451 黙っているわけではなかったけど………
キオ教官の登場は来賓者たちにとっては予想外の来訪だったらしい。
貴族も商人も教官の登場に唖然としていたのは記憶に新しい。
俺としては酒を用意して宴を開くならなんとなく来るかなぁって予感はしてたから、まあ驚きよりも納得といった感じの色が強い。
だからセハスには教官が来た時用の対策として、あらかじめ容姿と性格そして対応の方法を伝えておいた。
確信三割、勘七割といった感じだけど、来ないと言う選択肢の方があり得ないと思っていた俺にとって予想通りの展開だった。
だけどセハスには。
「こうなることを予想なされていたのですか?」
パーティーが終わった後にそんなことを聞いてきた。
セハスが何を聞きたいか察した俺は、迷うことなく自分の考えのべる。
「予想というよりは、癖かな」
「癖ですか?」
パーティーは無事終了、いやある意味で大成功を収めたと言ってもいいかもしれない。
ずっと続いていた腹の探り合いは教官が来訪したことで一気に風向きが変わった。
まだ見定めようと作り笑いを浮かべていた貴族、金になるかどうかそろばんを心の中で弾いていた商人たち。
その誰もが立ち去った教官の背を見送った後はとても好意的に接してくれるようになった。
その対応に現金だなと心の中で思いつつ、そのことを表情に出さないように気をつけつつ、貴族や商人に囲まれたままパーティーは最後まで進行していった。
最後の方は次回のパーティーにも参加したいと言われて幕を閉じたのだから成功を収めたと言っていいだろう。
いやぁ、教官効果半端ない。
これで俺の将軍候補のオッズが少しは上がったかなと思い後片付けは館の使用人たちに任せて、今は館の俺の執務室の方で来賓者たちの話を忘れないうちにまとめておこうとしている作業中。
メモリアはちょっと着替えるために席を外しているからこの場にはいない。
なので俺の世話役としてセハスがそばに控えていたが、彼も彼で今は試用期間中の執事だ。
彼も仕える相手は選ばせた方がいいと思い契約の段階で互いのためにそういう風に段取ったのだ。
そのやり方に困惑した様子は彼は見せなかったが、おかしなやり方だとは言われた。
場合によっては試されるのを嫌う輩もいるから注意したほうがいいとも言われた。
そして試すのなら期限を決めず常に試し続けた方がいい。
三か月という期間はあまりにも短すぎるとも苦言を呈された記憶は新しい。
そんな彼だからこそ、こうやってパーティーの途中で起きた出来事に関して聞いてきたのかもしれない。
「癖、でございますか」
「そう、癖だな」
セハスの言う予想というのはキオ教官が来た。
なんてことではなく、キオ教官が来たということによって起きた事柄のことを指しているのだろう。
事柄、言わば現役将軍である教官の影響力を加味して今回のパーティーを開いたのかという話だ。
その答えに関しては俺はNOと答える。
あの教官の行動を予想して、予定を組めるかって言われたら無理だと断言できる。
それぐらいあの鬼が破天荒だと言うのはこの数年で理解できている。
その代わり、あの教官の影響力もまた劇薬のごとくとてつもない効力を発揮することも理解している。
現役の将軍、鬼王である教官の登場。
それは、俺と教官の関係を噂する貴族たちや商人たちにとっては眉唾物であった話を裏付ける決定的な証拠。
ごくわずかしかない会話のやり取りであったが、その会話が事務的なモノではなく、親しげなのは傍から見てもわかったと思う。
時間にして五分も経っていないほんのわずかしかない時間であったが、逆に言えばほんのわずかでも、いや、ほんのわずかな時間のためにキオ教官がパーティーに顔を出したという事実が来賓者たちに衝撃を与えたのだ。
現役の将軍。
そして魔王の側近の中でも古参に入る教官が親し気に俺に話しかけ、なおかつ酒を強請った。
俺からすれば集られてるなぁって感覚で、それでも彼との酒を飲み交すのは楽しい時間だ。
その場で酒盛りを始めてしまったとしても付き合う覚悟は俺にはあった。
だけど教官は、場の空気を読んだのか、あるいは自身の影響力を笠に着て交流することを良しとしなかったのか。
本当にあっさりと帰っていった。
その代わり、用意した酒の三割を持っていかれてしまった。
しかし、そのやり取りを見た貴族たちがそう思うわけもない。
俺からしたらまたかという感覚でも、貴族たちや商人たちからしたら俺のためにあの鬼王が時間を割いたと目に映ったことだろう。
「あれがあるかもしれない。これがあるかもしれない。そんなイフを想像して対策を立てる。すべてに対応することはできないかもしれないけど、こうなるって考えた事柄に対しては極力対策をしておこうって思った結果があれだっただけ」
そこまでの一連の流れ、その影響は俺にとってとてつもない効果を発揮した。
さっきまで腹の探り合いをしようとしていた貴族たちは、揉み手をしそうな勢いで一気に俺との距離を詰めようとしてきた。
自分の影響力、どういう部分で役に立てるか。
自慢げに、けれど嫌味にとられないように控えめに説明する貴族たちに商人たち。
特に最初のころド直球ではないにしろ、遠回しに戦艦寄越せと言ってきていた商人の手のひら返しはかなりヤバかった。
ちょっと笑いそうになったのは俺の中での秘密だ。
「それを予想していたと言うのではないのですか?」
そんな俺の言い分は予想という言葉の範疇に収まってしまうとセハスは言う。
確かに、予想していたと言えばその通りだ。
だけど、俺的にはちょっとニュアンスが違うんだ。
「んー、そうと言えるかもしれないけど俺にとっては少し違うんだ。考え方、解釈の仕方次第で意味は大きく変わるんだけど、俺の中で予想って言う考えはこうなると考えて一点張りするような感じで、あれもあるかもしれないこれもあるかもしれないって考えるのは対策って感じかな」
セハスと会話しながらも俺の指は館に持ち込んだパソコンのキーボードから指は離れず、そして止まらず今日会話した内容を打ち込む作業に従事している。
今日やった内容が将来将軍になったときの地盤になると考えればこの作業に手を抜くわけにはいかない。
記憶力はいい方だけど、それでもすべてを記憶出来るわけではないので記録できることは記録せねば。
「それを習慣づけてやってしまうって感じ。こうなるかもしれないってことを放置できない。こうならないと何で言えるか根拠がないそんな不安を解消するために、言わば俺の小心者の部分を解消するための行動さ」
「なるほど、そう言うことでございましたか」
並行作業をしながらセハスに今日の出来事が何で予想できたかを説明できたが、その代わりに俺の弱みを見せたような形になってしまった。
だけどその弱みが今回のパーティーの成功を引っ張ってきたのだから何とも言えない。
「セハス的にはこう言うことを吐き出す主はダメだと思うか?」
俺的には問題ないと思ってもセハス的にはダメだと思ってしまうかもしれない。
一度吐き出した弱音。
だったら二度も、三度も変わらないだろうと開き直って聞いてみると。
「時と場合、そして相手を選ぶのでしたら問題はないかと私は思います」
「へぇ」
「意外でしたかな?」
「まぁ、俺からしたらこういった立場の人間は完璧を求められると思っていたからな」
そうしたら当たり前のようでセハスという男の第一印象から考えたら意外と思えるような回答が返ってきた。
その答えが故にピタリと俺の指が止まり、そっと振り返ってしまった。
そこにはピシリと背筋を伸ばして俺に対してフッと笑う執事の姿が見えた。
「完璧とは理想であり追い求める者は数多く存在しそのことに対しては私は良きことだと思います。ですが反面、私のような仕える者でしたらむしろ完璧と呼ばれる存在はある意味で最も忌避すべき存在だと私は思います」
執事服をしっかりと着こなし、そして堅苦しく見えないように表情を和らげるセハスはやはり一流の執事なのだろう。
「その心は?」
そんな彼は完璧を追い求めることを是とし、だけど完璧という存在を否定する。
その言葉は矛盾しているけど、中々面白い考えをする人だと思いながら先を促すと。
「完璧である存在に対してどうやって私が仕えればいいかわからないからですな」
完璧な存在には仕えるという立場の存在が不要であるからとセハスは宣う。
その言葉に俺は思わず吹き出して笑い始めてしまう。
「クククク、確かにその通りだ」
「ええ、私はこの道で生きてきましたので完璧な主になりますと私の仕事がないのですよ。そうなると私は路頭に迷うことになります。もしかしたらその完璧な存在というのはそういった路頭に迷うことも防いでくれるかもしれませんが、完璧であるがゆえに完璧を捨て去ると言う選択を強いることにもなります。でしたら、私のような仕える者は完璧である方に仕えるよりは支え甲斐のある方に仕えたいと思うのですよ」
「手のかかる子供ほどかわいいってわけか」
「然様です」
この執事の言っていることはおかしなことを言っているようだが、実に納得のできる解答だ。
困りましたと肩をすくめる姿は冗談を言っているようにも見えるけど、その反面、真面目に言っているようにも見える。
ムイルさんもなかなか面白い人を紹介してきてくれたのだなと心の中で感謝しながら。
今の俺はまだ仕えるに値しているかどうか見極められているのだなと心の中で緩んだ気持ちを引き締める。
セハスは言った。
完璧を追い求めることはいいことだと。
セハスにとってある意味で一番重要視しているのは向上心だと言っているようなものだ。
それを遠回しに伝えて俺が気づくかどうかを試しているのかと疑心暗鬼になることも織り込み済みだと考えると、この執事なかなかの曲者ということになる。
本当であれば俺が言った手のかかる子供という部分は否定してもいいとは思っていたが、彼は迷わず肯定した。
恐らく彼の中ではこの程度の言葉に怒りを感じないだろうと言う線引きが行われているのだろう。
事実、自分で言ったことだし腹も立っていない。
「なるほど、参考になる」
「そうなれば幸いです」
だからこそ、心の中で感謝する。
そっと頭を下げるセハスからパソコンの方に視線を移し再び指を走らせる。
未だ上に立つということに慣れていない俺にとってこういった意見は重要だ。
足りないことを補ってくれる。
それに甘えっぱなしというのはダメだろうけど、否定することもまたよくない。
人をうまく使えるようになれとエヴィアに言われたが、それがなかなか難しい。
実際今回のパーティーでもそのことを見抜かれて、どれだけ自分が役に立つかを延々と聞かされ続けられたのだ。
支える代わりに対価を寄越せとまでは言わなかったが、将来は期待していますと言われたようなものだ。
「威厳を保つって大変なんだな」
だからこそ、そう言われないようにするための威厳の必要性をつくづくと痛感した。
苦笑交じり、そして貴族や商人たちに言われたことをまとめているからこそ、その必要性を再確認している。
「威厳というモノは後付けです。ジロウ様においては無理に威張り散らすよりはこのまま真っすぐと突き進んだ方がよろしいかと」
もしカリスマという素質があればもう少し楽にパーティーを過ごせたかと思っていたからこそこぼれた言葉だが、セハス曰く威厳というのは必ずしも必要なものではないらしい。
静かに耳に入るセハスの声に俺は再び指先が止まるが、振り向くことなくまた指を走らせる。
「そう言うものか?」
得てして自分に足りないものというのは自身では気づきにくい。
だからこそ、こういった意見に左右されてしまう。
選ぶときは自分で、それをしっかりと考えておかないといけないのだ。
「さて、私もこのことに関しては明確に答えを持っているわけではございません。まだジロウ様と付き合いの短い私はあなた様の全てを知っているわけでもございません。ですので、ジロウ様の言葉を借りて例えるのなら、この道で長年培ってきた勘、でしょうな」
「勘かぁ、そいつは無視できない言葉だな」
そしてこの執事はそのことをしっかりと理解している。
あくまで自分は仕え支える者であって導く者ではないと言う線引きをしっかり引いている。
さっきの言葉もあくまで一つの意見に過ぎないと言い切る当たりちゃっかりしている。
加えて、俺の中でのツボをしっかりと押さえているところが憎たらしい。
昔なら勘なんて当てにならないと一笑出来たのだけど、この会社に来て虫の知らせといった勘は馬鹿にできない。
実際、何度も勘で救われている。
それが経験に基づく勘だと言うのなら、最低限頭の片隅にはとどめておかないといけないと思わせる説得力があるのだ。
俺が将来どんな将軍になるか、それは俺にもわからない未来だ。
いずれその未来を決定づける出来事があるかもしれない。
もしかしたら、このセハスの言葉が俺がどんな将軍になるかを決めるきっかけになったのかもしれない。
今日の一言
こうなるとは思わなかったとはよく言う。
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