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487 業務日誌 所沢勝編 一

 

 ふぅっと、安堵のため息を吐きながらアメリアさんたちがタクシーに乗って立ち去るのを見送る。


 そしてすぐに、僕は雨宿りしていた建物から外に出る。

 別に濡れたいわけでも、何か急ぎの用事があるわけではないけど。


「やっぱり、着いてきている」


ただ、アメリアさんの後ろにいたやつを警戒してのことだ。

 それを見つけたのは偶然だった。

 最初は気の所為かなって思ったけど、アメリアさんたちが買い物をしている姿を見つけて、友達と遊んでいる最中だったし、声をかけるのも野暮だと思ってその場から離れようとした時に見つけてしまった。


 アメリアさんたちの後ろからついていく一人の男。

 年頃は僕と同じくらい。


 それくらいならクラスメイトだから声をかけようとしているのかなって思ってたけど、その男の目を見てゾッと背筋に寒い物が走った。


 ジッと見つめている目は決して恋慕を抱いているような淡い気持ちを表すような目ではなく、まるで暗殺者かのように冷静に観察している男の目。


 見れば見るほど、平凡な日本にいるには似つかわしくないような雰囲気に、思わずその場で立ち止まることをせず、人込みに紛れ込みながらその男を観察してしまった。


 この後用事がなくてよかったと思いつつ、そっとアメリアさんたちをストーキングする男をストーキングすることになった。


 男では入りずらい店では近くの店に入って入り口を見張ったり、そうではない店では服装を変えたりして追尾を気づかれないように念には念を入れて気を付けて行動している。


 注意深く見なければ気づかない。

 むしろ何で気づけたんだと思うくらいに偶然見つけた。


 怪しすぎて、結局途中でアメリアさんたちを帰らせるように仕向けた結果、タクシーに乗ったアメリアさんたちは追いかけることはできない。


 だから彼女たちと接触した僕にターゲットを変えたみたい。


 目的は何だろう。


 後ろを見ることはせず、近くのコンビニに入って、傘を買いつつ自動ドアの方を気づかれないように見るけど、着いてきていた男が入ってくる様子はない。


 遠くでこのコンビニを見張っているのか。

 あるいは、別の目的があって離れたか。


「エヴィアさんは気づいていたのか?」


 ボソっとつぶやきながら買った傘を持ちながらコンビニを出る。

 周囲に人はいない。


「……」


 アメリアさんたちが立ち寄った喫茶店にはエヴィアさんも立ち寄っていた。

 随分と長い時間喫茶店内で過ごしていたようだけど、それでも男は諦めず、離れた場所から店内を観察しているのはわかる。


 そんな男の視線にエヴィアさんが気づかないという可能性は低いと思うけど、それだと何もしなかったのは些かおかしな話だ。


 言っては何だけど、あの人なら降りかかる火の粉は全力で排除しようとするはず。


 どちらにしても、あの目をしていた人を見て何もしなかったことが不自然に思える。


 だからと言って。


「何もできないか」


 何かができるわけではない。

 ここは会社の中でもないし、外に出れば僕はただの高校生。

 特別な力も、この世界では使えない。


 僕はただの鍛えているだけの高校生でしかない。


 ゆっくりと傘をさして周囲を警戒しながら帰路につく。


 背後に気を配り、念のため帰る道を変えながら時々道に備え付けられているミラーで背後を確認しながら道を進んで家につく。


「ただいま」


 玄関のかぎを開けて、返ってくるはずのない帰宅の挨拶をつぶやく。


「……」


 誰もいない暗い空間。

 人の気配は感じず、変化している雰囲気もない。


 父親という名の血の繋がらない保護者は、ここには住まず別の住所に再婚相手の家族と一緒に住んでいるのだから当然かと、今更なことを思い出すとスッと胸が苦しくなる。


 ふと、ここが会社のパーティールームだったらと思う。

 誰かしらいる気配を感じ、和気藹々として温かみのある空間。


 東京のマンション、それもそれなりの広さを持つ部屋であるけど、こことは違ってもっと温かみのある空間。


 そこが今は凄く恋しくなった。


「変な人を見つけたから、変なことを考えちゃうのかな」


 頭を振って、その思考を追い出して、食材を冷蔵庫に入れながら料理の下ごしらえをする。

 明日のお弁当に、南の部屋に持っていく料理。

 それぞれを手際よく用意して、順次形にしていく。


 色合い、栄養、そのすべてを考えながら順々にタッパーに詰めて冷蔵庫に入れていく。


 その作業は思ったよりも早く終わり、時間を見れば、もう夕食の時間を過ぎている。


「もうこんな時間か、急がないと」


 集中して料理を作っているとやっぱり時間が過ぎるのは早い。

 形になった弁当を冷蔵庫に入れて、もう一つ大きめのタッパーを片手に玄関を出る。


 向かう先は通い慣れたとあるアパートの一室。


 チャイムを鳴らすことなく、合い鍵をつかって部屋に入り込むと。


「またゴミを貯めて」


 女性が一人で暮らしている部屋とは思えないほど散らかった空間が目の前に広がって眉を顰め、この部屋の住人はどこだと探すことなく、慣れた手つきで軽く廊下の掃除をしながら進んでいるとこのアパートの一室でテレビ画面を〝六つ〟そして手元にキーボードとマウスを複数用意して、この部屋の主は一人で各キャラを操作していた。


 重戦士、軽戦士、魔法使い、僧侶、盗賊、付与術師。


 前から南が、やっていたオンラインゲームだ。


 ただその操作方法が普通の人から見れば異常だ。


 左右の手でマウスとキーボードを各二つずつ操作し。

 左右の足でマウスとキーボードを一つずつ操作して、ゲームをしているのだ。


 忙しなく動く四肢とは裏腹に、ニヘラとゆるく笑う南の笑顔がこっちを向く。


「あ、勝、遅いでござるよ。おかげで、ダンジョンの攻略二週目に突入してしまったでござる」

「ごめん、ちょっと予定外のことがあって」

「ん~?予定外のこと?」


 僕がやってきたことに気づいた南は、それでも手を止めることはせず、そっと顔だけをこちらに向けていながらもキャラクターたちは画面の向こうのドラゴンをボコボコにしている。


 これは南曰く訓練とのこと。

 一番今働いている会社の世界と世界観が似ているゲームで常にどういう立ち回りをすればいいか考えるための訓練だと。


 実際にイメージして指揮をとるのにゲームというのは南曰く都合がいい。

 何度もくじけることができるし、何度も挑戦することができる。


 こうやって楽しみながらイメージトレーニングすることでモチベーションを維持することもできる。

 僕だけが知っている、南の秘密の特訓という奴だ。


 ゴソゴソと汚くなっているテーブルの上を片付けながら、持ってきた包みを広げながら今日の昼間にあったことを南に伝える。


 アメリアさんたちを付け回していた、怪しい雰囲気を持っていた同年代くらいの男。


「アミーちゃんにストーカーでござるか」

「うん」

「それでその道中にエヴィアさんもいたと」

「うん」


 食器を用意している俺と、余所見をしながらも忙しなく動かし続ける四肢と表情が噛み合っていない南。


 狭いアパートでこんなことが広がっているのもおかしな話。

 だけど声の質から、南が真剣に考えてくれているのはわかる。


「危ないと思ってアミーちゃんたちを帰したのは正解だと思うでござるよ。拙者はその怪しい男というのを見てはいないから何とも言えないでござるが、戦うことはあくまで最終手段で、基本は逃げることを選ぶそれが現代の正解でござる」


 まずは情報収集が重要だと付け加える南は、画面の向こうのドラゴンが倒れ伏すのを見てグーっと背筋を伸ばす。

 さらに、次の画面でニューレコードと表示されているがそれを気にせず。


「あー、リーダーみたいな馬鹿みたいな火力ならもっと早く決着がつくんでござるが、チートコードを使ったら面白くないんでござるよ」


 そんなことを言いながら、ゲームの席から立ち僕が用意していた食事の席に座る。


 そして。


「さてさて、勝のことだから、その男の写真を撮っていると思うでござるが、見せるでござるよ」


 目の前に用意している食事に目もくれず、何だかんだで、そっと差し出される手に安心感を抱きながら、僕が撮れる限り一番マシな写真を表示してスマホを南に渡す。


 ジーっとそれを見つめること数秒。

 そしてそっと南の指が僕のスマホを操作し始める。


 きっと他の写真も見ているのだろう。


「大丈夫そう?」

「……ダメでござるな。拙者が見る限りでござるが」


 そして結果を聞けば、南は僕の不安が杞憂ではないと断定した。

 長年の付き合いから目の前女性が、人間観察に優れているのはよく理解している。


 その南がダメだと言うのなら、僕の感じたまずい雰囲気も間違っていないということになる。


 スッと戻されたスマホの写真は、その男の顔が拡大されていた。


「年は勝と同じくらいでござるから、たぶん高校生、アミーちゃんたちをつけていたって言うことは同級生か遠くても同学年の同じ高校の生徒だと思う。それ以外の情報は流石に拙者でもわからないでござるが、多分、アミーちゃんたちが召喚されたときに一緒に召喚された生徒の誰かだと思うでござるよ」


 ツラツラと感じていた言葉を続けて話す南は、用意していた箸を手に取り、ついさっき作ってきた卵焼きに箸を入れる。


「んー、このほど良い甘さがいいんでござるよ」


 ダメだと評価しておきながら、危機感を感じさせない南の態度。


「大丈夫なのか?」

「大丈夫かどうかで言うのなら、わからないでござるよ。所詮、拙者たちは外では無力な一般人。警察に通報しても実害がなければ何もしない。アミーちゃんたちに警告してもいいかもしれないけど今のところ怪しくてただ後ろにいただけ。本人が偶然だと言い張ればそれで終わってしまう案件でござるな」

「でも、何もしないって言うのはまずくないか?」

「まぁ、嫌な雰囲気を感じる相手でござるから警戒はしておくことに越したことはないでござるな」


 むしゃむしゃと美味しそうに食べてくれるのは作った身としては冥利に尽きる。

 炊き込みご飯のおにぎりを頬張り、しゃべれなくなった南の言葉を待ちつつ、自分のできることを考える。


「だけどそれ以上は拙者たちにできることはほとんどないでござるよ。力に訴えたら悪者になってしまうのが日本。じっと待つことしかできないでござるよ。エヴィアさんがいたってことは確認がてらこの男のことも調べるでござる。たぶん、勝のことにも気づいていたと思うでござるからあとで連絡が来るはず」


 けれど南は、それをすぐに察して、無理はするなといいつつ、唐揚げに箸を伸ばす。


「拙者としては一番問題なのは、アミーちゃんたちのうち誰を狙ってつけていたのかという点でござるな。そこがわかればある程度の相手の目的がわかるでござる。そして会社の方針も決まるでござるよ。アミーちゃん狙いなら会社は絶対に動くでござる。他の子だった場合はわからないでござるが」

「それって」


 南は食べながら会社はアメリアさん以外は守らないと断言する。

 理屈と規則の二つの方面からその理由は理解できる。


 だけど、納得ができるかと聞かれれば素直に頷くことはできない。


「……見捨てるってことはないでござるよ。あのエヴィアさんが動いているんでござるよ。きっといい形で納めてくれるでござる」

「ああ、そうだな」


 ピタッと止まった南の箸。

 嫌な雰囲気、嫌な予感。


 不安な要素はいくつかあるけど。


「勝、もう一個唐揚げ食べていいでござる?」


 今はこの食いしん坊の幼馴染に向けて。


「明日食べる分がなくなるぞ」


 最近多めに食べ始めていることを忠告することした。



 今日の一言

 異変には敏感に






毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] エヴィアさんとの遭遇も勝君とのバッタリも偶然じゃなかったってことですか⁈ もしかして例の宗教団体を通してイスアルが絡んでる?
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