。


 もう駄目なのかと思ったその時が僕たちの敗北の合図だった。


「またのお越しをお待ちしております!」


 妙ににこやかな笑みを浮かべる店長に見送られて、僕たちは店を出た。


「俺、当分は甘いものは見たくないっす」

「私も」

「拙者も、このカロリーを消費するまでは見たくないでござる」

「Yes、もう二度とこの店には来たくないヨ」

「味は覚えました、けど、作りたいとは思わない料理がこの世にあるとは……」

「「「作れる(っすか!?)(の!?)(のでござるか!?)」」」



 あれだけ食べれば何となくどんな材料を使っているかは察しが付く。

 後は器と、盛り付けのやり方を練習すれば同じものを作れると思うけど、これを作る機会はないだろうな。


 そんなことをぼーっと考えていると。


「あれ、鈴木くんダ」


 何かに気づいたように驚いた声をあげるアメリアさん。


「知り合い?」


 その声に香恋さんが返事をする。

 それを確認しようと僕と海堂さんもそっちを見ようとしたら。


「あ」

「なんで走って逃げるんっすかね?思春期っすか」

「どんな思春期でござるか。ひと昔の漫画のラブコメシーンのヒロインでござるか」

「そう、そんな感じっす」


 僕が見たころには走り去る後姿しか見えなかった。


「クラスメイトだヨ」

「ふーん、もしかしてプライベートであって恥ずかしくなったとか?」

「もしかして、男のお宝を買った帰りとか。それなら逃げるように走り去るのも納得出来るっすよ」

「海堂先輩、それセクハラで訴えますよ。もしくはアミリさんたちにあることないこと吹き込むわよ?」

「すみませんでしたぁ!!」


 だから少し寂しそうに、逃げていくクラスメイトを見送るアメリアさんを紛らわすように海堂先輩がふざけるけど、少し滑って香恋さんの絶対零度な視線が突き刺さる。


「ふふーん、甘いでござるよ海堂先輩。今どきそう言ったお宝は全部データの時代。持ち歩くなんてナンセンスでござる。きっと拙者の色気に戸惑って逃げたんでござるよ」

「いろ、け?」

「おっし、何それ美味しいのてきな発言は宣戦布告と受け取ったでござるよ。帰ったらカロリー消費も兼ねてその喧嘩買うでござるよ。拙者のデバフコンボが海堂先輩のライフがゼロになってもマイナス天元突破するまで殴るのをやめないでござる。後衛を敵に回した時のハメ技の恐ろしさをフルコースで味合わせるでござる」


 海堂先輩、さすがにその発言はダメだと思います。

 南だって最近頑張ってオシャレとかに気を使っているんですから。


 前まで、ドラックストアでセールしているようなシャンプーだけで髪を洗っていたのに、最近じゃ僕の知らないメーカーのシャンプーとかリンスとか使い始めて自分磨きしているんですよ。


 まぁ、相性の問題があって、いくつか使ってそのまま放置されているボトルもいくつかあるんですけど。


「いや、勝は勝で何でそんな生暖かい視線を拙者に向けるんでござるか?」

「南も成長したなって」

「父親目線でござるか!?いや、勝の場合母親目線!?」

「南」

「なんでござるか北宮」

「私とあなたにそこまで差があるわけじゃなさそうね」

「くー!!これが幼馴染補正のデメリットでござるか!?こんな形で知りたくはなかったでござる!!」

「南ちゃんも大変っすね」

「この場合、どっちが悪いんだロ?」


 優しい気持ちになって南を見つめていたけど、なぜか海堂先輩とアメリアさんに非難の目を向けられることになった。

 なんでだろう?


「……今この時だけは北宮がいてくれて助かったと思うでござるよ」

「いい状況とは言えないわよねそれ」


 僕の態度に気づいた南たちも同じような視線を送ってくる。

 僕、何かしでかしただろうか?


 わけのわからぬまま会社に戻り、パーティールームまで時折すれ違う今では見慣れた異種族の社員たちと挨拶を交わしながら、すこし甘い口の中に辟易しつつ着替えて仕事の準備に取り掛かる。


「今日の予定は機王のダンジョンっすよね?」

「そうね、次郎さんが抜けている状況での第七十七層の挑戦ね」

「あそこは小型種が多くて結構面倒くさいでござるよ」

「でもあそこの改善案って南ちゃんが出した案だよネ?」

「ああ、確か何かの映画を参考にしたんっすよね」

「ハムナ〇トラでござるね。小型の蟲型ゴーレムがわらわらと出てきたらウザくなるかなぁっと思って改善案を出したでござる」

「それが見事に先輩みたいに範囲殲滅できない前衛に刺さっているから始末に負えないっすよ。この場合小型で高性能で安価なゴーレムを作り出したアミリちゃんがすごいのか、その案を出した南ちゃんを責めればいいのかわからないっすけど」

「後悔はしていないし反省もしていないでござる!!なぜならこれが仕事だから!!」

「何堂々と言い切ってるのよ、私たちこれからその場所に挑むのよ?」


 最早、仕事着と言っても過言ではないそのそれぞれの格好に着替え、そして。


「あ、勝君その籠手新しい装備っすか?」

「はい、前に使っていた籠手が前のダンジョンアタックで壊れたので新調しました」

「勝君は打撃主体っすからね。籠手の消耗は激しいっすよねぇ」


 さらっと新しい武器に関して指摘するのも日常となっている。


「はい、今回はミスリルを主体としてオリハルコンを少し混ぜた合金製の籠手です。前よりも魔力伝導が良くて、なおかつ頑丈になった代物ですよ」

「おー高かったっすよね?」

「それなりにしましたけど、そのために貯金してましたから」

「まぁ、俺たち結構な高給取りになったっすからねぇ。今なら俺外車の高級車もキャッシュで一括払い出来るっす。使い道がないからしないっすけど」


 互いの懐事情はパーティーで得た給与の分配方式によってある程度は把握できている。

 よって新しい武器を買ったからと言ってお金の心配もしないというもの。


 ましてや浪費癖がひどいと思われている南ですらある程度の貯金感覚は養われている。


 いきなりの大金に対してもいきなり豪遊や散財なんてことはしない。

 場合によっては勝よりもお金を貯めることができるのだ。


 それは海堂さんや香恋さん、そして母親にお金を管理されているアメリアさんも同じで、ここにいる面々は金銭感覚は普通とは離れているかもしれないけど、そこまでひどいことにはなっていない。


 この籠手も、値段は高級車が簡単に買えるような値段だけど、それでも知り合い価格で値引きしてもらって、それくらいに抑えてもらっている。


「正直に言ってこんなにお金をもらっても、使い道が大学に行くくらいしかないんですが……」

「わかるっす。住む場所もあるし、使うにしてもそこまで浪費する趣味もなくて、お金がかかるのは仕事道具だけだけど、しっかりと整備していればそこまで消耗もしない。南ちゃんたちも多分そうじゃないっすか?」

「んー拙者は一度、思う存分ソシャゲに課金してなんか負けた気がしてそれからはゲームの方に課金しなくなったでござるから、あまり使わないでござるなぁ。強いて言えば服にお金がかかってるでござるが。北宮はどうでござる?」

「私もそうね、大学費用を両親に返すために貯金はしているくらいかしら、服もそこまで買うこともないし、ブランド物より自分の好きな服を探す方が好きだしね。アミーはお小遣い制だから私たち以上に使わないんじゃない?」

「Yes!大きなお買い物のときはマミーと一緒に買い物してるヨ!だけど、最近買ったのもマミーの買い物用の軽自動車くらいかナ?」

「僕はこの籠手くらいですね。他は食材や消耗品が多いです」



 聞けば海堂さんたちも似たようなもので、多少の散財はしていても、そこまでお金使いが荒くなっているわけではない。


「噂話程度では、テスターの中にはお金がカツカツな人もいると聞きますが」

「へぇーそう言う人もいるんっすね」

「駆け出しのころの私たちがそうじゃなかった?ポーションに、武器の消耗具合なにか出費がかさんでいたじゃない」

「確かにそうっすね。一課の方は先輩が消耗品を格安で手に入れられるようにしてくれているからそこまで心配ないっすけど、他の課だとそこら辺はまだまだ杜撰らしいっすよ」


 身に染みた節約思考がまだまだ役に立っているようで何よりだと安心する日だった。




 今日の一言

 まだまだやれることは多くある時は、基本を大事に













毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] そのパフェ、もう10人単位の規模でパーティーとかで皆して摘まむレベルの奴なのでは…(´・ω・`)
[良い点] メンバーの成長っぷりが、気持ち良い。 [気になる点] なぜ、そんなパフェ作ったのか!
[一言] この回でようやく「マジカル・デラックス・ワンダーランド・パフェ。」の全容が明らかになった❗ それにしても、勝たちの金銭感覚って半端ない感じがする。
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