447 準備が本番ではない。スタート地点だ。
ムイルさんとの話し合い、というよりはマイットさんとの親子のやり取りを見守り、巡り巡ってムイルさんが俺の軍師と言うか右腕と言うか、とりあえず俺が一人で大きな組織をまとめ上げる手伝いをしてくれることになった。
それから数日後のマイットさん曰く。
『ようやく寂しそうに笑う父を見なくなったよ。ありがとう』
と電話越しではあったが嬉しそうに笑っていたマイットさんに感謝された。
その代わりと言っては何だが。
俺の自由時間は家族と触れ合う時間以外一切なくなった。
朝起きて出勤、そしてダンジョンテストに報告書の確認といった雑務に、さらに部下の指導やパーティーメンバーとの訓練。
これが大体の仕事のある日の一日のスケジュールだった。
それが劇的に変わったと言っていい。
まず最初に変わったところは俺の勤めている第一課に結構な数の人員の補充があった。
「ちょっと次郎君!どんな手段を使ったのよ!!なんでこんな人たちがうちの課に配属希望出しているのよ!!」
ムイルさんがあの日はやることがあると叫び帰っていったのはまぁ流れ的には予想していた。
だけど、次の日出勤した時慌てて駆け寄ってくるケイリィさんはさすがに驚いた。
見ろと言わんばかりに差し出された書類を受け取って見て見るとそれは履歴書。
ただし顔写真で映っているのはTHEファンタジーな顔ぶればかりだけど。
「え」
きっとムイルさんだなと辺りをつけていた俺であったが、たった二日でもう根回ししたのかと思って見てみたが、その履歴を見て見たら思わずあり得ないと声が漏れてしまった。
「国家錬金師、近衛騎士、財務管理士、密偵!?」
「それだけじゃないわよ、他にも宮廷魔導士に魔導学校の教師、騎士学校の教官、はたまた貴族お抱えの護衛隊の隊長、薬師に治癒師に宮仕えメイド!どれもこれも歴戦のベテラン揃い!さらには貴族の子息からの職場での修行願い!!さぁ吐きなさい!!一体今度は何をやったのよ!!」
出るわ出るわの能力の高いところからの履歴書の数々。
ダークエルフだけではなく種族問わず、老若男女問わず、職種問わず。
各業界から色々なところから俺の課に所属したいと言う希望が殺到していた。
たった二日でどうやって?と聞くのは無意味だ。
あのムイルさんのことだから四方八方に手を伸ばしてこの日に合わせて動かせる人材を動かしたのかとギリギリ納得と理解ができる。
すごいという言葉でまだ俺は驚かずに済んでいる。
「あのぉ、課長お話のところすみません」
「あ、ああ。どうした」
ケイリィさんから渡された束だけでもこの課にいる人員の数の軽く二倍はいる。
流石ムイルさんと感心してその事情を説明しようとしていた俺は甘かったらしい。
ケイリィさんが興奮していることでオズオズと話しかけてきたのは事務員のハーピーの子だ。
黄色い羽根の手に持たれた俺の手に持っている紙の束と同じような様式の書類の束。
それも今持っている束なんかよりもだいぶ厚い。
「………嘘でしょ」
ケイリィさんの口元が引きつっている。
かく言う俺の口元も同様に引き攣っているかもしれない。
この課に所属しているのはテスターを含めれば優に三十人は超える。
その倍はある履歴書の束がケイリィさんから渡されたばかりなんだぞ。
それ以上の希望者が来ると言うのか?
俺もこれは流石に予想していなかった。
「先ほどゴブリンたちがこの課宛だと段ボールを持ってきまして、中身を確認しましたら」
「段ボール!?」
「えええ!?」
そして俺の予想はまだまだ甘かったらしい。
今度こそハーピーの子に言われたことに驚いてしまった。
どうやらこの書類の束だけではなく、まだ段ボールには書類の束が眠っているらしい。
オズオズと申し訳なさそうにハーピーの事務員さんが指さした先には大きめの段ボールが三箱ほど積み重なっていて、その中の一つの封筒に入った束を持ってきたようだ。
「さぁ、吐きなさい」
「俺、一応上司なんですけど」
「いいから!あなた何やったのよ!!」
しばし唖然として見ていた俺の首元をまるで俺が犯罪者と言わんばかりの勢いで掴み締め上げるケイリィさん。
そこに上下関係など関係ないと言わんばかりに目を血走らせたケイリィさんの瞳が俺の目を見ていた。
「分かった、分かったから説明するから。すまないがその履歴書会議室の方に運んでおいてくれないか?あと、海堂たちが来たら会議室の方に通してくれ」
「わかりました」
説明なしにケイリィさんが落ち着くと言うのはあり得ない。
それくらい興奮しているが、この場で説明するわけにもいかない。
なのでとりあえず場所を変えようと提案するが、俺、一応上司だよね?なんで荷物を引きずるように襟を引っ張られて運ばれてるの?
俺課長で、ケイリィさん一応主任のはずなんだけど。
上下関係とはこれ如何にといった感じで会議室まで連行され、その後ろを事務員の子たちが段ボールを運んできてくれる。
「さぁ!吐きなさい!」
「分かった、分かったから。実は」
そんな感じで会議室に連行された俺はムイルさんのことを話した。
恐らくこの履歴書の数々が送られてきたのもあの人が関わっていると思っていた。
「英雄を動かしたの!!」
「英雄って、まぁムイルさんのやったことを考えれば当然か?」
戦争での英雄は大きく分けて二つだ。
敵を大勢殺すか、敵を殺してでも味方を守り切ったか。
攻めの英雄と守りの英雄。
後者に当たるムイルさんを動かしたことに驚くケイリィさん。
「確かにそれならこの履歴書の数も納得ができる。この人もこの人も、言われてみればあの戦争に参加した人………」
そして改めて送られてきた人員の履歴書を見て、幾人か有名人が混じっていたためかすぐに納得した。
「本気で将軍位目指すつもりなの?こんなことすればまず間違いなく他の将軍位を狙っている陣営から目をつけられるわよ」
「それは覚悟している。それでも目指す」
そして大きなため息を吐いた後、俺の覚悟を問う。
そこに迷いもなく、嘘もなく、堂々と彼女の視線をまっすぐ見て目指すと断言する。
「あの背の隣に堂々と立てる機会だ。それを見逃すつもりはない」
「スエラにはって………あなたがそれをあの子に話してないわけないか。それに多分だけどムイルさんを紹介したのはスエラね。もしあの子が反対し続けていたらムイルさんがあなたの味方なるはずもない」
「紆余曲折はありましたけど、俺は本気ですよ」
ケイリィさんにとって俺はあくまで将軍位に巻き込まれているといった認識の方が近かった。
だけどここまで本格的に動いたことになるとさすがに巻き込まれたと言う認識は変える必要が出てきたようだ。
「ここまでやってたらさすが疑わないわ。むしろここで冗談ですって言ったらこの段ボールに入っている履歴書の方々が怒ってあなたの立場なんてここにはなかったわよ」
期待というのは重荷になる。
俺はいま履歴書という形になっている期待を寄せられているということ。
「多分だけど、最初に送られてきた履歴書はムイルさんが自ら厳選した人たちね。多分だけどムイルさんの中でも信頼のおける人たち。この人たちを中心にして次郎君の軍を編成しようとしているのね」
さっきまで爆発していた感情を押し込み、椅子に座り込んだケイリィさんは自身で持ってきた履歴書の束を確認し始める。
「けど勘違いしないで、この人たちは英雄ムイル・ヘンデルバーグの信頼であなたに力を貸そうとしている段階よ。言えば、まだ仮契約。ここであなたがヘマをしてこの人たちの信頼を失えばあなただけの信頼だけでなくあなたを推薦したムイルさんの信頼にまで傷をつけることになるのよ」
「ああ」
「分かっていないってわけではなそうだけど、あなたが想像しているよりもこの紙の束は重いって思っておきなさい。もう、後には引けないわよ。いえ、全ての地位をかなぐり捨ててスエラとどこか辺境の地で隠れて過ごすって言うなら協力もするわ」
「いらないよ。全て承知している」
「ならいいわ」
その紙の束は言わばムイルさんの信頼を担保とした手形。
ムイルさんが大丈夫だと言ったからこそ、ではやってみるかと募ってきてくれた。
「だったら勝ちなさい。それが最初にあなたが見せるこの信頼に応える一番重要なチャンスよ。ここで負けたら冗談でも何でもなくあなたは全てを失う。いえ、奪われると言っていいわ」
その期待に応えるために最初の目標は選抜試験であるバトルロイヤルに勝つということ。
後方支援を全てムイルさんに任せると言うことは俺はこれから純粋な力を指し示す必要が出てくる。
「私から言えるのはただ一つよ。私の親友を泣かしてみなさい。その時は私があなたの息の根を止めてあげる」
「OK。心に留めておくよ」
「そうしておきなさい。私も、あの子に恨まれるようなことはしたくないから」
だけど、そこまでの道のりは並大抵の努力では進めない。
選抜までの時間は多いとは決して言えない。
だが、まだ時間はあるできることは全部やらねば。
「さてと、となると今の段階でも少しでもやっておかないといけないか」
「やるって何を?」
「ん?書類審査。残業申請しておくからあなたはハンコだけ押しておいてね」
そしてケロッとした顔でいきなり残業を申請してくるケイリィさんに俺の頭の上では疑問符が浮かんでしまう。
「ああ、そっか。あなたこう言うことには慣れてないもんね」
そんな表情を読み取って、仕方ないかと溜息を一つこぼしたケイリィさんはポンと段ボールを叩く。
「いい?このムイルさんが選抜した書類はともかくとして。こっちの段ボールは多分だけどうまい汁を吸おうとしている輩が大半。英雄が推す将来の将軍候補にゴマ擦っておこうッていう奴らよ」
「ゴマすりって、そりゃいるにはいるんだろうけど、大半は言いすぎじゃ」
これだけの大人数は流石に全員が好意で協力しているとはさすがに言えないが、それでもケイリィさんみたいにほとんどが自己利益のために履歴書を送ってきたとは言い切ることはできない。
「甘い、甘いわよ。あなたはまだまだ魔王軍のことを知らないペーペーなのよ!今のあなたはこの書類を送り付けてきた奴らにとって傀儡にできる将軍候補の一人でしかないの!上手く操って自分の地位を安泰にしようとしている輩なんてそこら中にいるの!」
だけど俺の考えはケイリィさんにとっては甘いようで、バッサリと俺の意見は切り捨てられた。
「力こそ正義みたいな風潮は確かにうちもあるけど、その力ってのは頭が回るかどうかって言う力の側面もあるの!こういう奴らは力が弱い分腹に黒い物をたんまりと溜めこんでいるのは間違いないの!!それをあなたはしっかりと見極めなさい!でないと寝首を掻かれることになるわよ」
ビシッと本当に分かってないなと苦言を呈され。
「はい」
と俺は素直に頷くしかない。
確かにこの会社は想像以上に危険な側面が多い。
最近では結構そのあたりに巻き込まれているが、まだまだ氷山の一角ということか。
平和慣れしている日本人である俺にはこの手の暗躍の話は苦手だ。
だからこそムイルさんみたいに信頼できる人にそこら辺の管理を任せて、時間があるうちにノウハウを学ぼうとしているわけだが。
「まぁ、それでも一定の線引きをして使える人は使わないと将軍位についても人材不足に悩まされるけど」
「そういうものだよな」
「ええ、その線引きが難しいわけだけど」
だからと言って信頼できる人だけで周囲を固めると言うのはこれが意外と難しい。
相手の思考を完全に読めるわけない。
だからこそ実績や信頼という見えない財産でその人材を取捨選択しないといけない。
時間をかければその辺もできるかもしれないが、時間をかけても完璧にはできないのが現実。
「んー、使えるけど何を考えているか分からない人材か………」
「そういうこと、ま。そこら辺は何とかしてあげるけど、屋台骨はしっかりとしたことに越したことはないから。ムイルさんとしっかりとその辺は話しておきなさい」
将軍位への道のりは俺が思ったよりも過酷で険しくそして面倒ごとが多いようだ。
本当に考えが甘かったと改めて覚悟を決めて、ちらっと眼に入った書類を一つ手に取ってみる。
「んー、だからといって書類見ただけで良し悪しを判断することなんてできないよな………」
「当然でしょ、こういうのは貴族とかの横繋がりと一緒でしっかりと情報を持っていた奴が勝ちね。人とのつながりの薄い奴から敗北していくの。だからまぁ、あなたの場合鬼王様や不死王様と最初に繋がりを作った段階でかなりすごいことなんだけどね」
「そっちは何度も酒の席で酔い潰されて勝ち取ったものだからなぁ」
飲みにケーションは万国共通。
社畜時代に身に着けた接待根性おかげで今の地位につくことができたわけだ。
あのブラック時代でも役に立つのだ。
「ふぅん、そう言うことなら」
「何かいい方法でもあるのか?」
「まあね、エヴィア様がいるなら大丈夫か………とりあえず今は目の前の仕事を片付けておきなさい」
「はい」
俺上司だよな?と将来将軍になってもこんな感じでケイリィさんが接してきそうなことを一抹の不安に思いつつ。
履歴書に関してはケイリィさんに一任するのであった。
そしてその後に来た海堂たちには別の仕事を頼むつもりだ。
今日の一言
人材発掘がある意味で一番の難所
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