469 そして結末を見届けた者は笑う
Another side
この空間を目の前にして魔王が思ったことは通夜かなにか不幸な出来事でも起きたのかと問いただしたい気持ちだった。
ただその気持ちも、深刻に心配するのではなく、むしろ呆れ半分、愉悦半分といった感じの心境ではある。
この会議室は魔王軍でも上層、なおかつ軍部ではなく、政に関しての地位を収める者が集まっている。
将軍とは違った、権力を持つ者たち。
戦闘能力という面では、将軍たちの足元にも及ばないが、統治という面に関して能力であれば将軍たちよりも優れていると言っていい存在たち。
その中でも十本指に入るのではと思われる権力者が、慌ててこの席に参上したかと思えば、揃いも揃って重苦しい雰囲気を醸し出している。
何のために来たのか、その理由を察している魔王からしたら面白いから話を切り出すまで待つのもありかと思い始めたころ、その権力者の一人が重い口を開きだした。
「それで、魔王様は今回の件はどうするおつもりでしょうか?」
「どうって、元から決まっている予定をそのまま遂行するだけだよ?」
その口から出てきた言葉は遠回しの否定の言葉だ。
「君たちは席を離していて見ていなかったかもしれないけど、私はこの目でしっかりとその勝敗の行方を見たよ。いやいや、勇者の素質って言うのは恐ろしいね。たった数年であのライドウ相手に互角に渡り合って勝利をもぎ取っただけではなく互いにけがを負った程度で決着をつけた。私でもそれを成し遂げるのはなかなか難しいと言うのに、彼はそれを成し遂げた。それは並大抵の努力では済まない。偉業と言っていい」
それに対して感情的になることもなく魔王はニコニコと事の顛末を語り掛ける。
上層部の存在たちは、その力が危険なのではと口にしたい気持ちがあるが、今この場で口にすることは愚策だと言うのを知っている。
何せ田中次郎という人間は、良くも悪くも目立つ。
その行いに関して調べることができ、そして魔王軍という組織に属してからの彼の行動は全て魔王軍の益になっている。
裏があるのではと調べる者も当たり前だがいた。
そして本性を隠しているのではと勘繰る者もいた。
だが、その誰もが空振りに終わり、今の今まで田中次郎という男の欠点は能力的な面だけであり、その欠点も今回の選抜で否定されてしまった。
人間という種族の問題も、竜血という存在が人間という枠組みから外れた存在だと示すようになり。
なによりも彼の周りで親しくしている存在たちが田中次郎という存在を魔王軍の敵だと知らしめることができなくなっている。
最低でもダークエルフは彼の味方と言っていい。
ムイル・ヘンデルバーグという英雄が後見人となった事実はこの場にいる誰もが知る事実。
その段階で彼の立場は保証されたと言っていい。
そして結果を示したのなら、魔王軍はそれに報いなければ、他に示しがつかなくなる。
もし仮に、この結果に対して将軍位につけないと文句を言うのであれば、それ相応の理由を示さなければならなくなった。
最初の予定では、鬼王と竜王に敗北することが濃厚となっていて、もし仮に勝ったとしても次善策として組織的地盤がないことをあげて反対しようと思ったが、それも今ではできない。
「それに、彼を支持する者もかなりの数がいると聞く。有名どころではトリス商会があげられるけど、それ以外にもちらほらと地方の貴族たちが支援者として名乗りを上げているみたいだよ?」
そう、田中次郎の後援者のことをバックアップしているのはこの目の前で白々しい笑みを浮かべている魔王その人だ。
本来であれば、この場にいる存在に対して地方貴族、もっと言えば一領主であっても治めている土地が少なかったり、権力が少ない弱小貴族は口を挟むこともはばかれる内容だ。
それがここまで堂々と宣言できる理由がある。
「少なくとも、私の耳に入っているだけで両手の指では足りないくらいにはね」
狸めとこの場にいる老人たちの気持ちが一致する。
この会場にいる老人たちと魔王の仲は決して良好とは言い難い。
組織的にそれはかなりまずいと言わざるを得ない状況であるが、互いにその領分を理解してるがゆえにその均衡は保たれていた。
魔王としての実力はこの世界では圧倒的だ。
それこそこの魔王を倒そうとすれば、その手足ともいえる将軍たちも敵に回るので、並の兵力じゃ一蹴され、さらに倒そうとするだけの兵力をかき集めるのは現実的でもない。
かと言って魔王自身も、今まで土地を収めてきた力のある領主たちを一斉に追放すれば国が回らない。
ゆえに互いに腹を探り合いながら国を運営してきた。
今回の件は上層部の老人たちからすれば、魔王の権力を落とすための絶好の機会であったが結果的に言えば、魔王の元に新たな戦力が補充されたと言う結果に落ち着いてしまった。
もう一つの希望であった竜王の方を倒そうと画策した老人たちの手勢は全滅はしていないが、鎧袖一触で撃退されてもう間もなく時間切れで敗北する。
「いやぁ、あの結界を張られたときはこの戦いの顛末を見られないと思っていたが使い魔が数体入り込めて良かったよ。おかげでしっかりと戦いの行く末を見ることができた」
おまけに何か不正があったと糾弾することもできない。
本当であれば今回の会場を映し出していた使い魔は結界に阻まれて次郎と鬼王ライドウの戦いを見届けることができないかと思われていた。
もし仮に、それが実現していたらこの老人たちは何らかの理由を持ち込み、そして後付けで偽造して冤罪をかけることで、次郎の将軍位就任を阻んでいたことだろう。
それを知ってか知らずか、とある精霊が気を回したことによってそれも実現しなくなった。
「さて、時間だ」
そして無残にも選抜試験終了の鐘が鳴り響く。
映像越しに見える会場が一斉に光り、そして会場に残っていた参加者はその光に包まれて全員転送される。
「今回の結果は皆も見ての通りだ。参加者の中で現役の将軍を倒すことが叶ったのはたった一人。今後も将軍位の席を決める選定を行うつもりであるが、先に彼の就任式を行わないといけないね」
終わってみれば魔王の手のひらの上だと言わんばかりの結末。
内心では歯ぎしりをして悔しがっている老人たちの気持ちは晴れる様子はない。
それを背中で感じつつ、魔王はとある個所の映像を眺める。
そこには肩を貸し、負傷した鬼王を穴の奥から連れ出している次郎の姿。
半身を失い、動くことが困難な鬼王を連れて脱出してきたと思いきや、二人は楽し気に笑い合っているではないか。
何かあったなと笑いながら、あとでその話を聞いてみようと思いつつ、これでひとまずは新たな将軍が誕生したと言っていいだろう。
「さて諸君、今回の結果に対して異論はないね?」
魔王の言葉は一見穏やかではあるが、意訳するとこうなる。
『まさかとは思うが、この決定に異論を唱えるつもりはないだろうね?』
と、優しく同意を促しているように見えるけど、その裏の言葉を理解していると老人たちはこちらも表向きの表情を取り繕って。
「はい、そうですな。こちらとしても新たな将軍が誕生したことは嬉しい限りです」
意訳すると、
『今回はしてやられたが、次回はこううまくいくとは思うなよ』
と悔しさを隠しながら老人たちは次郎の将軍位への就任を同意したと言える。
「そうか、なら良かったよ」
お膳立てをある程度したとはいえ、現役の将軍を打倒したことは実力だ。
そのことにうれしくなりつつも、そっと転移していく次郎たちを見送る魔王。
消え去った彼らの後には誰もいなくなった会場が残るのみ。
「さて、となれば次に来るのは彼がどこの領地を治めるかという話になるね」
そんな景色をいつまでも眺めているわけにはいかない。
新しい将軍が決まったのなら次に出てくるのはダンジョンの経営と、将軍位としてふさわしい領地の話になる。
「そう、ですな」
この話で得をするのは誰かと言えば魔王だと確信しているのが老人たちの心境だ。
誰が見ても次郎は魔王派閥に属する。
もし仮に老人側に関わり合いを持っていた存在がいるのなら話は別なのだが、そんなイフの話はこの場では不要。
必要なのは新しい将軍に与える土地の話だ。
現在大陸には実は分けられるだけの土地は存在しなかったりする。
未開拓という部分は存在するが、それは野生の魔物が群れで生息していたり、資源的にも土地的にも魅力がない場所であったりと、こう言っては何だが旨味のある土地は全て押さえてあるのが現状だ。
ないのなら持っている奴から譲渡する。
その流れを知っている老人たちはいかにして自分たちのダメージをこの場にいる誰かに押し付けるかを考える。
魔王の統治を渋々ながら認め、けれど寝首をかけるのならいつでも狙う気でいる勢力にことかかない魔王軍。
だけど、反魔王勢力が一枚岩と聞かれればそうではない。
それぞれに主張や思想があり、思惑がある。
誰が好き好んで、人間であった次郎に土地を譲るかという話だ。
一番波風立てない方法で納めるのなら、魔王直轄の土地を次郎に与えるか、それとも次郎の婚約者の一人であるエヴィアの実家であるノーディス領をそのまま次郎の領地にするかだ。
これが老人たちにとって最善ではないが、被害が少ない結末だ。
最善はもちろん、次郎の将軍位の就任の話が流れ老人たちの手勢の誰かが将軍に就任することだ。
だけど、その流れは次郎によって断ち切られた。
であれば、いつまでもそのことを引きずっている場合ではない。
と打算的な計算が老人たちの脳に駆け抜け、そして瞬時にどこの土地が最も都合が良くて、被害が少なくなるかと考え始める老人たちだが、そんな思考を魔王が予測していないわけがない。
「そこで諸君、私にいい考えがあるんだ」
いい考えが老人たちの都合のいい話ではないのは当然だ。
魔王の言葉を額面通りに受け止める輩はここには一人もいない。
魔王の側で控えるエヴィアはこの後いう魔王の言葉を知っているがゆえに、心の中で次郎に今回の戦いに関して賞賛を送るとともに、この後に言われる魔王の言葉に対して同情の念を抱いた。
「地球への親善大使、そして地球との交流の拠点地」
魔王が一回フィンガースナップをすることによって、さっきまで映し出されていた画面の画像が一転する。
それは何かの計画書。
いや、設計図と呼べる代物だ。
機械的な構造や、自然を映し出された写真。
「日本で我々が居を構える東京の都市から南東に五キロの地点に建設予定の人工島、ここを彼の領地とするのはどうかな?」
それは次郎がムイルと共に自身の組織を造り上げ、地盤を確保している間の出来事だった。
その間に魔王は日本政府とアメリカ政府、その両方を相手取り交渉繰り返して、そして日本の領海内に位置する部分に人工島を作る許可を取り付けていた。
そしてそれは異世界人である魔王軍がこの世界に地球に名乗り上げることを意味する。
すでに日本政府を通して国連加盟国に通達が行き、日本神呪術協会を通して裏の世界にも連絡が言っている。
賛否両論の意見はあったが、それでもごく短時間で地盤を造り上げることの許可を取り付けたのは魔王の手腕があっての事。
そして、老人たちはしてやられたと、内心で怒りを抱いた。
「魔王様!それはあまりにも急な話では!!」
その中でさすがにその話は見過ごせないと席を立ちあがる老人もいるが。
「じゃぁ、君の土地を譲ってくれるかい?」
この一言でその老人たちの口も封じることができる。
地球との国交は様々な資源や情報を魔王軍にもたらしてくれている。
科学という分野は万人に平等な力を与えてくれる。
その技術を得て様々な躍進を遂げている魔王軍であり、そしてこの地球というのは宝の山だ。
力づくで占領するには魔素のない空間がネックとなり、今もなお、魔素のない空間で永続的に活動できる方法の研究がおこなわれている。
いわば、地球という環境は目の前に宝が山積みにされている世界なのだ。
農業という分野だけでも、魔王軍にとってはブレイクスルーが起きるほどの技術が山盛りなのだ。
その技術が色々と手に入る足場を魔王に与えることになるのは看過し難い内容である。
だが。
「そうでないならば座り給え、なに君たちの領地を取り上げようとは私も思っていないよ」
魔王にとっても老人たちがあれやこれも口出してくることは予想の範疇。
そして魔王がいかにして地球との交渉に老人たちの意見を挟ませないかと謀っていた。
次郎の将軍位への後押しはその口実のためだ。
真の目的は、地球との国交を魔王の管理下に置くこと。
もし仮に、今回の選抜で次郎が負けるようなことがあれば、別の方法を考えていたけど、無駄にならなかったと魔王は安堵している。
「では、諸君。話合いをしようではないか」
ここから始まるのは一方的な会話による蹂躙だと誰もが思う中。
一人勝ちを決めた魔王は笑みを浮かべるのであった。
今日の一言
真の目的は隠しておくべき。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




