455 時間というのは無常に過ぎ去る。
時空の精霊ヴァルスなんて存在と契約している身だが、いや、この場合はそんな存在と契約しているからこそと言うべきか。
最近の俺は時間の大切さが身に染みてしまっている。
「よくやった!我ながらよくやったと思うぞ!!」
選抜試験まで残り一週間。
ここまで来るのに本当に苦労の日々だった。
戦闘訓練に、普段の業務、さらには貴族や商人と言った有力者たちとの面談やパーティー。
さらに加えて将来的な組織図の作成に、今後必要になると思われるトリス商会を使った販路の確保。
前職であった社畜時代を彷彿とさせる仕事量。
それに加えて防諜対策のための予算確保に、将来的に配下になってくれる人たちの面接。
さらにさらに将軍位になれた後のことを考えての拠点作成にと、目が回るとはこのことか。
一瞬だけブラックワークしていた時を思い出したよ。
そんな多忙だった俺の前にはA4用紙が入る茶封筒が届けられた。
それは選抜試験を計画している本部からの直送郵便。
朱肉で押されたハンコで堂々と部外秘と書かれた品物。
その中の書類を取り出すと、そこには選抜試験参加許可証が同封されていた。
「その苦労はあなただけの物だって思わないで欲しいわね」
「ハハハハハ!婿殿も頑張っておった。その喜びは当然のものだとワシは思うがの」
この書類は言わば書類選考の結末。
将軍になるにふさわしいかどうかを審査して、選抜試験に出れるかどうかを審査してもらったのだ。
将軍は文武両道どころか、その文武に加えて経済地盤なんてところが審査項目に入っているとは………
もし仮に戦闘一辺倒になっている状況だったらもしかして審査に落ちていたか?と思わずにはいられない
危うかったと心で胸をなでおろし、そしてそっとうれし気にその書類を眺める。
しかし、色々と方々を駆けまわった甲斐はあったということ、その努力が報われたと思ったことでついガッツポーズをとってしまう。
そこに呆れたと言わんばかりにケイリィさんが水を差してくるけど、残業手当いつもより多めに出しているので勘弁願う。
ムイルさんは大人の対応だが、この仕事を手伝ってもらうようになってから妙に活き活きして前よりも活力があるように見える。
おかげで、スエラたちと触れ合える時間が最低限でも確保できたことが喜ばしい。
「と、いうか。つい喜んでしまったけれど、ケイリィさんにムイルさんこれのこと知ってました?自分はこんなこと知らされてなかったんですが」
「少なくとも私は知らなかったわよ、最近はずっとあなたの側付きやってたから、わかるわけないわね。でもムイルさんは知っていましたよね?」
だが、同時に疑問にも思う。
なぜこんな抜き打ち染みたことを?と。
「当たり前じゃの。これを行ったのは魔王様直属の暗部じゃ。前に行われた将軍選抜試験の時にカーターが引き起こした事件があって秘密裏に調査することを決めていたらしいからの」
その答えを知っているムイルさんは胸を張り、その理由を教えてくれた。
なるほど、確かにカーターがやらかした後に、同じ轍を踏まないように警戒するのは当然か。
ただでさえ問題が起きやすい魔王軍の気質上こうやって検査したほうが後々楽か。
だが、ここでも一つ疑問が浮かぶ。
ムイルさん曰く、社長直属の暗部が動いて俺たち候補者を審査したということ。
そんな暗部が、堂々と路上アンケートのように聞いて回るわけがなく、当然秘密裏に俺の身辺調査をしたはずだ。
「なんでムイルさんは知っているんですか?」
ではなぜそんなことをムイルさんが知っているかと言うと。
「持つべきは友じゃ!!」
交友関係の誰かに暗部でもいるのか?と思うくらいに堂々と宣ってくれた。
だけど、仮に友人に暗部の人がいたと言っても教えていいものなのか?と疑問に思う他ない。
「私もムイルさんと一緒に仕事していて思ってたけど、ムイルさんの交友関係って異常なのよねぇ」
そんな堂々と言い放つムイルさんの姿に対してケイリィさんは苦笑を一つこぼす。
そりゃそうだと俺も内心で同意しながら、最近のことを振り返る。
色々と苦労はあった。
そしてその苦労に見合う成果は出せたと思う。
その努力が報われたなとちょっと浸っていると。
「ただ、ムイルさんも異常だけどあなたもある意味で異常な交友関係を持ってるわよね。スエラ繋がりでムイルさん、エヴィア様つながりで貴族、さらには鬼王様に不死王様、機王様に巨人王様、現役の魔王軍の幹部の半数以上とつながりがあるって異常よ?おまけに個人の宴に魔王様すら呼べることができる。これでまだ魔王軍に入って十年経ってないって何の詐欺よ」
その気分に水を差すケイリィさんの言葉に俺の気持ちは現実に帰ってきて、苦笑しながら彼女の言葉に頷くほかない。
「奇遇だな。俺もそんな気がしてきた」
ケイリィさんが羅列した人物たちはどれもが魔王軍では上から数えた方がはやい偉い方々ばかり。
そんな方々に期待されている、そして縁を結べているのは大きい成果だと思う。
その成果を出せたきっかけは間違いなくスエラと出会えたということ。
すなわち俺の嫁は幸運の女神だということか。
昔の俺に言いたい。
よくやったと。
「本当に、そう思うよ」
大事なことなので二度同じ事を言うと、ケイリィさんとムイルさんが顔を見合わせ笑ってくる。
そんな彼らに俺も笑いかけて、その場は一旦笑い声に包まれる。
正直、ここまでで繋げるために色々とあったが、それをどうにか乗り越えることはできた。
それは俺だけの力では成しえなかったことだ。
俺は本当に恵まれていると思う。
運というステータスは俺の中で破格と言っていいほど低い。
だけどそれでもここまで縁が繋げたのは運が良かったと言える。
切っ掛けは殺されかけて、気に入られて、あとは一緒に飲みに行って後はズルズルと繋がっていったって感じだ。
最近では飲みニケーションはアルハラやパワハラになりやすいし、プライベートを優先する風潮があるけど、直接顔を向き合わせてコミュニケーションをとれる場としてはうまく使えばかなり有効でもある。
まぁ、相手が相手だから俺も楽しんでいたけどな。
何せ異世界の住人の話を聞けるのだ。
肉体も強化されて、多少なりとも酒に対しての耐性があったから少々酒量が増えても問題はなかった。
うん、当時は結構ビクビクしながら飲みに行ってたけどな。
最初の印象通りなら、鬼ヤクザと見た目がミイラな髑髏紳士に挟まれて飲みに行っていた元社畜のサラリーマンだ。
………どんな絵面だよ。
だけど、そんな絵面のおかげで今があると思うとなんとも感慨深い。
「そのつながりがあったおかげでワシも色々と動き回れたからよかったがの。感謝すべきは現役の将の影響力ってことじゃな」
「ムイルさんには色々と世話になりました。報告で聞く限りかなり危ない橋もわたってくれたようで」
「好きでやってたことじゃ。それに可愛い孫や曾孫のためだ。この老骨まだまだ働けるぞい!!」
それが巡りに巡って役に立っているのだからうれしいことこの上ない。
「他の候補者の情報まで探ってもらえるとは思ってませんでしたよ」
「枠は二つある状況だと言っても、相手方の情報が手に入るかどうかの差は大きいわよね」
そして、それが情報戦においても活躍しているのはさらに大きい。
聞けば密偵や暗殺者といった所謂裏方とのやり取りも多数あったらしい。
そのおかげで色々と情報を仕入れられた。
と言っても参加者全員の情報が得られたと言うわけではない。
得られた情報は三十三名。
優勝候補と呼ばれる上位者たちの情報を重点的に集めたと言う感じだ。
その情報量は並ではなく、紙の束にしたらえらいことになる量だと言われる情報量だ。
どれくらいすごいって?
俺がヴァルスさんの知覚加速を使って全力で目を通して、三日かかった。
この情報を鵜呑みにするわけにはいかないけど事前情報としてはかなりのアドバンテージを握れたということ。
あとは活かすも殺すも俺次第ってな。
「まぁ、ワシの方で探りきれていない輩もおるからな油断はするではないぞ婿殿」
「ええ、わかっています」
この世に絶対はない。
万全を期したと思っていても、落とし穴というのは得てしてできてしまう。
俺の知らないジョーカーがどれくらい出てくるかが問題となる。
「こっちの情報は?完全封鎖はできないとは思ってるけど」
「幸か不幸か、こっちの情報は誤情報含めて五分五分で流せたと言うところね。ムイルさんの協力で防諜対策もしっかりしてきたし。最新の情報は渡してないわ。それにこっちは最初から大穴候補の筆頭よ?もともと弱小勢力で誰も見向きもしなかったところで一気の追い上げ、開催直前になって情報が出揃うことはないわね」
「強者こそ慢心を捨てるのが難しいところ。土壇場で余裕と慢心を区別できるかどうかが情報戦の基礎じゃ。その点においてこっちは有利だったということじゃの」
そして情報収集という攻防に於いて、攻めではある程度の戦果が挙げられた。
では、逆に防御の方はどうかと聞いてみればこっちの方も上々だ。
ある程度探りに来ているようだが、本腰を入れるのに相手方は随分と出遅れたようで、そのころにはこっちの防諜対策がある程度固まった段階で迎え撃てたのは大きい。
敵には情報を与えるか、与えたとしても誤情報を流す。
この匙加減がムイルさんはとてもうまい。
慢心を植え付けるように、安心感のある情報を相手に流し込み、油断を誘う。
前と違ってすでに戦いは始まっているのだと自覚させられる。
「助かります」
「なに、婿殿を将軍にすると誓ったからにはワシも協力は惜しまない。それだけじゃよ」
そしてここまでは順調だ。
うまくいけば、このまま選抜に万全な状態で挑むことができる。
「後は野となれ山となれってか」
やれるべきことはやった。
残りの時間できることなんて再確認を施すだけと、英気を養うことだけだ。
「二人とも、今日までありがとう」
「出世払い、期待してるわよ」
「ハハハハ!なんならもう一人いや二人くらい曾孫を抱かせてくれればワシはそれでいいぞ!!金なら腐るほど持っておるからな」
だけど、ひとまずこの二人には感謝しなければならない。
俺一人ではここまでもって行けなかった。
出来たとしても、きっと一人で我武者羅に鉱樹を振るって物理的に強くなることしか考えられなかった。
「前祝いってわけじゃないが、ヒミクが料理を用意してくれている。酒の方も用意した」
「良い物でしょうね?」
「もちろん、エヴィアの舌を満足させられた奴を用意した」
だからこそ感謝したい。
そんなことをスエラに伝えたら前祝いだということであの屋敷に招待すると言ってくれた。
料理はヒミク、食材はメモリア、酒は俺で、スエラとエヴィアに会場の用意をしてもらった。
「前祝いという奴じゃな?」
「ええ、ついでに必勝も祈願してということで」
「うむ!景気がいいのはいいことだ!」
良質な酒を楽しみにするケイリィさん。
そして英気を養うことを良しとするムイルさん。
この二人を誘いつつ、屋敷に向かう前にちょっとだけ一作業。
「何やってるの?」
「もう一人誘わないといけない鬼がいてね」
「ああ、鬼王様?」
「ああ、前は誘えなかったからな」
約束を果たすために、そっと送ったメール。
後は会場で待っていればすぐに来るだろうと思っていたが、席を立つ前に一通のメールが俺の元に届いた。
急ぎの仕事かなと思ってそのメールの差出人を見る。
そしてその差出人名前を見て、驚き、中身を見るとつい笑ってしまった。
「誰から?」
「随分と嬉しそうに笑うの」
ケイリィさんとムイルさんから問われて、俺はスッと画面を二人に見せられるように向きを変える。
そしてその二人もメールを読み、笑みを浮かべた。
「へー」
「あの方らしいの」
「そうだな」
何とも簡潔でかつあの鬼らしい一言のメッセージ。
『俺に勝ってから誘え』
身が引き締まる。
そして武者震いが身を震わせ、自然と俺の口元には笑みが浮かぶ。
「負けられないな」
「そうね。ここまで期待されてたら無様は晒せないわよね」
「であるな」
その感情を高ぶらせる鬼の激励。
それを重いとは欠片と思わず。
むしろ、さらに選抜試験が楽しみになる言葉であった。
ああ、早く、選抜の日にならないかと願ってしまう俺がいた。
「………なら今日はしっかりと英気を養って選抜試験に備えないとな」
とりあえず今日の仕事はここまで。
やれることをやった俺たちは、最後の戸締りをしてオフィスを後にする。
そしてゆっくりと廊下に出た時に、東京の街を照らす月が見えた。
それをじっと見た後に、この月の空で教官がどんな顔であんなメッセージを送ったか考えたが、すぐに頭を振ってその思考を追い出す。
あの鬼が大好きな酒宴を断ってまであんなメッセージを送ってきたのだ。
酒を断った鬼に浮かぶ顔など一つしかない。
きっと、怖気が走るほど凶悪で楽し気な笑みを浮かべているだろう。
それがわかっていながら恐怖の感情を浮かばないあたり。
俺も狂ったのだろう。
今日の一言
もうすぐ本番、それを慌てるか落ち着けるかは準備の差
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活動報告の方で新作に関して発表はしておりますがついに明日新作を投稿するのでぜひともそちらの方ももよろしくお願いいたします!!




