478 業務日誌 北宮香恋編 二
「ふぅ」
大学を終えて今日はバイトの方もない。
だから、昨日の南と出かけたこともあって、疲れた体を癒すために直帰した。
といっても、そこまで疲れているわけではないけど、それでも休めるときには休む。
今はシャワーを浴び終えて、髪を乾かしているところ。
「さてと、あとはこれを仕上げれば終わりかしらね」
そう言って机の上にあるノートパソコンを起動して、とあるファイルを開ける。
単位の取得はほとんど終わっているから、卒業用の論文を仕上げてしまえば私にとって大学という生活の終わりにめどが立つ。
そう考えると何とも感慨深いものがある。
「終わりか」
大学生と言う身分は、私の中でまだ自分が子供だと言うことを突きつけられている称号のような気がした。
大学の同級生たちの中で大人びていて社会人と変わりがないと言ってくる人もいるにはいたが、今のバイト先の大人たちを見ると自分はまだ子供だと言うのが自覚できた。
私は成人しているけど、それはただ単に私が二十歳を超えていると言うだけ。
世間一般では大人と見られる年齢だけど、私と会社で働く人たちを比べれば私はまだまだ未熟だ。
その未熟から一歩まえに踏み出すのが、就職ということなのだろう。
「どうしようかしらね」
友達の手前、就職の当てがあると言ったけど、このままあの会社に就職していいものかと考えないわけではなかった。
あの会社は私のことを必要としてくれているし、やりがいも感じる。
給料もいいし、福利厚生もいい。
あれ以上の会社を求めるとなるとかなり大変なことになるのはわかっている。
就活をしていない私が、もし仮に今の会社と同じ条件、もしくはこの環境に慣れている私を納得させさらに満足できる環境を用意できるかと言うと難しいと言わざるを得ない。
「……」
気づけばじっと卒業論文を見ていたけど、内容は全然入ってこない。
雑念が入っている証拠で、この状況で論文をまとめてもロクな内容にならないのはわかる。
集中できていない。
「はぁ、止めよ」
やる気がない状況でやっても仕方ないと、どうしようかと悩みつつそっとベッドに横になる。
「明日は午前中の講義に出て午後からバイトで、それで帰ってきたら……」
そして考えるのは明日の予定。
天井をみながらスケジュールを思い出せば、あっさりと手帳に書いてあるスケジュールを思い出すことができる。
「明日のバイトの内容は基本訓練だっけ、最近南が変な技を使ってくるようになったから色々大変なのよね」
基礎訓練で体力づくり。
その後に対人戦や対魔物戦を想定した仮想室での訓練。
最後にデブリーフィングを行って終了。
最近では慣れてきた行動だ。
「はぁ、あとは何かあったかしら」
それ以外のスケジュールを思い出そうとしたけど、私の記憶はそれ以外はフリーだと言うのを伝えてくる。
「時間的に余裕もあるし、明日どこか外で食事でもしようかしら」
そこで他の予定を入れようとしたけど、それ以外は気分ではないと言うように脳が拒否してきた。
「止めよ」
休息を必要としているのか、それとも考える時間が必要だと思っているのか、外に出かける気のない私はそのまま考えるのを放棄した。
だけど、そのまま瞼を閉じてそのまま寝てしまおうと思えばそうではないと、それでいいのかと疑問を抱く。
「将来って、こんなに重い物だったのね」
大学生と言うモラトリアム期間はもうじき終わりを迎える。そのことに対してナイーブになっているのかと最初は思ったけど、そうではない。
漠然とした将来への不安。
このままあの会社に関わりあいを持っていいのかと思う。
次郎さんから聞いた話をまとめると、いずれあの会社はこの世界、
地球の表舞台に立つ。
事実日本政府をはじめ各国とのつながりを持ち始めていると次郎さんは言っていた。
それは表だけではなく、私の知らない部分でもかかわりを持っている。
このまま秘されている存在で居続ける時間は思ったよりも少ないと言っていいと次郎さんは私に教えてくれた。
その当時、思い出すのはちょっとした偶然で二人っきりになった時の事。
『北宮は就活の時期か、どこか目星はつけてるのか?』
今まで二人っきりになったことがないと言うわけではないけど、それでもなることは珍しい。
大体は、仕事のことを話すけど、どういうわけかその時だけは別のことを話した。
きっかけはそう、次郎さんの大学生の時の話になって、そのまま私の将来についての話になった。
『一応、この会社に就職するつもりです』
『そいつは俺としてはありがたいが、いいのか?』
それまでの私は、漠然としてこのままこの会社に就職して勝君と距離を詰めることを考えていただけだ。
その考えは間違っているとは思わないし、変わらないとも思っていた。
だからこそ、次郎さんに良いのかと聞かれるのは正直予想外だとあの時は思った。
次郎さんの事だから前半の言葉だけで、喜んでくれて終わり。
そんな風に予想していたが、まさか聞き返されるとは思っていなかった。
『いいのかって、私がここにいちゃダメな理由でもあるの?』
だからだろう少し強い口調で次郎さんに問い返してしまった。
あまり仲の良くのない相手にそれをやったら絶対に不快感を与えるだろうなっているのがわかっているけど、この人なら平気だと思っている私はあまり気にしない。
『いやいや、ダメって言うわけじゃないって。まぁ、海堂は正社員だから例外としておいておくが、北宮はバイトだろ?今はわからないが昔はもっと別の仕事をしたかったんじゃないかって思ってな』
『それは……ないとは言いませんけど』
将来の夢と聞かれればどんな職業について働くという話にもなる。
当然、子供のころは私もそれなりに考えていた。
ケーキ屋、看護師、花屋、アイドル。
女の子が考えそうな職業は一通り。
『今は、その考えてた職業よりもこっちの方にやりがいを感じているので』
『なるほどな』
だけど、その夢想してきた職業よりも刺激的でやりがいのある今の職業は、私にその選択を選ばせなかった。
『なるほどって、次郎さんが聞いてきたんじゃないですか』
投げやりと言うわけではないが、気が抜けたような次郎さんの返しに、ちょっとムッとした私の言葉にも、彼は怯まず。
『すまんすまん、いや、なんとなく心配になってな』
『心配?』
『ああ、俺がお前たちの将来を縛ってないかって心配でな。今でこそうまくいっているけど、この仕事が危険なのは変わらない。前線で戦える時間も普通の職業よりは圧倒的に少ないだろう。それこそ俺みたいに人間を辞めない限りはな』
私のことを心配していたと口にした。
『北宮は女の子だろ?若いうちに楽しみたいことはきっと色々ある。旅行だってしたいだろうし、友達と一緒に遊びたい、恋だって……ああ、こっちはできてるから除くがそれでもまだ二十代の前半なんだやりたいことはたくさんあるだろう』
コーヒーを片手に、俺はそれができなかったと口にする次郎さんの職歴を思い出して、ああそう言うことかと私は納得した。
『大学時代は割といろいろやった俺だけど社会人になってからは俗に言うブラック企業に入ってしまってな。プライベートの時間がほぼない期間を過ごしたわけでな。この会社は比較的自由はあるが、やってることは正直言ってブラック企業で働くこととそん色ないくらいに若い女の子が居座るような内容ではない』
それと一緒に、次郎さんの言っている言葉にも納得した。
確かに、モンスターと戦うなんて年頃の乙女がすることではない。
大魔法を放つことに少し快感を覚え始めている私が言うのもなんだけど、血も出るし、骨を砕く音も聞こえるし、肉が潰れる感触も味わっている。
私の女性としての感覚がおかしくなったとは思わないけど、それでも普通では感じ取れないような経験はたくさんしてきた。
『今更よね』
『まぁ、今更だな』
しかし、それも今更だと言える。
なんだかんだ、一年以上ここで働いている。
次郎さんの言う内容など今更だ。
『私の将来は私が決めることよ。次郎さんが心配する事じゃないわ』
『それはそうなんだが、仲間だろ?お前が困ってたら手助けしたいって思う程度には一緒に働いてきたわけだしな』
『なら、ここ以上の給料と環境を用意できるの?』
『ハハハハハ!無理だな』
『なら、心配は不要よ』
だからあの時、私は何も考えずさらっとこの話を流したわけだが……
「なによ、しっかりと考えてるじゃない私」
大学の卒業という切っ掛け。
友達から聞いた就職という話。
そして何より、次郎さんが将軍につき、どんどん変わっていく私の環境。
このままでいいのか。
これでいいのか。
心配しなくていいと言ったのにこの様。
中々笑えるではないか。
「だけど、問題はないわよね」
しかし、だからと言って今の職場を辞める必要はないと思っているのもまた事実。
確かに次郎さんの言う通り仕事は危険だし、年頃の乙女がするような内容でもない。
だけど、職場の人は良い人だし、私のことも配慮してくれる。
給料も並ではないし、やりがいもある。
「今更、一般人に戻る方が無理な話よね」
将来的に、あの会社はきっと有名になる。
そう言う意味では将来性というのもきっとあるだろう。
「なら問題なし、うん、それでいいよね」
不安はぬぐい切れないけど、それ以上にこれでいいのだと自分が納得できているのだからいいのだと思い。
その日はそのまま就寝した。
「あら、偶然ね」
「おや、北宮じゃないか」
翌朝、大学の講義が教授の都合で一限分減って、予定が空いてしまった。
どこかに寄るには時間が微妙ということで、その足で会社へ来た時に同僚に出会う。
神崎恵。
私と同期で、女性だけのパーティーを組んでいる。
古参と言うにはまだダンジョンテスターの歴史が浅いから何とも言えないけど、色々と問題があって去ることの多いダンジョンテスターでパーティーを維持して生き残っている点を考えれば十分に才能がある。
そして同じ女性テスターということで、話す機会もそれなりにある。
「あれから調子はどう?」
「君たちのところと比べれば、まだまだだと言わざるを得ないけど、私なりには調子がいいよ」
「私たちのところは次郎さんがずば抜けているだけで、私たちは普通よ普通」
「その普通の北宮相手に、私たちのパーティーは一方的に負けるんだけどね」
「そこはあの地獄を味わえば、あなたたちも変わるわよ」
その中で神崎とは一緒に食事を取る程度には仲がいい。
「良ければまた今度訓練に付き合ってくれないかい?新人たちも力をつけてきて私たちもうかうかとしてられないんだよ」
そして、たまに訓練に付き合うこともある。
同じ女性テスターとして協力したほうがいいと言うのもあるけど、純粋に神崎とは、美樹とは違った付き合いやすさがある。
真面目で向上心もあるし、誠意もある。
神崎のパーティーの人たちは下手な男よりもカッコいいと言われる神崎のファンの子だから少し気を使えばそっちの方の指導も比較的簡単に出来るから問題はない。
強いて問題点をあげれば男性との付き合いが苦手だと言うことか。
今はこの仕事で色々と苦労が減ったらしいけど、昔はお金で苦労していたらしい。
そのおかげか、変な男に付きまとわれることがあって若干男性不信になりかけている節がある。
次郎さんに対して指導を頼んだのも苦肉の策みたいな感じで話していたけど、色々とあってその点も特定のメンバーなら問題ないらしい。
おかげでこうやって一緒に訓練するような仲になっている。
「なら、今からでも少しやる?ちょうど私の訓練の時間まで暇を持て余しているんだけど」
だからこの空いた時間も何かの縁。
無難にパーティールームで時間でも潰そうかと思ったけど、少し体を動かす方が健康的にもいいのよね。
「本当かい?それは助かるよ、もう少しすれば私のパーティーも集まると思う」
「なら決まりね、場所はどうしようかしら」
「ちょうどこの後に抑えている訓練室があるからそこでどうだい?」
「場所は?」
「第三だよ」
「了解、装備に着替えてそっちに行くわよ」
「ああ、頼む」
丁度良く時間を潰せる予定も埋まったし、これでいい。
神崎と別れて、そのままパーティールームに向かうと、そこには先客がいた。
「おろ、北宮早いでござるな」
パーティールームのソファーに寝転がり、携帯ゲームをやっている南。
「あんたねぇ、それ私が昨日コーディネートした服でしょ?そんな格好で寝そべらないでよ」
「良いじゃないでござるか、ちゃんと皴にならないように魔法でコーティングしているから汚れないし、破れないし、よれない。完璧でござるよ!!」
「また無駄な魔力の使い方を」
「ふふん!画期的と言って欲しいでござる。日常こそ魔法の活躍の場。偉い人もそう言ってたでござるよ」
「偉い人って誰よ」
「社長でござる」
「あんた」
いつも通りの光景の脇を通り過ぎて、そのまま更衣室に入ろうと思ったけど、ふと南の方向を見る。
ソファーに寝転がって、ドヤ顔をする南。
「ねぇ」
「ん〜?」
声をかけても気のない返事を返すだけ。
「あんた暇なんでしょ?」
「拙者現在、世界を救うのに忙しいでござる」
「暇ね、ちょっと体を動かすから付き合いなさいよ」
それもいつものことだから気にせず、南の寝転がってるソファーの前で仁王立ちして退路をふさぐ。
「ええ、嫌でござる。この後も体動かすんでござるよ?余計な体力は使いたくないでござる」
「いいから!!」
この暇人も連れていくことに決めたのであった。
今日の一言
将来の悩みは尽きないけど、ずっと立ち止まっているわけにもいかない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




