46 押してダメなら引いてみろ、それが開き直るコツだ
少し訂正します。
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
文化祭という行事は日本人なら誰しも経験したことがある学校行事の一つだろう。
そんな時よく聞くのは実際に文化祭をやっている時も楽しいが準備の方が楽しかったということだ。
それは、和気あいあいと仲間同士で連帯感が生まれ、集団心理的に楽しくなっているという雰囲気があるだろうが俺も経験があるからそれは否定しない。
さて、なぜいきなり俺がこんなことを語り始めているかというと
「くっそ、一人でやる準備作業ほどつまらないものはないぞ」
既に灰皿の上はここまで吸ってきたタバコの吸い柄で山になっている。
ヘビースモーカーである自覚はあったがスエラやメモリアという彼女ができ、体を動かすダンジョンテスターという職についてからは前と比べて吸う本数は減っていたはずだった。
だが、昨日の苦労のあとの報酬、スエラとの部屋デートを終えたあと、わかっているなと言わんばかりの仕事の山がまた俺の前に現れた。
どこぞの黄門様の歌みたいに人生楽あれば苦もあるさとBGMを響かせて、魔王を倒す某有名RPGみたいに書類Aが現れた書類Bが現れた書類Cが現れたと列を連なって出現したときは現実から逃避したくなった。
そして、魔王を彷彿させるようにゆっくりと現れた監督官が言った。
『やりすぎだ』
ただ簡潔にその一言で昨日の沙汰を言い、だがそれ以上のおとがめもなくただ一枚の書類を渡してきた。
はじめは、その言葉から連なる書類といえば解雇通知だと思い鳥肌がたったが、その旨は逆方向の意味だった。
再研修通知書
どうやら今回の出来事で、俺以外のテスターたちの能力に疑問を浮かべる輩が増えたらしく、このままでは業務に支障が出る可能性と限界に達するまでの期間が早すぎる可能性が出てくる。
加えて第二期生のテスターの入社が近いことも相まって、現状ではまずいと思いテコ入れをすることとなったらしい。
『貴様の能力は誰もが認めるものとなったが、それで他のテスターの評価を落としてどうする。まぁ、今回は回避できない理由があったから良しとするが、このままというわけにもいかない。あいつらの能力の無さは実際に確認した。あそこまでとは思わなかった』
ため息を吐いてみせるエヴィア監督官の姿に見覚えがある。
あれは、仕方ないとは言え仕事が増えることは喜べないという感覚だな。
だからって、その再研修の責任者が俺に回ってくるのはおかしくないだろうか。
監督官なりに最低数値は予測していたのだろうが、その数値を予想以上に下回ってしまったのだろう。
まぁ、いくら鍛えているといっても、一人で十数人いたテスターを全滅させるとは思っていなかったのだろうしな。
『来週までに草案を出せ。あとは私とスエラ、貴様との三人で詰めていく』
いいなと強めの姿勢を維持し最後まで仕事のできる女性の姿を崩さない監督官の後ろ姿を見送って、結果残ったのは体を動かさず机とパソコンに向かい合う系統の仕事だったというわけだ。
まぁ、ああいった率先して仕事をこなしている上司からの指示ならNOとは言えない。
だから黙々と作業を進めてきたわけだ。
「グダグダ言っているうちに、骨組みはできたが、さてとここからどう詰めていくか」
カタカタと動かしていた指を止めて口に咥えていたタバコを掴み取る。
画面に映る内容に誤字脱字、そして様式を確認していく。
再研修のやり方で思いついたのは、今の職種以外、それこそ近接と体力を使う職種を再研修で身につけさせることだ。
あいつらに足りないのは苦手なレンジでの対処方法と根本的なステータスの改善だ。
特化型でどうにかなるのはゲームの中だけでの話で、現実には仕事をするにあたってそれだけで済むケースの方が少ない。
アイドルだって歌うだけではなくてダンスもトークも営業も体型維持もと、いろいろなことを習得しないと人気はでない。
それをわかっているのだが、
「問題なのは、これであいつらがやる気を出すかということだ」
世間的に見れば急な部署変更ないし急な職種変更だ。
本人たちはこの職一本でどうにかなると思っていたはずだ。
普通に考えればそんなのはありえない。
初期の基本職でラスボスを攻略するようなものだ。
それがわかっていないとすると間違いなく不満は出るだろうし、ヘタをすればまた退職者が出てくるだろう。
やることは決まっている。
問題なのは、どれだけ不満を持たせずやらせるかということだ。
不満が出ればやる気というのは自然と削れていくものだ。
監督官なら情けないという一言でぶった斬り、去る前に切り捨てそうな気がするが、それでは人材が育たない。
よく見られるダメな例としては、下の人間が育つ速度を把握していないということと、常に即戦力を求めるということだ。
それは、人材育成を蔑ろにし、人件費をケチってきて首がしまってきた時に慌てて補充してくる会社や、人の入れ替わりが激しい会社に見られる傾向が多い。
監督官はそのへんの匙加減はうまそうだからな。下手な切り捨て行為はしないだろうが必要ならやるだろう。
だから、上司にそんな行為をさせないために俺は頑張るしかないのだが
「どうするか……金で釣るにも限界はあるし俺にはそんな権限ないし、いたちごっこになるのは目に見えている。納得ねぇ、それができれば苦労しないんだよな」
そもそも仕事というのは納得してやることのほうが珍しい。
理解し要領を覚えればあとはやるだけだ。
そこに納得という個人意思は介在しない。
いやある程度の流入の余地があるかもしれないが、そんなことを気にしていたら仕事など遅くなる。
だから余分と思われ削られる。
「ああああああ~」
厳しくすれば人員が減る可能性が有り、ヌルくすれば役に立つかわからない。
バランスゲームの感覚で解決策を考えるが、そんないいことがぱっと思いつくわけがない。
思考が空回りを始めて、頭を掻くもただただかゆみが解消するだけで悩みは一向に解消しない。
今日一日中パソコンと向き合い報告書と育成計画を書き上げていたおかげで、もう少しで夕方の六時に差し掛かるという時間になってしまった。
昨日の今日で他のメンバー全員に休暇を言い渡してあるので、パーティールームにいるのは俺だけだから騒いでも周囲に迷惑はかからず奇声をあげても問題ない。
「ん? は~い」
そこで鳴ったチャイムに、丁度いい気分転換になると思い背を伸ばしながら玄関に向かうと、
「スエラ?」
「調子はどうですか?」
そこにはスエラがいた。
いや、いたのはいいのだが
「その格好」
「えっと、似合いませんか?」
彼女の格好は普段のスーツ姿ではなく、流れ星をイメージしたのか白い流線がいくつも描かれた藍色の浴衣姿だった。
長い髪も結い上げて簪もつけて、その姿は褐色の肌であってもよく似合っていた。
そこで思い出した。
確か今日は、俺が前に住んでいた場所の近くにある神社で祭りをやっている。
あそこの神社はそこそこ広く花火も打ち上げている。
「いや、よく似合っている」
「良かった」
ほっと安心し笑顔を見せてくれるスエラに、さっきまでのイライラがどこかに流れ出していくのがわかる。
美人な女性というのは少なからず癒し効果があるというのが実証された。
本当ならもっと気が利いた言葉をかけるべきなのだが不器用な自分がうらめしい。
「もしかして祭りに誘いに来てくれたのか……って、スエラが外に出られるわけがないか」
この格好でこのタイミングで来てくれたというのは、もしかしたら祭りデートのお誘いかと思ったが、魔力のない空間でスエラたちはろくな行動が取れない。
それは最初に説明されていた。
加えてスエラの容姿だ。
長耳のダークエルフなど、この地球上どこを探してもいない。
もしかしたら見つかっていないだけかもしれないが、俺は知らないし、一般的ではない。
美人である彼女が外に出ればそれだけで注目が集まるし、情報の漏洩を厳禁しているこの会社が許可を出すわけがないと思う。
勝手に喜んで勝手に落ち込むという感情の起伏が表情に出ないように平常心を保つ。
「許可なら取りましたよ」
「体の方は大丈夫なのか?」
保ったのだが問題ないようだ。
そして次に心配になる魔力欠乏も、
「はい、この簪が魔力を蓄積し幻影魔法で私の格好を、この地球の人種に似せて偽装してくれるので問題ありません。と言っても半日ほどで効果が切れるので、それまでに帰らないといけませんが」
それも解決済みらしい。
髪に刺されているアクセサリー、その本体部分に付いているエメラルドのような宝石に術式と魔力が固定されているらしい。
そもそもチラシを配るにあたってそういった人員を外に出す必要があったらしく、高価ではあるが魔道具の準備はあるとのことだ。
もちろん、そうやすやすと使える代物ではないらしいが、それを持ってきているということは問題ないのだろう。
「中に入って少し待ってくれ、用意してくる」
「はい!」
それなら俺が断る理由はない。
ちょうど一段落して詰まっていたところだ、
ここいらで気分転換をしても問題はないだろう。
さっきまでの暗い気持ちはどこへやら、少しウキウキした気持ちが湧き出てくる。
とりあえずは俺も準備が必要だ。
ずっと部屋の前で待たせているのも悪いし、散らかっているわけでもない。
スエラを部屋に招き入れ、俺は俺で更衣室に向かう。
男の用意などよほどひどくなければそこまで時間のかかるものではないにしろ、十分やそこらは普通にかかる。
着替えと軽く洗顔をするだけでもそれくらいは必要だ。
「待たせたな」
「いえ、私が急に押しかけたので」
「それでもな、行くか」
「はい」
それでも女性を待たせるのは据わりが悪い。
手早く用意を済ませ、テーブルでさっきまで俺が手がけていた仕事に目を通していたのだろうスエラに声をかければ、不機嫌になっていないのはわかるほど穏やかに返事をしてくれた。
車の鍵を片手に一緒に歩き出す。
社内だとしないが、寮内ならと手を差し出せばゆっくりと手を握ってくれる。
その温もりを感じ、駐車場までのわずかな時間ではあるがつないだままでいる。
「わぁ、夜なのにこんなに明るくできるんですね」
「会社も夜は明るいだろう?」
「雰囲気が違いますよ」
「それもそうか」
もともといた土地だ。
祭りで夜は混むのは知っているし、空いているだろう近場の駐車場もいくつか心当たりがある。
さして時間もかけずに目的地の神社に到着した。
夕方からの本格始動だけあり、多くの人が参道沿いに展開した屋台を訪れ祭りを楽しんでいる。
この土地に引っ越してきてから度々見る夏の風物詩であるが、こうやって訪れるのは社会人になってからはかなり久しぶりではないだろうか。
神社の階段を上りきり、いつもと違う空気を散らす光景を目にした彼女は、喜び勇んで俺の手を引いてその流れに入り込んでいく。
一人ではなくスエラという彼女が一緒にいるだけで、こうも見える景色が違うものになるのか。
祭りという景色はどこも似たような様式におさまると思っていたが、今日限りは違うと思える。
「文献で色々と知りましたが、やはり実物は違いますね」
「それもか?」
「ええ、こんなに美味しいとは思いませんでした」
「屋台のオヤジはかなり慌てていたがな」
「もう、私はしっかりと日本語を話していましたよ」
「ははは」
「次郎さんは笑っててなにもしてくれませんでした」
「すまんすまん」
時間は有限だと歩き出し最初にスエラが買ったのは屋台でお馴染みの綿菓子だ。
知ってはいるが実物を見るのは初めてだと、綿菓子を作る工程を見て驚き興奮し買おうとしたが、どこから見ても外国人の女性にしか見えないスエラに慌てて英語を使おうとする店主と、日本語で話しかけているスエラとで会話が成り立たなかった。
互いに相手に合わせて話そうとするがゆえの言語の行違い。それを見て俺は笑いを堪えられず、それによって店主も冷静になってくれたのだが、少々照れながら黙っててくれよと綿菓子を大きめにしてくれたのは印象的だった。
綿菓子を片手にゆっくりと屋台をめぐり、スエラの興味のある店に入っていく。
「あ、あれはなんですか?」
「射的か?」
「シャテキというんですか、銃が置いてあるということはあれで商品を狙うのですか? ですがそれだと商品が砕け散ると思うのですが」
「本物じゃなくておもちゃだよ、やってみるか?」
「はい!」
俺が子供の頃に比べてラインナップがかなり豪華になっているが要領は一緒だ。
コルクを銃身にセットして空気で打ち出す。
そこに変わりはない。
屋台のバイトだろうか、スエラに見惚れている若い男に二人分の料金を支払えば、慌ててコルクを出してくる。
だが俺は見逃さないぞ、スエラの方に弾をわざと一発多めにしているのはな。
そこに一々腹を立てるのも何か違う気がするから、一発試射も兼ねてやり方をスエラに説明することで気を紛らす。
「あの説明要りますか?」
「次郎さん知っていますか?」
「ああ、ここにコルクを入れて、あとは狙いを定めて撃ち出す」
ウキウキとスエラに声をかけてくる青年の質問をサラリと流すように俺に話を振ってくれる仕草に優越感を感じながら、昔やった記憶を掘り起こし構えて引き金を引いてやれば、ポンという軽い音が響き手前のラムネ菓子が倒れ落ちる。
「こんな感じだ」
「なるほど」
「あんまり前に乗り出すなよ、着物が崩れる」
「わかりました」
日頃の鍛錬の成果か感覚が鋭くなっているのか、すんなりと的にあたってくれたことにホッとし、覗きをしようとした青年の悪巧みを阻止し、舌打ちを耳に収めながら、スエラと一緒に次の獲物に狙いを定める。
「ん~、弓なら絶対当たりますのに」
「そんなことになったらこの店は店終いだろうが、スエラは銃を撃ったことはないから仕方ないな」
「残念です」
楽しめたが結果に不満が残るというように眉をひそめるスエラに対して俺は笑うしかない。
俺は感覚頼りに徐々に品物のレベルを上げていったが、スエラは最初から好きなものを狙うというスタイルだった。
俺は最初のラムネ菓子に続いて少し大きめのスナック菓子、そして二発ほど消費して最後の一発で、くまのぬいぐるみというメモリアの土産になるかと思った代物をゲットした。
対してスエラは残弾六発を全て消費し、結果取れたのは最後のはじかれた弾で取れたラムネ菓子という結果に終わった。
「もう一回やるか?」
「そうですね、もう一巡りして時間があればきましょうか」
「わかった」
自然とスエラは俺の腕に抱きつき歩き出す。
ダークエルフは一途だと聞いていたが、ここまでほかの男に対して線引きをしている姿を見ると男冥利に尽きるとしか言いようがない。
さっきから祭りに来ている男たちの視線がスエラに集まっているが、彼女はその視線を尽く無視している。
最初の綿菓子屋のおやじとは二、三言会話をしていたが、さっきの青年のようなパターンだと途端に距離を置く。
そこを嬉しくないと思わない男はいないだろう。
俺も少し照れるが、ずっとこのままでいたいと思える。
さっきの言葉も、楽しみたいがそこまでする必要はないという意味だろう。
それからも彼女は楽しんでくれた。
今も、金魚すくいで紙の薄さに最初は戸惑っていたが、二回目の時は持ち前の器用さを活かして大量ゲットして店主を驚かせている。
「いやぁ、ネェちゃんすげぇな。どこかで練習してたんか?」
「いえ、なんとなくコツがわかっただけですよ」
「おねえちゃんすごい!! ねぇねぇ、どうやったらうまくなるの!!」
「私にも教えて~」
人あたりの良さから彼女の周りに子供が集まれば、その容姿も相まって周りから注目が集まらないわけがない。
「モテモテだな」
「妬いてます?」
「ああ、嫉妬で寂しくなりそうだ」
「ふふ」
少し本音を混ぜてスエラに言えば、ごめんなさいと断りを入れて少年にスペースを空けてもらうように頼む。
「兄ちゃん、ここまでネェちゃんがしてくれたらカッコ悪いところ見せられないな」
「不器用なんだがな」
彼女の意図は聞かなくてもわかる。
見た目通りで細かい作業は苦手なのだが、一匹くらいは取れるだろう。
ゆっくりとしゃがみこみ金を払いポイを受け取る。
その際に多めに払っとくことでスエラと子供の分も受け取る。
「わかってるじゃねぇか」
「お~!! 兄ちゃん太っ腹!!」
「ありがと~!」
スエラが一緒にいるおかげか、こうやって素直に子供がお礼を言ってくれるのはなんだかむずがゆい。
早速と挑戦する少年に、じっくりと金魚を観察する少女、スエラにも渡せば少女に自分が感じたコツを伝え始める。
ならばと、俺は少年を教えるとしよう。
早々に破る少年に俺はそっと一匹だけ掬ってみせ、少し湿ったポイを少年に渡す。
いいか、と前置きをおいてコツをいくつか伝える。
できるという結果が、少年の耳をこちらに傾けしっかりと聞くようにしてくれる。
会社内のみんなも、ここまで素直ならいいのになと思いながら少年の行動を見守る。
少年は、今度はじっくりと観察をはじめる。
そして、ここだと思ったのか手先を少し早く動かし狙った金魚を掬う、結果ポイが破ける。
「おおー!! やったぜ兄ちゃん」
だが、しっかりと目的の金魚は小さい桶の中に一匹いた。
「良かったな」
「おう!!」
さて、こっちは終わったとスエラの方を見れば、少女の方もどうやらうまくいったようだ。
スエラに向けてお礼を言っている。
「兄ちゃんたち、そろそろ花火の時間だが大丈夫か?」
「もうそんな時間か」
失敗したなと口には出さないが、時計を見た店主から言われて俺も時計を見れば、思ったよりも時間が経っていたみたいだ。
あと十分もすれば花火が始まる。
本当ならもう少し早く動いていい場所を確保するはずだったのだが、この時間だとそれも難しい。
俺も思った以上にはしゃぎすぎていたようだ。
さてどうするか。
既にいい場所は埋まっているだろう。
人ごみの中で花火を見るのはどうも気が引ける。
ここは、少し距離は離れるが空いた場所で見るべきだろうかと頭を悩ませていると、クイクイと服の裾が下に引っ張られる感触がする。
それにつられて視線を下にむければ……
「兄ちゃんも花火を見るのか?」
「ああ」
「だったらいい場所があるぜ!!」
今日はどうやら巡り合わせがいいみたいだ。
義理堅いのか、さっきの金魚のお礼なのか、毎年見る花火の隠れスポットを教えてくれるらしい。
「そこでいいか?」
「いいですよ、ここでは少し視線が多い気がしてきますし」
外国人というのも珍しいのに美人のスエラだ。
さっきより多く集まっている男たちの中で見る花火も落ち着かないだろう。
なら頼むと子供の言葉を信じてついていってみれば、そこは古びた公園だった。
神社の裏手にあるらしく、少し高い位置にある。
花火の会場とは反対方向にあり、何人かの人影はあるが祭り会場よりは断然空いている。
ベンチもいくつか設置してあって空いている席もある。
「ここだぜ兄ちゃん!!」
「どっちの方に花火が見えるんだ?」
「あっち!」
指差す方を見る。
そして、同時に夜空に花が咲く。
全く、タイミングがいい。
「綺麗」
「ああ、久しぶりに見たな」
少年と少女がはしゃぐ空気も今は気にならない。
スエラは初めて見る花火に見惚れ、夜空から目を離せない。
そっと俺の腕を掴む手を振りほどかずそのまましばらく一緒に眺め続ける。
そこでふと、最近仕事仕事と慌ただしくしていて、こうやって時間を作る機会はなかったような気がした。
余裕がなかったのだろう。
新しいポジションに抜擢されて柄にもなく緊張していたのかもしれない。
それが、一発一発打ち上がる花火によってほぐれていく気がする。
「ありがとうなスエラ」
「なにかおっしゃいました?」
「いや、なんでもない」
そんな俺を察してくれる彼女に告げた感謝の言葉は、花火の音にまぎれたがきっと彼女には聞こえていただろう。
明日になればまた仕事をしないといけないかもしれないが、どうにかなるような気がした。
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
気分転換も時には必要か。
ブックマーク登録数がコツコツと増えてきています。
皆様のご愛読ありがとうございます!!
これからもよろしくお願いいたします。




