450 基礎と応用、仕事なんてそれの繰り返しだ
またもや遅れてしまい申し訳ありません(汗
パーティーでの接待なんてやる日が来るとは昔の俺なら想像もつかなかっただろう。
俺がやったことがあることなど、精々が飲み会の幹事程度だ。
パーティーなんてたいそうなことを企画したことも社畜時代に習ったことなどもないが、一応教官たちやエヴィアには習っている。
そして実際パーティーにも参加して実戦も経験しているが。
「ようこそ、今日はぜひ楽しんでいってください」
戦闘とは違った緊張感はまだ慣れない。
ここは屋敷に併設されているパーティー会場。
それ一つの建物自体がパーティー用に建設された建物だ。
それなりでは済まない額が投資されている建物で中身は豪華絢爛。
キッチンスペースと、ワインセラーのように酒を保管しておく設備。
そして楽団の控室。
BGMをCDとかでやってはいけないのかと思いつつ、楽団を用意するのも財力の見せ方だと教えられている身としてはそれを用意しないわけにはいかなかった。
地位ある者は見栄をしっかりと張らないといけないのかと嘆きつつ表情にしっかりと仮面を張り付ける。
作り笑顔というわけではないが、笑顔を絶やさないのも結構表情筋を使うし。
「タナカ様、本日はお招きいただき感謝しております。私、ポールアック・トロメイアです。魔王様からは男爵の地位を賜っております」
タナカ様って呼ばれるのが妙に背中がむず痒くなる。
「トロイメア卿はお酒には目がないと聞いております。本日は私の国の酒を色々と取り揃えておりますので心行くまでお楽しみください」
「おお!先ほどもいただきましたがワインという酒もこのニホンシュという酒も美味でついつい飲みすぎてしまいそうですよ!家内も料理がおいしいと喜んでおりました」
相手は仮にも貴族で、種族的に見て悪魔族。
絶対目上なのに、こうやって俺を敬ってくるのだから何か裏があるのではと勘繰ってしまう。
これでもまだマシな方だ。
商家の腹に抱え込んでいることが明確にわかっている商人たちの対応をメモリアが一手に引き受けてくれているだけまだいい。
挨拶している時に、軍艦が欲しいって遠回しに言われて顔が引きつらなかったのは褒めてほしい。
「おお、トロメイア卿はニホンシュが好きなのか。私はこのウメシュという酒がいい。甘くてほんのり酸味がある。女性でも飲みやすそうだから妻と一緒に飲むのもいい」
「おお!これはハーッド卿、あなたはウメシュですか。それも飲みましたが濃厚で味わい深かったですな」
「私はこちらのウイスキーという酒を押しますな。ハーッド卿のウメシュは私には甘すぎる。だが、この香りそして味わい深さなんと品のいいことか」
「ギルメット卿はそちらが好みでしたか、でしたらウイスキーにも色々と種類を用意しましたのでぜひお楽しみを」
「ハハハハ!タナカ殿は私共を酔わせてどうするおつもりですかな!だが、そう勧められてはお断りすることはできませんな」
貴族三人に囲まれての談笑。
名前を覚えること自体は結構簡単だ。
日本酒好きのポールアック・トロメイア男爵。
少々小太りの悪魔族の男爵
梅酒好きのダント・ハーッド子爵。
細身で温厚そうな見た目のダークエルフ。
ウイスキーを押しているのはガンド・ギルメット男爵。
蛇人と呼ばれる竜人族の血族らしい。
「ええ存分にお楽しみを、鬼族の方々が来ても問題ないようにご用意しました。もしお気に召したのなら執事にお申し付けください。幾本か包みましょう」
「おお!」
「それはそれは」
「む、それではもっと楽しまないといけませんな」
こうやってお酒を進めながら談話するだけでいいのならまだいいんだけど………
「そう言えばタナカ殿は将軍位へ挑戦すると伺っておりますが」
来た。
今までの会話を人格を測るためのジャブだとすれば、これは俺の器を測るためのストレートだ。
ハーッド子爵が梅酒の入ったグラスを揺らしながら俺の将軍になることを聞いてくる。
「ええ、そのつもりです。そのためにも鍛えている真っ最中ですよ」
さっきまでの温和な表情と似ているが、纏っている雰囲気は全く違う。
「ええ、実力に関してはムイル殿から聞き及んでおります。私も色々と聞いてみたのですが、勇者を撃退したとお聞きしてますが」
「いえいえ、私は抗うことだけで精一杯でしたよ」
「ご謙遜を、勇者に抗うことができる者などこの大陸でも一握りの実力者のみ。挑み生き残っただけでも大したものです」
知りたいのは俺の実力か、それとも俺が将軍になるためにどれだけ本気になれるかという気概か。
「でなければ、現役の将軍の方々から恩賞を賜ることなどできないでしょうな」
「身に余る光栄とはあの事でしょうな。賜ったときは驚きましたが」
のらりくらりと躱し続けることはできるだろうけど、それでいいのかと聞かれればよくないと思う。
相手の意図を正確に汲み取ることは結構難しい。
おまけに貴族という生き物は率直な物言いをするとすぐに言質を取られてしまうと聞く。
エヴィアにはうかつなことは言うなと釘を刺されているから、何とももどかしい。
であれば、自然と持久戦をして相手から話を振られるのを待つべきか。
それともざっくりと切り込んでみるべきか。
「ふっ、腹の探り合いはあまりお好きではないと見える」
「その質問は些か答えるのに困りますね。はいと言えば間抜けになり、いいえと答えれば私は探り合いが好きな者と捉えられる。どっちを答えても損しかありませんな」
そんな態度を読み取られたのかハーッド子爵から踏み込んできた。
肩をすくめて誤魔化してみるが、効果があるかないか。
「おっと、意地悪が過ぎましたかな。気分を害されたのなら謝罪を」
「いいえ、気にしておりませんので」
ひとまずは切り抜けたかと思いたいところだが、ここで追撃の手を緩めるとも思えない。
それにここで堂々と要求してくるような輩がいるのなら逆にこっちからお断りだと言いたくなる。
その点で言えばこの人たちはまだいいと思える。
さて、ここからどういう展開するか。
「実際に戦って見せられれば手っ取り早いのかもしれませんが、生憎と今は酒を嗜んでしまっていますので、加減が効かなく危ないので」
「それは残念ですな。是非とも噂の実力を拝見したかったのですが」
「ええ、ハーッド卿が言うのでしたらそれは見事な実力なんでしょうな」
「そうだな」
残念そうにする貴族たち。
ここまで息を合わせてやられるとさすがに面倒だ。
まるで俺がケチだと言われているような気分になる。
キオ教官みたいに見た目が強そうに見えれば、あるいはフシオ教官みたいに策謀に長けていれば。
と、ない物強請りしている場合ではないか。
一泡吹かせるとまではいかないが多少は印象に残しておかないといけないか。
なにか、なにかないかと考えを巡らせる。
「そうですね、そこまで残念に思っていいただけるのなら私も何も見せないと言うわけにはいきませんね」
そこで一つのアイディアが思いついた。
これなら手の内を明かすことなく実力を示せるのではないかと思う。
「よろしければ、そちらの方々もご一緒にいかがでしょう?」
どうせならメモリアが相手している商家たちにも見てもらった方がいい。
俺の呼びかけに機会をうかがっていた商家の人たちは少し嬉しそうに表情をほころばせているようだ。
「メモリアはご婦人たちのお相手を頼む。これから見せるのは少々無骨すぎてご婦人たちに見せるのははばかれる」
そして選手交代ということでメモリアにはご婦人たちのお相手を頼み。
酒の説明をしながら様々な料理を用意するセハスの方に向かわせる。
「………わかりました」
一体何をするつもりだとジッと俺を見つめるメモリアだったが、大丈夫だと伝えれば彼女は頷いてご婦人たちのお相手をしてくれる。
「さて、ここでは危ないので庭の方に移動しましょうか」
なんだかんだと言って、魔王軍は武闘派揃い。
商家だろうが貴族だろうが、戦闘経験を積まないと言うのはあり得ない。
なのでお手並み拝見と言わんばかりに楽しみだという方々を連れてそっと庭に出る。
「さて、では何を見せてくれるのですかなタナカ殿」
「なに、ちょっとしたクイズをしようかと思いまして」
「ほう、クイズですか」
パーティー会場から二十メートルほど離れて立ち止まったタイミングでハーッド卿が何をするかを聞いてきた。
なので少しいたずら心を働かせながら答えて魔法を使う。
発動するのは簡単な土魔法。
庭に大きめの岩を出現させ。
「ええ、今からこの岩を私は素手で切ります。皆様には私がこの岩を何回切ったかを当ててください」
「ほう」
スッと目を細めたハーッド卿。
それは自分たちを舐めているのか言わんばかりの目だ。
「先にこの岩に細工されていないか調べても?」
「ええ、構いませんよ」
こんな岩、簡単に切れる。
だけど、それを口で言っても信じられないだろうなと思った俺は、そっと場所を譲り、ハーッド卿が岩を調べられるようにする。
「ふむ、なんら変哲もない岩ですな。細工もしている様子もない」
「ご理解していただけましたかな?」
「ふむ、わかりました」
しばしジッと見つめ、そしてちょっと魔法を使って調べたように見せかけて強化魔法を使っていたのを俺は見逃さない。
ただ、それを言及するわけにもいかない。
言えば、この程度の結界を突破できないのかと言われる羽目になる。
まぁ、この程度の結界を突破できると言う情報を与えてもいいかと納得した。
見れば、他の見学者たちも気づいている様子。
まぁ、あれだけ堂々とやればそうなるよな。
「では、やりますよ」
「ええ」
あくまで余興、だが舐められたまま帰られるのはダメだと思った俺は少しだけ本気を出す。
切ると言うイメージそのまま腕に張り付ける。
俺の腕は刀だと意識し、だらりと脱力して岩の前に立つ。
その時、感じ慣れた視線を背に感じる。
フッと口元が緩むのがわかる。
見られているのなら、余計に無様な姿は見せられないなと気合を入れなおし、そっと魔力を練り直して。
一呼吸で腕を振るう。
ブンっと右腕が一瞬だけブレて。
「さて、何回切ったでしょう」
なんら変化のない岩を背にして振り返る。
ガヤガヤと騒ぎ始める出席者たち。
「………」
誰も切ってはいないとは言わないのか、それとも言えないのか。
少なくともジッと見るハーッド卿は切っていないと言わないから俺が切ったとのは理解している。
それもそのはず、俺は素手でハーッド卿が用意した結界を切り裂いた。
それを結界を張ったハーッド卿が理解できないわけがない。
手応え的に、あれはそれなりに強度のあった結界だ。
少なくとも戦闘でも実用に耐えれる程度の強度はあった。
それをたった一度で切り裂き、さらに連撃で岩を切り刻んだ。
一見変化がないように見える岩ではあるが、その実切った速度と鋭さが高すぎた故に、まだぴったりとくっついているだけ。
「十三回だ」
未だどよめき、だれも答えられないことにしびれを切らせたその視線の持ち主は、パーティー会場の屋根の上から声をかけてくる。
「き、鬼王様!?」
振り返り、その姿をみた出席者たちは驚いた後に跪き頭を垂れた。
「頭をあげろ、今は酒の席だろ」
「は、はい」
そして屋根の上から飛び降りてきた教官は片手にきっと蔵から拝借したであろうウイスキーのボトルを三本片手に持って、もう片方の手には封を切った日本酒がある。
「ったく次郎、もう少し切り込めただろうが、手を抜きやがって」
「いやぁ、手の内は隠した方がいいと思いまして、今度戦うわけですし」
「いっちょ前な口を利きやがるな」
「あなたに鍛え上げられたので、この程度はできるようになりましたよ」
俺と教官の関係を知らなかったのか。
いや、この場合は信じていなかったというのが正しいか。
俺は鬼王ライドウことキオ教官そして不死王ノーライフことフシオ教官の教え子というのは割と有名な話だが、こうも気安い仲だというのはあまり信じられていない。
一緒に酒を飲んでいる時も周囲の視線には気を配っているし、教官たちもそこら辺は配慮している。
それが噂話程度にしか聞けない人たちなら余計に信じられないだろう。
あの噂は本当だったのかと狸に化かされた人のように驚いていた。
「それで、正解か?」
「わかっていますよね」
そして、そんな奴らの反応なんて気にする素振りも見せず、むしろ俺を酒宴に呼ばなかったことに対して不機嫌だと言わんばかりに正答を確認してくる。
仕方ないと振り返り、ツンと指でつついてやれは、わずかに保っていたバランスは崩れ、十三回分切りつけた岩はその切り刻まれた分だけの岩の破片に変わった。
「正解ですよ」
「なら、この酒はもらっていくぜ」
「なんならセハスに言ってくれれば、もう少し用意させますよ?」
「ふん、ここにはちょっと寄り道できただけだよ」
「そんな喉が渇いたから寄るような喫茶店感覚で」
それを見届けた教官は用は済んだと言わんばかりに立ち去っていく。
何でここに教官が来たか。
それを聞くような野暮なことはしない。
貴族や商家たちの反応を見れば教官が来た理由など一目瞭然だ。
気まぐれという表向きの理由。
そしてその実は、ちょっとした鬼のお節介ということだろう。
将軍になる器でないのなら鬼はこの場で俺を打ちのめしていた。
それをしなかったということは、舞台で戦うことを楽しみにしている証拠。
すなわちこんな岩切を見せるまでもなく、俺は教官と戦うことを認められていると今回の出席者たちに見せたということだ。
「次の宴、楽しみにしててくださいよ!」
だからこそ、そんな不器用な激励をする鬼に向かってお礼を言う。
それに振り向かず手を振る鬼を見送って。
今日の一言
基礎ができれば応用に挑戦できる。
あとはその繰り返しだ。
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