457 手札は用意した。後はそれをどのタイミングで切るか
時間制限は三日、スタートの合図は自由落下と何とも斬新なスタートで火蓋を切った選抜。
刻一刻と時間が過ぎ去る中で森の中を移動しながら周囲の動きに気を配る。
将軍位参加者の動きは二通りに分かれると踏んだ。
参加者が疲れ果てる後半まで力を温存する漁夫の利による持久戦。
そしてもう片方はと言えば。
全力で相手を潰し、速攻を仕掛ける短期決戦。
俺は前者後者の選択で、後者を取った。
戦場に置いて様々な状況を加味した結果だ。
教官や竜王と戦うのであれば、他の余計な参加者と戦い体力と時間を浪費するのは損だ。
特に時間を消費するのは痛い。
教官という強者を相手にして、時間制限有で戦うのは正直厳しい条件だと言わざるを得ない。
全力は出さないけど、それなりの速さで森を駆け、そして近くの気配を魔力で探知しながら周囲を探る。
パッシブエコーではなくアクティブエコーの方でガンガンと魔力波を放って、それによって跳ね返ってきた相手の強さによって教官を探しているがさすがに序盤では見つからないか。
代わりに次から次へと参加者が俺めがけて襲い掛かってくる。
「ハハハハハハ!人間か!お前はここでぇ!!」
「邪魔だ」
上空から襲い掛かってきたのは蜘蛛の蟲人。
その蜘蛛の糸を使って上空からの奇襲を行ったのだろうが、動きが遅い。
俺を覆うように放たれた蜘蛛の糸による網も、斬れないと言うイメージは湧かない。
故に。
「網が切れた!?っが!?」
鎧袖一触。
相手は切られたことも気づかず、目の前にあった包囲網が切り裂かれたことに驚いているようだが、俺は抜いた鉱樹を鞘に納め、そのまま走り出して、背で血しぶきが噴き出す音を耳にする。
「そこか」
正面から襲い掛かってきたのは一人だが、俺の周りを取り囲もうとする気配の数は探知できるだけで十三人。
その中で手近にいた相手にめがけて木越しに斬りかかり、咄嗟で何かを間に挟み防ごうとしたようだが。
「甘い」
概念防御を施していない段階で、物質的防御は俺にはほぼ無意味になっている。
「魔剣が!?」
隠れ潜んでいた狼か犬かはわからないが、なかなか鍛え上げられている獣人は驚いてその場で動きを止めてしまっている。
「そんなんで勝てると思ってるとか」
俺だけではなく、周囲からも隙をさらした狼の獣人の末路は想像しやすい。
「甘いな」
俺は接近するのではなく、感じた魔力の気配から横に跳びそのまま距離を離せば、獣人を中心に俺ごと倒そうとした弓矢や魔法、はたまた爆弾らしきものすら飛んできた。
そんな攻撃の嵐の中央に棒立ちしてしまった獣人は見るも無残な姿になってしまっている。
呼吸をしているのはわかるから生きているし、魔石によって転移したということはあいつはここでリタイアということ。
「ついでに、片付けさせてもらおうか」
そして攻撃で位置を割り出せたことにさっきの獣人に感謝しながら隠れている奴を含めて一気に殲滅にかかる。
やったことなど接近して斬りかかる。
攻撃は全て躱して、そのまま近寄ると言う単純作業で終わってしまった。
互いが敵同士ってこともあって、協力関係を敷いているわけではないので注意が拡散して隙だらけってこともあるが。
「………」
それだけではないと俺は思った。
鉱樹の柄を握り、倒した全員が生きているのを確認する。
切ったのは腕や足といった場所で致命傷になる傷は一切ないが、歩くことを困難にさせたり、攻撃に使うための筋肉繊維は全て斬ってある。
言わば手加減だ。
将軍位に上がるための選抜試験でまさか手加減ができるとは思っていなかった。
呼吸を荒げることもなく、うっすらと汗をかくこともなく。
さりとて魔力の消費もそこまでしていない。
体力、魔力、ともに放っておけば回復する程度の消耗。
このまま継続して戦うことは十分に可能だろう。
ある程度の実力がある奴が全員参加しているのか。
それとも成り上がりを夢見て、この選抜に参加したのか………
前の闘技場でやった選抜試験よりも質は落ちているように感じる。
「となると、このまま暴れまわって教官を呼び寄せるのが手っ取り早いか」
実力者はある程度様子見に回っているのかもしれないなと思いつつも、その場から離れる。
だいぶ暴れまわったから他の参加者が襲ってくるかと思っていたが、迂闊に戦っても勝てないと思われたか、襲ってくる様子はない。
ワンチャン、竜王様の方を呼び寄せてしまう可能性もあるが………こんな広大な土地を探し回るよりはマシだ。
きっと教官も暴れまわっているだろうと思う。
「ん?」
今グラッと地面が揺れたような。
気の所為か?
「いや、気の所為じゃない。地面が、沈んでる?」
そんなことを考えていると足元で違和感を感じて、次に視界が徐々に下がっているのに気づく。
「運が悪い!」
それは今いるエリアが消失しようとしていることを示している。
ヤバいと思った時には全力で走り出している。
結構な速さで地面はずり落ちていて、目の前に崖が出来上がっているのが見えていた。
スタート位置が悪かった。
あと、おそらくはめられたのだろうな。
でなければずり落ちるエリアの中央付近に誘導されるわけがない。
何らかの方法で落ちるエリアを特定したかはわからないが、あの襲い掛かってきた奴らはおそらく囮。
その証拠に。
「俺への殺意が高いな!!」
エリアの脱出を試みる俺に向けて高所というアドバンテージを利用して攻撃の雨あられ。
「容赦ない」
手応えがないと思っていたらこれかと、俺の口元には笑みが浮かんでいるだろう。
ざっとだが、体感的な落下速度から、このエリアが抜け落ちるまで残り三十秒といったところ。
対岸までの崖まで推定距離三百メートル。
百メートル十秒以下で走り切らなければそのままこのエリアと共に俺は脱落することになる。
真っすぐ全力疾走すれば余裕だが、足止めを目論む攻撃によって直線は死地と化している。
「だが」
それは普通だったらの話だ。
冗談のような世界で生き残ってきた俺からすれば、この程度の苦難は。
「甘いな」
苦難とすら呼べない。
俺がいつ、全力で走っていると言った。
「お前ら、そこは俺の間合いだぞ?」
一足一刀。
たった数百メートル。
その距離を詰められないで、あの鬼に勝てるものか。
「消えた?」
「まさか!」
「ああ、そのまさかだよ」
高速の先の世界。
その領域に入れる者は一握りだと言われているが、その領域に入らないとあの鬼と戦う権利すらない。
俺を見失う程度のようじゃ、将軍になるなんて夢のまた夢だよ。
鉱樹を振るい、崖の上で杖を構えていたダークエルフの男とその相方のダークエルフの女性。
コンビであろう二人にめがけて振るった斬撃は、瞬く間に体の自由を奪う。
そして俺を突き落そうとした落ちていくエリアに崩れて落ちていく。
「第一、空を走る程度の技くらい使えないってなんで考えるんだよ。なぁ、相棒」
〝さてな、奴らの中では相棒は弱いと思われているのだろうよ〟
その様子を見て思わず苦笑を浮かべて相棒に語り掛けると刀身から呆れた物言いで返事が返ってくる。
「それはわかってたつもりだったが、これほどとはな」
〝参加者の何割かは、人間である相棒が参加するから俺でもできると自惚れた輩なのかもしれんな〟
「あり得そう」
明らかに舐められていると思ったが、そういう理由があるのか。
その輩の参加をあの社長が認めたということは、膿の一掃に関わっているということなのかと、手間を省いているなと心の中で笑いながら。
「まぁ、いい。本腰入れて片づけられるよりも先に教官を見つけて喧嘩を売るとしようか相棒」
〝ああ、そうすれば雑魚の相手をする必要はないだろうな〟
この後の行動指針を言う。
やることは変わらない、暴れまわりながら教官を見つける。
道を遮るものは。
「そのためには、障害をすべて切り裂く」
押し通るまで。
教官仕込みの笑みは、相手を威嚇する。
練り込んだ魔力は、強大な力となる。
「とりあえず、景気づけに一発」
〝おう!〟
チクチクと嫌がらせのように攻められるのも面倒くさい。
ここで一つ大技を放つのも悪くはない。
腕に鉱樹の根が絡みつき、俺の魔力を循環し始める。
その魔力は異質とも言っていいほど高速で純度をあげていく。
その気配を感じ取ったものの行動は大きく二つに分かれた。
なりふり構わず逃げる者、そして大技を放とうとする俺の隙を突き倒そうとする者。
前者後者、どちらが正解かなんて聞くのなら、俺はこう答える。
どちらも不正解だと。
帯電し始める鉱樹。
バチバチと蒼い稲妻が刀身に纏われ、これから放たれる威力を物語っている。
「建御雷」
ゆらりと無構えで肩に乗せていた鉱樹をゆっくりと持ち上げ、そして正面に向かって振り下ろす。
たったそれだけの仕草であるが、ヴァルスさんとの契約の時に何千何万では済まない回数を素振りに費やしてきた俺の一振りは、無駄が一切そぎ落とされ、考えずとも最高の一振りを常時放てるようになっている。
蒼き稲妻が刀身から解放され、襲い掛かる者も逃げ惑う者も区別なく薙ぎ払う。
「おお、ずいぶんと景色がさっぱりしたものだ」
元々は森が覆い茂っていたエリアであったが、遠くに見える荒野まで一本道が出来上がった。
その一本道に、焦げて動かなくなった人影が幾人も見えるも、気配的に生きている。
この選抜に参加するだけあって、体が丈夫であったり、上等な装備を用意したのだろうなと思いながらゆっくりとその道を進む。
「さて、さて、教官はどこにいるんだろうなっと………」
そう思って進むが、どうやらその前に大仕事が一つ飛び込みできたようだ。
「いや、人間恨みすぎだろ」
ふっと感じ取った気配に立ち止まる。
それは俺の探知エリアに入るギリギリの場所からでも感じ取ることができる、大勢の気配。
それはこの選抜の参加者の何割を投入したのかと言いたくなるような人数だ。
「ざっと百人って言ったところかな」
今回の選抜の参加者に関してはムイルさんでも調べきることはできなかったが、最終的に確認できたので三百人弱。
ムイルさんの予想ではそれ以上の人数が参加していると言っていたが………
「向かってきているだけで、最初に聞いていた人数の三割か」
嫌われているのか、警戒されているのか。
どっちでもいいかと、気にしている暇はない。
「厄介なのは航空戦力かな。流石の俺でもあそこまで自由自在には飛べないね」
そして遠くの空に見える飛行できる種族たちの群れを見て、先にそっちを落とすかと、ゆっくりとその方向に歩き出す。
さてさて、次は手ごたえのある相手かな。
「へぇ、暗殺者か。攻撃するギリギリまで気配がわからなかったな」
と思っていたが、俺の体は反射的にその影を捕らえていた。
指先で挟むように止める漆黒の刃。
その刃先から垂れる液体は毒か。
空中で勢いを殺され、仕留めたと思っていた黒装束。
その恰好から男か女かもわかんないが、こんな奴も参加していたのか。
「あいつらが襲い掛かって集団戦によって発生する混戦に混じるより、俺の意識があの集団に向いている隙を突く。なるほど、いいタイミングだ。実際、ここまで接近できている。それは褒めるべき長所であり賞賛すべきだ」
感心しながら、この奇襲を褒めたが、相手は気にくわないと言わんばかりに武器から手を離して、新しい武器を指に挟み俺に向けて投擲してくる。
「ただ、詰めはもう少し工夫したほうがいいぞ。でないと」
その攻撃を弾くことも、避けることもしない。
そのすべてを片手でつかみ取り、投げ返す。
「こうやって反撃を受ける」
気配を消すことはうまかった。
隠れて奇襲する行動も見事だ。
「お前の敗因は、奇襲が失敗したら逃げなかったことだよ」
だが、正面切っての戦闘能力はお粗末の一言だ。
一芸に秀でるのなら、その一芸を磨いて来い。
「さてと、説教している場合じゃないな。次はああいう奴らを警戒しながらあいつらと戦わないといけないのか」
中々楽しませてくれる。
投げ返した短刀が黒装束に突き刺さり、何が起きたと把握できていない相手は、ゆっくりと腹に刺さった五本の短刀を見て、そしてゆっくりと後ろに倒れた。
震える手でペンダントを握れていたから生き残るだろうなと思いつつ再びゆっくりと歩きだす。
さてさて油断は大敵。
だが、過度の緊張は体を動かすには邪魔になる。
程よく緊張していこうか。
だが、俺はこの時には知らなかった。
俺が相手していたこいつらは決して弱くはなく、むしろ魔王軍の中では上位勢に入る手練れだということを。
確かに将軍位につく彼らからすれば、一枚や二枚どころでは済まない程度の実力差こそあるがそれでも前回の選抜の時に参加できる実力は保持していた。
恐ろしいのは俺の成長率。
魔力適正十という覚醒した能力によって引き起こされた成長。
それを俺は自覚することなく次の戦いに身を投じるのであった。
今日の一言
獅子は兎を狩るのにも全力を出す。
では慢心を捨てた人は、油断せず全力を尽くす。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




