468 全力を出し切った。悔いはない
全力での魔法行使。
余力を残さない攻勢に俺の体は一時的に力を失った。
俺はそのまま自由落下し、地面に落ちた。
流れでそんなことを思ったけど、これって実は相当な大惨事だ。
そう、着地ではなく落下。
もっと言えば墜落と言っていい。
人体が決してやってはいけない行為だ。
どうにか受け身は取れたが、教官との死闘を繰り広げた後の、全力での魔力行使に加えて補助してくれていた鉱樹を射出して、魔力も体力も大幅に低下してしまった俺は最早立ち上がることも一苦労だ。
「いってぇ」
それでも高さ数十メートルの地点から落下しても痛いの一言で済む当たり、俺も人を辞めている。
普通だったら、痛いという言葉すら吐き出すこともできずにどこかしら骨を折ってそのままご臨終コースの高さからの自由落下。
「………教官は?」
後先考えない、文字通りの全身全霊。
アメノヌボコに俺が持っている魔力を全部ぶち込んで射出した結果を見ようと、力の入らない体を叱咤して、起き上がり、マジックバッグからポーションを取り出して少しでも回復する。
焼け石に水とまではいかないが、気持ち体のだるさが抜けた程度の感覚で体を引きずって爆心地となったエリアを見下ろす。
俺が落ちた場所は、魔法を発射した反動で山なりに弾かれて外縁部という場所に落ちたからよかったけど、もし仮にあのまま中央部に落ちていたら、飛んだ高さに加えて、この穴の高さが加わっていたということか。
「深いな、どれくらい掘れたんだ?」
自分でしでかしたことだけど、どこか他人事のようにつぶやいてしまうのも仕方ない。
重力加速を利用するために重力魔法を展開。
そこに雨あられと質量弾を降らせて、そこに釘付けした後に鉱樹を媒体とした極大の一撃。
その結果大穴という言葉でも足りないくらいに深い穴が出来上がった。
底はかろうじて見えるが、明かりがそこに届いていない所為でよく見えない。
「………教官の魔力は感じないが、これって絶対俺が魔法を乱射した所為だよな」
この穴の底に教官がいるはず、もし仮に外していたらもう戦えないと思いつつ魔力で教官の行方を探るも見つからない。
何故?とさらに探ろうとしたが、結界によって閉鎖的空間を作り出し、その中であんなに加減なく魔法を放った所為で空気中の魔素濃度が高くなりすぎて魔力探知がイマイチ機能していない。
「無事だったみたいね契約者さん」
「ヴァルスさん」
そんな感じで困りながら穴を覗き込んでいる俺のところに、ヴァルスさんがふらりと浮かびながら近寄ってくる。
「あの蛇は無事ですか?」
「最初に心配するのがそっちなの?」
意識が少しぼやけている俺は、ヴァルスさんと出会って真っ先に聞いたのが、精霊界に帰っただろう白蛇の安否だ。
なにせあの教官にしこたま殴られて、俺の身を守ってくれたのだ。
心配くらいはする。
呆れたと言わんばかりにクスクスと笑うヴァルスさんに変なことを聞いてしまったかと思ったが、別にいいかと開き直りその答えを待つ。
「とりあえずは無事ね。流石にあの鬼の攻撃は堪えたみたいだからしばらく休む必要があるみたいだけど。心配しないでも直に回復するわよ」
「そうですか、良かった」
とりあえず俺の懸念は一つ減ってよかったと思うことにして、次に本題を切り出す。
「教官は………」
そしてその確認を取ろうとした時、俺はふとどう聞けばいいか迷った。
明らかに生死を問わないような全力攻撃を放っておいて、倒せたかと聞くのも何か変だ。
では逆に、生きているかと聞くのも戦っておいておかしな話だ。
ここは生死の有無を確認するのが普通だろうか。
「生きているわよ」
俺が言い淀んでいるのを察してか、ヴァルスさんは俺の望んでいる答えを教えてくれた。
生きている。
その言葉にホッとするのは間違っているかもしれない。
事実、そう思った後にハッとなり身構えて、穴の奥底を警戒してしまう始末。
「かろうじて、って言葉が頭につくわよ」
その行動にクスクスとさらに笑うヴァルスさんの仕草など気にならなかった。
それほどまでに言葉に重みがあった。
「それって………」
嘘かと一瞬思ってしまった故に、俺はヴァルスさんに問い直してしまった。
「ええ、あなたの思っている通りよ」
そして俺の言葉に対して、居住まいを正し、向かい合ったヴァルスさんは。
「おめでとう、契約者さん。あなたの勝ちよ」
俺へ勝利宣言を送ってくれた。
「勝った?」
「ええ」
「俺が?」
「ここに立っているのはあなた以外はいないわよ」
てっきりここから大どんでん返しでも始まるのかと警戒していたが、肩透かしをくらった。
あの教官に勝った?
あのタフの権化と言っていい教官に勝ったのか?
「実感がわかない?」
「わかないな」
現実に追いつけていない俺は、素直にヴァルスさんの言葉に頷くしかなかった。
こんなに勝敗というのはあっさりつくものなのか。
未だ教官に勝ったと言う実感がわかない俺は、どうすればいいのかと迷ってしまう。
「それじゃ、現実を見に行きましょうか」
それを見て、ヴァルスさんは俺を魔法で浮かせて、そのまま穴の奥底に降りようとしてしまう。
体力も魔力も根こそぎ無くなっている俺はそれに逆らうことはできない。
「現実って!?」
「あなたが倒した張本人と会えば、少しは現実味もでるでしょう?」
いったい何をするのかと聞こうとしたら、問答無用と言わんばかりにそのまま穴の中に降り始めた。
これから何をするか、ここまでの行動をされたら流石に察しはつく。
「それに、あの鬼もあなたを待ってるわよ」
そして、この穴の奥で教官が待っていると言われれば、俺は黙って降ろしてくれているヴァルスさんに身を任せる他ない。
どんどん下に降りていって、段々と薄暗くなっていく。
そこに恐怖は覚えないが、どことなく不思議な感覚を味わっている。
そして、十数秒程度で穴の底にただりつく。
結構な速度で降りてきた。
そして、この穴の奥底に降りてまず初めに感じたのは魔素の濃さだ。
地表の倍以上は濃いと思われる魔素の量。
たぶんだけど、俺が放った魔法が全て拡散した結果こんな魔素量になったのだろう。
「やりすぎたか」
「いえ、これでもあの鬼を倒すにはギリギリだったと思うわよ。あなたの行動は確かにあの時は最善だった」
どれほどまでに俺は魔力を込めて教官に放ったのかと改めて実感して、先導してくれるヴァルスさんの背中を追う。
穴の奥底は当然のように整地されていない。
砕け散り、荒れ果てた大地。
無理矢理掘り進めたような感じになった穴の奥底は、疲れた体にはなかなか堪えるほど地面が荒れてて歩きにくい。
それでもどうにか進んで、たどり着いた場所に、ようやく感じ慣れた魔力を捉えた。
「よう、遅かったじゃねぇか」
「教官?」
この穴の中でもひときわ大きい岩に背中を預けて、瓢箪を煽る大鬼がそこにいた。
いや、背中を預けているのではない、そこに串刺しにされていた。
教官の巨躯を中心から打ち抜き、腹部に堂々と突き刺さる鉱樹。
それは地面に刃を打ち込んで、ここから鬼の移動を封じるかの如く、真っすぐにつき立っていた。
「大した攻撃だ。魔法だけならまだ耐えられたが、あそこまで動きを封じられた状態でこんな攻撃をぶつけられたらこの様だ」
そこにゆっくりと近寄っていけば、暗闇に慣れ始めた俺の目が教官の姿を捉える。
あれだけ隆起していた肉体は、俺の見慣れたサイズまで萎み。
あれだけの再生能力を誇っていた教官の肉体は今では、そこら中から血を流していた。
「教官、右腕が」
そして何よりも目を引いたのは、教官の片腕、いや半身を抉り切ったかのような傷。
よく見れば、片目もない。
それを指摘した教官は、ああと気の抜けた声で返事をして。
「なに、魔力さえ回復すればこの程度の傷は治る。気にすんな」
そんなキノコが生えてくるみたいな言い方で、平気だと宣った。
ひらひらと瓢箪を揺らす、教官の力具合は今まで見たことがないくらいに弱々しい。
「その、なんだ」
そんな教官が、そっと視線を逸らしながら照れくさそうに何かを言おうとしては言わず、そしてどうするかと唸り始めて。
「よくやった。この俺を殺さず勝ったのは大したものだ」
教官にしては珍しく、小さな声で俺を褒めてくれた。
何だろう。
万雷の喝采を受けたわけでも、お偉いさんに褒められたわけでもない。
ただただ身近にいた人に褒められたと言う事実が、この上なくうれしい。
ジワっと心の奥底が暖かくなって、体がズタボロになったことも気にせず、この顔を見られたくないがために勢いよく俺は上を向く。
「なんだよ、勝ったのに泣く奴がいるのか」
「いいんですよ。これは嬉し泣きですから」
だけど、そんな仕草を見て、普段通り教官は俺を揶揄う。
それに負けじと反撃するけど、若干鼻声になっていないか心配になる。
「かぁ、それにしても悔しいな。あの攻撃さえ耐えられればもう少しお前と遊んでられたのによ」
「俺の全力でしたよ。あれが防がれたら、もう時間切れいっぱいまで持久戦するしかなかったです」
勝者と敗者。
そして互いに殺し合うほどの戦いを繰り広げた。
その二人がその場に座り込んで話し合うなんてめったにない。
相手を称賛することはあっても、恨みはない。
「次は俺が勝つからな」
「次も勝たせてもらいますよ」
終いには次の戦いの約束をしてしまう始末。
「っぷ」
「は」
その流れに俺と教官は思わず笑いが漏れ始め。
「あはははははは!!!」
「がはははははははは!!」
俺が開けた穴の中に笑い声が響く。
その笑い声は遠くまで響くほど大きく、その光景を見ていたヴァルスさんはやれやれと首を振り付き合ってられないと、ふわっと宙に浮かび。
「お邪魔のようだし、契約者さんはやることがあるのでしょ?制限時間いっぱいまで結界は維持しておいてあげるから迎えが来るまで楽しみなさいな」
そのまま穴を出ていってしまった。
「ああ?やることだ?まさかお前この後竜王と戦うつもりか?」
そんなヴァルスさんの言葉に何を勘違いしたのか、少し不機嫌そうに俺に言う教官。
「いや、もうこんなズタボロですよ。襲い掛かってきたのなら迎撃はしますが、自分から戦うようなことはしませんよ」
文字通り、気力体力ともに空。
こうやって会話を成り立たせているのも、気合の残りかすを振り絞っているに過ぎない。
全力での死闘。
全力での魔力行使。
余力を余すことなく使い切った結末故の勝利。
「俺はただ、約束を果たそうと思っただけですよ」
かなりの数の教官の攻撃を受けて体中に痛みが走っているが、それでもとりあえず、約束だけは果たさなければと、そっとマジックバッグに手を差し込む。
「あ?約束だ?」
腹に鉱樹が刺さったまま、約束という言葉の心当たりを探そうとする。
「とりあえず、その約束を果たすためにも、うちの相棒を抜かせてもらっても?」
その心当たりが思い浮かばないまま、悩み始める教官に苦笑しながら、俺はとりあえず取り出したポーションを差し出しながら、鉱樹の柄に指を指す。
「おう!本当はへし折ってやろうかと思ったが、お前の刀だしな。我慢してやったよ」
〝ふん、そう簡単に折れると思うなよ鬼〟
「ガハハハ!この俺に対して大口を叩けるとは、次は絶対へし折る」
事実、正面から教官の拳と打ち合っていた我が相棒の強度は大したものだ。
とりあえずぬけと言う指示を顎でされた俺は、迷わず鉱樹の柄を握り、そのまま迷わず抜く。
うめき声をあげるどころか表情一つ変えない教官の腹に、ポーションをかける。
「んなのいらねぇのによ」
「いるんですよ。この後の約束のために」
その行動に不満を漏らす教官であったが、続いてマジックバッグから取り出した物をみて不満の顔から一転、目を見開き驚くのであった。
「次郎、お前、それ」
「約束したじゃないですか」
マジックバッグの中から取り出されたのは、こんな戦場には似つかわしくない酒瓶。
中身がポーションだったり、何かの魔法薬だったりするわけでもない。
正真正銘、只の日本酒だ。
「あなたに勝ったので、酒宴のお誘いです」
本当だったら、この戦いの後に正式にこの誘いをかける予定だったが、何の気まぐれか。
わざわざ回復薬や他の消耗品を入れられる枠を削ってまで、この酒瓶を一本マジックバッグの中に放り込んだ。
この戦いの日の前に、最後の点検をしている時に、ふと思い出した鬼の言葉。
ゲンを担ぐのもいいかと、入れる予定の物を少し変更して、この一本とグラスを二つ。
こんな野暮な場所で誘うことはないだろうと怒られるかもしれなかったが。
「ガハハハハハ!!大将にも同じことされたな!!そうだな!!約束したな!!腹に穴開けた状態で酒は飲めんわな!!」
この鬼であればその誘いを断るということはない。
「生憎と、これ一本しか用意できなかったですけどね」
「構いやしねぇよ。こんな場所で酒を飲めるんなら文句はねぇ」
そして互いにグラスに注がれた酒を掲げ。
「お前の勝利に」
「この戦いに」
乾杯と、言い放ち。
そして飲み干した酒は、今までにないくらいに美味かった。
今日の一言
達成感と相まった酒はうまい。
ついに決着がつきました。
もう、2から3話で今章は終了予定です。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




