458 予想以上というのは想定が甘いのかそれとも相手が上手か
Another side
信じられない。
もしくは信じたくない。
それがこの光景を見る為だけに魔王によって集められた上層部の心の一言だった。
大きな広間に持ち込まれたスクリーンに映るのは今回の選抜で使い魔がみている光景の中継だ。
この場にいる者は例外なくそれぞれが自信を持って、将来将軍になってくれるであろう人材を送り込んだ有力者である。
「馬鹿な」
だからこそ、このセリフは何も意識せずついこぼれてしまった一言だったのだろう。
今回の選抜参加者は全体で四百三十五名。
例年の選抜の儀と比べれば過去最高と言っても過言ではないほど多い。
そんな参加者である彼らは将来の国を背負うのにふさわしいと言っていいほど文武を兼ね備えた実力者であることはまず間違いない。
言わば、魔王軍の中でも将来性のある上澄みの存在たち。
所謂エリートと呼ばれるものであったり、ベテランと呼ばれるものたちだ。
そんな存在がたった一人の人間相手に蹂躙されているなどなんの冗談か、笑い話だろうか。
たった一刀で複数の候補者たちが宙を舞い。
一時的に協力し合っている候補者の合体魔法を切り払うでも避けるでもなく、自身の耐久力と対魔力を信じて単身で突破するなど想像できるか。
決死の覚悟でその人間と対峙し切り結ぼうとしたが、それよりも先に人間の刃が煌めき挑んだ相手を文字通り瞬殺して見せる。
これが悪夢だと言わずして何だと言うのだ。
「………」
つい現実を受け入れられない上層部の一人が声を漏らしてしまったことを咎める存在すら現れないほどの圧倒的な状況。
この場にいる皆が沈黙を選ぶ中、たった一人魔王だけはニコニコと嬉しそうに微笑み、その背後で控えるエヴィアはただ静かに佇むだけ。
心の中で何を考えているかはわからないが、唯一言えることは、上層部の心情は決していいものではないと言えること、それに対して魔王とエヴィアの心情は少なくとも悪感情は抱いていないことだろう。
「なかなか、一方的な展開になってきたね」
そんな心の温度差と言える空気が圧倒的に違うことなど歯牙にもかけず魔王はこの場にいる者たちにしっかりと聞こえるように発言する。
「いや、まだ始まったばかりです。今後どうなるかなどわかりませんよ」
その声に応えられた一人の上層部の男は努めて平静を取り繕っていた。
それが虚勢か自信かそのどちらかの是否を問う輩はいない。
「たしかに、その通りだ。今は彼が一人で暴れまわっている状況。このまま行くとは私も思っていないよ」
それは魔王も同じ意見だ。
虚勢であろうとも自信であろうとも、どちらでもいいのだ。
結果的に魔王にとって都合がいいのは魔王に好意的な田中次郎が上に上がってくると言う事実だ。
だが、それだからと言って他の者が勝ち残ってはいけないというわけではない。
もし仮に獅子身中の虫を飼う羽目になったとしても、それを逆に利用してやろうと思えるほどの実力は魔王に備わっている。
シンプルに言えば都合の問題だ。
次郎が上に上がっていけば手間は少ない。
別の者が勝ち進めば手間が増える。
それだけの話だ。
「だが、その予想が覆ればどうなるかは私にも見当がつかないな」
だからこそ魔王は楽し気にこの催しを静観できる。
どちらに転んでも結果的に得られる利益までの手間だけが結末に残っていて、魔王にとっては損はない。
それは組織を束ねる長としては順当な解釈の仕方だ。
しかし、好悪として換算するなら話は変わってくる。
それ故に、魔王は少し期待を乗せて目の前の光景を見ている。
現在は田中次郎が暴れまわって鬼王、もしくは竜王をおびき寄せようと画策している最中。
普通に考えれば、ここまで盛大に暴れまわっていて体力気力魔力そのどれもが長続きするとは思えない。
見たところなかなか大きな魔法も乱発して、来る相手全てを相手取っているように見える。
魔王自身がその場にいたのなら同じような展開を繰り広げるだろうと心の中では思っても、一般的な才能の保持者であるなら無謀と言っていい行動だ。
出来る出来ないの判断基準をこの映像で設けるのであれば、この場にいる半数以上はできないと断言する。
「お言葉ですが、あのような無茶を通す人間が勝ち残ると魔王様は思っておられるのでしょうか?」
そう言われてもおかしくないほど消耗の激しい戦い方を次郎がしているのは明白。
故に、期待を寄せるような魔王の発言に食いつく形で無理だと遠回しに言う幹部の一人に魔王は優しく、そして共感するように笑う。
「思っている。何せこの私が唯一用意した将軍候補者だ。期待位かけねばならないだろ?」
だが、その表情と言葉は正反対だ。
この場にいる者、そして地方の領地から結果を知ろうとする者。
様々な者を送り付けているが、その送られてきた誰もの実力を見定めてきた魔王は、はっきりと期待をかけていると宣言した。
この魔王は贔屓はしても、詐称はしない。
実力が足りていなければ、絶対に贔屓をしないことはこの場にいる誰もが知っている事実。
だが、それはすなわちこの人間に実力があると言っているようなものだ。
映像越しで再び会場が爆発に包まれる光景が流され、一瞬使い魔からの映像が土煙に紛れるも、その後に映し出された光景はさっきまで森の中で大勢に囲まれていたはずの一人の人間が堂々と周囲を荒らし立っている光景だった。
まるで魔王の言葉を肯定しているかのようなタイミングで実力を発揮して見せた。
映像で見る限り所々汚れは見えるが、身体的に怪我をしている様子もない。
息も乱さず、多くの参加者を脱落させて見せた。
「おい、今のでどれほどが脱落したのだ?」
「いや、私には見当も」
騒めきだした広間。
開始してまだ三時間も経っていないのに、ざっくりとした計算で半数以上がこの男によって脱落したように見えた。
三日という時間は上層部の一部からは短いと言う輩もいたが、このペースで行くのなら下手をすればたった一日で終わりかねない。
「どうなんだいエヴィア、実際今生き残っている人数はわかるのかい?」
そのどよめきの流れに乗る形で、控えているエヴィアに問いかければ彼女はどこかに念話を飛ばし、詳細を確認する仕草を見せる。
「現状、生き残っている人数は確認できているだけで百と十八名。使い魔による捜索なので潜伏している方の人数は含んでいません」
「なるほど、だそうだよ諸君。いやぁ、なかなか速いペースでことは進んでいるようだ」
「あと、ライドウ、バスカル両名もゆっくりとこの戦闘の場に移動を始めているようです」
その質問に対応して見せたエヴィアの行動に満足気に頷いた魔王は、そっと中央の画面の脇に新たな映像が映し出されるのを眺める。
初期配置として東北と西南の端でスタートを切らせた鬼王と竜王。
ゆっくりと歩く鬼王と、辺りの参加者をしらみつぶしに潰している竜王。
その対応の差こそあれど、向かっている方向は中央の映像の場所になっている。
「なるほど、距離的にはバスカルの方が近そうだけど、彼は戦いを楽しんで進んでいるからその分遅れる。であればライドウの方が先に彼と接敵するかな?」
さらにおおよその位置がわかるように地図も表示されたら、目安としての行動時間も把握できる。
だから、魔王の中で思ったよりも鬼王と次郎の戦闘は早く成り立つかと想像しているが。
「いえ、そうとも限りません」
それをエヴィアは否定した。
「現状鬼王ライドウの方が戦闘こそ少ないようですが、この先で陣を組みライドウを仕留めようとしている動きがあります」
その根拠を指し示すようにライドウの進行方向ある物を映し出す。
「おお!これは見事なゴーレムだ!」
「いや、その隣に召喚されている竜もなかなか」
「いや、それよりも有利な土地を利用して構築した陣地こそ目を見張るものではありませんかな?」
その光景を見て騒めきだす輩が幾人か。
恐らく、この光景を作り出している者の推薦者たちなのだろう。
鬼王ライドウを倒すことができると踏んで、送り出した実力者なのだろう。
実際に見て、全長二十メートルを超える巨大なゴーレムが十体、それに比肩しうる巨竜が十二頭、さらにはその土地が落ちることを考慮していないと思わせるほどの重厚な砦。
たった一人の存在に対して過剰とも言える戦力。
故にあの自信満々な発言も頷けるというもの。
「なるほど、ではお手並み拝見と行こうか」
だが、魔王の目から見たらそれだけであり、不足と言わざるを得なかった。
質、量ともに、確かに個人で用意するのであればかなりの戦力になり得るものだと評価はする。
しかし、その程度即興で作れるだけの実力で将軍が務まるかと聞かれれば否と魔王は断言する。
持って三十分。
自分が戦うことを想定して、手を抜いたとしてそれくらいの時間で突破できる。
いや、殲滅できると心の中で思いつつ、それを指摘することなく楽しみだと心にないことを魔王は宣う。
「ええ、是非ともご覧になってください」
それに気分を良くした上層部の一人が一時間もしないうちにその顔を蒼白に染めることになろうと予想できる者がどれほどいるだろうかと魔王が気づかれないように周りを見まわしてみると、約三割ほどだと表情から察することができた。
その三割のほとんどが田中次郎という存在に危機感を抱き、対策を練ろうとしてきた者たちだということ。
そして残りの七割が慢心している輩だ。
大半は次郎という人間の力を過小評価していると事前に報告を受けているだけあって、上層部の方も意識改革をする必要があるかと心の中で後のことも検討する。
この選抜の儀がいい劇薬になることを祈っている魔王はそのままそっと促された通りに画面を静かに見る。
トップである魔王が静かに見ることによって、周囲のざわめきがひとまず終息したかのように見える。
だが、皆が鬼王のところを注目している間、そっと注意が逸れた次郎の画面で変化が起きたことを気づいたものがいただろうか。
ピタリととある方向を見つめている次郎。
周囲の敵を一掃できたことを確認した後、視線を逸らさずじっと同じ方向を見続けているのに魔王は気づいた。
そしてゆっくりと武器を構え、映像越しでもわかるほど高密度の魔力を練り始めた。
上層部の中でも次郎の動きに気づき何をするんだと怪訝な顔をしている者もいれば、まさかとこれからのことを予想し、できるのかと疑問を浮かべる者もいた。
その中でも魔王だけは、出来る出来ないではなく、やるのかと心の中で嬉しさを漏らしながらじっと何をするかを待つ。
時間にして一分。
だが、実力者が〝一分も溜めた〟一撃がどれほどのものかと想像するのは中々にして難しい。
仮にも魔王に傷をつけられるほどの一撃をもった存在が溜め込んで放つ一撃など想像するのは難しい。
接近戦では使えない。
だが、長距離攻撃として使うとしたらどうだろう。
次第に膨れ上がる魔力は周囲の環境に影響を及ぼし、そして放出された魔力によって大地が軋む。
そしてじっとその光景を見ていた魔王は、その驚異的な身体能力で次郎が唱えた名称を読唇術で解読して見せた。
『アマテラス』
それはかつて腕試しとして戦った時に次郎が魔王に放った一撃と同じ名前。
あの時は近接用の一刀として放った技。
だが、誰もいない環境でそんな攻撃に何の意味があるかなど、魔王は疑問にも思わない。
『日昇!!』
事実、まるで日の出のごとく輝く武器を鬼王のいる方向にめがけて振り下ろした一撃は一つの光明のごとく正面にある障害物を全て飲み込む勢いで大地を蹂躙していく。
その轟音を無視できるものなどこの場にはいない。
何事かと思いその映像を見るころには果てしなく距離の離れた場所めがけて減衰することなく突き進む一撃が各々の瞳に移りこんだことだろう。
それは先ほど称賛の声をあげた上層部の者たちも例外ではなく、その称賛した参加者たちの拠点を瞬く間に蹂躙したことに顎が外れるかと思うばかりに口を開き間抜け面を晒す。
それだけにはとどまらず、そのまま突き進む巨大な一撃は鬼王まで届き、あわやそのまま決まるかと思わせるが。
次郎の放った一撃に堂々と正面から挑み、その拳をもってその攻撃を受け止めて見せた。
たった一撃。
その拳の威力をこれを見ている者に知らしめるためと言わんばかりに大振りで放たれた鬼の王の一撃は光に飲み込まれることなく、その一撃を弾き打ち消して見せた。
大地を蹂躙して見せた一撃。
それを打ち消した一撃。
たった一度のやり取りなのにもかかわらず、この場の誰をも黙らせてしまった。
魔王はそのやり取りの意味を理解した途端に、普段は見せない大きな笑い声をあげてしまった。
「随分と派手な招待状だ!!」
次郎は鬼王ライドウに対して言ったのだ。
見つけた、俺はここにいるぞと。
あれがあいさつ代わりかと魔王は久しぶりに心の底から笑ったのであった。
今日の一言
結果以上、結果以下、それは終わってみなければわからない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




