467 そして結末に向かう
腕が逝った。
おまけに、パイルリグレットを放った時に、紫紅もどっか行った。
踏んだり蹴ったりとはこのことか。
パイルリグレットで殴り返したはずなのにこっちにダメージが入るってどんな状況だよと心の中で愚痴りながら、チラリと見た左手を確認する。
ダラリと下がった腕は魔力と竜血でどうにか補強してるけど、戦闘となると何ともならない。
粉砕骨折ってまではいかないけど、骨折は確実、左手に力が入らない。
ここ一番で大ミスをかまして、ちょっと寂しげに笑った教官めがけて飛び膝蹴りの要領でパイルリグレットぶちかましたけど、それでも平気なツラで起き上がってくるのがおかしい。
あれ、一応常人相手なら原形どころか跡形も残らないほどの高威力があるんだけど。
その結果が鼻の骨を折って鼻血流す程度って納得ができない。
脳の方にダメージがいった様子はない。
足に来ている様子もないから、スっと本当に何もないかのように立って見せた。
だから苛立って、啖呵切ったけど、正直、体が万全じゃない状況に追い込まれてしまったら勝ち目はかなり薄くなってしまう。
切れる手札も限られてしまうし、何より防ぐために片手が使えないのはきつい。
本当にここから先は、肉を切らせて骨を切る勢いでやらなければチャンスは来ない。
『行くぞ!』
そんな俺の心情など知らないと言わんばかりに、襲い掛かってくる教官には今まで見てきた中で最高の笑みが浮かんでいるのではないかと思えるくらいに極悪な笑みが浮かんでいる。
ああ、クソ。
そんな顔されたら、諦めるなんてことできないよな。
「くたばれやぁ!!」
自棄を起こして、敬語を使う余裕もかなぐり捨てて、全体力をこの鬼を倒すことに使いきる。
すでにこのタイミングであとどれくらい時間が残っているかなんて知らない。
出来ることは全てやり切らなければ悔いが残る。
時間切れなんて結末だけは勘弁だ。
『おまえがなぁ!!』
容赦がないのはお互い様だ。
集中力を切らさないように注意しながら、ここから先は削り合いだ。
魔力で強化された額で教官の拳相手に頭突きをかまして、衝撃に目がくらみそうになっても脊髄反射で右手の鉱樹で教官の足を切り裂く。
「浅いか!?」
『そんなちんけな力で俺の体が切れると思ったか!!』
だけど、片腕になったのは想像以上につらい。
片腕が使えなくなったことで剣筋の軸がずれて、綺麗に刃が入らない。
振り抜くスピードも左腕の痛みを我慢しながらだから、わずかにだけど落ちている。
これ以上の傷を負った状態でも全力の太刀筋を出せたことはあったが、今の中途半端なダメージが足を引っ張っている。
『オラオラオラ!!さっきの威勢の良さはどこ行ったんだよ!!』
「まだまだ!!」
一方的に押されつつある中でも、痛む体をどうにかムチ打って動かして勝とうとしているが、現実は甘くない。
『■■■■■■■■!?』
「しまっ!?」
白蛇の鎧がついに限界を迎えた。
『随分と手こずらせてくれたな!!次元の壁をぶち破るのは中々手間だったぞ!!』
魔力が拡散して、精霊が剥がれる。
ズンと巨体を横たわらせて、倒れる白蛇は瞬く間に消えていく。
死んだり消滅したわけではないが、ここまで蓄積したダメージを負ってしまったら当面は呼びだすことはできない。
ここから先は正真正銘俺の防御力で受けなければいけない。
「根性!!」
『気合でどうにかなると思われるのも癪だな!!』
実際、吹き飛ばされた勢いのまま追撃を受けて、片腕で鉱樹を使って受け止めたけど、白蛇の鎧を纏っていた時と比べて衝撃が増量している。
体の芯まで響く衝撃、どうにか身体強化で筋肉や骨にはダメージを届かせないようにしたが、内臓の方はそうはいかなかった。
「コホっ!」
一瞬咳がでて、口の中で血の味がする。
ヤバい、内臓のどっかが逝った。
衝撃でこれかよ。
未来視で予測しても、見えた瞬間に反応しなければ対処できない。
ドンドンダメージだけが蓄積していく。
均衡が崩れた瞬間にこれ。
クソ。
山は果てしなく高かった。
諦める気はさらさらないが、気持ちと体が一致していない。
「はぁはぁ、はぁ、はぁ」
『どうした?まだまだ楽しめるだろ?』
「当たり、ま、えですよ」
いったいどれだけの教官の攻撃を受けたか。
立っているのもかなりヤバい。
意識だってちょっとでも手放したらマズイ。
気力で魔力を回して、体力の回復と傷の治療に当ててるけど、全然追いつかない。
勝つという気持ちだけで持たせている。
「っつあ!」
痛みをこらえて前に出る。
守っていたら、負ける。
攻めねばと気合を込めて全力で駆け出す。
『おせぇよ!!』
その速度は教官からしたら見るも無残な速度に落ちたのだろう。
容易に対処され、迎撃された俺の体は簡単に宙に舞う。
「かは!?」
地面に打ち付けられた衝撃で肺から空気が吐き出され、それでも無理矢理体を動かして衝撃を逃して立ち上がりながら飛び下がる。
ズゴンとまるで隕石がそこに降ってきたような勢いで教官がついさっきまで転がっていた場所に蹴りを振り下ろしていた。
危ないと冷や汗をかいている暇もない。
跳び下がった分だけ、助走距離ができた。
「!」
そして視界の端に見えたものを見て、これはと思う。
パイルリグレットの応用で足元に魔法陣を展開。
加えて目の前に障壁も展開する。
そして足元の魔法陣を起爆させ、突進力だけに特化した加速を見せる。
『正面からか!』
それに当然反応する教官は俺に殴りかかろうとした。
未来視でどの軌道で教官の拳がやって来るかはわかる。
思考加速でどうにか情報処理しているが、三日目ともなるとさすがに脳への負担も大きくなってきていて厳しい。
だけどここで諦めるわけにはいかない。
さらに思考加速の速度を上げて、俺のできる限界をここで発動させる。
脳が熱い、体が軋む。
耳から拾う音がうるさい。
加速すれば加速するほど、脳で処理する情報は増え、そして体への負担は大きくなる。
だけど、こうする以外に、チャンスを作る方法が思い浮かばない。
持ってくれよと体に檄を飛ばし、タイミングを計る。
ゆっくりとスローモーションになった世界。
そんな世界でも俺よりもだいぶ早い速度で動ける教官の動きから目を離さず、そして未来視から入ってくる情報を逐一処理する。
踏み込んできた、地面が崩れ始める。
空気が歪むのが視界で見えて、そしてその歪みの原因である拳が顔面に迫ってくる。
けれど俺の体はその世界ではゆっくりとしか動かず、そしてこの軌道では教官の拳は障壁に当たるが、そのまま直線コースで俺の顔面が殴られる。
白蛇の防御がない今、それを喰らえばただでは済まない。
だから。
『なんだぁ!?』
このタイミングを待っていた。
千分の一秒単位でもギリギリ間に合うか間に合わないかの瀬戸際。
俺は賭けに勝った。
さっきの教官の攻撃で吹っ飛ばされた方向が良かった。
偶然弾き飛ばされた紫紅がある方向、そして着地した場所と教官の間に紫紅があってなおかつ破砕した岩の影になって紫紅は見えない。
そしてさらにこの戦闘のおかげでは周囲一帯の魔素は入り乱れ、紫紅の存在に教官は気づけなかった。
物を引き寄せるだけの簡単な魔法だが、極めれば弾丸よりも速い速度で引き寄せることができる。
それこそ教官が反応できるギリギリの速度で引き寄せることもできる。
俺と紫紅の間に教官を呼び寄せてそして、この一手で紫紅を背後から飛ばす。
教官であればこの程度の攻撃は何とも思わずその身で受けると思った。
最悪急所でなければ教官はこの攻撃を無視して俺への攻撃に集中する。
だが、紫紅はただの武器じゃない。
ジャイアントの手で打たれた魔剣。
その特殊能力は魔力吸収。
肩甲骨付近から深々と突き刺さった紫紅。
その一瞬の攻撃によって、魔力が吸われ攻撃してきた拳の軌道が逸れた。
千載一遇、この隙を逃すわけにはいかない。
全力で右手に握る鉱樹を教官に突き刺す。
『やるじゃねぇか!だが!!』
紫紅と鉱樹のおかげで教官の右腕を使えなく出来た。
だけど、この鬼はその程度で諦めるような鬼ではないのは百も承知。
即座に反対側の左手で俺を殴りかかろうとしたが、さらにワンアクション確保できた。
「雷伝!!解放!!」
鉱樹に滞留していた魔法を一気に開放する。
『があああああああああああああああああああああ!?』
いかに強靭な肉体を持つ教官とはいえ内部から上位雷魔法で焼かれれば多少なりともダメージは通る。
そして雷魔法は筋肉の動作を阻害させることもできて、教官であっても簡単には動けない。
『おおおおおおおおおおお!!』
それでも俺を殴り飛ばそうとする教官であったが、動きは明らかに遅くなった。
この動けない時間こそが勝負所。
俺は力の入らない左手でマジックバッグから、スクロールを取り出す。
「発動!!」
鷲掴みにして雑に取り出された羊皮紙のスクロールだけど、元々スクロールは一種類しか入れていない。
だから何が発動するかランダムになるようなことはしていない。
『封印術式か!?』
「大当たりですよ!!」
スクロールが発動し、教官の肉体に走る黒い術式。
その正体を見破った教官は即座に俺から離れようとするが、俺はその動きが見えていたから。
「グラビティプレス!!」
『自分事巻き込んだのか!!??』
ズンと俺の体が一気に重くなる。
俺を巻き込んでの高重力空間を生み出す魔法。
今この瞬間だけは俺の体重は、実に百五十倍にもなっている。
全身全霊の魔法。
俺の体重はいま約八十キロだから十二トンになっている。
そして目の前の巨体を持つ教官は俺のさらに数倍、下手をすれば十数倍の重さを感じているに違いない。
「ゆ、っくり、していきましょうや」
ニヤリと無理矢理笑う俺は、ぎしぎしと体を軋ませながら。
「教官!!」
さらに重力魔法を発動させる。
同じ系統の魔法の重ねかけによって重力魔法が乗算され、俺のいる空間は重力が三百倍にもなる。
魔力強化に竜血効果でも体が潰れるのではと思うような重力をその身に浴びて、汗を流しながら、封印術式の完成を待つ。
なんてことはしない。
『ゆ、っくり、させる気はないじゃねぇか!!』
待って勝てるなんて思わない。
重力魔法に影響を受けない範囲外、そう。
具体的に言えば直上に展開した無数の魔法陣の数々。
重力場の範囲外から抜け出そうとする教官の動きよりも先に展開した魔法陣の数は、百を超える。
コツコツと戦いながら用意した遅延魔法によって待機させておいた魔法。
教官と一対一になってからも溜め続けて、三百を超えたあたりから数えるのを止めた。
「重力魔法によって、加速した魔法、なら、教官の体にも届くでしょう?」
封印術式によって体が段々と動けなくなり、それに抗うために魔力を回しているようだが、このスクロールは俺の魔力二週間分を注ぎ込んだ一品で、アメリアの図書館にあった勇者側が使っていた魔法をヴァルスさんの監修で改良した封印術式。
一度張り付いたならいかに教官であっても簡単には外せない。
「ですから!存分に味わってくださいよ!!」
そして教官にこの封印が当たったのなら、この一手が打てる。
重力魔法をゲートとして使い。
垂直に降下させ、魔法の加速を図る質量絨毯爆撃。
上空に展開している魔法は全て土属性の特級魔法だ。
土魔法は元来威力的には申し分ないのだが、速度が他の魔法と比べて非常に劣る。
なので防御面や陣地作成に活用される魔法だという認識が強い。
だが、魔法によって高純度まで圧縮された岩は、その大きさからは考えられないほどの質量と強度を生み出すことができる。
それを雨なんて言葉では生ぬるい量を降らせ、重力魔法で加速させて教官にぶつける。
そこの中心に俺がいるが関係ないと言わんばかりに魔法陣の発動をする。
一斉に生み出される隕石群。
直近に重力魔法のエリアが展開されているのだから一秒に満たない時間でここは隕石の爆心地と化す。
「ヴァルスさん!!」
それに巻き込まれないように準備はしている。
「はいはい!!待ってたわよ!!」
結界の維持をしていたヴァルスさんを呼び寄せて鉱樹と紫紅と一緒に転移してもらう。
時空を司る精霊にとって、短距離転移魔法などすぐに発動できる。
そして転移された先は重力魔法の直上であり、そしてさっきまで俺が教官と対峙していた場所が見える場所。
丁度、魔法陣を挟んで直上に転移した俺は、隕石に巻き込まれる教官が見えた。
次から次へと降り注ぐ隕石の数々は、瞬く間に地形を塗り替え、爆発したかのような轟音を響かせるが、これで教官が倒せるはずはない。
「この矛、世界を創造せし矛」
だからこそ、ここで大技の追撃をかける。
「その雫は、混沌より大地を生み出し、世界に名を与えるモノなり」
土属性以外の魔力を混ぜるよりは、純粋な土属性の魔法を練り上げる。
「重ね重ね重ね、幾度も重ね、その力により今この地に降り立つ」
さらに今回は、鉱樹をそのまま媒体として射出する。
純粋に使う魔力は今までの魔法の比ではない。
「放て」
そして鉱樹の周りに魔法によって形成された一つの矛が完成する。
それは日本神話で伊邪那岐と伊邪那美が使ったとされる国生みの矛。
「アメノヌボコ!!」
それをためらいもなく、さっきまで教官がいた場所にめがけて投擲し、重力魔法のエリアのゲートを潜り抜けたそれは。
音を消し去り、大地を割り、そして遅れるように大爆発した。
今日の一言
終わりは近いと思うと、根性が出せる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




