464 本気で向き合ってくれる、それはある意味で幸せなことだ
何だこれはというのが俺の中での最初の印象だった。
見たことのない教官の技。
それに対して俺がただわかるのは、これから起こることはただ事ではないと言う漠然とした危機感だ。
隆起する教官の筋肉、肌でわかるほど大きくなる魔力、あからさまにヤバい雰囲気を醸し出してくる迫力は、驚きや恐怖よりも先に俺に疑問を投げかけてきたのだ。
「………教官、実はもう一段階くらい変身残してたりしません?」
もともとキオ教官の体は大きい部類だった。
だが、奥の手だと見せてくれた今の教官は骨格とかどうなっているんだと突っ込みたくなるほど大きくなってしまった。
大きさにして一回り、いや二回りは大きくなっているか?
全長で四メートルと言ったところか。
肩周りの筋肉なんて俺の胴体くらいの太さじゃないのか?
冗談交じりで、どこかの竜の冒険ではおなじみのラスボス変身三段階説を割とマジなトーンで聞いてみた俺は悪くない。
『ガハハハハハハ、そんな出し惜しみをお前にするかよ』
だが、生憎とその可能性は教官が潰してくれた。
と言うか、教官、声にも魔力が乗ってるぞ。
これ、下手したら大声出すだけでダメージが飛ぶ奴じゃんか。
そのあたりにも警戒しないといけないのか。
ほんとどれだけだよ。
「なるほど」
『で?俺がここまでして、お前はどうする?』
そして、何とも魅力的なお誘いが来たわけで。
言外で俺の誘いを断らないよな?と教官が楽し気に目で語ってくるのなら。
「もちろん、最後まで付き合ってもらいますよ」
俺は俺のやり方で返礼するまで。
誘ったのは俺の方が先だ。
「相棒、竜血を限界まで使うぞ」
〝おう!〟
腕に絡まった鉱樹が魔力だけではなく、高濃度まで圧縮された魔力の中に竜の血を混ぜ込んだ。
ドクンと心臓が一度高鳴った。
そしてその反応を前にして、教官がニヤッと笑った。
それでいいと言わんばかりに、俺の変化を楽しむ。
本当にこの鬼は、戦うことを楽しむためなら相手の準備すら待つと言う。
真の戦闘狂は、こういうことを言うのだろうな。
『綺麗な瞳じゃあねぇか。黄金色なんてあまり見ねぇぞ』
「いないじゃなくて、あまり見ないってことは俺みたいな奴は少なからずいるってことですか」
体が熱い。
だけど、前みたいに理性が持っていかれるようなことはない。
血が騒ぐ。
早く目の前の鬼を潰せと理性を食い散らかしそうな勢いで本能が騒ぐ。
わかってるもう少し待て。
『それで?準備は万端なのか?』
教官の準備が万端だと言わんばかりに、やるなら早くしろと先を促される。
「いいえ、もう一つとっておきがあるんですよ」
その言葉に甘えて、俺も今回の戦いのために用意していた切り札の一つをここで切る。
竜の血に加えるのは混ぜるな危険と言わんばかりの劇薬。
そっと一つの術式を起動させる。
「装衣〝ヴァルス〟」
装衣魔法。
それは本来、魔法を纏うための魔法だ。
魔力で生成された魔法の形を変化させて、その効果をそのまま鎧のように形質変化させ、攻防一体の武具とする。
魔法の生成、その後に魔法の形質変化と二段階の手順を踏む分魔力消費が大きくなってしまう欠点を持つが、能力は折り紙付き。
そして、魔力に関しては幸いにして俺は常人と比べれば多い部類だ。
さらに何度も死にかけたことによって手に入れた魔力適正十という才能は本当の本当に破格と言っていい才能だ。
「はいはい、承知しましたよ契約者さん。私の力、存分に振るいなさい」
特級精霊であり時空を司る精霊を纏うなんて本来であれば出来る出来ないの話ではなく、やろうという発想にすら至らない。
結界を維持するのはヴァルスさんがいれば十分。
その一部の力である、巨大な白蛇が光となり、俺の鎧に纏われる。
俺の武者鎧が純白の鱗に纏われ、その姿はさながら。
『ガハハハハハハハ!!なんて皮肉、なんて姿!!次郎てめぇ!その姿は勇者じゃねぇか!!』
御伽噺に出てくる、白き竜の勇者。
魔王に勝つのは勇者。
その話の原点に戻ってくるのは少しばかり戸惑いを感じ、そして勇者に殺されそうになった身としては思う所がないとは言わないけど、教官に勝つためならそれくらいの気持ちは飲み干して見せよう。
「あなたに勝つには、これくらいのことはしないといけないと思いましたので」
この姿を維持するだけでも魔力の消費が半端ない。
ガリガリと保有魔力が減っていき、さらに戦闘状態に移行すれば、維持するだけに消費している魔力の何倍も魔力を消費する。
だが、これでも本気になった教官に勝てるかは俺の中では五分五分。
いや、若干此方が不利と踏んでいる。
この姿を見ていかがですかと首をかしげてみれば、本当に楽しいと言わんばかりに大きく笑う教官。
『最高だ!!』
そして待ちきれないと言わんばかりに教官は踏み込んでくる。
スキル、未来視。
それを先読みしていた俺は、スーッと流れるような仕草で一歩踏み込みカウンターを狙う。
教官の腕を掻い潜り、一太刀で仕留めるために一閃で教官の首を狙う。
拳圧で体が持っていかれそうなのを、カウンターに勢いを乗せることで体のブレを抑え込み、かなりいい形で鉱樹が教官の首に吸い込まれるように入った。
ガキン
「どんな、体の強度しているんですか」
『大将の攻撃も防げる程度にだよ』
竜血で肉体を酷使し、次元の壁に同等強度を誇る鎧に身を守られた俺の頬に冷や汗が流れる。
竜王の鱗すら切り裂ける一刀。
だが、俺の手先から伝わってきたのは固い皮膚に阻まれた一刀の先の感触。
思わず笑いが漏れてくる。
これほどまでかと、想定を上回ってくる教官の肉体。
すぐさま、未来視で攻撃される部分に合わせて、再びカウンターを合わせるが。
ガキンとまるで金槌で鉄板を叩いているような感覚を鉱樹の先から感じる。
どうか砕けてくれるなよと切に願いながら。
不幸中の幸いとして、巨大化した教官の腕と、俺の鉱樹の間合いが一緒なのを理由として互いに得意な間合いで攻撃しあうこととなる。
『楽しい!楽しいぞ!!次郎!!』
てめぇはどうだと言わんばかりに四肢を駆使して暴力の嵐を見舞う教官。
「おかげさまで!!楽しんでますよ!!教官!!」
絶望の嵐と言わんばかりの攻撃に心臓の鼓動は激しさを増し、その激しさを抑え込もうとする恐怖がないわけではないが、それ以上に俺もこんな攻撃をできる教官と対等に戦えることが楽しくて仕方なかった。
きっと俺の口元は歯を食いしばりながらといういびつな笑みが描かれていることだろう。
そしてもし、この光景を他所から見ることができたのなら、一般人には唯々大地が抉れ、壊れ、吹き飛ばされるだけの光景が繰り広げられていただろう。
強化した目が未来を先読みした結果を読み取り、そして暴風に抗うように竜の血で底上げした肉体が、その暴力の嵐に抗う。
教官の攻撃を全て躱すことなんてできない。
直撃をもらえばいかにヴァルスさんの眷族である白蛇の鎧であっても何発も喰らうことはできない。
されど時間は有限、この楽しい時間よ永遠にと願う気持ちがないわけではないが、勝ちたいと言う欲求の方が上回っている時点で、残り時間でいかにして目の前の教官に勝つかを考える。
「天照!!」
まず第一に考えたのは攻撃力が足りないと言う状況を覆すこと。
魔力を這わせ、概念的にも斬ることに特化した鉱樹の刃は教官の皮膚を切り裂くに至らなかった。
それは単純に俺の攻撃力が足りなかったということの証左。
であれば、そこを底上げしてやればいいと踏んで、俺の手持ちの中でも魔王に傷をつけられる刃を選んだのだが。
「!?これでも足りないんですか!?」
俺は教官の本気を、本当の意味で怖いと思った。
攻守を交代しながら繰り広げられ、そして振るわれた一刀は教官の腕によって防がれた。
切り裂く、その決意をもった踏み込みも、腕を振るうタイミングもベストだったはず。
なのに、結果は鉱樹の刃が切り裂いたのは教官の表皮一枚。
皮膚の下にある筋肉まで届かず、ジューと教官の腕が焼ける音すらしない。
俺の刃は確かに教官の腕を捉えているが、それでもダメージには程遠いことに、思わず何の冗談かと脳裏によぎる。
『これが、天照か。なるほど、大将がダメージを喰らうわけだ中々にして痛ぇじゃねぇか』
太陽と同等の温度を出しているんだぞ。
そんな刀身の鉱樹と鬼腕のつばぜり合い、絵面からして面白い光景だ。
押し込もうと力を込めても、純粋なパワーでは教官には勝てない。
スピードは先読みができる分、俺の方がわずかに上。
強度面では、白蛇の防御が効いている間は互角。
ならば残りは技術面の勝負ということになる。
「そんな甘い物じゃないはずなんですけどねぇ!?いったいどんな肉体構造になってるんですか!?」
『鬼はだいたいこんなものだ!!』
何たる理不尽な体だ。
教官の言葉にそんなことはないと声を大にして言い放ちたいが、それをするくらいなら鉱樹を振るった方がましだと言わんばかりに攻撃を繰り出す。
ではどうするかと悩む暇はない。
天照を発動した鉱樹と教官の拳との打ち合い。
これで互角なんて何の悪夢だ。
肉体的強度だけで言うなら社長を超えているんじゃないか?
もしそうなら笑うしかないぞと必死に攻撃を繰り出しながら教官を倒す方法を模索する。
天照以上の火力を出す方法はある。
だが、その火力をもってして教官を打倒できなかったら、それこそ手詰まり。
慎重にならねばと理性がアラートを響かせるが、そんなことをやっている暇もない。
未来視で教官の攻撃を予測し、その対応をするために脳はフルで稼働している。
コンマ一秒の単位で、攻撃が飛んでくるのを次々に処理する。
デスマーチでもここまで忙しくなかったなと、こんな余計なことを考える暇がまだ俺にあったかと笑いながら。
「天照、反転」
『あ?』
切れる手札を切る。
「日喰」
白き熱が反転して黒き熱に変わる。
その魔力の反応に教官が一瞬警戒して攻撃が緩む。
実際その判断は正解なのだから本当にこの鬼の相手は大変だ。
『っち、腐食の炎か』
「何で気づくんですかね!」
防御力が高いのなら下げてやればいいじゃないかと、言わんばかりに腐食の炎である天照を反転させた技、日喰を振るうが。
『だったらこうすればいいじゃねぇか!!』
「何で普通に殴り合えるんですか!!」
警戒したのは最初だけ、すぐに適応したと言わんばかりに、思いっきり拳を鉱樹にぶつけてくる。
おいおい、この魔法フシオ教官に教えてもらったなかでかなり危険な技なんだぞ。
物質腐解の魔法を熱魔法と融合、再構成させて、刀身に纏わせた魔法。
それが天照・日喰。
元は日食の発想で生み出した技だけど、それを平気なツラして正面から殴りかかるとはどんな方法で攻略しているんだ。
「って!?完全な自己再生でのゴリ押しってありですか!?」
『有りだからやってるんだよ!!大将にもこの方法は有効だったぜ!!』
しかし、その疑問は思ったよりも早く解決した。
強化し、未来視まで駆使して見ることができた教官の拳の先。
じっくりと見ることは叶わなかったが、確かに俺の攻撃で防御力が下がり、皮膚が腐食し、ボロボロになっているのがわかったが、その直後には元の綺麗な拳に戻っていた。
何という出鱈目、何というゴリ押しの筋肉殺法。
この高速戦闘時に教官の拳と俺の鉱樹が触れ合うのは刹那と言っていい時間だ。
逆に言えば防御力を下げる俺の攻撃に触れるのはほぼ一瞬。
であればその一瞬だけ触れて、次に触れるまでの間に拳を再生させれば問題ないと言わんばかりに教官は笑ってこの攻撃と打ち合っているのだ。
「痛みは!?って聞くのも野暮ですか!」
『ああ!それは野暮ってもんだ!!痛みってのはな!!戦いを彩るスパイスみたいなもんだ!!効けば効くほどなかなかいい味を出すんだぞ!!』
だがそれでも痛みがないはずがない。
一瞬で回復してるとは言っても、拳の先が溶けているのだ。
仮に天照の熱を魔力で遮断して防いだとしても、日喰は魔力を溶かし、物理的な防御も溶かす腐食の炎。
燃え移れば持続効果でそのモノを燃やし溶かす現象であるのにも関わらず、教官は自身の魔力でその炎を押し返しているのだ。
『オラオラオラ!!もうないのか!!お前の実力はこんなものか!!』
「まだまだ、手札はありますよ!!」
そんなことされたらこっちも燃えないわけにはいかないじゃないですか。
なるほど、腐食が強靭的な再生で抗うのならこっちならどうですか!!
「建御雷!!」
『今度は雷か!!だがその技も見たぞ!!』
出せる手札をとことんまで切らせてもらいますよ!!
教官!!
同じ技だと思ってると痛い目見ますよ!!
「雷伝!!」
今日の一言
全力で答えてくれることには感謝を。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




