486 業務日誌 アメリア・宮川編 五
すこし厄介なことになったかもと。
目の前の光景を見て私はついそう思ってしまった。
マサルクンと私のクラスメイトの出会いは偶然でしかなかった。
たまたま街で出くわして、そのまま会話して離れる。
普段だったらこんなふうな流れになるはずなのに、神のいたずらか、偶然雨が降って同じ場所で雨宿りをした。
うん、それは良いんだ。
マサルクンに雨の中を走って帰れなんて言えないし、そう言うつもりもない。
これは偶然、神様はいるってジロウさんが言っていたから、その神様がめぐり合わせたただの偶然なのだ。
そのはず、そのはずなんだけど、そうだったはずだったんだけどね。
今この時だけは言いたい。
マサルクン自重してヨ!!
マサルクンからしたら普段通りの行動かもしれないけど、タイミング的に考えて、行動を少し考えた方がいいよ!!
さっきから何か困ったことがあったことに気づいたらさりげない対応で、グングンとクラスメイト達の好感度を稼いでいくマサルクン。
最初のタオルに始まり、荷物を持つのが辛そうになったら置けるように配慮したり、雨がかからないように屋内で休憩できる場所を探したり、寒そうにしてたら温めるために暖かい飲み物を用意したり、とにかく気が利く。
それはミナミちゃんのお世話の所為で身についたスキルだから仕方ないけど、これが意図してやっているのならまだいい。いや良くはない。
マサルクンはあくまで無意識且つ当然のようにするのだからたちが悪い。
良く言えば紳士。
悪く言えば天然のタラシ。
そっと優しく、さりげなく、且つ押しつけがましくなく。
ピンポイントに優しさだけを置いていくマサルクン。
カレンちゃんもこの優しさにやられたと聞いていたし、実際にパーティールームではお母さんと呼びたくなるくらいに家事全般が得意で気が利く彼。
世話好きというより、こうやって誰かのために何かをすることがごく当たり前になってしまったと、少し悲しそうにジロウさんは話してた。
その事情を知らない上に異性に免疫のない私のクラスメイトたちは、さりげない優しさに舞い上がっている。
これはかなりマズイのでは?
私のクラスメイトがチョロかった……
私は彼の行動には慣れているから、そこまで舞い上がらないし、ミナミちゃんやカレンちゃんのことを知っているから彼のことを異性として見ることはない。
だけどそれを知らない彼女たちがこのまま合コンに参加したら、どうなるか……
タラリと嫌な汗が流れるのがわかる。
今伊沢さんたちの中の価値観で間違いなく、マサルクンが基準になり始めている。
その基準を普通と捉えたまま、このまま行くとろくなことにならないと予想できる。
「み、みんな!!タクシーが来たヨ!!」
そうなったら、伊沢さんたちの男性像に大きなトラウマを植え込むことになるのでは?
考えれば考えるほど、今のマサルクンは彼女たちにとって劇薬にしかならない。
一刻も早く彼女たちからマサルクンを引き離さなければと思い、帰り用のタクシーが来たことをアピールする。
ブンブンと大きく手を振ってみるけど。
「え?もう来ちゃったの?」
伊沢さんのリアクションからわかる通り、他の人たちの反応も良くない。
「どうせならタクシーでどこか、ファミレスに移動しない?色々とお世話になったからお礼がしたいんだけど」
終いには真面目な委員長も、マサルクンと一緒にいたがるような雰囲気を醸し出し始めた。
どうしよう。
ミナミちゃんの危惧していた状況になり始めている。
タラリと、このことがバレてあとでミナミちゃんに何を言われるかわからない恐怖で冷や汗が流れ始める。
「いえ、気にしないでください。この後家でやることがあるので」
そんな私の危惧を悟ってか、マサルクンから誘いを断るような言葉を聞いた途端に、ナイス!!と思わず心の中でガッツポーズを取ってしまった。
マサルクンからしたら本当に用事があったからなのかもしれないけど、空気の流れ的にその行動は正直ありがたい。
このまま行くと本気で合コンよりも先にマサルクン争奪戦が始まりそうでヒヤヒヤしていた時間から解放されそう。
ごめんさっきは自重してって思って、今はもっと言って欲しい。
「タクシーも待ってるみたいですし、いった方がよろしいのでは?」
マサルクンにこうも言われてしまったら、私たちはそのままタクシーに乗り込むしかない。
名残惜しそうにタクシーに乗り込み、マサルクンに見送られ見えなくなるまで手を振っている伊沢さん。
その雰囲気を助手席に座った私は感じ。
どうしよう。
頭を悩ませるの。
見た感じ伊沢さん含めて全員のマサルクンへの好感度はかなり高くなってしまったような感じがする。
「ねぇねぇ!アメリアさん、彼の名前ってマサルくんって言うんだっけ?」
その感想は間違っていなく、マサルクンが見えなくなって、助手席の座る私に伊沢さんがマサルクンのことを聞いてくる。
「うん、ソウダヨ?」
当たり障りのない言葉で回避するしかない。
もし、万が一好意を持たれてしまったらミナミちゃんたちに私はどう言えばいいのか。
ここからが正念場。
「先ほど親し気にしていましたが、やはりバイト先のお知り合いなので?」
「うん、そうだよ」
マサルクンのことを聞きたいと興味津々で、私に話かけてくるみんな。
後は、私がどうにか興味を逸らして別の話題に持っていけるかどうか。
ここからが私の正念場だよ!!
そう意気込んでみたはいいけど……
『結局はできなかったわけね?』
「うう、その通りダヨ。ごめんね、カレンちゃん私、無力だったヨ」
結局伊沢さんたちの追撃をかわしきれることはできなく、話せることを全部話してしまった。
それを電話口で、カレンちゃんに報告している最中だ。
『会ったことは偶然で済むからいいとして、問題はアミーの友達の価値観が変わってしまったことかしらね。高校生の頃って恋に恋するって感じの雰囲気が強いから、彼が当たり前だって思わなければいいけど……』
合コンの日は来週。
ここで印象を変えるようなことを言うのはできない。
「うーん、私もそこを気にしていたけど、そこまで警戒する必要はあるノ?」
だけど、淡い希望でマサルクンのことをそこまで気にしなくていいのではと思わなくはない。
一時の出会いこそあったけど、逆に言えばその出会いしかなかった。
その瞬間だけの印象なんて、あっという間に流されて次の印象に変わるのではないか。
『甘いわよ。理想と現実が噛み合っていないあなたたちの世代なんて男が女に理想を抱くように、女もまた理想を抱いているのよ。現実にいるかいないかわからない王子様に憧れるって言うことはないでしょうけど、優しくて気遣いのできる男って現実が目の前にいたら、その男を基準にして次の男と比べる。大人になって現実を知るための誰もが通る道よ』
だけどそんな私の希望をあっさりと打ち砕くように、カレンちゃんは大きなため息とともに、覚悟しなさいと言い放つ。
そのことに本当に嫌な予感しかしない。
「か、覚悟って?」
『次の合コン、荒れるわよ』
かもと言った可能性を残した言い方じゃなくて、カレンちゃんは間違いなく荒れると断定した。
「いくら何でも、そんなことは」
『同じ女としてわかるでしょ?妥協って、難しいのよ』
「……」
そんなことはないと言い切れない自分が悲しい。
確かに、価値観の問題かもしれないけど、良い物を見た後に、劣るものを見たら比べてしまう。
ましてや恋という淡いものは青春を謳歌している私たちにとっては特別な代物。
カッコいい彼氏、優しい彼氏、理想は高くなり、そしてその理想を叶えようと方法を探す。
その過程の中で、これでいいやと妥協する言葉はまず思い浮かぶはずがない。
妥協と言う、経験値を女子高生がもっているわけもなく。
ぐうの音も出ないとは正しくこのことか。
なにより、ひどい失恋の仕方をしているカレンちゃんからの言葉が非常に重くのしかかり、違うという言葉が出てこない。
『はぁ、これも青春ってことかしらね』
私が黙り込んでしまったことによって、カレンちゃんの声に若干の呆れが混じり始めた。
『私の友達も似たような経験があるから、アミーの友達のことをとやかく言う気はないわよ。気持ちもわかるし、私も幼馴染の恋人に浮気されて男性不信になりかけたからね。理想が残酷だって言うのもわかるわよ』
けれどそれは私に呆れているのではないのがすぐにわかった。
経験があるからこそ、呆れ。
仕方ないと割り切った言葉は、私の背を力強く押してくれる。
『一つ聞くけど、これも経験ってことにして割り切れって言うのは難しいかしら?』
「多分だけど無理だと思うヨ」
『でしょうね、だったらやることは一つね』
カレンちゃんのやるべきことをしっかりと聞く。
『あなたが誰よりも合コンを楽しんで、盛り上げなさい。そうすれば自然と彼女たちの価値基準もぶれて勝君の印象も薄れると思うから』
「そんなもの?」
『そんなものよ。比べる価値はあるかもしれないけど逆を言えば、その価値が正確に判断できないくらいにあなたが楽しんでしまえば、相手側も勝君に負けず劣らずって言う風に思うわよ。あとは自然と楽しめておしまい』
それはある意味で理想形の結末。
そう出来ればいいと思えることだけど、それが現実的にできるかどうか不安になる。
「私に、できるカナ?」
『出来るわよ。当日は私も行くし、サポートもしてあげる。自信を持ちなさい』
「うん、わかった。私、ガンバル!!」
そして断言するカレンちゃんの言葉に勇気づけられ私もやる気に満ちる。
電話越しで見えないかもしれないけど、小さくガッツポーズを取ってみる。
『それで良し、あと、当日はまず私の家に来なさい』
「カレンちゃんの家に?」
『ええ、合コンのために私がコーディネイトしてあげるわ』
けれど、その後すぐに言われたことについ首をかしげて聞き返す。
「え?ちゃんと新しい服は買ったヨ?」
『それだけじゃ足りないの、良いアミー覚えておきなさい。合コンは女にとっての戦場よ。いかにして相手にいい女だと思わせるかどうかが勝負の決め手。余所見をしているアミーの友達に戦力差って言うのを見せつけて目を覚まさせなさい』
電話口でもわかるカレンちゃんの熱意。
『だから、私の家に七時には来なさい』
「七時!?早いヨ!?」
『遅いくらいよ。成人式とかの着付けだと夜明け前からやっているお店があるくらいなんだからね。あなたの素材を活かすならそれくらいの時間は必要よ!!』
「私何やらされるノ!?」
私よりもやる気を出しているんじゃないかと暴走気味のパーティーメンバーに不安がよぎる。
『安心しなさい。私がとびっきり可愛くしてあげる』
「え、えーと」
その不安はダンジョン内でマズイトラップを見つけた時と同じ感覚で、これを頷いてしまったらなにか取り返しのつかないことになりそうな予感がして、断ろうと思ったけど。
『〝わかったわね?〟』
「OK!ワカッタヨ!!」
迫力のある声を発するカレンちゃんに逆らえるはずもなく、私は元気よく返事をしてしまった。
悪魔と契約するのってこんな感じかなと思ってしまったけど、冷静に考えれば今日は悪魔のエヴィアさんと会ったなと思いなおし、悪魔の契約はこんなに優しくはないかと思いなおす。
『そうとわかったら、今日から早寝早起きと栄養バランスの取れた食事を心がけなさい』
「今から!?」
『当然ね。肌や髪の調子によって印象って言うのはがらりと変わるのよ。美は一日してならず。付け焼刃だけど、一週間でも体調を整えるだけで下地の差が出るのよ』
だってこんなに熱意の籠った悪魔なんてきっといない。
頷いてしまったことに早速後悔しながら。
「うん、ガンバル」
合コンってこんなに大変なんだなとこの時思った。
けれどきっとこの話をジロウさんが聞いたら。
『それ、普通じゃないぞ』
と答えてくれたかもしれない。
大賢者の知識があったとしても、合コンのやり方までは教えてくれなかったのであった。
今日の一言
経験の差は歴然だけど、準備は整えたい。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




