466 自身が育てた者が、成長してくれることに喜びを覚える
Another Side
楽しい。
何て楽しい時間なんだ。
鬼王ライドウはある種の感動をこの戦いで感じていた。
たった一人の人間が果敢に自身に挑むなどどこの夢物語だ。
そして目の前の人間が自身の手で育てたと言えここまで育つなど、たった数年前の鬼王ライドウが思うわけがない。
「教官!」
長年積み重ねてきた自身の強さに追いすがるのは、わずか数年で鍛え上げた、鬼王ライドウにとっても弟子と言っていい人間。
我武者羅に、されど勝つために狡猾に、全身全霊をもってして鬼の王であるライドウを倒すために文字通り全てを用いて挑みかかる人間。
田中次郎
白き鎧に身を包み、険しい顔の中にも笑みを浮かべ、この戦いが楽しいと言わんばかりにライドウにぶつかってくる姿を、ライドウは歓喜とともに出迎えるのであった。
『次郎!!』
ライドウが正真正銘の全力であるこの姿を出すのはきっと魔王か、決戦時の勇者だけだと思っていた。
まさかこんなところで披露することになるとは欠片も思っていなかった。
それほどまでにこの技は強力であり、またライドウにとっても正真正銘の切り札であったのだ。
鬼門絶解。
鬼族の中でも体質的に才能があり、なおかつその中でも一部の鬼のみがたどり着くことができる絶技。
普段は、封印門によって自身の肉体能力を下げ、代わりに魔力増幅を行い、肉体能力が低下している状態で増えた魔力に耐えるために肉体に負荷をかけることによって自身の肉体を鍛え上げる技だ。
だが、この技は言うだけなら簡単な技だが、行うのは生半可な覚悟では後悔する技だ。
体内の魔力を体内で増幅させる術式を常時発動させ、肉体にとどめる。
増える魔力自体が少量であれば適度な訓練になるし、それ相応の効果があっただろう。
ただ、これは鬼の秘術。
生半可な訓練方法であるはずがない。
ハイリスクハイリターン。
体質的な才能と、精神的な逞しさを求められると簡単に言われているが、実質この儀式を施せる鬼は万人に一人、いや、その中でも最上位の術式を施されるとさらに万分の一。
すなわち一億分の一の才人でなければこの術式を肉体に刻んだとしても、待っているのは死だけ。
これは限界まで体内で魔力増幅できる状態に持っていき、常時体内で爆発的な魔力が暴れまわっているのと同じ状態を作り出している。
強制的に際限なく体に成長を強いるそれは、万全な肉体でもかなり危険なことであるにもかかわらず、さらに肉体を弱体化させ、その成長の振れ幅を増やそうとする。
体に負担を強いるなんて生易しいモノではない破壊による成長だ。
封印を突き破ろうとする魔力の渦を、いかにして体内で正常に流し続け、そしてその激流に耐えられる肉体を造り上げられるか。
言葉にすればそれだけだが、何度も言うがこれはそんな生易しい行為ではない。
負荷をかけ、負荷に慣れたら、さらにその負荷に慣れた体にかかる負荷を増やす。
流れとしては単調であるがゆえに、その効果は絶大。
それが延々と繰り返される。
それこそ、その術式が刻み込まれた者が死ぬまでだ。
一度刻み込んだら、決して外すことのできない諸刃の刃。
では、鬼王ライドウは、その術式に耐えきっているということは彼は才能のあるものかと思われる。
『楽しいな!!次郎!!』
「ついていくのでやっとですけどね!!」
『楽しいって部分は否定しないんだな!!』
それは第三者から見たら当然だと言われる。
結果的に見ても鬼王は才能があったのだと言われるのかもしれない。
亜音速の速度で常時動き回り、最高瞬間速度にいたっては音速を上回る次郎の攻撃を鍛え上げられた肉体で迎撃する鬼王。
彼自身の目にはしっかりと次郎の姿が見えているが、一瞬たりとも見逃さないとその目は忙しなく動いている。
それができるほどまでに鍛え上げられた事実を見て、鬼王に才能がないと疑う者はいないだろう。
だが、もし、仮にといくつものイフの言葉を重ねてたどり着いた答えの中に、鬼王ライドウが無才の身だったとしたら誰もが驚きの声をあげるだろう。
それこそ、次郎であったとしてもだ。
彼の鬼は実は、生まれた時は非力な小鬼であった。
魔力適正にも恵まれず、育つ環境にも恵まれず、そして当然のように師にも恵まれず。
彼の鬼の王は間違いなく、数多いる鬼の中でも最下層の存在だった。
では、そんな鬼がなぜ今こんな鬼の頂点に君臨しているのか。
その理由は唯一非凡だと言える部分がこの鬼に活路を見出したのだ。
この鬼は生まれながらにして戦うことが好きだった。
弱くとも負けても、殺されなければ何度でも戦うことができる。
生粋の戦闘狂。
そう言うことを知っているからこそ、この鬼は努力を忘れなかった、限界を設けなかった。
一度の腕立て伏せの重みを知っている、休むことの必要性と危険性を知った。
弱いからこそ、強さに貪欲になり、強さのために命を賭けることができた。
おおよその凡才である鬼たちがここが限界と定めたラインを、まだできる、まだできる。
まだ強くなれると信じ込むことにためらいも疑いもなく、弱いからこそ、上には上がいて強き者に挑める幸運を感謝することはあっても、弱さを嘆くことはなかった。
弱さとは鬼にとって恥である。
だが、この鬼の王となった男は違う。
弱さとは強い存在たちと多く戦えるための機会であると思っていた。
他の鬼にこの言葉を語ったときは、それは弱者の言い訳と捉えられた。
この先、この大口を叩く鬼が生き残ることはないだろうと誰もが思った。
だが一日生き残ったのなら偶然と片づける。
十日生き残ったのなら運がいいと片づける。
一か月生き残ったのならしぶといと思い始め。
一年生き残ったことに疑問を浮かべる。
幾度も死にかけ、何度も負けた。
だが、死ぬことだけはなかった。
鬼王、ライドウにとっての真の負けは死。
二度と戦えないことこそ負けであり、生き残ったのなら問題はないのだ。
だからこそ、もっと強者に挑むために、鬼門絶解の術と出会った時に、死ぬだろうと言う忠告を受けても彼は迷わず、強くなれるのならとその術を身に刻む。
ある意味で、鬼の王となる存在が生まれたのはこの瞬間だっただろう。
一日目は、想像を絶する痛みで体を動かすことができなかった。
この術式を施した鬼は、その傍で死ぬのを眺めながら酒を煽った。
一週間経った頃にピタリと動きを止めた瞬間、死んだと思われたが、鬼王はカラカラに乾いた喉でこういった。
『酒が欲しい』
と。
まだ意識があることに愕然と驚きを露にした鬼は、ライドウに酒を飲ませた。
『かぁ!今までの中で一番うまい酒だ』
そして鬼王ライドウの中で、五本の指に入るほどその安酒はうまかったと記憶している。
想像を絶する痛みが体を襲っているのにもかかわらず、鬼は気にせず、一口また一口と酒を飲み干し、そしてその痛みに適応し、体を鍛えれば鍛えるほど徐々にであるが強くなれる力を得ることができた。
そこから順調かと言えば、そうではない。
元々が非才と言える小鬼であったライドウ。
奇跡か執念かはわからないが、勝ち負けを繰り返しながら生き続けること数十年。
段々と負けることが無くなってきた。
それでも破壊と強化を繰り返し、魔力適正を徐々に上げ続けることに成功した。
前例がないと言われ続けた魔力適正の上昇。
その実、陰での成功者、誰にも気づかれず、その果てに生まれたのが鬼の王。
魔王からしたら、このまま幾百年生き続けたら、魔王と同じ魔力適正十に達する可能性を秘めたまま誰にも語らぬ鬼の王。
そして鬼門絶解をこの世代で唯一体得している存在であり、最強の鬼であり。
百年単位で鍛え続けた魔力と肉体は、魔王をもってしても称賛に値する強靭さと潤沢さを誇り、たった三日で使い切ることを不可能と断ずる存在。
しかし、そんな鬼であっても。
四肢を切り裂こうとするこの人間の刃は脅威だと思った。
この鍛え上げた肉体に線が入り、そしてすぐに再生すると言っても、痛みが走る。
鬼王ライドウはある意味で最も痛みに強い将軍だ。
痛みに対して鈍感であり、そしてなおかつ、痛みでは恐怖を覚えない。
彼にとって痛みは生きると言う意味と、強くなるための過程に過ぎない。
そのはずであったにもかかわらず、目の前で刃を振るう次郎の刃は痛み以上の何かを感じさせた。
心の中でライドウは賞賛を送る。
よくぞここまで楽しませてくれると思った。
そして言葉にはしないが、ライドウにとって最上位の賞賛の言葉を心の中から次郎に送る。
〝俺はこいつに負けても悔いはない〟
それは人として弟子として、次郎のことを認めていたライドウの中に新たな評価を次郎に植え付けた瞬間であった。
次郎を強者として認めた。
次郎を戦いの場で対等の存在だと認めた。
だからこそ。
そんな存在を前にして。
『おら!!もっと行くぜ!!』
「俺としても負けるわけにはいかないんで!!」
簡単に負けてなるものかと負けず嫌いな部分も顔を出してしまう。
拳の先が切り裂かれても治る体。
痛みは走るが、この痛みこそが戦っている証明だとライドウは感じる。
そしてこの長年鍛え上げられた体に痛みを走らせるほどに強者となった次郎に感謝している。
『ガハハハハハハ!!!』
だからこそ笑い声をあげられる。
歓喜できる。
ゴンと次郎の体に纏われている鎧を打ち抜くが、叩いた感触からしてまだまだ貫けないのかと感心させられる。
次郎の足が地面にめり込んで、吹っ飛ばないことと、衝撃で口元から吐血して内臓にダメージを負ったのにも関わらず目が死んでいない。
ゾッと背筋に嫌なものを感じ、本能を信じてのけ反るが、左目に剣筋が走り痛みと同時に左側半分の視界が無くなる。
視界が回復するまでの数瞬。
そのわずかな時間を次郎は待ってくれない。
ライドウは残った視界で対処するよりも、長年で積み重ねてきた直感を信じた。
その直感が下がるよりも踏み込むことを選ばせ、死角に入り込み、姿をくらませた次郎がどこにいるかを探り当て思いっきり振り抜いた腕が固い何かを捉える。
『随分と頑丈な剣だなそれ!!』
「逆になんで刃を殴ったのに切れないんですかその拳!?」
『俺の拳を切りたかったらもっと鋭い奴を用意するんだな!!』
僅かに食い込んだ次郎の刃。
魔力を拳に集中させ、強度を確保しなかったら間違いなくライドウの拳は切り裂かれていた。
さらに力を込めて筋肉で刃を抜けないようにして、その拳を引き手にして反対側の拳で居場所のつかめた次郎めがけて拳を振るう。
雷の魔力で手がしびれて数秒間は使えないだろうが、その代わりに次郎に致命傷を与えられるのなら安い買い物だと肉を切らせて骨を断とうするライドウ。
「パイル・リグレット!!」
だが、そんな鬼王の視界が回復して、真っ先に映ったのは鉱樹から片手を離し、そして思いっきり踏み込み、ライドウの拳に合わせて魔法を放とうとする次郎がいた。
全力のライドウの拳に抗える攻撃。
カッと目を見開き、ライドウは驚いた。
拳の先から感じる衝撃。
全力で振り抜いた拳が防がれた。
だが、その代わりに次郎の左腕を砕いたのがライドウの拳の先の感触で分かってしまった。
致命傷を避けるために、左腕で迎撃するのは間違っていない判断だ。
それはライドウも理解できるし、まだ戦おうとする次郎の気概に称賛も送りたかった。
けれど、ライドウの長年の戦いの経験から、これでこの戦いの趨勢は決したとわかってしまった。
片腕を瞬時に治すことのできない次郎はこの先片腕なしで戦わなければならない。
同格相手ならまだしも、鬼王であるライドウ相手ではこの戦闘能力低下は致命傷。
ここまでかと少し落胆の気持ちをライドウは浮かべた。
否、浮かべてしまった。
全力で、且つ、四肢の状態が万全でようやく縋りつける。
次郎の肉体も人を辞めたおかげでかなりの戦闘能力を持って、この会場に参加する奴らの中で誰よりも追いすがってきた。
だからこそ、幕引きもあっさりとしたものだと、寂し気な笑みを浮かべてしまったのだ。
「そんな似合わない笑い方をするなぁ!!」
けれど、この戦いの場で諦めが悪いのがここにいると言うのを示すように叫ぶ男がいた。
「拳がダメなら!!足があるだろうが!!」
左腕が砕かれて、ライドウの拳に弾かれながら、それでも目が死なず、諦めず、勝つ気でいる人間の右足の足元に輝く魔法陣。
「さっきの三倍、受けて見ろ!!」
足は腕の力の三倍持つと言われる。
ほんのわずか、寂し気に浮かべた鬼にめがけて、目覚めろと言わんばかりに、一切の配慮を失くした一撃が炸裂した。
「パイル・リグレット!!」
まさかの同じ魔法の二段構え。
腕で放つ技が足で放てないわけがないという手本を見せるように、まるでロケットのように飛び出した次郎の飛び膝蹴りは、堂々と鬼王ライドウの顔面を打ち抜いた。
そしてその巨体は大きくのけぞり、この戦いで初めて鬼王を地面に倒すことができた。
「………目が、覚めましたか」
大きく肩で息をしていて、左腕が致命傷であるのにも関わらず、堂々と胸を張って鼻血を拭った鬼王の前に立つ次郎は。
「俺はまだ!諦めてないぞ!!」
舐めるなと言わんばかりに鉱樹をつきつけてくる。
『ガハハハハハ!!そうだな!今のは俺が悪い!!俺の方が諦めるなんて興も冷めることだな!!』
ああ、本当に感謝するぞと心の中でつぶやきつつライドウは、きっと今、酒を飲んだら過去一にうまいだろうなと思い。
『もっと遊ぼうぜ!!次郎!!』
子供の様にはしゃぐのであった。
今日の一言
成長を見れるのはうれしいことだ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




