45 人生に一度仕事の書類の山をぶち殴りたい。と思わないか?
Another side
計画通り。
広く豪華なオフィスの一角、太陽光を遮るためにカーテンを締め切っているためにその部屋は薄暗い。
その中で唯一の光源となるパソコンの画面越しに包囲されている人間の姿が見える。
それを囲んでいるのも人間となるとこれまた滑稽だ。
魔王様といえど万能ではないね。
『殲塵』のエヴィアといえどもこうなれば僕の計画を見逃すしかない。
利があれば、こちらに正義有り、力があれば理念を貫く、それが魔王軍。人間の言う綺麗事などこの世界ではゴミの価値しかない。
ギッと笑みを浮かべ、この世界で手に入れた上質な椅子にもたれかかる。
しかし、この世界の技術力もバカにできない。
この通信技術があれば軍を自由自在にうごかすことができる。
そうなれば技術差で遅れている軍を圧倒することができる。
人間にしては能力の高そうなあの男も、僕の手にかかればこの通りだが、さてさてここからは憶測の入った領域だ。
「どう対処してくれるかな?」
その領域を僕は気に入っているのだけどね。
大半は未知の領域、見通せない未来を恐怖しゆっくりと進む。
黒く先が見えない道をすり足で、しっかりと足場を確認しながら進んでいくが、僕に言わせればなんて勿体無い。
勝負の行く末は前段階ですべてが決まると言って過言ではない。
だけど、それじゃぁつまらない。
どっちに転がるかわからない。
未知と未知の勝負、それが楽しいんじゃないか。
いくつかのアングルが映る画面、魔法で同じようなこともできるが、こっちのほうがより鮮明にできるし、使い魔を潰される心配もない。
「おてなみ拝見拝見♪」
少しワクワクしながら多面に展開している画像を見る
状況は最悪とは言わなくても悪いのに変わりはない、なにせ相手は操られた同僚だ。
斬り殺して問題にならないわけじゃないし、再起不能にするわけにもいかない。
だが戦って勝てないわけじゃない。相手の能力は十全とは言い難いし、彼の能力なら簡単ではないけど負けることはないだろうね。
確実とは言えないけどね、物事には何が起こるかわからない。
今は睨み合っているけど、状況はすぐに動き出すかな?
「うん、やっぱり動き出した」
動き出したのは当然集団のようだ。
もちろん、僕が動かしているんだけどね。
それにしてもこっちの人間って面白いね。
ちょっと笑顔を見せるだけですんなりと騙せる。
こういうのをチョロいっていうのかな?
あっさり洗脳できちゃったし、同僚の社員だから身内だって思われていたけど。
君たちはまだ試験中の身だからね、仮魔王軍の一員として今回は教訓だと思って諦めて操られてね。
「さて、君はどういうふうに反応してくれるかな? やっぱり人間として戸惑っちゃうかな? 見えない僕に対して怒るかな?」
最初に動かすのは彼に恨みのある、いや、敵意といっても嫉妬からくる感情を抱えた魔法使いパーティーだ。
一番成績が悪くて使い勝手の悪いパーティーだね。
なんでこんな編成でやろうと思ったんだろうか?
まぁ、いいか。
それを動かしたのは彼のためを思ってのこと、少し戸惑うだろうが彼ならきっと制圧しようと動くだろう。
「え?」
今、僕はとても間抜けな声が出たと思う。
これでも魔王軍の一角の者だ。
彼の行動自体が見えなかった、わけじゃない。
この戸惑いの声はわからないことに対して出たのではなくて、対応の早さに対して出た言葉だ。
魔法の詠唱を始めさせた途端に先頭の魔法使いにめがけて飛び蹴り、腹部に足をめり込ませて体をくの字におったと思ったら、その勢いで膝で頭を挟み込み思いっきり地面に投げ飛ばしたね。
うん、死んでないけど死んでないだけだね。
僕が操ってるメンバーに対してはある程度の行動の自由を与えて迎撃するように仕向けてるけど、僕が呆然としている間にもう三人やられちゃったよ。
あれは、地球のプロレスっていう格闘技の技だよね?
確かジャーマンスープレックスって言うんだよね。
と言うより、僕は君の容赦のなさに驚きを隠せないよ。
普通はもっと戸惑って躊躇して、試し試しに戦っていくものじゃないのかな?
こう、なんて卑劣な!? とかこんなひどいことを!! 的な。
もっと正義感あふれる感情を見せる場面じゃないかな?
少なくとも君みたいに悠然とタバコの煙を吹かせる場面じゃないよね?
あ、笑った。
これじゃどっちが悪役かわからないね。君の鎧も僕たちの雰囲気にぴったりだし。
これは僕も本気になるしかないよね!! ぼく、ワクワクしてきたよ!!
ワイシャツのボタンを外してネクタイを外す、そして腕まくりだ!!
う~ん、僕が直接戦えればあっという間に勝てそうだけど、こうやって制限をかけるのも楽しいね!!
指先にある糸を自在に手繰りコマを動かす。
うん、この中だと彼の仲間が一番使いやすいかな。
バランスが取れてるし、よく動かせる。
ほかの人間たちは少し動かしにくいなぁ、あ首にラリアットが決まったよ。
綺麗に縦に回るなぁ、その間に背後に回して、お、これも避けるかぁ!!
よぉし、魔法の詠唱が終わった、くらえ!! ええ!? 蹴り飛ばすかそれを、うん、なら今度は弓だ!!
おお!? それは映画でやってた上体反らしの避け方だよね!!
ああ!! また潰された。
それならいけ!! 魔法の三段撃ちだ!! あ、ジーを盾にした。
まぁ、大丈夫だよね彼生命力は魔王様並だし、さてさて、なら今度は女の子パーティーを投入だ!!
これならちょっとやそっとじゃ攻撃はできないだろうしね、あ、ジーが武器にされた。
うん、僕でもそれはちょっとどうかと思うよ?
いくら頑丈だからって足掴んで魔法を打ち返すのはどうかと思うし、それを盾に使うかぁ。
女の子パーティーが勝手に魔法の連射を始めちゃったよ。
まぁ、これはこれで問題ないけど、どうするんだろ?
僕なら魔法を分解しながら吸収して、接近してから魔力を体から吸収して終わりだけど、さすがに女の子を殴ったりはしないと思うけど……ええ!?
女の子パーティーが全滅した!?
この外道!! ジーは武器じゃないんだよ!! さすがにその高さから投げ付けられたら死ぬからね!! 死んでないけど。
変な液体が飛び散って、その匂いで女の子たちが気絶しちゃったじゃないか!!
もう本気で行くよ!!
僕の魔力を彼らに流して間接的な身体強化だ!!
あ、あっちも身体強化使い始めた。
陣形を組んで、ああ、組む前に潰される。
ううん、僕の部下が何人かいればもう少しマシになるけどなぁ。
今もどうにか彼の仲間だけで持ちこたえてるけど、そこだけしかカバーできない。
壁に埋め込んで動けなくしたり、首絞めて落としたり、何人かは全力で地面に叩きつけてた。
背中の武器を使わないってことは一応は加減しているつもりなのだろうけど、正直、できてないよねぇ。
できないと言うよりやる気がないという感じかな。
うん、だめだ。
詰んだね、あと数分もしないうちに彼らは全滅する。
最初の気の動転を狙っていい勝負に持っていくつもりだったけど、少し見通しが甘かったかな。
うんうん、やっぱり予行なしの奇襲はこれだから面白いね。
回復役も押さえられて魔法使いも全滅、二人しかいない前衛はついさっき制圧された。
能力は問題ないね。
「さてさて、長老の方々どうですか? 僕としては、彼なら引き込んでもいいとは思いますよ」
これで終了と割り切るために指の動きを止める。
もともと動く糸が残り数本もない糸だ。
もう少し楽しみたいという気持ちはあるが終わりは終わりで納得しないとねぇ。
糸を切り捨てれば証拠も残らない。
僕と、この話に乗ってきた画面越しのご老人以外は知る由もない。
彼を映していた画面一つを残して残りの画面にこの戦いとも呼べないお遊びを見ていた面々が映し出される。
『なるほど、戦いという面では使い物になりそうじゃの』
『しかし、戦闘能力がありすぎるというのはいささか危険すぎるのでは?』
『ですな、もし万が一反乱など起こされるのであれば我々に危険が』
「その心配はないと思われますよ?」
『ソーダ卿、それはどのような根拠で?』
なれない環境でのストレスをこの一戦である程度解消した僕は、心地よい疲労感に包まれながら笑顔で老人たちの質問に答えるとしよう。
「理由はいくつかありますが、大きくは二つ。一つ、彼自身はこの世界に侵攻でもしない限りこっちに襲い掛かるメリットがないですね。僕たちとしてもこの世界は死地ではあるがメリットのある土地ではないのに奪い取る意味がない。この点でこちらと彼との理念は一致する。加えて彼自身、そこまで正義感があるわけではないでしょう。さっきの戦闘を見てわかるとおり、正義なんてあやふやなもの以外に彼には行動原理がある。次に彼自身の命の危険性に関してですが、これもこちらから襲いかからない限り彼は問題ないでしょうね。社内に恋人もいるようですし、ゴブリンたちとも良好な関係を築いている。ほかのテスターたちの中でも、一番こちら側に歩み寄っている人間だ」
こちらに害意はないと説明すれば老人たちは固い頭に皺を寄せて渋面を浮かべるが、理解はしたようだけど納得はまだかな?
いやだねぇ、僕も将来あんなふうに固い頭になるのかな?
気を付けないと。
「傭兵という存在が、彼の立場を一番説明がしやすいですね。金で雇い、契約を順守すれば裏切ることはないでしょう。ある程度の無茶も聞いてくれる可能性もあります」
最初に彼の存在を聞いたときは正気? と思ったけど、あのエヴィアが気に入っていると聞けばある程度は信頼していいとは思うからね。
まぁ、僕も昔からの付き合いである魔王様のお願いじゃなきゃこんなことしないからねぇ。
この頭の硬い老人たちを納得させるなんて嫌な仕事、いや、今回はわりかし楽しめたかな?
学生時代に嫌いな教師を嵌めたとき程度は楽しめたかな。
「どうでしょう? ここは一旦僕に任せてみませんか? 悪いようにはしませんよ」
『卿が言うなら、任せよう』
何が任せようだよ、責任は全て僕持ちって言った瞬間の手のひら返しが早いねぇ。
昔からだけど。
鬼族にコンタクトをとって、他種族に対しての対応を見せて、部下に情報を集めさせて、今回の騒動の一芝居、今日の晩御飯は魔王様にたかるとしようか。
「君、君、サキュバスが経営しているお店あったでしょ? あそこ予約しておいて、もちろんVIPで、請求先は魔王様にしておいて、ん? いいよいいよ、なんなら君も来る?」
話は終わりというように画面を消し、去っていく長老たちを見てさっきの解消したストレス以上に感じた疲れを癒す方法を選び出す。
部下の悪魔くんが全力で首を横に振ってるけど、残念だけど君は強制連行だよ~ 上司の愚痴に付き合うのも部下の仕事ってね。
大丈夫大丈夫、君好みの可愛い子をつけさせてあげるさ。
今日のお仕事は終了さ。
親友の頼みも聞いたことだし、今日は早退と。
あ、彼を呼ぶのも面白そうだねぇ。
それにしてもトップは大変だ、僕は絶対にあんなポジションには就きたくないよ。
それに彼も大変だ。
自分の能力は示せたけど、ねぇ。
まぁ、僕は報告するだけだけどね~ エヴィアの顔が見ものだよ。
あ~楽しかった~
Another side END
どうするかねぇ。
もはや癖どころか依存していると思えるくらいにタバコのペースが早い。
この会社に入社してハブられて、解決するために仲間増やしたらクレームをつけられて、業務を遂行しようとしたらよその部署に送られて、社長からは命が狙われていると警告を受けて、胡散臭いGからテスター同士で殺し合いを暗躍する奴がいると聞かされて、さて……
「俺はキレていいよな?」
業務妨害も甚だしい。
ああ、イライラする。
タバコでも落ち着かない。
頭を冷静にしないといけないのに
「ギブギブ!! 先輩!! 俺、冷静になってるっす!? 正気っす!?」
「あ゛? 聞こえんなぁ」
鎮圧作業から一転、ストレスの解消作業に従事して海老反りを決めている。
「それで? 記憶はないんだな?」
「そうっすよ!! 俺ついさっきまでPルームにいたはずっすよ!!」
「たく、手がかりなしかよ」
惨劇の後の祭りといったこの現状。
地面に突き刺してはいないにしても、全力でジャーマンスープレックスやパワーボムなどのプロレス技の餌食になった男たちの死屍累々。
数々の戦隊ものの必殺技の餌食になったメンツ。
北宮や南などの女性陣はさすがに殴ってはいないが、こっちはこっちで羽交い絞めからの全力自由落下ならぬ全力落下を体験させたり、そこでなにやら楽しそうに笑っていたジーを捕まえて投げつけたりと対処した。
スッキリしたような少しモヤモヤとした感覚だが、イライラとする感覚は消え去っているから良しとしよう。
和銅? 混戦に紛れて盾にしたら男の大事な所にクリティカルして今も悶えているぞ。
今は最後の獲物の海堂を海老反りで絞めてるところだ。
あ? タップ? 聞こえんなぁ。
「たく、今日の仕事もうできないんじゃないか?」
「せ、先輩が言うっすか、あたたた、腰が」
「俺は正当防衛をしただけだ」
「過剰防衛っすよ」
「バカ野郎、お前らは刃物、俺は素手、正当防衛だ」
何人か骨を折ったが、命に別状はないはずだ。
よし、現実逃避はここまでとしよう。
「はぁ、これ、俺が連絡入れないといけないんだよなぁ」
「そうっすね。俺たちじゃ説明できないっすから」
「スエラになんて説明すればいいんだよ」
さっきまで大暴れしたときはもうどうにでもなれとテンションに身を任せて行動を起こしていたが、一通り暴れて冷静になると逃げたくなるような現実が目の前に広がっていた。
調子に乗ってポチョ○キンバスター!! やライ○―キック!! なんてやってないで素直に助けを呼べばよかったよ。
ここ最近仕事の妨害ばかりでストレスが溜まっていたからといっても、行き当たりばったりで行動を起こしたのはまずったなぁ。
さっきの「キレていいよな発言」も半ば言い訳じみた現実逃避の言葉だし。
何もかも仕事の妨害した奴が悪い!!
「と、言いたいんだが仕方ない。やったことはやったことで素直に対処しなくてはな……始末書ものか」
「先輩、ドンマイっす」
「慰めるなら、もう少しマシな言葉をかけろ」
ため息一つを吐いて、訓練所の内線を手に取る。
最初に救護室に連絡を入れて次にスエラに連絡を入れる。
『はい、テスター課、スエラです』
「ああ、スエラ仕事中にすまん」
『次郎さん? どうしました?』
「いや、ちょっと、いやかなりまずいトラブルに巻き込まれてな。他のテスターたちと乱闘して鎮圧した」
『お怪我は!?』
「俺はカスリ傷程度だ。だが、他のテスターの中には加減できなかった奴もいた。救護室には連絡を入れてはある」
最初に俺の心配をしてくれるスエラに少し安堵しながら、どうしてこうなったか曖昧な情報も含めてスエラに伝える。
さすがにここまでのことをして俺だけで解決ができるとは思えない。
『そうですか、彼らは正気じゃなかったと』
「ああ、海堂も最後の記憶は部屋で勝たちと話していたところまでで、そこから記憶が途切れているらしい」
『……』
「スエラ? なにか心当たりが?」
『ええ、心当たりがいくつか』
一旦黙り、心配になり声をかけてみると今度は何やら頭痛を堪えるような重い声が返ってきた。
「そうか、俺ができることはあるか?」
『近日中に報告書を上げてもらうことになりそうですが、それ以外はなさそうですよ』
「いいのか?」
まさかのお咎めなしの発言にさすがに驚きが隠せない。
ジーの話をまとめればこれは同僚同士の小競り合いだ。
過激なイスとりゲームの結果引き起こしてしまった惨状で、実質的なお咎めなしというのは逆に不気味だ。
『はい、こちらの事情も関わってきているようなので、ですが報告書は詳細に早めに出してくださいね』
「わかった、すまんな、手を煩わせて」
『次郎さんはなんでも一人でやろうとしてしまいますからね、もっと頼っていいんですよ?』
「男の見栄というやつだ、お前の前ではもう少し格好良くいたいんだよ」
『今でも充分かっこいいですよ』
「向上心っていうのは、社会人に不可欠な要素なんだ」
『そうですね』
クスクスと笑うスエラの声を聞いて少しホッとする。
「スエラ、今晩空いてないか? よかったら、前見たいって言っていた映画でも見ないか?」
『次郎さんの部屋でですか?』
「ああ」
『是非!』
彼女へのサービスというわけじゃないが、ここまで色々と起こりすぎて俺も疲れた。スエラに癒されるとしようと考えながら、ゴブリンが抱える担架で運ばれるテスターたちを見送ったのだ。
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
反省はするが、後悔はしない!!
今回は以上となります。
もう一、二話で今章を終わらせたいと思います。
これからも、ご愛読の方よろしくお願いします。