485 業務日誌 アメリア・宮川編 四
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「支払いはしておく、私は用事があるのでな後はゆっくりとすごしてくれ」
そう言って伝票を片手にエヴィアさんは席を立って、会計に向かった。
その姿はカッコいいって思えるけど、その後ろ姿を見送る私たちはそれどころではない。
残ったのは六人掛けのテーブルの大部分を占領している空になった大きな器と、元気だけは有り余っているはずの女子高生たちの屍のみだった。
いや、死んでいないけど、それに例えられるくらいの状況ではある。
実際遠くでウエイトレスさんが本当に完食して見せたの!?と戦慄しているけど、今の私たちにはそのリアクションに反応する余裕はない。
一番多く食べたはずのエヴィアさんは元気に店を出て言ったけど、エヴィアさんの半分も食べていない私たちにさっきまで元気に歩き回っていた気力はない。
「暖かい、ほうじ茶がおいしいネ」
「わかる、私、パンプキンジュースなんて頼んじゃったから、今はこの渋みで生き返るって感じ」
エヴィアさんが帰って、食後にこの店の店長さんが。
『いい物を見せてもらいました、これはサービスです』
と言って用意してくれた、湯呑に注がれた一杯が私たちの心を癒してくる。
「なんて言うか、凄かったね」
ホッと一息つける空間に、差し込まれる伊沢さんの一言に隣に座っていた笹川さんも同意するように頷く。
「うん」
嵐は過ぎ去った、そっとほうじ茶を一口飲んで悟ったような表情で言う笹川さん。
戦いの成果である、巨大な器を前にして、たまに通るお客さんがギョッとした目でこっちを見ているけどそれすら気にすることはないほど笹川さんは遠い目をしている。
たまに、あれを注文する客がいるのかと常連っぽい人がこっちを見ていた気がするけどそれすら気にならない。
店員さんも私たちの食べた戦果の器を下げるのは余韻に浸ってからだというのをわかっているのかそのままにしてくれている。
それにしても伊沢さんのいうすごかったというのはどっちのほうだろうか。
偶然入った喫茶店で出会ったエヴィアさんのことだろうか、それとも甘い物には目がない女子高生五人と悪魔一人で完食して見せたあのマジカル・デラックス・ワンダーランド・パフェのことだろうか。
「うっぷ、私、当分甘いものはいいかも」
「僕も、少し気持ち悪い」
どちらの理由にしても、私たちは乙女として少なくないダメージを受けてしまったのは間違いない。
エヴィアさんによってもたらされたのは、純粋な胃へのダメージだけではなく。
「私、明日からダイエットする」
「あははは、瞳、何をイッテイルノカ、ワタシニハワカラナイヨ」
「彩菜!?戻ってきて!?」
うら若き乙女たちに、カロリーという爆弾を落としていった。
冴木さんと芳賀さんは、甘いものを食べすぎて胸やけを起こし、食べきったことに対しての達成感を感じつつ、食べてしまったという胃の中に納まったカロリーをどうやって消化しようか悩む伊沢さんと、現実逃避をする笹川さん。
ここの席だけ、おかしなテンションになっているのは間違いない。
ダンスを普段からしている私はこの食事量でもカロリーはそこまで気にしない量だ。
多少節制しないといけないかもしれないけど、もともとかなり運動量は多い。
放っておいてもいつも通りの運動量に、ダンジョンで戦うための訓練。
この二つをしていれば体型は維持できる。
だから私は想像以上に量の多い甘いものを食べても比較的平気だし、ダイエットというワードにも縁はない。
ただ流石に甘いものを食べすぎた所為でしばらくは甘いものは良いかなって思う。
だけど、太る心配がないとこの場で言うのは友達を敵に回す行為だというのは理解している。
空気をぶち壊して、なおかつ友達を敵に回すような行為はとてもできない。
そっとその事実を胸にしまい、遠い目をして現実逃避している笹川さんを元に戻そうと必死にガクガクと肩をゆする伊沢さんを私は見ないようにして。
「この後どうしようカ?」
一応この後の予定を確認しておく。
休憩のつもりで入った喫茶店でまさかここまでダメージを負うとは思わなかった。
順当に行けば、多分このまま解散かなと思っていたけど。
「歩きましょう」
乙女の根性は、同性である私が思ったよりもたくましいようで。
「少しでも、一キロカロリーでも消費しましょう。幸い今日一日の時間はまだある」
クイっと眼鏡の位置を直した冴木さん。
さっきまで胸焼けで苦しんでいたけど、ほうじ茶のおかげで回復したのか、その表情は闘志に燃えている。
「うん、そうだね。行きたいお店にもまだいけてないし」
そこに賛同する芳賀さん。
「それで!どこの店行く?」
そっと次の店のピックアップを始める伊沢さん。
「ええと、距離を考えるならこのお店と、このお店も行きたいよね」
「あ、どうせなら新しいアクセも見たいからこっちのお店にもいってもいい?」
現実逃避していた笹川さんもカロリーの消費のためならと、私の目でも見逃してしまうほど早くスマホを操作して、色々な店を提案してくる。
何がそこまで彼女たちを駆り立てるのか。
その理由はカロリーという乙女の天敵。
その天敵を倒すためなら例え、自分の足が棒になろうとも厭わない。
うーん。
熱心に考える彼女たちと私との温度差がかなりあることに、困る。
服は見たいけど、電車を使わず一駅分歩くのは少し嫌だ。
だけど、ここでそんな提案するのは空気が読めないようで言えない。
それなら開き直って楽しんだ方がいいか。
「よぉし!!それじゃ次のお店に行こうか!!」
「OK!」
ちょっとだけ気合を入れて、明るくすれば楽しむことは十分にできる。
「お!アメリアさんもノリノリだね!!それじゃ今日の目標、あとお店十軒は行こうか!!」
そんな感じでノリノリで店の外に出たのは良いけど。
「次のお店、イキマース!!」
「ちょっと、タンマ、少し休憩しようよアメリアさん」
案の定、三件目くらいで伊沢さんが息切れを起こし、体があったまってきたくらいの私は振り返ると、他の人たちも疲れが見える。
乙女の根性も、長くは続かなかったようだ。
距離的には駅三つ分と言ったところ、荷物持ってその距離を歩けたのなら普通にすごいと思うけど、あのパフェの分を消化できたかと聞かれればまだまだ足りないって感じ。
「それじゃぁ、近くのお店に入ル?」
だけどこのまま歩きっぱなしというのはできない。
皆疲れが見えるし、このまま歩きっぱなしでやっても雰囲気が崩れるだけ。
だったらここで一つ休憩を入れる。
「そうしようそうしよう!!ほらそこにちょうどいい感じの屋台が」
私の声に笑顔で挙手する伊沢さん。
「うん、そうだね。ちょっと喉も乾いたしね」
並んで歩いてた笹川さんも賛同してくれる。
「賛成です。適度な水分補給も必要でしょう」
「そうだね、僕ものどがカラカラだよ」
そして半数が賛同すれば、あとは流れでみんなで休憩という流れになる。
意気揚々とキッチンカーでやっているコーヒーショップを目指して、飲み物を買いに行く。
皆の手にはさっきよりも増えた荷物がぶら下がっているから、それも疲れの原因なような気がする。
ダンジョン内で使っているマジックバックが使えればそんな心配もないんだけどなぁ。
社外でもあの便利な品を使いたいなと、思いつつ店の側に近寄ろうとすると。
「あ、マサルクン!!hello!」
そこでもまさかの知り合いに出くわした。
「あ、どうも」
長ネギを覗かしたエコバック片手に、会釈するのは私たちのパーティーのヒーラーであるマサルクン。
大きく手を振ると、マサルクンもこっちに気づいて会釈してくれる。
「え!?アメリアさんの知り合い!?しかも今度は同い年の男子!?」
「へぇー、アメリアさんって色々な知り合いがいるんだね」
「このままだと、行く先々で知り合いに会い続けるかもしれませんね」
「それはそれで面白そうだけど」
後ろの方の声が全部聞こえているけど、気にせずマサルクンに近づく。
「買い物デスカ?」
「うん、そっちも?」
「Yes!!友達と買い物しているところデス!!」
普段からよく話しているから特に緊張することなく、それは相手も一緒でそのまま雑談の流れになる。
生憎と背中からの視線がうるさいし、私たちもこれからの予定があるからそんなに長くはならないと思っていた。
「あ、もしかして香恋さんが言ってた合コンですか?」
「Yes!!」
「へぇ、そう言うのもするんですね」
「マサルクンも興味アル?」
「ないとは言いませんけど、南がいるんでそれどころじゃないね」
「あー、なるほど」
けれど、思いのほか立ち話が長くなった。
じぃーっとこっちを見るクラスメイト達の視線が厳しくなりつつある。
それに対してチラチラとマサルクンも気にし始めている。
「えっと、友達を待たせているみたいだし僕はそろそろ行くね?」
「OK、また会社で」
「うん」
流石にこのまま話を進めるわけにもいかないので、早々に彼は去ろうとしたけど。
「あ、雨」
ポツポツと、さっきまで天気が良かったけど、いっきに天気が悪くなってすごい勢いで雨が降り始めた。
「ヤバ!?」
「あそこ!!雨宿りできそう!!」
「うん!!」
「マサルクンも!!」
「はい!」
「こっち!!」
私たちは揃って駆け出して、そのまま近くのお店の中に入ったけど、そのわずかな時間ですでに体はぐしょぬれ。
「はぁー、最悪。天気予報大外れじゃん。今日一日ずっと晴れだって聞いてたのに」
「うん、あ、結構濡れちゃった」
「ハンカチだけじゃ足りないかもしれないわね」
「でも、これじゃしばらく帰れそうにないよね」
空を見上げれば、曇天と言って良いほど分厚い雲が空を覆い晴れとは何だと言わんばかりに大雨を降らしていた。
突然の天気の変わり模様。
そんなこと滅多にないのに、なぜこのタイミングでと伊沢さんは愚痴をこぼし、冴木さんは手持ちのハンカチではふける範囲が少ないと嘆き、入った店にもタオルとかが売っていなさそうな本屋。
「良ければどうぞ」
そんな私たちに対してマサルクンがそっと差し出してくれたのは未開封のタオル。
「たまたま特売で買っていたのでちょうどよかった」
「ありがとう」
「助かります」
「良いのかしら?」
「構いません」
そしてタオルを渡したマサルクンはそっと私たちの方から視線を逸らして、明後日の方向を見る。
さらに近くに誰かが通りそうになるとそっと自分の体をその通行人の視界を遮るような立ち位置を取っている。
あっちこっちに動き回るのではなく、そっと本当にさりげなく動く。
そのさりげない気づかいにチラチラと、冴木さんをはじめ、みんなマサルクンを見ている。
こう言っては何だけど、私たちクラスメイトの男子たちはこんな行動はとらない。
夏場とかの体育の時とかでも汗で体操着とかが透けるときに卑しい視線を見せてくることもある。
男のチラ見、女子にとってはガン見。
これは事実である。
けれど、そんなことをしないように心がけて、雨が上がるのを待っているマサルクンは。
「ちょっと寒いわね」
「雨が降るとまだ肌寒からね」
そっとつぶやくような声で話す冴木さんと芳賀さんの会話を聞くと、そっと辺りを見回して何かを探し始める。
その間、私たちはこの後の予定を話し合っているように見えて、そっとマサルクンに聞こえないようにマサルクンのことを聞きだそうとして来ていた。
「アメリアさん、アメリアさん。彼ってアメリアさんとどういう関係なの?」
「どうって……アルバイトの同僚ダヨ?」
そっと顔を寄せて、囁くように私にマサルクンのことを代表して聞いてくる伊沢さん。
チラチラっとマサルクンのことを見ていたのは気づいていたけど、まさかと心配する。
「身長はちょっと物足りないけど、それでも顔は結構イケメンだし、さっきから私たちのこと気遣ってくれてるし、良い人じゃん」
そして案の定、そう言った話に持っていかれる。
「あー、うん。そうだね、マサルクンは良い人ダヨ?」
だけど、私はミナミちゃんとカレンちゃんがマサルクンに片思いしているのを知っているからその話はできれば避けたいけど。
「良ければどうぞ」
そんな私の気持ちなど無視するかのように、善意で暖かい飲み物を買ってくるマサルクン。
それを嬉しそうに受け取るクラスメイトたちを見て。
もしかして、次の合コンの時、マサルクンの対応が普通だと思われて大変じゃないのかと、どうしようと悩むのであった。
今日の一言
大人な対応、と聞くと憧れる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




