452 本番への残り日数を気にするかどうか
パーティーが無事終了してやっと一息。
そしてセハスと何気ない会話をしながらおぼろげに将来像のことを考えていると、すっとセハスが入り口の方に歩き出す。
結構前からその気配に気づいていたが、セハスもセハスでそのあたりの気配には聡いようで、一分経つか経たないかのタイミングで静かなノックが鳴る。
「入っていいぞ」
その声に合わせて、遅くも早くもない絶妙なタイミングでセハスが執務室の扉を開ける。
そこにはパーティードレスとは違う、軽めの衣服に身を包んだメモリアがいた。
その後ろには軽食が入っているだろうワゴンを押しているメイドの姿もある。
「休憩にしませんか?」
「そうさせてもらおうか」
その誘いがどういう意味かを察せないほど俺も疎くない。
目線でセハスに退出を促すと、彼は一礼してメイドがワゴンを室内にいれてテーブルのところにサンドイッチと飲み物を用意すると揃って退出してくれる。
そして俺はメモリアと並ぶようにソファーに座ったとたん。
「ふぅ、やっと気が抜けた」
庶民根性が抜けていない俺はさっきまでの態度から一転だらけるように完全に力を抜いてソファーの背もたれに寄り掛かる。
「お疲れ様です」
「いやぁ、肉体的には疲れてないけど精神的には疲れた」
貴族や商人たちから言質を取られないように気を張りながら、そしてセハスやメイドたちの視線を浴びながら気を張っているのは思ったよりも疲れるということを今日だけで実感できた。
ここら辺がまだ庶民的なんだなと思わざるを得ない。
将来的にはこの感覚とあの場の感覚を住み分けないといけないんだなとは思う。
だけど。
「良かったら、休みますか?」
「そうさせてくれ」
その疲れを察してくれたメモリアがポンポンと叩く太ももに甘える形で横になる。
ふわっと香る彼女の香りが鼻孔をくすぐる。
多分風呂とか入ったのだろう。
優しい香りがなんとなくホッと安心させてくれる。
パーティー中は軽く飲みものを飲むだけで、それ以外はただひたすら話していたからお腹が減っているはずだけど今は少しでも休みたいと言う気持ちの方が強い。
眠気はない。
ただここでゆったりと休ませてくれるだけでいい。
そんなことを思っていると、俺の少し硬質な髪をメモリアが優しく撫でてくれる。
一定のリズムで本当に優しく撫でてくれる。
その感触が何とも心地よい。
「最後の方は次郎さん人気でしたね」
「教官の威光が結構影響していたけどな」
そのままメモリアは今日のパーティーのことを話す。
クスっと少しだけ笑っていたのは、俺が貴族や商人たちの勢いに圧倒されていた時の姿を思い出してか、それとも別のことを思い出してか。
「それでもあなたの人徳ですよ。鬼王様と縁を結び、その関係を見せられる。あの方はただ見せびらかすような輩を許すわけがないと言うのはあなたが一番わかっていますよね?」
「それはそうだ」
俺のちょっと卑屈になった気持ちをほぐすようにメモリアは笑いかけ、俺もそれに応えるように笑う。
教官の力を笠に着て威張り散らすような真似をしたら今頃俺はあの鬼にぶっ飛ばされている。
鬼の親切を裏切れば待っているのは破滅だと、知っているからだ。
恩には恩を、裏切りには制裁を、それが鬼という種族だ。
教官が利用していいと思わせるような態度を見せたことこそ、貴族たちにとって、俺がどれだけ教官に信用されているかを見せられたかという話になる。
「それに、次郎さんは少し貴族や商人たちを甘く見過ぎです。ただ鬼王様の威光を頼りにしている人物であれば彼らはそれを見抜いてもう少し違うアプローチをしてきますよ」
「例えば?」
メモリアに膝枕をしてもらいながら頭を撫でられながらの会話。
その時間は俺にとっての憩いの時間になり、ゆったりと話が進む。
「まず貴族の方々ですが、最後に次のパーティーの開催について聞いてきましたね。他に知り合いの貴族を誘っていいかと確認も取っていました。もし、利用する立場としてあなたと接するのなら自分から動こうとはせず、次郎さんに誘わせようとするように誘導しますよ」
「上下関係を明確にするためか」
「正解です」
それは貴族社会に慣れていない俺への復習も兼ねた確認のようだ。
メモリアが一つ目と人差し指を立てて話してくれた内容は俺でもわかった。
実際それはエヴィアにも言われた。
礼儀はわきまえるが媚びるなと。
日本人である俺は腰が低くなりすぎて媚びているように見えるとマナーを習っているときによく注意された。
ただ丁寧に接するのではなく、ある一定の線引きはしろと言われた。
だから、こうやって次も呼んでくれと普通に言われたことは上下関係的には少なくとも下にはみられていない証拠だ。
「次にご婦人の方々の反応ですよ」
「婦人方?」
二つ目とピースの形にされたメモリアの指を見て、どこかに期待されている要素はあったかとパーティー途中の様子を思い出す。
言っては何だが、最初の挨拶を除いて女性と話す暇はなかった。
隣にメモリアがいたからこそ何かモーションをかけられた覚えもない。
そもそも今回参加した女性は若々しく見えたとしても、全員が既婚者だ。
浮気をあんな場所で持ちかけられても困る。
であればそういったハニートラップ的なリアクションではないはず。
「わかりませんか?」
「ん~、思いつきそうで思いつかない」
パッと思いつかないから消去法で心当たりを探すが、それがなかなか見つからずしばらく悩んでいると、無表情ながら、そっとうっすらと笑うメモリアがではヒントですとつぶやき。
「家族に関して何か話していませんでした?」
「家族?」
すでに核心をついているようなヒントを俺に投げかけてきた。
家族というのは俺の家族ではなく貴族たちの家族ということのはず。
それがさっきの話とどういった関係があるのかと頭を悩ませること数秒。
そう言えばと思い至るものが出てきた。
「もしかして、子供か」
「正解です」
たしかパーティーの途中で次回はパーティーの勉強がてら子供も連れてきていいかと確認された記憶がある。
俺としては、少しでも支援者を増やしたいし、見極めるヒントになるかと思って了承した記憶がある。
「貴族が子息や令嬢を紹介するということは将来性を見込んで長い付き合いをしたいということです。長男や当主自身は家を守る必要がありますけど、次男や三男あるいは令嬢と言った立場なら比較的簡単に送り込むことはできます。次郎さんが見極めて目に留まり仕えさせてくれればそれは十分なつながりになりますし、いざという時に支援する理由になります」
「なるほどな」
貴族社会も大変だなと思えるメモリアの言葉に感心する。
ざっと知識だけでも学んでいてもいざ実践になるとその知識と実践が結びつかないことが多い。
事実パーティーとかでそれを体感している身としては、教科書片手にそれを適宜確認している感は否めない。
百聞は一見に如かずとはよく言ったもの。
実際にやってみた方がはるかに学べてしまう。
「となると、だ。次はその令息たちや令嬢たちの顔と名前を覚えないといけないのか………」
「そうなりますね」
「うへ、名刺があるだけ日本はかなりマシだということか」
そして貴族関係に関して俺が一番辟易してしまうと思ったのは名前を覚えること。
礼儀としてごく当たり前にやらないといけないことだが、初見の相手をいきなり数十名単位で覚えろと言われたらかなり大変だ。
前の会社、というよりは日本の会社なら名刺を交換したりして情報を手元に残す習慣があるからいいけど、こういったパーティーの場だとするとガチの記憶勝負になるからシャレにならない。
「そうですね。私は慣れていますが、次郎さんは頑張っていただくしかありませんね」
「そうするよ」
メモリアの言い方に慣れの問題か?と疑問が浮かぶが、ここでできないと言うわけにもいかず、結局は俺が努力するしかないのかと覚悟を決めるしかない。
将軍になると堂々と宣言した手前こんなことでへこたれるわけにはいかない。
ただ、フシオ教官はともかく、キオ教官の場合本当に興味がなかったら知らないの一言で済ませてしまいそうだ。
あれだけの強者だったらそれは許されそうだけど、俺はそんなことはできないので諦めてしっかりと顔と名前を覚えるしかない。
幸い、向こう側の世界は特徴のある種族が多い。
それと紐づければ覚えることは幾分か楽になるはず。
メモリアが次に商人たちに関してと話を切り替えるのでその話に耳を傾ける。
「商人に関しては貴族よりもわかりやすいですよ?次郎さんが飲んでいた酒をやたらと飲んでいませんでしたか?」
「そう言えば、飲んでいたような」
貴族が関係を明確に寄せてこようとするのに対して、商人はもっと物体的な価値観で攻めてくるとメモリアは言う。
「あれは次郎さんの好みの味を覚えて、それに近く美味な品を探し出すためにやっていたことです」
「お近づきの品的なやつか?」
「そうですね、それに近いです」
俺が飲んでいた酒は日本酒だ。
それなりの度数を誇るけど、それでも教官たちと飲み明かして鍛え上げられた肝臓は、舐める程度にしか飲まなかったから酔うことを許さず、常時素面を保たせた。
パーティーの後半、結構日本酒が飲まれていたのはメモリアが言っていた理由が原因か。
「他にも趣味の話は、贈呈品に関しての下調べです」
「趣味って、ああ、絵画は好きかとか演劇に興味はないかとかの話か?」
「そうです。あの会話はさわりとしては話し易い話ですし、もし共通の話題があればそこで親しくもなれます」
貴族たちが常時俺の周囲にいたから、商人たちは時折会話に参加してきただけだけど、それでも俺がふとこぼした話に絶妙なタイミングで入ってきていたと思う。
おお!と仰々しく驚き、それでも不快に感じさせない話し方はさすが商人か。
俺は無趣味ではないけど、流石に漫画やアニメといった話をしても仕方がない。
だから無難に酒は教官とよく飲むと話した時は妙にどこの地方の酒がいい、珍しい酒があるとか食い気味に話していた。
「要は、少しでも次郎さんの印象に残ろうとしているのですよ」
「でも、大丈夫なのか?俺はある意味でメモリアの実家と親戚付き合いしているようなものだけど」
それを聞いてて、商売的に俺と親しくなっていた方が得だと思ったか、あるいは儲けの臭いをかぎ取った的な感覚に近いと思った。
だったら、その感覚に従って考えるのなら、俺はすでにトリス商会という大きな商会を味方につけていると言っていい。
メモリアの実家をないがしろにするつもりはないが、それでも他の商家と取引することをグレイさんやミルルさんといったメモリアの両親はあまり良く思わないだろう。
「その心配はありませんよ。元締めは私の実家でやるでしょうが、逆に言えばある程度の上納金を収めればうちが後ろ盾になってくれると言う保証になります。よほど強欲で野心家な商家でない限り逆に商売がやりやすく儲けを出せると計算するはずです」
だが、メモリアはそうは思っていないらしく。
販路が広がると儲けられると言う。
そしてしっかりと。
「それに、うちは敵には容赦しないことで有名ですからよほど愚かでない限り私たちに敵対することはありませんよ?」
敵に回すと恐ろしいことになると言い放つメモリアの言葉に、そう言えば最初にこの会社で店を任せて逃げ出した店員はどうなったのかと思い出す。
あれから話は聞かないけど、大丈夫かとちょっとだけ心配になった。
だけど、それを考えるのは一瞬だけ、すぐにそれを頭の中から追い出して。
メモリアの話をまとめる。
総評すれば。
「要は、今回のパーティーは成功に収まったってことで良いのかね?」
「ええ、まだ改善の余地はありますが」
「手厳しい」
メモリアの目から見ても及第点はもらえ、合格ラインは超えられたということ。
それは将軍候補として、少なくとも今回の来賓者たちには印象付けられたことを指す。
「だけど、これで俺のことが少しでも大陸の噂に乗るということか………」
「ええ、ここからが本当に忙しくなりますよ」
「だな」
貴族と商人の命綱と言っていいのは情報だ。
少しでも新鮮で確実な情報に関してこういった人種は金を惜しまない。
だからこそ、きっと今回参加した来賓者たちは他の将軍候補に関しても情報を集めるはず。
それを提供してくれるかどうかは今後の関係づくりにかかってくるがとっかかりはできた。
メモリアの言った通り、ここから本当に忙しくなる。
だけど。
「頼りにしているよ。メモリア」
「ええ、私も含めて、スエラやヒミク、エヴィア様もあなたを支えます」
「頼もしいな」
俺を支えてくれる彼女たちがいる限り俺は折れるわけにはいかない。
まだ、選抜の日取りは発表されてはいないが、そこまで日取りがあるわけではないだろう。
ここから駆け足でできることはしっかりとやらないとと思いつつ。
ゆっくりと降りてきた彼女と口づけを交わすのであった。
今日の一言
期日の確認は適宜行うこと!!
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