470 帰ってきた人を出迎えるために
Another side
その結末を見届けた瞬間に、スエラの瞳から涙が流れた。
「次郎さん、良かった」
子供の世話をしながらも、ずっとその映像を見続けたスエラ。
魔王軍の経営する会社に次郎が入ってきてから、ある意味でずっと寄り添ってきたスエラからしたら、今回の戦いの勝利は正に感無量と言わざるを得ない結末だ。
涙を拭い、そして改めて見てもその結果が変わらないことに良かったと胸の前でギュッと手を握った。
何度も鬼王に戦いを挑み、そのたびにズタボロになることを何度も見たことか。
引き分けることもできず、ただただ一方的にやられ、そのたびに治療してきた。
そのことが昨日の事のように思い出せる。
「本当に、良かった」
涙を流しながらスエラの顔には笑みが浮かぶ。
「よかったですね」
「メモリア」
「その気持ちわかるぞ」
「ヒミク」
そしてリビングで一緒に見ていたヒミクとメモリアも、同じように泣きながら笑っていた。
肩を貸し、大穴から出てきた鬼王ライドウと次郎の表情は笑みだ。
その顔を見るだけで、二人が心置きなく戦い、そして結果満足のできる結末にたどり着けたことを感じ取ることができた。
最初は不安で一杯だった。
見送る時も不安を押し殺して、どうにか笑顔で見送ることができた。
大勢の参加者に襲われたときは、少し不安になった。
竜王と鬼王と三つ巴になったときは息を飲んだ。
そして鬼王と正面から対決するときになったときは手を握りしめ勝利と無事を祈った。
「さて!主も勝ったことだ!今日は盛大に祝おう!早速料理に取り掛からないとな!!」
三人そろって愛しい人の勝利を祈り、そしてその祈りに応えてくれた男の帰りが待ち遠しい。
その気持ちを表に出すことがうまいヒミクは一番に立ち上がり、そしてフンすと気合を入れるように両手でガッツポーズを取って、宿舎とは違い少し離れたところにある台所に向かうヒミク。
「あまり作りすぎないように気を付けてください」
「任せろ!!」
メモリアがその気合の入りように、とんでもない量を作るのではと心配になり、一応釘をさすもそれもあまり効果ないというのを察した段階で諦めた。
スキップでも始めるのではと思えるくらい軽やかな足取りで部屋から出ていったヒミクを見送ったメモリアは振り返った顔を元に戻し、スエラの方を見る。
「仕方ないですね。もし余ったら海堂さんたちも呼びましょう」
「そうですね」
苦笑しながらも優し気な笑みを見せるメモリアにスエラも笑いかける。
来るべき未来に、先に呼んでおいたほうがいいかもとメモリアは思いつつ。
「………この子たちも父親が勝ったことがわかるのでしょうか」
その態度が少し照れくさくなったメモリアは、少し頬を染めながらも話題展開を求めて、ついさっきそれこそちょうど次郎が鬼王ライドウと決着をつける直前に目覚め、そしてずっと画面から目を放さなかった双子の方に視線をやる。
「そうかもしれませんね、こうやってご機嫌なのはこの子たちも次郎さんが無事なのを感じたからかもしれません」
まだ一歳にもなっていない赤子が、きゃっきゃと笑いながら画面に向けて手を伸ばしている。
そっとユキエラを抱き上げたスエラであったが、いつもならそのままスエラの方に興味を向けるはずの子供が今だけは画面の向こう側にいる次郎から視線をずらさない。
「ほら、ユキ。お父さん頑張って勝ちましたよ。もうすぐ会えますからね」
「あ~?」
そのことに思わずうれしくなったスエラは子供に語り掛ける。
「あ~!あ~!」
そして先に母親に抱き上げられたことに不満を漏らした双子の片割れが抗議の声をあげ、その小さな手で私もと求める。
「サチエラは私で我慢してくださいね」
いかにスエラの身体能力でも、子供を二人抱き上げるのは中々にして大変。
だからこうやって、メモリアも抱き上げることが多い。
「あ~?」
普通なら母親を求めるはずの子供だが、ユキエラとサチエアの中ではメモリアとヒミクも母親にカウントされるのか、抱き上げられることに対して抵抗はないのだ。
しかも、この双子中々にして賢いのか、仕事で忙しいはずのエヴィアのこともカウントしている節があり、側に来るとよく甘えるのだ。
それに驚き、普段ではあまり見せない慎重な手つきで双子を抱き上げる姿を見ることができるのはこの屋敷だけだろう。
「いつ頃帰ってくると思います?」
そんな感じで、子育ての前練習をできていると解釈しているメモリアは、一緒に画面の向こうに手を伸ばす双子の様子を微笑ましく見守りながら、今回の勝利者である次郎の帰宅の時間をスエラに問う。
「治療や、色々と通達事項もあると思いますから、終わってすぐに帰ってこれるとは思いませんけど」
すぐに帰ってきてほしいという願いは確かにある。
だけど、あの激戦を潜り抜けて、今すぐ帰ってくることができるかどうかと問われればそれは難しいとスエラは思う。
感情と現実は別物と、勝利を見届けた後のスエラは落ち着いて物事を考えることが出来た。
「早くて今晩、遅ければ二、三日と言ったところでしょうか?」
「今晩ならいいですが、もし明日、明後日に帰って来るのならヒミクを止めなくていいのですか?」
その予想の内訳は、治療を必要最低限にして、伝達事項も後回しにするなら今晩。
治療を完璧に終わらせて、伝達事項も通達するなら二日から三日はかかるとスエラは予想している。
なにせ、魔王軍始まって以来の人間の将軍が誕生したのだ。
それに関する手続きや情報伝達にも相応の手間がかかるのは、長年魔王軍に仕えてきたスエラには理解できる。
「大丈夫でしょう」
しかし、この時ばかりはその経験側よりも、なぜか勘でもうすぐ帰ってくると思っていたスエラはメモリアの不安をやんわりと否定する。
「きっとあの人の事ですから、あの手この手ですぐに帰ってきますよ」
そう、この予想はあくまで魔王軍の事情にそった形での予想だ。
しかし、出会ってからずっと次郎を見ているスエラからしたらこの予想は外れると思っていた。
入社した時は、肉体的成長限界を迎えている次郎は長く続かないと思っていたが、誰よりも結果を示した。
たった一人で前衛を務めると思ったら気づけば新しい仲間に囲まれていた。
窮地に陥り、命の危険に晒されながらも五体満足で生還して見せた。
数々の事件を巻き込まれながらも、それを良き形で終結させてきた。
魔王軍にとっては恐怖の代名詞である勇者を前にしても、全力で抗い、そして勝利して見せた。
様々なことで次郎はスエラの予想を上回ってきた。
だから、自惚れかもしれないけど、今回もスエラたちのところに早く帰りたいという気持ちだけで颯爽と帰ってきそうな予感をスエラは感じている。
「そうかもしれませんね」
それはスエラの言葉を聞いて一瞬キョトンとした表情を見せた後に笑うメモリアも一緒かもしれない。
いや、早々に料理を作り始めているヒミクももしかしたらもうすぐ帰ってくるかもと感じて料理に取り掛かっているのかもしれない。
そして、大きなリビングルームの扉がノックされる。
「はい」
「奥様、海堂様たちがお越しになられましたがいかがいたしましょう」
そのノックに応えると執事服に身を包んだセハスが入り、要件を伝えてくる。
それを聞き、なんとなくすぐに帰ってくると予想していたのはスエラたちだけではなく、次郎の仲間たちも予想していたのだとわかり、ついおかしくなりスエラはメモリアと顔を見合わせ笑うのであった。
「一番広い応接室に通してください。私も、向かいますので」
「はい、かしこまりました」
次郎を知る人物たちが早々にして集まる。
その事実に嬉しくなったスエラとメモリアは軽く衣装を整えてから部屋から出る。
「まさか、こんなに早く集まるとは思っていませんでしたね」
「そうですね。もしかしたら彼らも待ち遠しかったのかもしれません」
今頃応接室に通されて、ガヤガヤと騒がしくしているだろう次郎の仲間たちの姿を思い浮かべながら双子をそれぞれ抱き上げている二人はゆっくりと屋敷の廊下を歩く。
今度はサチエラをスエラが、そしてユキエラをメモリアが抱き上げての移動。
そのことに対しての双子は不満など抱かず、素直にその腕に収まっている。
静かに流れる時間、もう少しで騒がしい場所につくのだと思っていると。
「あ~!あ~!」
「きゃきゃあぁ!」
スエラとメモリアの腕に抱かれた双子が通り道の窓の外に向けて手を伸ばし始めた。
「二人ともどうしたんですか?」
メモリアが首を傾げ、外を見てみるが広い庭が広がっているだけで何もない。
スエラがそっとサチエラを窓の近くに寄せると、タンタンと窓を叩き始める。
「どうしますか?」
「どうすると言われましても」
子供二人がいきなり窓に興味を持ち始めるなんてことはここに引っ越してきてからなかった。
物珍しい物に反応したとしてもここまで大きく反応するなんてことはなかった。
何があるのだと、首をかしげていると。
「この魔力の反応は」
すっとスエラの感知領域内に魔力反応が感じられた。
それはメモリアにも感じられる魔力の量。
「次郎さん!」
そしてその魔力の質から感じ取れた人物は、ついさっきまで話していた人物だ。
庭に展開されたのは魔法陣。
そしてその術式は転移術式。
それが何を示しているかは、スエラやメモリアが答えにたどり着くまでに時間を要するのに一秒もいらなかった。
そしてそれはキッチンで調理しているヒミクも同じ、普段だったら絶対にやらない料理を途中で放り出す行為。
セハスに背中を押され、慌てて台所から出てくるよりも先に、スエラは気づけば腕の中にサチエラがいることを考えて出来る限りの全力で最短距離を走り始めた。
当然、メモリアも後に続く。
身体能力強化、精霊召喚による防風、そして衝撃緩和の術式の発動。
妊娠して出産し、子育てをしていながら戦闘へのブランクを全く感じさせない術式の展開速度。
スエラが走って中庭の扉を開けたその先にいたのは、出発した時よりも色々とズタボロになりながら、そして疲れ切った仕草であるものの二本足で立つ男の姿が見えた。
「ただいま」
疲労困憊。
そんな感じで疲労の色が色濃く見える男、田中次郎。
だけど、屋敷の中から飛び出してくるスエラとメモリア、そしてそれにほんの少しだけ遅れて現れたヒミクが出迎えてくれただけで、その顔色が少しだけよくなった。
そしてその背後では次郎を連れてきた張本人であり、魔王の気配りによって送迎人を任されたエヴィアが次郎に見えない角度で優しく笑っていた。
「「「お帰りなさい!!」」」
そのまま勢いよく、子供たちに怪我をさせないように次郎の一歩手前で減速した三人はそのまま汚れることもいとわず、優しく次郎に抱き着く。
勝利者の報酬は家族の出迎え。
それは人から見ればなんてことのない当たり前の光景かもしれないが、命がけの戦いを乗り越えてきた次郎にとってはかけがえのない報酬であった。
今この時だけは、教官に勝ったことによる達成感に勝る報酬に心温まる。
「ただいま」
もう一度帰ってきたことを伝えると。
「「あー!!」」
小さな子供も父親の帰りを出迎えてくれる。
そのことについうれしくなった次郎の顔に微笑みが浮かぶ。
頑張ってよかったと心の底から思える瞬間。
それがこの先も続いてくれると切に願いつつ、今はこの暖かさに身を委ね。
田中次郎は。
「ちゃんと無事に勝ってきたぞ!」
高らかに勝利宣言をするのであった。
Another side End
今日の一言
きちんと帰ってくる。
ある意味でそれが重要な時もある。
今章はこれで以上となります。
次回から新章突入です!!
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




