446 それでもと願って頼むのは傲慢だろうか
ムイルさんの話が佳境に入り、そしていつの間にか乾いていた喉を潤すためにそっと俺は湯呑に手を伸ばすが。
「っと、新しいお茶入れますね」
「すまんの」
「いえ」
生憎と俺とムイルさんの湯呑の中は気づけば空になっていた。
それに気づかないほど俺はムイルさんの話に聞き入っていたということになる。
どれだけ集中していたのだろうかと、思っているとふと別室でヒミクとスエラが会話をしているのが聞こえ、それすら耳には入っていなかったというのに気づく。
一言断ってから席を立ち、台所にある急須に新しい茶葉を入れ、そしてポットに入っているお湯を注ぎしばし蒸らし、そして均等に注ぐ。
こうやるとうまい緑茶が飲めると昔テレビで見てから、気づけばそうやって淹れるようになった習慣だ。
「お待たせしました」
「いや、そんなに待っておらんよ」
茶菓子もあったからとプラプラとこの前買った煎餅を振りながら、一枚食べているムイルさん。
ダークエルフが日本の菓子を食べると言うのは、今では見慣れたけど昔はだいぶ違和感があったなと苦笑し。
そっと湯呑をムイルさんの側に置く。
「やはりこっちの世界の菓子はうまい」
「向こうの菓子も結構おいしいと思いますけどね」
重い話が続いたから、ちょっとばかり休憩と言うわけでこうやってのんびりと菓子の話をしつつ。
「さて、勇者が攻め入ってきたと言う所まで話したが」
「ええ」
元の話には、あっさりと戻る。
「そこから大逆転勝利と言うのはない」
「ないですか」
「ああ、あったのは蹂躙をしのいだと言うだけの足掻きが残るだけ」
しんみりとした空気ではないけど、こうやってあっさりと話す雰囲気を真に受けることはない。
「三日だ。たった三日でワシらが作り上げた砦は攻略された。傷病兵を大陸に護送する時間を必死に捻りだすので精一杯だった」
どれほどの規模の砦かまでは想像で補填するしかないけど、そっと三本の指を立ててそれだけでムイルさんが守っていた砦が瓦解したとなれば、勇者の出鱈目ぶりを驚けばいいか、それともムイルさんたちの努力をたたえればいいか分からなくなる。
「そこで当時のダークエルフの長も勇者に討たれた。ワシはその時にたまたま一番の権力者であって長からの指示で撤退戦で殿をして指揮を執っていた」
やったことは尻尾巻いて泥臭く逃げただけだと自嘲気味に話すムイルさんは言いたいことを言ってのけ。
「長々と語ったところで分かったじゃろ。ワシは敗戦の将。確かに一軍を率いていた経験はある。だが、その結末は敗戦。生き延びたことは事実だが、未来ある婿殿を支えられる器ではない」
そして、ムイルさんは少し疲れたように力のない笑みを掲げる。
俺はそんなムイルさんにそんなことはないと言えなかった。
結局は俺はムイルさんの話でしか、当時のことを知らない。
「今回ここに出向いたのは、断るために筋を通したまでだ。婿殿には申し訳ないが………」
だからこそすまないと頭を下げられてはこれ以上頼むことはできない。
だが、ムイルさん以外に頼むこともできないのもまた事実。
「はぁ、スエラに呼ばれたと思ったらこう言うことでしたか」
仕方ないかと諦めようとした時に、部屋の奥から本来ならいないはずの声が響いた。
「マイット、お前なぜ」
「何故って、娘に呼ばれて孫でも見に来ないかって誘われたからですよ。ちなみに、スミラスタも来てますよ」
スエラの父であるマイットさんが呆れたように笑いながら、来てそしてゆっくりとムイルさんの隣に座った。
「次郎君。こんな父だけど、実力は私が保証しよう。是非とも君の役に立たせてやってはくれないだろうか」
「マイット!お前勝手に」
「勝手も何も、父さんが素直じゃないのが問題だろう。スエラが、この話に関して父さんがネガティブになるかもしれないから万が一は説得してくれって頼まれているんだ」
そして、俺とムイルさんの話の輪に入ってきた。
「次郎君、父が語ったことは嘘ではない。確かに最後は逃げることしかできなかった父かもしれない。負けた将かもしれない。敗残兵をまとめて国に戻ったときに先代の魔王様の配下に負けた責任を負わされもした。だけど、私は知っている。父は、多くの同胞を救った。多くの種族を救った。父に感謝している種族の生き残りは多い。あの戦いでもし父が助けを求めたら馳せ参じると言ってきた者もいるくらいだ」
それは自分の父を誤解しないでくれと、懸命に訴える一人の息子がいた。
「当時の私はまだ生まれていなかったから、これは母から聞いた話だが。私の母、スエラの祖母は戦場に送り出された弟を救ってくれた父に感謝を伝えようとして訪れた際に恋に落ちたと言っていたよ。なかなかロマンのある話じゃないかい?」
「こ、これ!マイット!」
そしてさらには実の父親の恋愛の暴露話すら始めてしまった。
段々とおかしな方向に、話がずれ始めていたが、俺の勘でこのままマイットさんに話し続けさせたほうがおもしろいことになりそうな予感がしたので黙って、話の続きを促す。
「当時の父は、戦争のあとということもあってね随分と落ち込んでいたそうだ。私にとっての曽祖父と祖父を失って、戦場で心病んで、さらには国からも責任を追及された。身も心もボロボロ、自殺しなかったのは、生きて戦場から戻ってこれなかった戦友たちへのせめてもの償いと言った義侠心だけで保っていたそうだ」
きっと寝物語で語られていたのだろう。
ペラペラと話すマイットさんはとても誇らしそうに胸を張って話している。
そう言えば、止めようとしていたムイルさんが静かだけど………
『グッ』
何か知らない人型の大きな精霊に拘束されている。
そして口と手と足を封じられたムイルさんが裏切ったな!?と精霊に向けて非難の目を向けているが、精霊は呆れた目でムイルさんを見るだけで諦めろと言っているように見えた。
さらには俺の視線に気づいた精霊は気にせずどうぞと言わんばかりに余った手?いや尻尾?でサムズアップしてくる。
見なかったことにしてマイットさんの続きを聞く。
「そこで集まったのが当時の母〝たち〟でね」
「たち?」
「そう〝たち〟さ!!」
「んーー!!」
それ以上言うな!と叫ぶムイルさんだが、興味が出てきた俺はムイルさんに心の中で謝罪しつつ。
ワクワクとマイットさんの話を待った。
「心を病んでいるという父の話を聞きつけて、ダークエルフだけではなく様々な種族の女性が集まって父を癒していったそうだ」
「へぇ、様々な種族の」
「ああ!当時の戦争は本当に凄惨で、イスアルに侵攻していた部族の大半は帰ってこなかった。だが、最後の最後までダンジョンを死守していた父の活躍によって無事に帰れたという者も多い。そのおかげで責任に関しても後で撤回されたのだが、そっちはどうでもいい。面白いのはここからでね。その助けた者の中には種族の中でもなかなかの地位をもった人の息子だったり当主だったりする人も混じっていてね」
「ほぉ」
「父を癒すついでに助けられたお礼に、娘や妹の縁談の話が混じり始めた時はもうすごいことすごいこと!一人出たら私も私もと次々に立候補者が現れて、気づけばその時の里はある意味で多種族の交易都市みたいな役割を果たしていたと言われていた」
目的は全て父なんだけどな!と快活に笑うマイットさん。
そしてムイルさんは本当にモテていたようだ。
「だからこそ、メモリアさんやヒミクさんと言った複数の婚約者を抱える君を父は文句を言うどころか、友好的に接していたのだけどね」
「ああ、同じ境遇だからですか?」
となると、もしかしてムイルさんも複数の奥さんがいたりするのか?
そんな話聞いたことはないし、たしかダークエルフって一途な種族で有名なはずじゃ。
「ハハハハハ!生憎と父はそこまで器用ではなくてね」
そこで浮かんだ疑問をぶつけてみるとナイナイと手を振って、俺の疑問を否定した。
「僕たちダークエルフは、基本的に一夫一妻だよ。まぁ、君みたいに複数の女性に惚れこまれてその中で妻の一人ってケースは結構あるけどね。珍しいケースだと一人の女性に惚れ込んでたけど他にも惚れている男がいて愛人に収まったなんて話も聞くけど。うちの父の場合は紆余曲折あって、結局は母のところで収まって今も仲のいい夫婦になったわけだ。ただ、それでも恩義があるということで色々と便宜を図ってくれる部族は多い。時々、孫を妾になんて送られてくるけどね」
紆余曲折の部分が非常に気になるところ。
もしかしてムイルさんを賭けて血で血を争うような壮絶な女性同士の戦いが繰り広げられたのだろうか。
それこそ昼ドラみたいにこの泥棒猫!?みたいな。
ファンタジーの世界だからそんなことせず直接戦闘?的なことか?
「そんなわけで、どうにか色々な女性のおかげで父は立ち直ったわけさ。ただ、それでもその時の戦争のことは引きずっているようでね。時々寂し気に母だけに昔のことを話しているそうだ」
そんな喜劇染みた話の流れを変えるようにマイットさんはここからが本番だと、少しトーンを下げて、ムイルさんの方を見る。
「父さん。やり直す機会なんて言わない。これは父さんが戦った戦争じゃない。次郎君を支えるためだ。だけど父さんはまだ諦めていないんじゃないか」
諦めていない?
一体何を?
「………」
「黙っていてもいい、だけど母さんからの伝言だ」
ヘンデルバーグ家でしかわからない身内ネタ的なことを言われても正直対応がしづらい。
ドンドンと話が変わるなか。
「託された思いをこのまますり潰していいのか、だ」
「!」
マイットさんとムイルさんの話はどんどんと俺を置いていき、親子だけの世界に入り込もうとしている。
「祖父と曽祖父の思いを無駄にしていいのか。帰りたかったんだろう!イスアルに、その願いを父さんに託したんだろ!!あの世界にどうか帰してやってくれって!」
だけど、マイットさんが叫んだ内容は、俺が最初に入社した時にスエラが語った話を思い出させた。
「チャンスだろ!!次郎君が持ってきた話は父さんがもう一度挑戦できるチャンスだろ!それを見逃すって言うのか!」
きっとマイットさんにもその思いがあるのだろう。
最初に出会った時の温厚な姿とはかけ離れて、激昂するように叫ぶマイットさんを見て精霊はそっと離れて、スウッと消えていった。
「好き勝手に言いおって」
「言いますよ。普段から飄々として誤魔化すことは目を瞑りますけど、今回の件だけは目を瞑れませんから」
そして残ったのは少し不機嫌になったムイルさんと、仕方ない人だと溜息を吐くマイットさん。
傍から見れば年の離れた兄弟のようにも見える二人。
「ったく、あいつも余計なことをペラペラと」
「何百年も未練たらたらに愚痴っていればいくら母さんでも嫌気がさしますよ。いい加減にしろって何十年も前からチャンスをうかがっていたようで」
「………やけにあいつが断るならきちんと筋を通して来いって言ってたのはこのためか」
「ええ、断ったら絶対に父さんは曲げずにそのままやりませんからね。ですから、やれるように段取りを踏んだまでです」
「ふん」
そして何十年、何百年と親子関係を続けていた二人からすれば互いの性格くらいは何となく把握しているようだ。
「それで、どうしますか父さん」
「………はぁ」
そしてここまで背中を押されたムイルさんは大きなため息を吐いた後。
「こうも、家族に背中を押されて何もせんわけにはいかんか………婿殿」
俺と向き合い。
「さっきの話の流れで断りそうになったが、この老兵にもう一度チャンスをくれないだろうか」
そっと頭を下げてきた。
「そんな頭をあげてください!!もともと自分の方から頼んだことです。むしろ是非お願いしたいです!」
こっちからしたらまたとないチャンス。
戦争を経験し、組織をまとめ上げる能力を持ち、さらには他種族とのつながりも持っている。
これ以上にない人材。
「そうか、感謝するぞ」
「まぁ、その前に俺が選抜を突破しないといけないんですが」
「ハハハハハハ!婿殿なら大丈夫じゃろ!!」
そんな人に手伝ってもらえるのなら百人力なのだが、さっきまでしょんぼりと落ち込んでいた姿はどこに消えたのか。
一度調子を戻したムイルさんはカラカラと笑い始めて。
大きな声で俺が選抜を突破できると太鼓判を押すのであった。
今日の一言
頼りになる人が味方になってくれるのはありがたい
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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