44 腹の探り合いもまた仕事のうち
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
「殺し合いね」
ファンタジーの世界で日常とはかけ離れた生活を送ってきたが、あくまでそれは俺たちが人間とは認識できない相手との戦いだ。
キオ教官やフシオ教官は人型ではあるものの人間とは言い難い姿をしているし、これまでダンジョン内で巡り合ってきた相手は言うに及ばず人とは言えない相手だ。
前の訓練の時に人?ではないがほぼ人と言えるような悪魔を切り倒したことはあるが、今度は正真正銘人間が相手になる。
覚悟が必要になるということだ。
それに、こんな情報、不確定だとしても黙っているのはまずいだろう。
報連相の徹底は基本。
未確定情報だとしても、相談すべきことは相談するべきだ。
だが……
俺は試されているのか?
目の前のゴキブリ男、ジーは、第一印象もそのあとの印象も胡散臭い。
わざとか元からかは考える必要はないが、言葉を鵜呑みにすることはできないのは確かだ。
加えて、監督官の言葉、今回の出来事はスエラや監督官をあてにせず解決せよと達しが来ている。
今回の殺し合いのことにも監督官は気づいている?
それとも気づいていなく、タイミングが合っただけか?
信じて行動を起こすなら早めのほうがいい。
だが、それが誤情報で俺の動きを阻害することが目的なら……いかん、思考が迷走し始めている。
「詳しくは?」
「知らんヨ? ゴッ!?」
「殴っていいか?」
「殴ってから言うことじゃないヨ!? それも金属の塊で!?」
「刃じゃないだけ感謝しろよ」
それを改善するために情報を引き出そうとするが、いたずらに来たとしか思えないような内容をほざくこいつを殴った俺は悪くない。
まるでサンドバッグを殴ったような感触を鉱樹越しに感じながらコイツの評価を下す。
「信じられんな」
「いやいや、本当ですヨ」
「お前の存在が」
「そっち!?」
「そうじゃろうな」
冗談でも飛ばしていないと思考が暴走しそうだ。
タバコを一本取り出して口にくわえ火をつける。
片手でもできる慣れた動作だ。
目をつむってもできる動作で肺に染み渡る感覚が思考を冷静にしてくれる。
さてどうするか、いたずらにしてはこの二人の行動が気になる。
何より、このジーと言われるゴキブリ男の言葉を和銅は否定していない。
そこが気がかりだ。
「ふぅー」
気がかりだが、どうにもできんと言わんばかりに紫煙を吐き出す。
ようやく一息つけてさてどうするかと考えたところで、呆れたような、状況が理解できないような声が聞こえてきた。
「何をやっているんですか?」
「……鬼とあれですよね?」
タイミングがいいのか悪いのか火澄たちが来てしまった。
入ってきたら俺が鉱樹を抜いてゴキブリらしき男につきつけていて、火澄から見て奥には鬼が座っているのだ。そう聞くのも無理はないし、七瀬の場合、全女性が嫌悪すると言っても過言ではないGが擬人化して目の前にいるのだ、火澄の後ろに隠れてしまうのも無理はない。
「少しトラブルがあっただけだ、仕事には支障はない。あと、お前らも用が終わったなら帰れ」
タイムアップでお開きの空気が流れるのを感じ、鉱樹を下ろし思考を切り替える。
情報が足りない。
時間がないかもしれないが、闇雲に動くのは得策とは言えない。
業務を遂行しつつ俺自身でできる範囲で裏を取るしかない。
裏の取れるメモリアが帰省しているのが痛いな。こっちの小話とか噂話を教えてくれるルートが使えない分、別のルートをたどるしかない。
とりあえず仕事に取り掛かるとしよう
「うむ、ワシは見学させてもらうかの」
「じゃあオレも」
「帰れよお前ら!!」
本当にこいつらは邪魔をしたいのかと思ってしまう。
というより、こいつらに仕事はないのか?
さっきまで戦い、殺されかけた相手がいる空間に居座るとは何事か、普通の人間ならって……こいつらは少なくとも人間じゃなかったわ。
それに鬼とGが普通だったら悲しくなる。
「邪魔するなよ……いや、既に邪魔してるならあれだ丁度いい、お前ら的になれ」
「ふむ、組手の相手かの?」
「イヤ、和銅さん、今こいつ的になれって言ったけどヨ?」
どうせならこき使ってやろう。
さっき殴り合って体が少しきしんでいたところだ。
人間よりも丈夫な鬼やちょっとやそっとでは死にそうにないジーなら問題はないだろう。
「どっちでもいいだろう。とりあえず七瀬はこれを装備しろ」
「……お盆でしょうか?」
「盾だ。なんで俺が配膳用の板を用意しないといけないんだ? 昨日話しただろ」
「でもこれには掴むところがありませんが?」
とりあえず、脇に置いておいた盾を二枚七瀬に渡すが、それが何かを七瀬は理解できなかったようだ。
いや、正確には確信が持てなかったということか。
そんなゴツイお盆があってたまるかと思いながら、円盤状の鉄の板を指差して説明する。
「浮遊盾っていう代物だ。魔力を登録して使用者を決める。あとは魔力を流すだけで浮くっていう代物だ」
一口タバコを吸って煙をあさっての方向に吐き出す。
小さく驚くような声を漏らして、七瀬は二枚の浮遊盾を見つめている。
もともと盾は一つでいい代物だがこの盾は双子だ。
面積もその分小さく盾というより小盾と言うくらいのサイズだ。
だが、そのおかげで視界を遮る心配も少ない。
「とりあえず、浮かせてみろ。魔力を盾に流すイメージで送り込め」
「は、はい」
使いやすさ優先の浮遊盾に七瀬が手を添えると、ゆっくりと魔力が流し込まれ、回路のような模様が現れ盾はゆっくりと浮かび上がる。
「あ」
だがすぐにその輝きは失われ、ガンガラガンと鉄らしい音が床に鳴り響く。
「流し続けなければ見ての通りすぐに落ちる。魔石が装備してあるやつならバッテリーみたいに魔力を蓄積して浮き続けることができるらしいが、それにはないからな、魔力を流し続けるしかない」
本来浮遊盾は、いくつかの機能を込めた魔石を中央に装備するらしい。
だが、これにはそれがない。
ただ浮き、移動するという最低限の機能しかない代物だ。
下手に高性能のやつを渡すと訓練にならないし、経費も削減できる。まさに一石二鳥、根拠の割合は3対7くらいだが言う必要はない。
さて、これにもう一つ要素を加えれば七瀬の訓練はこれでいい。
「火澄、お前はランニングな」
「え?」
「いいと言うまで、走ってろ。お前の場合走り回るくせに体力がなさすぎだ。バテるの早すぎだろ。で、七瀬はさっさと浮かせるようにして、防御の練習だ」
ほらさっさとしろと指示を出すが、火澄は納得できないようだ。
そもそも、こいつは最初の確認の時、息も荒く全滅まであと一歩までいったことを忘れたのだろうか?
この仕事で重要なのは、一に体力二に体力と何事も行動を起こせる体力が重要なのだ。
何せ、魔法使いでもフルマラソンを余裕で走りきれないと話にならないんだよ。
それに見学なんて無駄な時間を費やすつもりはさらさらない。
「お前の時間はあとでとってやるからさっさと走ってこい」
しっしと犬を追い払うように言ってようやく火澄はゆっくりと走り出す。
正直やる気があるようには見えない。
「まぁ、いい。七瀬浮かせられるようになったか?」
「はい、これでどうするんですか?」
「ん? 防げ」
「え?」
何回か拳を握ったり開いたりと拳の感触を試したあとにステップイン、ガインと拳越しに硬い音が聞こえる。
当然、俺の腕には振動が伝わるが痛みはない。
「キャ!?」
「ほれほれ、立ち止まるなぁ、ジャブからいくぞ」
警告もなし、説明もしない。
最初の一撃はわざと浮いている盾目掛けて殴ったが次は本当に狙う。
ダンジョンにいる存在たちがわざわざ警告なんて親切心を出すなんてありえない。最初を外してやった分親切だと言ってほしいくらいだ。
軽くかじった程度のステップだが、様にはなっているだろう。
リズムを取りながら七瀬を中心にして円運動をしながら次から次へと拳を繰り出す。
「ちょ、っと待って」
「右、左、左、おら、目だけで追うな、他の五感を使え。目だけで追うと騙されるぞ」
軽く流しているのにもかかわらず、七瀬はあくせくと苦労しながら盾を移動させて防いでいる。
まだ動作に慣れていないことも差し引けばまぁ、動けているのだろうが実戦では使えないだろう。
本当ならこんな軽めのパンチ、と言ってもそこらのチンピラなら一発KOできるくらいの威力はあるが、ゴブリンを倒す程度の攻撃で苦労しているようじゃ話にならない。
せめて俺の鉱樹での攻撃を余裕で捌く程度にはなってもらわなければ。
「あう!」
「軽く小突いただけで動き止めるな。そのあいだにお前の体に刺さるのは刃だ」
「はい!」
まぁ、幸いやる気はあるようだ。
こっちの話にも耳を傾ける。
改善の兆しは十分に見える。
教えている分には気は楽だ。
南の時は、あーだこーだと要求が出てきて、その度に勝に鎮圧されて脱線していた。
雰囲気的には楽しかったが、やはり教えるとしたらこっちのほうがしっくりくる。
軽く動いているとしても段々と体への直撃が減っている。
今も少し早目にステップインしてジャブを出したが、横から殴り込むように俺の腕をカットしてみせた。
「足も混ぜるぞ」
「はい!!」
それを見て一段階ギアを上げる。
飲み込みが早い。
盾とは本来正面から攻撃を防ぐことを主眼においているが、用途は様々だ。
時には武器になる時もあり、七瀬もそれを理解している。
頭が柔らかい、いや、柔軟だと言えばいいのだろう。
ただ防ぐだけではなく。
盾を動かし能動的に俺に当てることで防御の幅を広げている。
まだまだ動きは遅いし隙も多いが、それはゆっくりと確実に一つずつ減ってきている。
成果としては十分だ。
ジャブの他に軽く蹴りも加えてフェイントを混ぜると、最初は引っかかるが同じような攻撃は学習して防いでいく。
今までにはない勤勉と言えばいいのだろうか、そんなタイプの学習速度は教えていて楽しい。
これをやったら次はどんな風に対処してみせるのだろうかと考え回し蹴りを使う。
「っ」
ここで躱すか。
防いでいた行動にさらに一つの選択肢が入った。
しゃがむように躱してみせ、さらに途中から踵落としに変えようとした動作を見越して傘のように盾を準備している。
少し熱が入る。
カチリとさらにギアを一つ段階を上げる。セカンドからサードに上げることでスピードだけではなくパワーも上げていく。
「どういうつもりだ火澄」
それが幸いした。
金属同士がぶつかり火花が散る音に、前のめりになりそうな衝撃をこらえわずかに骨が軋む。
もし、仮にさっきのギアの状態であったなら、今、鉱樹の腹で受け止めている刃は俺の背中から胸に突き出ていただろう。
周囲の警戒を怠ったつもりはなかったが、油断はしていた。
そこをつく見事な攻撃。
だが
「今のは完全に俺を殺しに来たな。恨みを買っている自覚はあるが、殺される謂れはっ?」
訓練であれば見事と言える一撃であるが、火澄の刃には明確な殺意が宿っていた。
宿っていたが
「お前」
正気じゃない。
それがわかるのは漫画だけの世界だと思っていたが、どうやらそうじゃないみたいだ。
目の焦点、いや瞳孔が黒一色に染まっている。
しかし、しっかりとこっちを見ている。
「殺し合いってこのことかって! お前もか!!」
何がスイッチになったかはわからないが、火澄だけでなく七瀬も同じ状態になっていた。
ジーの言っている意味がわかった。
いや、この場合は片鱗というべきだろうか。殺し合いを強制的に発動させるために意識の一角になにか細工をしたのだろう。
左右から挟み込まれる盾を、背中から鉱樹を抜き放ち火澄の剣を打ち払った勢いのまま打ち飛ばす。
いつからだ?
七瀬も火澄も正気の状態ではない。
「ファイアボール」
「っち」
気づけば挟まれる形になった俺に考える余裕を与えないよう魔法を放ち接近してくる火澄と、さっきのぎこちない動きはどこへ行ったのか、二つの盾を自分と火澄に分配し自身は魔法の詠唱に入る七瀬。互いの連携を見せる相手に、俺は自然と二人を視界に収められる位置に陣取る。
「おいゴキブリ男!! 殺し合いってこのことか!!」
「そうみたいネ、どうやら警告が遅すぎたようダ」
変化球のように追尾してくる火球を切り払い隠れるように飛んできた風の刃は鉱樹で受ける。
そして、火澄と鍔迫り合いに持ち込んで空白時間を設けて現状の確認をすれば最悪の言葉が返ってきた。
「どういうことだ!?」
「本当だったらもう少し余裕があったはずなんだがネ、どうやらオレもいっぱい食わされたようダ」
「もう動き出しているってことか」
「そのようだヨ。目の前の彼らが証拠ダ、全力で君を消しにかかっているヨ」
「テスターではなく、俺をか」
新たに情報が入ってきたのは幸いだが、状況は転がるように悪くなっている。
流れるように無言で連携して魔法や剣戟を繰り出してくる二人の対処は余裕でできている。
だが問題なのはこの細工がいつされたかだ。
昨日までは普通だった、いや本当に普通だったのか?
いつ細工をしたかわからない。
「おい!! 見てないで手伝えよ!!」
「無理だネ」
「スマヌ」
「はぁ!?」
「ここまで来ると監視されているのは確実だろうネ。もし仮に君に手を貸してしまったら、我々の立場はかなりまずいことになル。あの方はこういった時に興ざめするのをいたく嫌っているから」
「ウム」
「この役たたずどもが!!」
こいつら保身に走りやがった。
元々仲が良いどころか初対面だから仕方ないといえば仕方ないが、ここでその選択肢は好感度ダダ下がりだ。
中指を立てて罵倒を飛ばすが、その間も絶えず攻撃は飛んでくる。
「っち、こいつらの状態を解除する方法はあるのか!!」
「ある、はずネ。確証はないけど、テスターは今の魔王軍には必要な駒。無用な障害を残すとは思えないネ」
「単純に俺を排除するための措置ってことかよ。迷惑な話だな!!」
最悪だなと言葉をこぼしても攻撃は止まない。
こっちは攻撃したくてもできない。
だが向こうは容赦なく攻撃してくる。
捌くのは問題ない。
火澄の剣も魔法も早いが軽い、七瀬の攻撃はそこそこ重いが数は少ない。
間断なく攻撃を仕掛けてくるが、きついというわけではない。
だが
「無傷で倒すのは骨が折れるぞ」
魔法を切り捨て火澄と撃ち合いながら七瀬の様子を確認するも、回復の兆しなどかけらも見えない。
個人的にはもう少し根性を据えて抗ってほしいところだ。
どんな漫画でもこんなあっさり操られるのはありえないだろう。
せめて兆しぐらい見せろってんだ。
傍から見れば俺は訓練しているようにしか見えないのだろうか。
ジーは言っていたな、これを仕掛けた奴は保身に長けていると、なら無闇に殺し合いの現場を押さえられるのは避けるはずだ。
第三者のいる場所まで引けば。
「おいおい」
そう思ったタイミングで訓練室の扉が開き、嫌な予感がするもチラリと先を見れば、各々様々な装備に身を包んだ姿のテスターたちがわらわらと入ってくるのが見えた。
幽鬼のように武器をぶら下げて、まるで舞台役者が壇上に上がるかのような手際の良さだ。
その中には
「海堂、南、勝、北宮」
俺のパーティーメンバーもいた。
さて、どう対処するとしても、見えない相手に聞かれているように思える。
そして覚悟を決める猶予を与えるかのように火澄たちの攻撃が止んだ。
おまけに
「結界か」
今会社にいるテスターが全員揃った途端に訓練室自体が異界、ダンジョンと化した。
準備する暇など与えない。
絶体絶命とはこのことだろうか、魔力体など便利な体には当然換装していない。
「どうするかね」
誰に聴かせるものでもなく。
現状は最悪まで転げ落ちていった。
さぁ、舞台は整ったと聞こえた気がした。
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
どうするかな、いやマジで。
今回は以上となります。
これからも異世界からの企業進出!?転職からの成り上がり録をよろしくお願います。




